少年中期03
地図から山が消し飛んだ。
絶望的な威力、そして規模。
破壊を体現するかの様な事象とはこういうことを言うのかと、あまりに非日常に晒され現実逃避。
幸運だったのはそれが起きたのが山一つ隣で起きたこと。
荒れ狂う雷を僕はただに見ていることしかできなかった。
いや、きっとこれは幸運では無い。
辺りを飛び回る炎の蝶達。
山の下に居た者達は、男の幻惑魔法に救われたのだ。
「走れ! 馬車の用意だ!」
男が僕の服の襟首を掴む。
どうやら、連れていってくれるらしい。
利害の一致により抵抗せずについていくことを示すと、男は僕から手を離した。
走りながら僕は己の愚かさを恨む。
何が頑張るだ。
もし蝶の魔法がなければ、テーブルに着くことなくあの世行きが決まっていた。
見通しが遥かに甘かった。
貴族を相手取るというのは、この世界で自由を掴み取るというのは、天に逆らうにも等しい。
それを、たった1人の一手によって分からされた。
交渉? 馬鹿馬鹿しい。
生き残るには今すぐ常識を捨てなければならない。
「兄貴、大兄貴が……」
馬車に着くと、身体こそ動いているもの、一味は見るからに動揺していた。
山だった物は黒と赤の塊に変貌した。
ある程度の距離がある物でさえそうだというなら、更に近くに居た人間は間違いなく即死。
思わず、先ほどまで大男が居た場所を見るが、煙で何も見えない……。
だが、この有り様を見れば小屋に直接交渉に赴いていた人員の命運なんて知れている。
だが、蝶の男は動揺を全く見せずに着々と馬車を走らせる用意を進めていた。
自身の炎の蝶をまとまりつかせると、3つある馬車の内の二つを先行して走らせ、最後に俺を連れて馬車へと乗り込んだ。
「そいつも載せるんですかい!」
「そんな奴、さっさと引き渡して……」
一味は、男に続いて馬車に乗った僕を見るや否や俺の首根っこを掴み馬車から投げ下ろそうとする。
この事態を起こしているのは自業自得とは言え、大部分の要因が僕にあるのだろうから、その反応は当然と言えば当然だ。
「があっ!」
だが、そんな男の手が炎の蝶に焼かれて男は僕を掴むのに失敗する。
誰が助けてくれたなんてのは一目瞭然。
一味は蝶の男に驚いた顔を見せるが、男はそれ一蹴する。
「馬鹿共が! こいつがいるからあの程度に抑えられているのが分からなねぇのか! それが分からねぇなら直ぐに降りて別方向に行け!」
一味はその台詞に目を見開く。
そして、それは僕も同じだ。
威力を抑えて、山一つ。
ならば、全力を出したらそれはどれほどの威力を誇っていたのだろう。
ここにいる者達が、その答えを出す前に馬車は動き始めた。
「今ここで、降りる奴は降りろ」
蝶の男の言葉に、数名の男達がまだスピードの乗ってない馬車から飛び降りた。
そちらを蝶の男は見ずに、炎の蝶を量産していく。
「お前も手伝え」
「…………」
男の言葉に俺も囚われの身でありながら、堂々と詠唱を唱え始める。
馬車を降りる時から、こっそりと走らせて(・・・・)いた無詠唱とかち合わない様にする作業に脳の容量がかなり割かれるが、ここで唱えないのも不自然だと思うと、唱えないわけにはいかない。
こんな状況で今更だが、師匠の言説の正しさが身に染みる。
師匠、言いつけ守れないダメな弟子ですみません。
走る馬車のそれぞれが生き残るために最善を尽くす。
その間、規模こそ及ばないが、至る所で雷が落ちるのを目の当たりにした。
「………………っ!」
遥か向こうで、微かに聞こえた気がする断末魔。
「……馬鹿が」
蝶の男のぼやきが聞こえたのは、隣にいる僕だけかも知れない……。




