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 別れの言葉なんてどれも陳腐なものなのだろう。告げられた言葉に、自分も同じ言葉を返す。さようなら。たったそれだけ。

 突然だった。人の欲望によって滅ぼうとする世界で、人という種をどうにか保存しようとする国々によって選ばれた自分。これから選ばれた人々と共にコールドスリープのポッドに入れられて長い眠りの旅につくのだ。

 ポッドに入りながら考える。さようなら。その言葉が脳裏にこびりついていた。家族との別れは案外呆気なかった。まるで明日もまた会えるよ。なんて言われそうなほど簡単な別れだった。

 私は家族を愛していたし、家族もそうだったのだろうと思う。愛を与えられたからこそ、自分は自分で居られるのだろうとも思う。

 愛していた。もう二度と会うことは叶わないのだと思うと、今更ながら込み上げて来るものがあった。

 私は生きる。あの人達の愛を持って、未来へ向かう。さようなら。もう一度だけそんな言葉を呟いて。









「あちいなあ」


 照りつける太陽に愚痴をこぼすが誰に聞かれる訳でもなく風に流れて行く。青々とした空を恨めしく思うが不朽の星はただ照りつけるだけだ。

 しんと静まり返る遺跡を探索する。古い遺跡はガラガラと瓦礫が転がっており、雨ざらしになった機械類がそこらに見える。遠い昔の戦争の傷跡らしく、放射能汚染により変異した生き物などがうろつき、人の手はあまり入って居ないようだ。ここに来る途中にも異常変異した生き物に襲われたが、なんとか撃退し遺跡の中枢へと歩みを進めていた。

 暫く歩けば中枢と思しき場所へとたどり着く。日向から日陰へと場所を変え、暑さはマシにはなったが、暗闇に目が慣れない。目の前にはぴっしりと閉められた薄汚れた扉。様子を見るにこの先にはまだ人の手が入ったことはないのだろう。

 一体どんな宝があるのだろう。トレジャーハンターを名乗る手前、こういう瞬間は一等胸が高鳴る。ガチャガチャと持って来た器具を床に置き、扉を開けることに専念する。

 正直危険を承知でこの遺跡までやって来たが、思いの外あっさりと宝に手が届きそうだ。

 この中枢部はどこからか電気が通っているらしくロックがかかっていたが、持ってきた器具のおかげか思いの外すんなりと開いた。

 高鳴る胸を前に落ち着けと自分に言い聞かせる。暗い部屋に入ると自分に反応してか、パッと電気がついた。

 部屋の中には円筒状の大きなカプセルが並んでいる。近場のカプセルを見て見ると、中にはミイラ化した人の遺体が入って居た。

 他のカプセルも見るが様子は同じらしく、まるで遺体収容所のようだ。


「げえ。ハズレ引いたかな」


 何らかの理由によって集められた人々だったのだろうが、恐らく戦争時の建物の被害によって電力の供給がうまくいかなくなってしまったのだろう。眠らされたまま、自分に忍び寄る死に気付くことなく逝けたのなら、それはそれで幸せなのかもしれない。

 それでも何かないかとポッドをひとつひとつ開けて確認していく。入っていた人間の所有物と思しき眼鏡などの私物が入っているが目ぼしいものは見つからない。

 そうして最後のポッドに手をかけた。これで最後のミイラかと思っていると様子が違った。

 そこに寝ているのは一人の女性だった。黒々とした首元で切り揃えられた髪に、まぶたを縁取る長々としたまつげ、その奥に眠る瞳の色はわからないが、自分が普段見ている人間とは違う幼い顔立ちの女性。女の子と言ってもいいかもしれない。

 プシューと気の抜ける音を出しながらカプセルが開く。

 彼女は生きているのだろうか? そっと頰に触れるとむずかゆそうな顔に変化する。生きている。生きているのだ。遠い過去との邂逅に思わず胸が高鳴る。


「おい、おきなよ姉ちゃん」


 パシパシと軽く頰を叩くとううん、と鬱陶しそうな反応が返ってくる。まぶたを開けば黒々とした瞳がこちらを見据える。


「…………熊?」








 熊だ。熊が目の前にいる。言葉を喋っている。スペイン語で。大学…スペイン語専攻しててよかったな…。


「あ、え、こんにちは?」

「はいこんにちは」


 挨拶を返された。熊に。

 頭に?を浮かべながら一体どんな状況なのか考える。考えるが、熊のことで頭が一杯でうまく思考を働かせることができない。


「あの、タベマス?」

「姉ちゃん寝ぼけてんのか? 大丈夫かよ」


 熊に心配されてしまった…。人語を操るこの熊は一体なんなのだろう。それにここはどこだ。私は一体…何をしていたんだっけ?


「なあ姉ちゃん。なんであんたこんなところに寝てたんだい?」

「私、私は確か、コールドスリープに…」


 そうだ、私は確かコールドスリープに入って、千年後かの未来に目覚めるはずで…。ぼんやりとした頭に答えが浮かんでくる。今は一体西暦何年なのだろうか。目の前にいる熊のことよりもまず先にそちらが気になって仕方がない。


「コールドスリープ…やっぱ姉ちゃん過去の人か。こりゃあ驚いたな」


 過去の人。この熊にとって私は過去からの旅人なのか。目の前の熊を見る。彼は一体何者なのだろう。私がいた時代では彼のようなものはいなかった。もふもふしている。触ってみたいな。


「あのあなたは…? 私あなたのような人を見るのは初めてで…」

「獣人が初めて? 過去には数が少なかったらしいから、当然か。俺はレジーノって言うんだ。熊の獣人だよ。トレジャーハンターをやっている」


 熊の獣人。そんな人間過去の世界にはいなかった。新人類なのだろうか? 一体私が眠っている間に何があったのだろう。一体何年経った?

 コールドスリープのカプセルから起きようと体を起こすとレジーノが手を差し出してきた。その手にありがたく掴まりながらポッドの外へと足を向ける。そういえば他の人々は?


「他の人間はダメだ。あんたを残して全滅だよ。」


 そんな。収容された人々のなかには小さな子供もいた。そんな子供まで死んでしまったのかと思うと、自分だけ生きていることに後ろめたさが湧いてくる。レジーノの話ではこの施設は数百年前の戦争で壊滅的な被害を受けていたらしい。今は古い遺跡となり、やってくるのはレジーノのように宝を求めやってくるの物好きだけ。

 施設という後ろ盾を数百年前に既に失っていたと言うことか。右も左も分からない私は一体これからどう生きていけばいいのだろう。


「俺とくるかい?」

「え、でも」

「一人くらい養うくらいならどうってことないよ。それにあんたの時代の話を聞かせてくれないか? 俺はそう言う話に滅法弱くてね。どうかな」


 レジーノの甘い話に乗ってもいいものかと不安になる。だが今の時代に何の後ろ盾も持たない自分に彼の話はありがたいものだった。それにこの目の前のかっこよくもかわいらしい熊の獣人に、惹かれるものがあった。


「私の名前はアガタ、エミ。よろしくお願いします。レジーノさん」

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