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 遺跡から街へと向かう途中。荒野が広がる光景はどこをみても大した代わり映えもなく、轍後を残しながら過ぎ去って行く。バイクにまたがりながらそんな光景を流し見る。

 遺跡から出て拠点としている街へと向かう道すがら、彼女、エミのことを考えていた。

 後ろに座るエミは過去からの来訪者だった。遠い昔の記憶を持つエミは一体どれほどの時代からやってきたのだろうか。あの遺跡はそれは昔に出来た何らか施設だったと街にいる人間から聞いていたが、まさか人が眠っているとは思いもしなかった。


 あの遺跡の人々は何のために集められたのか。エミにそう聞けば、戦争によって汚染された世界の中で種の保存を計るために集められた人々なのだと言う。そう言う施設の存在は他にも聞いたことがあったが、今も運営されている施設は存在していないのではないだろうか。戦争の傷跡は大きく、エミのように過去からやってきた人間は希少だろう。


 守ってやらねばと思う。不安げに肩を落としこちらの様子を伺う瞳を思い出す。自分のような獣人に会うのも初めてだったと言う。獣人がいない世界とはどんな世界なのだろう。そんな世界考えたこともなかった。彼女にこの世界は一体どんな色に映るのだろう。街に着くのが楽しみでもあり、不安でもあった。

 







 ノーヘルでバイクに乗る時が来るとは思わなかった。交通ルールは守りましょう。レジーノの腹に腕を回しながらそう思う。喪女だった私が男性にこれだけ密着していると言うのは何か天変地異でも起きるのではないかと不安になって来る。


 今はレジーノが拠点にしている街に向かっているらしいが走り出して早一時間経とうと言うところだろうか。久しぶりに動かす体は思うように動かず、関節などキシキシ痛む気がする。早く街に付かないかなと思っているとレジーノから声がかかった。


「もうそろそろ街に着くぞ。小さな街だが飯はうまいんだ。エミも目が冷めたばっかで腹減ってるだろう? 着いたら何か食べに行こう!」

「ありがとう、レジーノさん!」


 風に煽られ聞こえにくい中でちょっとした大声で会話する。

 レジーノの言う通り遠めに街が見えて来る。正直隔壁のようなものに囲まれ街の規模はよくわからないが、そこそこ大きな街らしい。

 街に入るには検問所があるらしく大丈夫だろうかと不安になったが特に引っかかることもなく通ることができた。

 検問所の人は猫耳を生やしていたし、トカゲのような艶やかな肌をした人もいて一体どんな世界なのだろうと胸が高鳴る。


 いざ街へ入ればあら不思議。人間と獣人とが暮らす摩訶不思議な空間が広がっていた。

 犬の獣の頭を持つ人と獣の耳を生やした人間の男性が仲良く並び立って歩いていたり、艶やかな鱗を持つ子供サイズの人が人間の子供と遊んでいたり、猫耳を生やす女性が大きなツノを持つ鹿のような頭を持つ人と会話をしていたり、様々な人種がこの場に存在していた。

 あまりにも不思議な光景に心が踊った。今までの自分の常識に全く当てはまらない人々。まるで何か物語の中にでも入ってしまったような錯覚に陥った。


「レジーノさん! 私こんなにわくわくしたの初めてかもしれない」

「そりゃあ良かった」


 レジーノに話しかけると心なしかホッとしたような反応が返ってくる。

 何か心配事でもあったのだろうか。わたしがこの光景を受け入れることが出来るか不安にさせてしまっただろうか。

 バイクを路端に止め、一つの店に入る。扉を開けた途端、香りの波が襲ってきた。いい匂いだ。

 店の奥の席へと通されるとホッとしたのか急に空腹が襲ってくる。


「お腹空きました…」

「そりゃあうん百年も眠ってたんだ。腹が減るのも当然だろ」

「そういえばそうでしたね…。あの、私聞きたいことが沢山あるんです」

「俺もエミに聞きたいことが沢山ある。時間はたっぷりあるんだ。食べながらゆっくり話そうぜ」


 はい!と返事をし、いつの間にか注文していた料理を待つ。あまり間をおかずに運ばれてきた飲み物に口を付け、何から質問して行こうかと考えた。


「まず一つ目の質問いいですか」

「ああ、なんだ」

「今は西暦何年なんでしょうか?」

「今は西暦2860年だよ」

「2860年」


 私がコールドスリープに入ったのは2160年だ。丁度700年、コールドスリープから目覚めるのは予定では1000年後の筈だったが、随分と早く起きてしまったらしい。


「700年も前の人間なのか。こりゃ驚いたな」

「獣人はいつから出現したんですか?」

「さあ? エミの時代には全く居なかったのか?」

「私が覚えている限りでは獣人は存在しませんでした…。私が寝ている間に新人類として誕生したと言うことなんでしょうか」


 店の中を見渡せば自分が見知った人間の他に、人間に獣の耳を付けたものや頭が丸々獣の頭を持つ人など様々な人種が存在している。一体彼らはどこからやってきたのだろうか。

 レジーノを見る。レジーノは熊の頭を持つ熊の獣人だ。頭の先から足の先まで獣人らしく赤茶の体毛に包まれている。


「レジーノさん、あの、触ってみてもいいですか?」

「ん? おお、いいけれど」

「じゃあ失礼して…」


 レジーノから許可を貰い手を触って見る。柔らかな体毛に包まれた手は構造は人の手をしている。ごわついているように思って居たが案外ふわふわと柔らかな毛をしている。揉みこんだりしているとくすぐったいのかレジーノの笑い声が聞こえてきた。


「くすぐったいな。そんなにまじまじみられると恥ずかしいんだが…」

「あ、ごめんなさい」

「いや怒ってる訳じゃないんだよ。ただ…俺も男だからな。女の子にそう言うことされると意識しちゃうなあ」

「レジーノさん今幾つ?」

「今年で25だよ」

「えっ私と同い年!?」


 レジーノは思って居たよりも若かった。年若い男性にこういうことをするというのは自分も少し恥ずかしくなる。少し気恥ずかしさに飲まれながら照れ笑いをしながら手を返した。


「同い年…俺より年下かと思ってたよ。同い年ならそんな気負った話し方しなくってもいいぜ。もっと砕けた話し方でいい」

「はい、じゃなくて、うん」


 年下だと思われて居たのは正直心外だったが自分もレジーノの事を年上だと思って甘えて居たしどっこいどっこいなのかもしれない。

 敬語を辞め砕けた口調を心がけながら会話をしていると料理が運ばれてきた。

 美味しそうなワイン煮に、野菜をふんだんに使ったマリネ。焼き魚の料理に冷製スープ。どれもこれもが美味しそうで、早速料理を口に運ぶ。どれも美味しくて空きっ腹に染み渡る。なんせ700年ぶりの食事なのだ。


「美味いだろ?」


 熊の顔でにやりと笑うレジーノ。ちょっと顔が怖いかもしれないがつぶらな瞳は可愛らしい。

 ふふ、と笑いながらレジーノの声にと答える。この不思議な世界でレジーノに出会えて、私は幸せなのかもしれない。








 エミは何も知らない。この世界に生まれたばかりの赤ん坊のようだった。外を歩けばあれは何だ? これは何? と目を輝かせながら聞いてくる。


 拠点としている宿に帰る道すがら、彼女の眼に映る物珍しい光景を説明しながら歩く。出店だったり、街角の芸人だったり、彼女にとって目新しいものだったのだろう。思えば彼女は戦時中にあそこに収容された人間だったのだろう。そういった娯楽など、見るのが初めてだったのかもしれない。


 守ってやりたいと思う。この短な時間でも彼女の人となりがわかってきた。少し臆病で、でも好奇心は旺盛、真面目な人間のようだ。

 この見知らぬ世界で彼女は何を見つけるのだろう。俺はそれを見守ってやりたい、そう思った。

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