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優しくしてほしいお年頃

「はい、次の方どうぞー」


 俺は結局、園芸委員の仕事を終えてから、郊外にある大きな病院に来た。

 男なのか、女なのか、それだけは知りたい。

 男なら、それでいいし、女なら、それでもいい。

 とにかく俺がどっちなのか知りたい。

 それに戻せるなら端末も欲しい。

 ジュンは「端末ない方が本が読めるわ」とか言って結局あれから電源を入れてないみたいだけど、俺は慣れない。

 少し不安になると、耳に触れてしまう。 

 そこには食いちぎられてガタガタになった耳があるだけなのに。

 俺はどこまで行っても普通の人間だ。

 名前を呼ばれて診察室に入る。


「今日はどこから来たのかな?」


 真っ白な髪の毛をふわふわさせた優しそうなおじいさんが俺の方を向く。

 良かった、普通のお医者さんだ。また凜が居たらどうしようかと、少し思っていた。

 ここは子ども専用のジェンダー科で、この時期は多くの医者が居る。

 十五の春で情緒不安定になった子が自殺するのは、性別が決まったあと、一ヶ月が多い。

 専用のホットラインも多く配置されているが、俺は電話じゃ説明できない。


「藤井アラタさん、男の子かな」

 先生が俺のしっぽを見て言う。

「先生、見てください」


 俺は深くかぶってきたニット帽を取った。

 ふわりとまっ赤な髪の毛が出てくる。


「ほう……」

 先生が近づいてきて、俺の髪の毛の触れる。

 ツンツンと引っ張ったり、髪の毛を注意深くみたりする。

 そして後ろに伸びているしっぽも見た。

 俺はニセモノじゃないアピールのために、軽くしっぽを動かしてみる。

「なるほど……」

 うん……なるほど……そう何度も言いながら椅子に戻る。

「先生、俺はどっちなんでしょうか。もう不安で……」

「そうだよね、不安だよねえ。待ってて、検査するからね」

 そしてガラララっと引き出しをひいた。

 そこにはケースに入ったまっ赤なボタンが見える。先生はそれをバシンと押した。

 すると、普通の外が見えていた窓ガラスにガラガラと雨戸のような物が下りてきた。



「へ?」



 後方も同じような音がするので振向くと、入り口もガラガラと雨戸のような物が閉まる。


「へ? へ? なんですか?」


 部屋はついに真っ暗ななった。

 真っ暗な部屋の中でキィ……キィ……と椅子が動く音がする。


「何なんですか!」


 俺は目をこらして叫ぶ。

 部屋の中が完全に暗くて、何も見えない。

 暗闇の奥からブツブツと声が聞こえる。


「まさか俺が両性類に出会うなんて……こんな奇跡……信じられない……二百年の仮説は証明された……」


 暗闇に目が慣れてきて、少しづつ見えてくる。

 椅子に座ったままの医者は椅子を小さく揺らしながら、ブツブツ言い続けている。


「希望の光だ……希望の光が、俺の目の前に現れた……信じられない……ああ、はやくコピー能力を調べないと……本当に両性が生まれるなんて……」

「両性? 俺ってやっぱり、男でも女でもないんですか?」


 キーーッと椅子が動いた音がして、俺の目の前に椅子に座ったままの医者が来る。

 暗闇の中で、医者の目が光って見える。


「君が産まれるのを、私たちは何十年も何百年も待っていたんだよ」


 医者はにっこりと微笑んだ。

 その口元に見えた黄色く黄ばんだ歯が気持ち悪くて、俺は体を引く。

 医者が俺の腕を掴む。


「もうすぐ政府の人間がくる。君は神になるんだ」

「……なにをいって……」


 その瞬間、頭上で爆発音が響き、同時に建物がズン……と揺れる。

 真っ暗な室内にパラパラと何かが落ちてくる。


「なんだ?」


 医者は俺の腕を掴んだまま、天井を睨んだ。

 数秒後に再びドン……! という振動。

 天井に埋め込まれている照明が落ちて割れて、俺の足に何かが当る。

 足を動かすとパリンと軽い音がするので、これはガラスの破片だ。

 ドン……ドン……と天井で大きな爆発音が響くたびに、上の階から悲鳴が聞こえる。

 そしその音は、次第に近づいてくる。

 俺は顔を上げた。

 もうすぐ上にいる。


 ドゴン!


 耳が一瞬聞こえなくなるほどの爆音が響き、部屋中が揺れる。

 俺は真上から何かが落ちてくる恐怖に、医者の手を振り払って壁際に移動した。


「まさか翼がもう……?!」


 医者が顔を上げた瞬間、分厚いコンクリートが大きな音を立てて、俺の目の前に落ちてきた。

 広がる砂煙と丸いブロックの塊。

 着地と共に粉々に割れて飛び散る隙間から、蒼い空と深紅の羽、白銀の髪の毛が見える。

 スポットライトがさしたような光の中、ギャギャギャ! と大きな音を響かせて、スケボーが着地する。



「お待たせしました、凜ちゃんただいま参上!」



「またお前か」




 俺は正直もう違和感がない。


「ロカナンの翼か?!」

 医者が叫ぶ。

「私の羽、何色に見えるううう? あんな下品なのと一緒にしないでよ、ね!」


 凜が医者が座っている椅子の背中部分を叩くと、椅子からシートベルトとヘルメットが出てきて、医者に自動的にそれをかぶせる。

 そして、その椅子の下の部分にあったエンジンが着火した。

 凜は開けた大穴の真下に医者を椅子ごと運ぶ。

 数秒後に椅子と医者は空に飛んでいった。



「フギャーーーーーーー!」

 医者の声が消えて行く。



「……あれ、大丈夫なの?」

「大気圏あたりで浮くから平気」


 浮く? 椅子が? 医者が? 穴から見上げたが、もう何も見えなかった。

 俺はトスンとベンチのように固いベッドに座った。

 部屋の天井には大穴が開いていて、あげく部屋はメチャクチャだ。


「洗脳前の地域の病院まで来るなんて~、困っちゃうよ、凜ちゃん困っちゃう。そんなに体が気になるの? 仕方ないなあ、説明する?」


 凜は机に偉そうに腰掛けた。


「はやくそうしろよ、なんだよ哺乳類って」

 俺は睨む。


「いいじゃんオオアリクイ。口が長くてセクシーよ? 仕方ないなあ……じゃあ、レントゲンとりまーす」


 カメラのような亀が凜の掌からモコモコ出てきて、俺の写真を四方八方から撮る。


「はい、見せまーす」

 まだ暗い室内の壁にレントゲンが表示される。


「見て見て? これがしっぽ、これが睾丸、これが膣、これが乳腺。やっぱり完璧だわ。ラーメンで言うなら全部乗せ。麺は固めで油多めのチャーシューともやしとシナチクとついでに竹輪の天ぷらも乗せて~~あれ……でもしっぽの奥に……うーん、これはカメトゲンじゃ分からないな……」


 凜は机に腰掛けて壁のレントゲンを見ながらブツブツ言う。


「結局俺は、男なの? 女なの?」


 凜は机からキュッと下りた。

 白銀の髪の毛が天井からの光に照らされて光っている。

 よく見ると凜の目もまっ赤だ。

 深紅の瞳が俺を見つめる。


「アラタは両性。男で、女。完全に一人で生殖が可能な生物なの」

「うーーーーーん……」


 俺は頭をかしげる。

 正直本当に意味が分からない。

 俺の目の前に凜がくる。

 深紅の瞳の中に俺がうつっている。


「私も君も宇宙でたった二人の初期ロット。特異的遺伝子変異体とも言う。すべての最初の一歩。私もアラタも、まだ完璧な神じゃない。でも世界に選ばれたの。超ラッキー、宇宙規模でラッキー」


 はあ……と俺はため息をついた。

 まだ神とか選ばれたとか言うか。


「俺さあ……普通でいいんだけど。普通に恋して、普通に暮らしたい」

「男と女なら、それで普通なの? 普通って、なに? 多数派のこと?」


 凜の顔が俺の目の前にある。


「え……いや、ふ、普通に……」


 俺はその距離の近さに、少し体を引く。



「自分が普通だと思ったら、それが普通でしょう」



「いやいや、これは普通の状態じゃないだろ」



「じゃあ、私とフツウに恋をしよう?」


 凜が俺のあごを持つ。

 その細い指。

 俺はその感覚に、今日触れたユウの指先を思い出す。


「あら……他の女の子と考えてる」

 凜が俺を睨む。

「なっ……」


 なんで分かるんだ。


「ダメダメなんだなー。私のことちゃんと好きになってくれないと、パワーが二分の一。全然足りないの。完全に産まれないの」

「とにかく手を離せよ」


 俺が凜の手をふりほどくと、ドンドンドン! と雨戸のような物を叩く音がする。


「大丈夫か? もう君は安心だ、出てきなさい」


 安心? 俺を閉じ込めて?

 目の前には凜が居る。

 余裕の微笑みを浮かべて、目の前に立っている。

 その口元はにんまりとしていて、悪魔のような、ネコのような……。

 正直、どっちを信じていいのか、全く分からない。

 後ろも地獄、前は自称神さま。

 でも、俺を閉じ込めようとした人たちより、天井に開いた大穴を信じたい……気もする。

 クスリと小さく凜が笑う。


「信じてくれる? じゃあちょっと頑張っちゃおうかなあああああ」


 凜が叫ぶと、背中から深紅の羽が広がって、その一つ一つが赤い水の塊になる。

 よく見ると赤い羽根の生物が、また赤い生物を産みだして、どんどん大きな水のような塊になっている状態だった。

 凜の背中にあるまっ赤な海の球体が、どんどん大きくなり、俺の目の前まで来る。


「よっし……!」


 凜が左手をグググと力を入れて握る。

 まっ赤な海がその手に飲み込まれていく。



「……いっけーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 凜が叫ぶ。

 手を振り下ろして床に打ち付けると、白銀の髪の毛が広がる。同時に波動のようなものが空気に乗って走り抜けて、俺は一気に壁際に押しつけられる。

 頭をガンと打って、あまりに強い風に目を細めながら凜見ると、凜の自体がまっ赤な液体の中に浸かって、最高の笑顔で微笑んでいる。

 体温より少し低いお風呂に浸かっているような笑顔で。

 顔をあげると、口からコポリと泡があがる。

 同時にドン! と再び強い衝撃が来て、俺は更に壁に押しつけられる。

 眼鏡が吹っ飛びそうになって、慌てて顔に押しつける。


「ぎゃあああ!」


 壁の奥で、政府の人たち? が叫んでいる。

 目の前のまっ赤な球体は、どんどん光を増していく。

 同時に強風が吹き付ける。

 それだけじゃない。

 キィィィンと耳の奥が痛い。

 飛行機に乗って修学旅行にいった時のことを思い出す。

 耳の奥に何かがたまって、痛い……!

 どれだけ長く続いたか分からないその音が止む頃、次第に風が弱まってきた。

 すると、背中にあった雨戸のような物がガタンと倒れた。

 ああ、やっと息が出来る。

 俺は体を前にして、丸まる。背中に鈍い痛みがある。

 かなり派手にぶつけたようだ。

 何だったんだ……?

 うなだれる俺の目の前に、凜の靴先が見える。

 真っ黒に磨かれたエンジニアブーツが、パキンと窓ガラスの欠片を踏む。

 壊れた背後の雨戸の隙間から、沢山の人たちが入ってくる。

 みんなスーツ姿だ。

 レスキューや病院の人には、見えない。


「隕石が落ちたという報告がありましたが、大丈夫ですか?」


 廊下にいた政府の人たちが走ってきて、俺の顔を覗き込んだ。

 隕石? まあ……隕石みたいな女に変わりは無い。


「大丈夫です」


 俺は軽く頷いて答える。

 そして少し理解しはじめていた。

 凜が使った波動のようなものは、凜の思考を周りに伝えるものだ。

 学校でも、あれを使ったのだろう。

 そして政府の人たちにも。

 その効果がどれくらい続くのか、分からないけれど。


「一度使った人間には、効果は半永久的。それが私の力だから」


 凜が俺に向かって手を伸ばす。

 また思考を読んでるのか。


「……なあ、端末は、だからダメなのか?」

「はいピンコーン藤井アラタくん、大正解でーす! 端末は両性が産まれるのを監視するために付けられてるの。宇宙規模で見張ってマウス!」

「なるほどね」


 俺は凜の手を握った。

 その手は意外と温かくて、普通に人間の掌だった。


「……掌は普通だな」

「おっぱいも普通だよ? 見てみる?」


 凜は俺を引き起こして、俺の顔をそのまま胸元に突っ込んだ。

 そこには深い谷間が……!


「バカやめろ!」

 俺は両手でそれを押して、離れる。

「あん、ひどーい! 優しくしてほしいお年頃だよ?」


 目をきらきらさせた凜が頬を膨らませて言う。


「……帰る」


 俺はぶっ壊れた部屋を出た。


「くっそ、可愛いじゃねえかよ、俺可愛いだろ? なんてムラムラこねーんだよー!」


 背後で凜が叫んでいる。

 あいつ、本当に女なのか?

 いや俺と同じって言ってるから、両性なのか……。

 もういい、疲れた……俺はもう寝たい……。

 結局何の答えも出なかった。

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