弟子入り07
「次に精度を落とす変わりに省略しても良い魔法についてです」
実はさっきの複数の属性の中から、特定の属性だけを取り出すという詠唱。
あの詠唱自体、実は、詠唱省略の適性が無くても省略する事が出来るらしい。
「何度も何度も詠唱を唱えていると特定の属性だけを体から取り出す感覚を覚えて、その内、属性を取り出すだけなら、詠唱を唱えずに工程を実行する事が出来ます」
覚えてしまったら、詠唱を唱え無くても、頭の中でプロセスを実行する事をイメージする事が出来て、実際に行う事が出来る。
「それは詠唱の全てに適用されます」
何でも、詠唱中でも難しい工程を実行する詠唱と、簡単な工程を実行する詠唱があるらしい。
難しかったり、複雑だったりする工程の詠唱を省略する事は出来ないが、簡単な工程だけなら詠唱を唱えなくても、実行できてしまうらしい。
「そうして、いくつかの簡単な工程の詠唱を飛ばして頭の中で実行し、唱えた短い詠唱。それが詠唱省略です」
こうする事で魔術師は詠唱を早く唱える事が出来る。
これだけ見ると詠唱省略は便利な代物に見えるけど、師匠は何度もそれを否定していた。
「しかし、何度も言うように詠唱省略にはデメリットがあります」
僕は師匠の話に聞き入っていた。
「結論から言うと、詠唱省略をすると、魔法の精度が落ちます」
具体的な症状としては、属性混合や、魔力減少、等と言った所でしょうか?と付け加える。
「実際にお見せしましょう」
師匠は水桶をもう一つ持ってくると、今度は詠唱省略無しに「ビット・ウォーター」の魔法の詠唱を唱えた。
「一般的に、詠唱を1節省略すると、10%〜20%程度精度が落ちると言われています」
さっきまでは精度が劣っていると言う師匠の意図が理解できなかったけれど、今度は意味が分かった。
隣にある見本の為の詠唱省略を使って唱えた「ビット・ウォーター」によって水を貯めた水桶とは溜まっている水の量が全然違った。
さっきの水桶は7、8割しか溜まって居らず、水が若干周りに飛び跳ねてしまっているのに対して、師匠がちゃんと唱えた「ビット・ウォーター」の魔法は水桶一杯に水を注いでおり、一滴たりとも水がこぼれた様子は無い。
「理解していただけたようで何よりです」
僕の驚きを見ながら、師匠は満足そうに告げた。
そのまま、師匠は具体的にどんな症状が起こるかの説明を始めた。
「単一属性でも無い限り、属性を選択する詠唱を省略すると、使わない筈の属性の魔力が混ざってしまい、余分な力を込めることになるます」
水の魔法を唱えたい時に、風の魔力を込めても意味がない。
しかし、詠唱を唱えずにこの工程をこなすと、自分の持っている他の属性が絶対混ざってしまうそうだ。
更に属性の数が多ければ多いほど、その量は顕著になるらしい。
「魔法を作る工程の詠唱を省略すると、込めるべき場所に必要な魔力量が少しですが不足し、本来必要な筈の出力か劣る事になります」
そして、魔力を事象へと変換し、魔法となると言う工程も、唱えない部分が増えるほど、あやふやで不確かな物になってしまうと。
他にも沢山あるらしいが、代表的なのはこの2つ。
どこを省略したとしても、何かしらの弊害が起こるのだ。
「詠唱と言うのは正確な秤やふるいだと思って下さい」
手近にあった、メモリのあるカップなどを持ってくる師匠。
「砂糖を何杯、水を何グラム、塩水の中から塩だけ取り出す等、こうして目的のものを作って行くのが詠唱を使った魔法です」
そして、実際にそれらを使って正確な分量を計り取り分けていく。
これらを組み合わせて作り上げて行くのが詠唱という行為なのだと。
「対して、詠唱省略は、目分量、手作業です」
正確に計った筈の、粉物を乱雑に水や他の粉物と混ぜて見せる師匠。
出来上がったそれに顔をしかめる。
「…………詠唱を唱えた工程は完璧でも、省略した部分はそうとは限りません……」
一息、深呼吸をして精神を統一させる師匠。
一気に出来上がったそれを飲み込むが、顔色は良くない……。
目に涙を浮かべながら、苦い……と愚痴をこぼしている。
そのまま、師匠は席を外した。
師匠の説明で、僕が思い至ったのは刀という知識の中の武器だった。
確かあれは鉄の配合が少しでも違うだけで、強度が途端に落ちてしまうらしい。
少し間違えれば、作業の工程で途端に折れてしまう。
それは詠唱省略でも言えるのではないのだろうか?




