贈与
「今日はどんなパーティになるのだろうか?」
始まったばかりのパーティーの様子を眺めながら、君はそんな独り言を言った。
水の無いプールに作られた、まだ、人もまばらな会場の様子を眺めながら、どういう風に今日を楽しんだら良いのだろうかと、君は、じっと考えていたのだった。
まだ十人くらいほどしか集まっていないそのパーティーは、今は何色にも染まっていない。何物にもなり得ていない。
それは、微妙で、曖昧な様子だった。
そんな中、人々は、少し緊張した表情で、互いの様子を探っているかのように、時々キョロキョロとあたりを見渡しながら、やはり、君と同じように、どんな風に今日のパーティーを楽しんだら良いのかを慎重に探っているようであった。
始まりはしたが、まだ形も定まらぬパーティーであった。
でも、それゆえに、パーティは可能性に満ちた、わくわくする雰囲気の中にあった。
パーティの始まりのこの時間は、その世界の創生とでも言うべき、とても重要な時間なのだった。
音と音、人と人、人と音が絡み合って作られるパーティーと言う織物の模様を決めるのはこの時間なのだった。
そんな創世の現場に、今、君はいるのだった。
今日のパーティのあり方を決めるのはこの時であるのだ。パーティを作り出す時間が今なのだった。
であれば、君が今日この始まりに居合わせていると言うのは、今日のパーティにその方向を決める重責と楽しみを得たということなのだった。
そんなパーティ会場は、興味深くも、また脆い物に見えるのだった。
いまこの場にいる、少数の人々の最初の行動で、果たして、何が起きて、どんなパーティとなるのか。どんな世界が始まるのかが決まっていくのだ。
そう思えば、――君は、興味深く、あたりを眺めるのだった。
君は、水の抜かれたプールの飛び込み台に座り、足をブラブラとさせ、反対側のプールサイドに作られたスピーカーの山と、その前で踊る女を見つめていた。
女は、プールサイドに立ち、キラキラした横顔を君に見せながら、まるで滑るような、軽やかなステップを踏んでいた。
その姿に、その振る舞いの美しさに、君は見蕩れていた。
とても自然で美しい動きをする女性だった。
流れる水のように、無駄が無い滑らかな動きであった。
彼女は、とても楽しそうな微笑みを浮かべながら、一心に空を見つめ踊っていた。
君は、そんなまっすぐな表情の彼女を、知らないうちにじっと見続けてしまっていた。
気付けば、彼女を、後ろで流れる雲と一緒に見つめていた。
君は、彼女と自然を区別できない一緒のものとして眺めていたのだった。
しかし、君は彼女がそこにいることを強く意識していた。
区別できないからと言って、彼女は風景ではなかった。むしろ、風景が彼女なのだった。
彼女は風景を変える、――自然を踊らせるのであった。君は世界を眺めるような広く開かれた目で、その女性を見つめていたのだった。熱っぽく、恋い焦がれるような目で見つめるのであった。
すると、その視線に気付き、振り向いた女と、君と目があって……。
君も少女も、両方とも少しはにかみ、一度目を逸らした。
――しかしまた興味を引かれ、見つめ合った。
続けて、その君らの微笑ましいやり取りを見て、君の後ろにいた男が幸せそうに笑った。
さらに、続けて、その会場の一瞬の変化に気付いたDJはすこし高音を上げた。
それを聞いて気持ちの盛り上がった別の男が笑った。
それを見て横の女が笑った。
――そんなふうに、パーティーに、感情の連鎖が始まった。
そして、それがパーティの形を作ったのだった。
波のように広がる、会場の変化。
広がる、揺れる感情。
それが今日のパーティを、この美しい織物の模様を作り出したのだった。
少女と君の感情の贈与が、波となりパーティ会場に広がり、それが今日のこの場に素敵な宇宙の始まりを作り出したのだった。
この日、このパーティは、君らの小さな、心の揺らぎが、その姿を決めたのだった。
感情の贈与がさらなる贈与を呼んだ。増幅が増幅を読んだ。
感情が音を強め、その強まった音がさらに感情を高ぶらせた。
激しく盛り上がり、しかし優しく心地良い。参加した人々誰もが心から楽しめるパーティが始まったのだった。
それは、君と少女が作った法則の中ににより生まれたのだった。
楽しく、落ちついて、共感に満ちて、――素晴らしい。
君は踊る。
繰り返されるたびにより強く、より豊穣に聴こるビートに合わせて。
君が強く大地を踏みしめ、――そのビートを大地に問えば、大地は揺れ、君にビートを返す。
君は天を仰ぐ。
目の前を通り過ぎる赤いレーザー光線がそのまま空に向かって上げ、――それに合わせるかのように上昇するピアノの音が聞こえれば、合わせて手をあげる。
君は我を失いながら星空を見た。
星空も君を見つめていた。
夜空は、きらきらと光りながら、楽しそうに君らを見ていた。
星々は君らの瞳を映し返す。
君らの感情を返す。
星々と君らは一体の物となった。君はベースの重低音に体を揺すられながら。君は空に、君を見る君を感じたのだった。
君は叫んでいた。
君は宇宙になり、その喜びに叫んでいるのだった。
それは、宇宙の創造であった。
小さな、このプールに満ちるだけの小さな宇宙であったけれど、それは間違いなく新たな世界の誕生であった。
その中で、君は、君であり、君でなかった。
君は矛盾もはらんだ全ての物であり、つまり何物でも無かったが、だからこそ君は宇宙であった。
君は、空となり、星となり、叫んだ。
いつまでも、いつまでも、止まらぬ興奮に突き動かされて、叫び、踊った。君の身体は軽く、このままずっと踊っていられそうに思えた。
気づけば、もう踊り始めてから何時間も経っていたのだが、気付けばずっと踊り続けていた。
君は、水の変わりに音の溜まったプールの中で、音の中に浮かんでいた。喜びが満ちたその中で泳ぐように踊っていた。
喜びにより世界が溶け合った、その中で君は、地上に降りた天の中で、その歓喜の中で、天より降り注ぐ、――きらめき、ライトに照らされる雨粒の輝きを見つめていた。
雨が降っていた。
君は、いつの間にか、土砂降りの雨の中、ずぶ濡れになっていたのだった。
しかし、君は、そんな雨など気にもせずに踊り続けていた。周りの皆も同じだった。
ひどい雨でも誰も踊るのを止める事は無かった。
雨の中でこその高揚感があった。
雨が、自分の肌に感じる雨の冷たさは、君を、君らを、肉に、現実に引き戻していた。
しかし、それでこそ、――それでも消えない何かを、君は、君らは、今日、ここまでの間に、世界から、その蓋然性のなかからしっかりと受け取っていたのだった。
君は踊り続けた。
降る雨は全然不快では無かった。
その冷たさ、肌を打つリアルは、まるで苦では無かった。
君には、今、雨の冷たさに抗う事のできる、内側から湧き出てくる熱情があったのだった。
だから、雨空に向かって叫ぶのだった。喉に流れる雨粒にむせてしまっても、構わずに叫ぶのだった。
いつの間にか泥だらけになった身体も全く気にならなかった。ここで踊る者達は皆同じ気持ちのようだった。
プールサイドで、白い絹のドレスを泥だらけにしながら踊っている女は、苦しそうな表情ながら、目をキラキラと輝かせ、腕を大きく広げながら、激しく体を揺すっていた。
君の目の前で雨に濡れプールの底に滑り転んだ男がいたが、彼は泥だらけの顔を拭う事もせずに、起き上がると、さらに強く足を踏みしめて踊り始めていた。
雨の中、雨の中でこその狂乱があった。
肉体があり、現実があり、その中でこその崇高があった。それ故の歓喜があった。
君は、そんな絶頂の中、フラッシュライトがつくる影が、現れる瞬間瞬間に話すのを聞いた。
――昔々。昔々?
――永遠。永遠?
――すべてが。すべてが?
――すでにある。すでに?
仙人のような風貌をした老人は、静かに石の上に腰を下ろし、果てしなく遠くの風景を覗き見ているかのように、じっと前を見つめている。女のジャグラーのやる ファイヤーダンスの、炎の軌跡が闇に刻まれて、その横にはブラックライトに照らされた蛍光色の、ストリングスが風に揺れる、
DJはゆっくりとしたブレイクビーツに、アンビエントなシンセを混ぜ始め、君の心はその広がる音にと一緒に、プールの周りの森に広がってゆく。
プールサイドで踊る、興奮した男は、雨でもその火照りを抑えるには足りないのか、顔にミネラルウォーターを浴びせながら、激しく跳びはね続ける。
また別の男は、放心したかのように地面をじっとみつめ、しかしその顔は笑みに満ちる。痙攣するかのように小さな足踏が、滑稽でなく、彼の全てを表して、――素敵だ。
雨降りの夜。
しかし、夜空よりも濃い闇で浮かび上がる山々の稜線が見えた。
その美しい曲線は、君の前の女の、ゆっくりとくねらせる体と重なって、――消える。
君は、水のないプールに満ちる、濃密な音の浮かびながら、そんな全てを見つめている。
プラスチックの板で作られたピラミッドの、中で踊る人々を眺めている。
ブレイク。
たき火をしている人々の笑い声が聞こえる。
ブレイク。
コンクリートを打つ雨音が聞こえる。
ブレイク。
ゆっくりと脈打つ自らの鼓動。
ベースの音がが少しずつ大きくなってゆく。
人々の話声も雨音も鼓動も、その中に飲み込んでいく。
ベースの音がさらに大きくなり、――森が震える。
スピーカがたえ切れずに悲鳴をあげ始めるが、構わずに、ベースの音はヴォリュームの限界まで押し上げられ……。
――君は叫ぶ。
スポットライトが照らし、君の影が長く伸びる。
繰り返し、回るライトに合わせて影も回る。
思いも回る。
君は様々な感情を影に乗せて世界の隅々まで飛ばす。
世界も回る。
闇と光の狭間。
夢とうつつの境。
君は回りながら漂い、――帰ってきた。
歓声。
いつのまにか、雨が晴れ、雲の切れ間から見える月の光が、スポットライトのように、パーティ会場を照らした。
その神々しい光の中、君は、目の前にパーテイの最初に踊りに見惚れた、その女がいることに気づいた。
彼女は、君の視線に気づいたのか振り返る。
すると、君は、振り返った女の瞳の中に映る自分の姿を見た。
それは疲れきってはいたが、とても素敵で、誇らしい自分であった。
君は笑った。
その瞬間、君は、今日のパーティの全てがこの瞬間に収束していく事に猛烈な感動を覚えた。
君は、彼女の瞳の映る世界を見た。そこに君がいて、それをまた君が見た。
君は、世界を得た。君は、それが嬉しくて、叫んだ。
君は、踊った。
雨があがり、照る朝日が作る虹に向かって、大声で叫びながら踊った。
猛烈な高揚の中、踊り、叫ぶ。
そして、――永遠。