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 霞む思考の中に微かな音が入り込んでくる。チョンチュンという鳥の声が聞こえたかと思うと、遠くでサーっと水音が聞こえる。雨でも降っているのだろうか。浮かび始めた思考は多くの音を拾い始め、世界が喧騒で満ちて行く。生きている音だ。

 薄っすらと目を開ければ見覚えのない天井。ではなく、レジーノが拠点として使っている宿の天井だ。

 目覚めの瞬間がどうも懐かしく感じる。少し硬めのベッドに身を沈めたままそう思う。眠気まなこで体を起こしてみれば二人用には少し狭い空間が広がっていた。

 隣のベッドをみればレジーノの姿はなく、一体どこに行ったのだろうか。

 そう思っていると部屋の扉が開き、その人物が姿を表した。


「お、起きたのか。朝飯でも食いにいこうか?」


 部屋に入ってきたレジーノは上半身裸で濡れているようだ。シャワーでも浴びてきたのだろうか。体毛に包まれてはいるが同い年の男性が上半身裸でなのだと思うと少しドギマギとしてくる。

 気にするべきではないのだろうが、これを流すにしては喪女であった自分には少々難しいことのようだ。


「そ、そうだね。お腹すいたし、ごはん食べたいな」

「おー、じゃあちょっと待っててくれや。すぐに着替えるからよ」


 荷物の中から服を見繕い始めたレジーノは一枚ラフなTシャツを出すとのそのそと着込み始めた。よくよくみれば腹筋が割れていたり、腕にも程よく筋肉がついている。プロレス体系とでもいう肉のつき方で正直好みだ。


「どうかしたか?」


 服を着込み終わったのかレジーノからそう問いを投げかけられた。見ているのがバレたかと思い若干挙動不信になりながらなんでもないと答える。そうか? と特に気にする様子もなくあっさり流されたためバレてはいないようで少し安心した。

 部屋を出て宿と併設している食堂へと向かう。あまり大きな宿ではないようだが、レジーノの話によればここもご飯が美味しいらしい。食に恵まれていて本当に良かったと思う。運ばれてきた食事に手をつければ暖かな味が口一杯に広がる。美味しい。それだけでとても幸せな気分になった。


「今日はとりあえず買い出しだな。そのかっこどうにかしないと目立つし服とか必要なものを揃えよう」


 今の服はレジーノから借りたサイズオーバーの服。下はカプセルに入った時に着ていた病院着のようなものだ。足なんて今はぶかぶかのサンダルだが、この宿に来るまでは何と裸足だった。確かにこの格好は目立つし、実用的では無いだろう。ふと思う。この世界に何の繋がりも持たない自分は彼に言われるがままについてきたが、なぜ彼はこんなにも自分に良くしてくれるのだろうか。


「ねえレジーノ。私本当について行っていいの?」

「…俺と来るのが嫌になったか?」


 そうではないのだ。ただレジーノが自身を目覚めさせたの人間だからと言って、見ず知らずの人間を連れて行くと言うことにメリットが見当たらないのだ。そうレジーノに告げると


「お前の話を聞けるなら、それこそメリットだと思うけれどな」

「でも、それだけじゃ…」

「納得しないよな。なら、お前が気になる。それじゃあ駄目かな」


 気になるとはどういう意味だろうか。何も知らない自分が危なっかしくて仕方ないのだとしたら、その通りなのだろうが、この言葉に深い意味はあるのだろうか。男性にこう言ったセリフを吐かれた事がないためむず痒い気持ちになる。


「エミにとって今のこの世界がどう映るのか。それが知りたい。俺たちが育んできた世界がお前に取って良いものであるかはわからないが、きっと退屈はさせない。勿論、旅が嫌だと言うのなら、大きな街にでも連れて行って普通の生活を与えるのも手だろう。だがどちらにしろ、何も知らないままのエミを放ってはおけない」

「…ありがとう、レジーノ」


 きっと、自分の事をここまで考えてくれる人がいると言うのは幸福なのだろう。レジーノに感謝する。私を目覚めさせたのが彼で良かった。右も左もわからない。帰るところもありはしない自分に、彼の言葉が暖かく降り注ぐ。


「私この世界を知りたい。わからない事だらけだけれど、色んなものを見て回りたい。レジーノ、迷惑かも知れないけれど、私貴方と旅をしてみたい」

「迷惑なんて言うもんじゃないぜ。ただまあ、これからよろしく。エミ」

「うん! よろしくねレジーノ」


 食事を終えた後はすぐさま街に出る。雨は降っていないようだが、人の波というものがある程度に発展しているようでレジーノの姿を見失わないように後をついて行く。人よりも頭一つ分突き抜けているレジーノはいい目印になり、よそ見をしなければ迷子になるような事もなさそうだった。

 服は正直この世界での流行などよくわからないし、実用的なものをと思っていたのでレジーノに選んでもらうことにした。基本的に動きやすい服装で固め、あまり量は多くないが様々な気候に耐えられるようにと半袖から厚めの外套まで買い揃える。


「様になってるんじゃないか?」

「えへへ、ありがとう」


 レジーノにそう言われるとまんざらでもない。真新しい服を着込み外に出る。何だか少しだけこの世界に馴染む事が出来たような感覚になる。

 だがこの世界に溶け込むには自分はまだ異質過ぎるだろう。だから、少しずつこの世界を知っていこうと思う。きっと世界は待ってくれる。


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