研究者と幼馴染03
「また貴方ですか……」
ここ数日のうちに何日も訪ねてくるようになった、厄介の種に頭を抱えるエリアナ。
はぁ、とため息を吐き、続く言葉を待ち構える。
「私にも魔法を教えて欲しい」
「私は貴女に教える事は出来ません」
来るたびに少し捻ってくるお願いの仕方に、前に来た時より強い否定の言葉で返すエリアナ。
ふてくれされた様子を見せるリリーシャに、もう一度、はぁ、と小さくため息をついた。
子供とは、こんなにも図々しく、こんなにも真っ直ぐなものだったのか、とつくづく実感させられる。
自分にもそういう時期が無かった訳ではないから、仕方ない事だが、少し子供が苦手になりそうだと思うエリアナだった。
粘り続けるリリーシャをどう対処したものかと考える。
今はまだ数日だが、この調子では、一ヶ月後も似たような状況である可能性が高い。
そして、この状態が一ヶ月も続こうものなら、心配したリリーシャの親御さんが何かしらの介入をしてくる可能性もある。
それは、エリアナの望む所ではない。
研究のため流浪の民であるエリアナは、村に滞在させてもらってる以上、あまりご近所トラブルといった面倒ごとは起こしたくは無いのだ。
こうなったら、素直にユークラウドに頼るべきなのだろうか?なんて事も考えるのだが、ユークラウドが悪いわけではないのに、今回の件の責任を押し付けるのが気がひける。
それに、家庭の事に専念して欲しいと言った手前、頼るに頼れなかった。
エリアナがどうしたものかと考えていると、先に動いたのは、リリーシャ。
「私に、魔法を教えて」
「困りましたね……」
その目はとても真剣で、ここまで粘られると無下に断り続けるのも、精神を消費してしまう。
エリアナとしては、早急に諦めて欲しいのだが、諦める兆候がリリーシャには見られなかった。
いっそ、理由を聞くか?と悩むが、理由を聞いてしまうと感情に流され、ずるずるとOKを出してしまう可能性がある為、それも出来ない。
つい最近、そんなやり取りに心当たりがあるのだ。
そもそも、なぜ私なのだろうか?と思うエリアナ。
何故こんなにも必死で、彼女がエリアナに学びを乞おうとするのか、エリアナには不思議でたまらない。
そもそも、リリーシャが教えを乞う対象として、エリアナを選ぶのは、そもそも不適切であるのだ。
それなのに、何故こんなにもリリーシャがエリアナに師事したいのか、エリアナには分からない。
その疑問に答えをくれたのは、リリーシャ自身だった。
「ユーは良いのに、なんで私はダメなの?」
歯車が噛み合う音がする。
その台詞を聞いた時、自分は今まで思い違いをしていたのではないかという疑問にかられ、エリアナはこう質問した。
「逆に聞きますが、何故、魔闘型の貴女が魔術型の私に教えを請いたいのですか?」
案の定、それを聞いたリリーシャはきょとんとした顔をしている。
そこで、ようやくエリアナは自分達がすれ違っていた事に気付けたのだった。
リリーシャはユークラウドが魔法を習っている先生だから、エリアナを信用出来ると判断して、こうして、頼み込みに来た。
直接あったことの無いエリアナを信用するというのもおかしな話ではあるが、自分から情報を多く集めることの出来ない子供において、親や友達と言った既に信頼する人から与えられる情報の価値とは計り知れない物がある。
他にも、この村に魔法を教えるような人が居ないと言った理由や、親が魔法を教えるのはまだ早いという判断をして情報をシャットアウトしてるという理由などもあるかもしれないが、それらは理由の一端に過ぎない。
この人の教えなら信頼できると思い、リリーシャは熱心にエリアナに魔法を教いたいと頼み込んだ。
一方で、エリアナは、信頼関係の問題ではなく、魔闘型、魔術型といった適性の問題から、その申し出を断った。
魔闘型と魔術型では、大前提として、魔法のプロセスが異なる。
これでは、野球を学びたい時、サッカーの監督に野球を教えてもらうようなものだ。
エリアナは魔法を教える人材として自分は不適切との判断から、その申し出を断っている。
他にも理由はあるかも知れないが、今はその話は脇に置いておくとしよう。
構図としては、ユークラウドが信頼しているという理由で来たリリーシャと、適正でその申し出を断ったエリアナ。
これでは、噛み合う訳が無い。
エリアナは早とちりをしていた自分自身に深く反省を行う。
彼女の中では、魔闘型と魔術型は、魔法を使う上で大前提の話であり、最低限知っておくことである故の勘違いなのだが、そんな事は相手は知る由は無いし、何よりリリーシャは子供だ。
いくら魔力が多いため、成長が早いといっても、まだ4歳を迎えたばかりの彼女は、魔術型と魔闘型の違いを知ら無いのである。
エリアナの先入観と、リリーシャの無知が産んだのが、ここ数日の突撃訪問の真相であった。
原因が分かると呆気ないものだが、このすれ違いが起きたのも、あり種仕方ない事ではある。
実の所、エリアナはリリーシャの事をユークラウド越しに断る際、建前として、この事をユークラウドに説明したのに頼んだのだ。
頼んだのだが、どうやら、ユークラウドは、きっとその話を詳しくしていない。
いや、もしかしたら、ユークラウドはしたかも知れない。
知れないのだが、その話をリリーシャが理解していたから、また別の話である。
いや、ユークラウドの事だ、きっと丁寧に説明したんだろうが、この子自体が魔闘型と魔法型の違いが分から無かったのだろう。
「弟子の不始末……いえ、元々は私がきちんとお断りすれば良かったんですから、私の不始末ですね」
「?」
エリアナの独り言に小首を傾げるリリーシャ。
気にしないでください癖なので、と告げると、心なしか可哀想な物を見るような目で見られた気がするが、きっと気のせいである。
この次に何をするかを決めて、エリアナは、家の中から、必要な物を探し始めた。
そもそも、不安定な伝言ゲームなどでは無く、互いに言葉を交わすべきである。
「貴女は私に教わりたいと思っているようですが、貴女は魔闘型、私は魔術型です」
その言葉にこくりと頷くリリーシャ。
どうやら魔術型と魔闘型というものがあるという事は分かっているらしい。
「では、魔闘型と魔術型では、発動のプロセスが全然違うというのは分かりますか?」
こちらには、ふるふると首を振るリリーシャ。
そんなリリーシャの様子に、少し、思考を巡らせ、幼い頃からきちんと全部理解していた方がいいという結論に至ったエリアナは、教師の顔をしていた。
「仕方ないですね。私が何故貴女の先生になるのに相応しくないかという説明を行いましょう」
持ってきた道具を机に並べ、いつもユークラウドが使っている椅子へとリリーシャを案内し、彼女の前に立ち、いつもの様に指をたてて、胸を張り、こう告げた。
「最初で最後の講義なので、よく聞いて下さい」
エリアナの特例の講義が今始まる。




