厄災04 生き残びた少女01
『そっか。捕まっちゃったか……』
『………………………………』
『まぁ、脱出できる算段があるから捕まったんでしょ? 大丈夫大丈夫』
『………………………………』
『……確かめたいことがある……か』
『………………………………』
『……やめておいた方がいいかも……って言いたい所だけど、元を辿れば僕が原因だからね。君の道を妨げることはできないよ』
『………………………………』
『そうだ。役に立つかは分からないけど、こ拘束系のについて、色々と教えておくね』
『………………………………』
『何で詳しいかって? ……まぁかなりお世話になったからかな……』
『………………………………』
特に意味のない会話だった。
相手が返事をするわけではなく、相手の思いをこちらが読み取らなければいけないのだが、その結果が記憶に残るわけではない。
相手の反応の様な物が見えた気がしたけど、夢現の記憶なんて無いのと同じ。
ここの心象風景は何処かに存在する村に良く似ていた。
不思議な暖かさを与えてくれる村だが、そこに人の住んでいる気配はない。
それは、彼女のコンプレックス故か。
『折角薄れて来てたのにね……』
そして、目に見える村には大きな大きな亀裂が入っている。
『………………………………』
『なんでもないよ。君の幸運を祈っている』
楽しい時間は直ぐに終わりを迎え、彼女との束の間の会合はまたも終わってしまう。
少女に幸運の祈りを告げて、自称厄災は目を覚ます。
所詮これは夢でしかなく、自分は現実と向き合わなければならないのだから。
1729年 11月5日。
「大丈夫……?」
見知らぬ洞窟で、丸まっていた顔見知りの少女に声をかける自称厄災。
「あ、師匠、お久しぶりです」
そんな自称厄災を見て、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「……師匠ねぇ」
「……嫌、でしたか?」
「そんなことないよ……」
少し思う物が無いわけじゃなかった自称厄災だったが、それでも少女が自分を慕っていてくれてることに違いはない。
「ちなみに……なんだけど、心変わりは無し?」
「……私の命は、師匠に救われましたから」
自称厄災は少女の身を案じるが、少女はそれを受け入れない。
少女は村で唯一の生き残りとして、助けられた時からずっと、自称厄災について来ている。
いや、今や運んでもらっていると言う方が正しいのだが……。
そんな儚い笑顔を見せる少女を前に罰が悪そうに目を泳がせる自称厄災。
「そっか、……それは、嬉しいけど、いつでも辞めていいからね?」
「…………私は、邪魔ですか?」
「そんなことないよ。めちゃくちゃ助かってる……助かってるけど、でも……」
「期限付き……。ですよね……。分かっています。終わったらきちんとエグゼルクに向かいますので……」
自称厄災の言葉に少女は不機嫌そうに拗ねて見せる。
それにあわあわと、慌てる自称厄災。
ひとしきりその姿を堪能した所で、許してあげます、と少女は自らの師匠に仕返しが成功したことをクスクスと笑うのだった。
自称厄災は、まだ幼い少女に見事に手球に取られていた。
「約束はきちんと守ります」
「……そっか」
まだ小さな少女の決意の言葉に自称厄災は頭を撫でる様な仕草で返す。
実態を持たないその手は少女に触れる事はできないのだが、少女はそれが好きだった。
村でたった1人生き残った幼い少女。
自称厄災は、始めこそ自身の魔力ギリギリまで少女を助けながら、学園国家エグゼルクに預ける為に動いていたのだが、少女はそれを拒んだ。
少女は師匠と慕う厄災と共に行動することを、その為に自分の持てる力を尽くすことを望んだのだ。
根負けしたのは自称厄災の方。
結局、2人の約束は、少女が、13歳まで自称厄災を手伝い、それ以降は必ず学校に通うと言う物になった。
だから、それまでは少女は自称厄災と共にいるのだ。
少女が折れる気配がないことを理解すると、自称厄災は導く者として、真面目な顔をする。
「……さて、そうなると、ちょっと急がないといけないかも」
「……何かあったんですか?」
「恐らくこれから補給魔力量が減る。だから、ここぞと言うときに魔力を使えなくなる」
それは自称厄災が実体化できる期間が短くなると言う発言に少女はそれを聞いて少し落ち込む。
会える期間が減ると言う事実と、そして、
「私は邪魔ですか?」
自分が足手纏いになってしまっているのでは無いかと。
「うんにゃ、その逆かな。今日は君にお願いしたいことがあって来たんだ」
「……はい! 私にできることなら、何でもします!」
「ありがとう。それじゃあ召喚して貰いたいものがある。マーキングはこちらでつけた」
師匠の言に倣い、講義と共に召喚魔法を使用する少女。
そこに呼び出されたのは大量の石。
「綺麗……」
銀色に輝くそれは宝石の様に輝き少女を魅了する。
「それは魔石だ」
「えっ? こんな魔石があるんですか?」
師匠の言に驚く少女。
それは少女が知る魔石とは遠く離れた姿をしている。
「……ちょっと特殊な方法を使うと、こんな風になるんだけど、そこら辺の話はまた今度。今はこれを使って生成してほしい物がある」
自称厄災は残り少ない魔力を使って、空中に文字を書いていく。
それは全部で1万節に届きうる長文の詠唱。
恐らく、少女が全て読み切るには最低でも3時間は必要になるだろう。
だが、少女はそれに臆することなく、自称厄災が頼むより早く詠唱を唱え始めていた。
激励の言葉を伝えるチャンスを逃した自称厄災は少女が文を読みやすい様に詠唱をスクロールさせていく。
詠んでは消して、詠んでは消して。
ただ、少女のアシストをし続ける自称厄災。
その姿は、詠唱と共に少しずつ少しずつ溶けていく。
その集中力と魔力の持続力にとんでも無い才能を感じ、自称厄災は心の内で絶賛する。
この少女は凄い人物になると。
長い長い詠唱。
見立てていた3時間を大幅に過ぎ、少女は声をからしながらも詠唱を続ける。
「……id!」
全ての詠唱を終え、手を着いて前に倒れる少女、魔力も体力も限界だった。
意識があったのは、最後に淡い光と共に魔石が砕け散った所まで。
そのまま少女は、深い眠りに落ちる。
「……流石、僕の弟子だね」
少女の奮闘を見届けた後、自称厄災は淡い光となり消えた。
ぴしゃぴしゃと水音がした気がした。
何かに舐められている様な感覚に少女が、飛び起きる。
「オォン!」
鳴き声の発生源を見ると少女の足元近く。
そこには銀の毛並みを持った小さな狼が居た。
「君は……」
「ワフツ!」
「……そっか、師匠と僕とで創ったのか」
魔石を媒体とし、生成魔法によって呼び出された狼は少女に頭を擦り寄せる。
今まで自称厄災の指導で小さな玉の様な精霊を創ったことは何度かあったが、こうして生き物を作ると言うのは少女にとって初めての体験だった。
そのことにドキドキし、改めて胸の高鳴りを感じる。
少女は初めて魔法が成功したときのことを思い出していた。
「魔法って凄いんだね……」
「ワフ……」
子犬の様なその身を抱きしめて、久々に生き物の温もりを感じる少女。
ひとしきり堪能した後に少女は、肝心なことを忘れていたと、身体を起こす。
「そうだ! 師匠は?」
辺りを見渡すと依代としていた小さな石が消えていた。
彼女の師匠はそれを目印として、ここに自分を召喚していた。
それが無くなってしまうと、彼女は自称厄災と会う手段がなくなってしまう。
あたりに石が見当たらないことに焦る少女。
「ワフッ!」
そんな少女を見兼ねたのか、小さな狼を自身が咥えていた獲物を見せてくれる。
そこにいたのは一頭の銀の蝶々。
「こーらっ、だめでしょう」
小さな狼から石を依代として顕現していた銀の蝶を取り返す、少女。
後で躾をしなければならないと思いながら、唾液でベトベトになった蝶を手に水場へと向かう。
「……師匠ですよね? 水洗いしても大丈夫ですか?」
乾いた喉を潤わせた後、恐らく魔力消費低下モードの師匠に問いかける。
魔力を元に生成されている非生物機構の為、問題ないはずだが一応声をかける。
頷く様な蝶は寧ろ早く洗って欲しげにこちらを見つめていた。
軽く水で洗うとベトベトとした唾液が流れる。
蝶はその場で震えて、水を落とした。
そんな蝶を再び小狼は狙う様子を見せるが、ダメと少女が叱ると大人しく水を飲むに止める。
綺麗になった蝶を頭に乗せる少女。
蝶はそこが定位置で構わないと言う様に動きを止めた。
「行き先は未開海域から、迷宮地域に変更で良いんですよね?」
頭の上から、問題ないと声がした様な気がしたので、恐らく大丈夫なのだろう。
「それじゃあ、行きましょう。師匠」
「ワフッ」
「大丈夫、忘れてないから。……名前考えなきゃね」
蝶一頭と、小さな狼。
双方共に銀色をしたそれらをお供に少女は迷宮地域を目指して歩みを進め始めた。
一章扱いにしたけど、多分ここまででようやくプロローグ終了です。
次回から久々にユークラウドの物語。




