長女クリスティーナ14
男は蝶を自身へと集めようとするが、それはきっと間に合わない。
読み合いの勝者が決まった瞬間、それが起きたのは、神の悪戯か。
「あにさん!!」
「くらいな!女!」
「巻き込まれるなよ!」
その声は男の仲間達のものだった。
街を襲っていた筈の10人にも満たない彼らは男の助太刀をしようとして思い思いに魔法を放つところだった。
「来るな!!」
その男の声は仲間にはきっと、届かなかっただろう。
音よりも早い雷が空気をつんざく。
少しだけ角度をずらしたそれは、男の半身ごと森を、男の仲間を、圧倒的な白に包んだ。
雷が目の前に落ちた様な錯覚。
仲間であるはずのリリーシャも目と耳をやられ数秒間、戦闘不能にされる。
それでも気合いで、なんとか辺りの情報を拾うと立っているのは2人。
自分とクリスティーナの2人だけだ。
見るとクリスティーナが雷撃を撃った方向は森としての原型を全くとどめていなかった。
木々、草花は焼け焦げその水分を蒸発させている。
そしてそこに転がるのは、もともと人間の形をしていた物が半分、使えなくなった手や足を押さえうずくまる者が半分。
先ほどまで戦っていた男はぎりぎりで軌道を変えられたのが幸いしたのかどうにか後者で留まっていた。
「ふぅ……、これで終わりですね」
「…………」
クリスティーナの宣言に返事する者をは居ない。
共に戦ったリリーシャを含め。
「お兄様、大丈夫ですか?」
辺りの光景を無視して、淡々と兄だけを心配するクリスティーナ。
そこにリリーシャが追従出来なかったのは、まだ雷の影響が残っていたからか、それとも、殺したはずの自身の姿を思い出したからか。
知るのは本人のみ。
だが、そこに答えを出す前にそれは、起きた。
「えっ?」
「ふんっ!!」
臭いより速く到来したそれはリリーシャの無防備なお腹を正確に撃ち抜く。
身体が宙に浮き、胃の中の物がプシュッという音を鳴らしながら空気と共に出ていこうとする。
目の前の事象が遠巻きになっていく中、やっと止まったと思ったら背中に直接爆弾をぶつけられたかの様な鋭い痛みが爆発する。
リリーシャが凄い力で殴られ、吹き飛び、木にぶつかってようやく止まることが出来たと認識するのは、これよりずっと後の話。
「なっ!」
「はっ!!」
それの接近に気付いたクリスティーナは後ろに飛ぼうとして見えた。
その足が兄ごと自分を貫こうとしていることを。
自分の強化魔法にかけ腰を落とし来たる衝撃に備えるクリスティーナ。
踏ん張ることが出来たのは0.1秒にも満たない。
身体の中線を貫かれる衝撃と共にクリスティーナは高く高く蹴り上げられる。
僅か一瞬で近くの山の頂点と同じぐらいの規模まで、上がったことを理解したリリーシャは衝撃で回らない頭を使い、もう一つ、強化魔法を編む。
意識薄れる彼女の防衛反応がそうさせた。
「引き上げるぞ」
その姿は街でミシェル達を襲っていたもの。
彼女との戦闘に一つ決着が付き、彼はここへと辿り着いた。
男は未だ宙に浮くクリスティーナを細目で見ながら、形の残った仲間と形を失った仲間を回収していく。
男と共に新たにやって来た5人の仲間達もそれを手伝い、森の奥に停めている馬車に仲間を乗せる為に消えていった。
ようやくクリスティーナの上昇が止まる。
そして上がった時と同じだけの時間をかけての自由落下が始まった。
意識が朦朧としていたのは逆にクリスティーナにとってプラスだったかも知れない。
もし意識がきちんとしていたら、初めて彼女は恐怖というものを味わっていただろう。
長い様で短い落下を朦朧とした意識でやり過ごした彼女を待っていたのは大地の抱擁。
その抱擁は強化魔法を二重がけした筈の彼女の至るとこの骨を砕いた。
痛みでクリスティーナの意識が戻る。
全身を走る痛みを身体からだそうとするが、骨の折れたそれはびくともしない。
1人の男の登場により、勝利が覆された。
このままじゃまずいと、頭をフル回転させるクリスティーナ。
痛みでおかしくなりそうな意識を唇を噛むことで、無理やり主導権を奪い返す。
そして、動かない身体を動かず為に、詠唱を唱えようとして……やめた。
クリスティーナに先ほどとは違う優しい笑顔が宿る。
その目に映るのは怪しくも美しい銀の蝶。




