弟子入り10
「今日はユートに渡す物があります」
家でお手伝いをして、リリーシャと妹と遊んで、師匠の所に魔法を教えて貰うという、代わり映えすることのない、素晴らしい日々を送ってきて、数ヶ月。
最近では、ミシェルさんが母にかかりっきりの為、妹の相手が生活の大部分を占めていたのだけれど。
妹のお世話が第1優先であるものの、週に一度あるか無いか位のミッシェルさんに余裕のある日に、師匠の講義を受けに行く生活スタイル。
妹と、そして、リリーシャと遊ぶのはとても楽しかったけれど、講義の間隔が空いてしまい、勉強に遅れが生じてしまうのには、正直、焦りを感じて居た。
今日も私と遊んで欲しいと懇願する妹の瞳の魔力に断腸の想いで抗い、2、3週間ぶりに師匠の元へと来ることが出来た。
最近、妹が僕に甘えて来るのが、本当に可愛いくて、可愛くて仕方ない。
おっと、今は妹の可愛さについての話じゃ無いか。
ようやく来る事が出来た久々の授業で、師匠の開口一番の台詞だった。
渡す物と聞いて、頭に?を浮かべて居ると続けて、一言。
「それと、家の事が落ち着くまで、ここには来ないで下さい」
それは、僕に大きな衝撃を与える宣告だった。
しばらく立ち寄るなという最終宣告。
教えて欲しいと懇願しておきながら、現状、全く授業を受けに来れて居ない。
こうなったら師匠が僕をクビにしようとしてもおかしくないだろう。
「ま、待ってください!確かに最近、来る機会はあまりなかったですが、破門にするのはどうか!!」
「何を勘違いしてるのですか?」
急いで弁解をしようと焦る僕の態度を見て、キョトンと小首を傾げる師匠。
あれ?僕に嫌気が指したわけじゃないの?
お互いにハテナを頭に浮かべる中、先に真実にたどり着いた師匠が話を切り出した。
「…………ハァ……、大方、私が貴方を見限ると勘違いしたのでしょうが、私は一度決めた事を簡単に曲げたりはしません……」
ため息とジト目という師匠のいつものコンボに晒されながら、ようやく、自分の勘違いを悟る。
その上で、さっきの師匠の言葉の真意を測りかねていたら、これまたいつものように師匠の解説が始まる。
「ユート、今最優先にするのは魔法の勉強ではありません。分かりますね?」
こくこくと頷く。
「今、お母様が大変な中で、最も大切にすべきものはなんですか?魔法ですか?」
「…………家族です」
「よろしい」
指をピンと立てて、正解だと示す師匠。
極論を言えば私は他人ですからね、履き違えてはいけませんと。
「時間の合間を縫って来てくれたのは、少し嬉しかったですが……、勉強なんてやる気さえあれば、後でいくらでも挽回が効きます。それよりも今ある家族との時間を大切にしなさい」
そう言って、僕に師匠は笑顔を見せてくれた。
だけど、その笑顔はどこか……。
「……疎かにして、後から大切にしておけば良かったじゃ遅いんですよ……」
話を戻します、と師匠が俺の前に広げたのは、3冊の本だった。
「誕生日とは、かなりズレてしまいましたが、良い機会でしたので」
左から順に、世界で最もメジャーな魔法言語の辞書、魔法理論初級本、そして、シンプルでタイトルが分からない本。
「プレゼントです。私の所にわざわざ来なくて、これらを使えば、好きな時に学習できるでしょう」
思わず、歓喜の声を上げそうになる。
師匠が僕にくれる始めてのプレゼントであり、僕がずっと欲しかったものだった。
だけど、こんなに高い物……、
「ユートが煩そうなので、資金はユートの魔石を売ったお金からです。取り敢えず、人から好意でプレゼントを貰うのに、申し訳なさそうにするのはやめない」
「ひ、ひらいれす、ひひょう」
僕が何かを喋ろうとする前に、頰の両側を摘んで、思いっきり引っ張られてしまう。
師匠が、物理的に干渉して来るのは、もしかしたら始めてかもしれない。
「こういう時は、なんて言いますか?」
僕の頰で遊ぶのが楽しくなってきたのか、行為がエスカレートして来た師匠の問い。
「ありがとうございます」
「よろしい!」
そう言って、更に僕の頰で遊ぶ。
「……あと、どさくさに紛れて師匠と呼ぶのはやめましょう」
あーあーあー、ほっぺがぁあ。




