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もう皆一緒に居られない

「ははははは!! 哺乳類なの? 哺乳類!!」

 ユウが廊下に表示されたクラス分けを見て、涙流して笑っている。

 一年二組・女の所にジュンとユウ。その後ろに男が書かれていて、一番後ろに哺乳類・藤井アラタと普通に書かれている。

「おかしいだろ!」

 俺は叫ぶが、周りの生徒は普通の反応だ。

「うん、哺乳類だよな」

「ああ、あるあるだよな」

 あるある……じゃねーーーーー!

 俺はがっくりと椅子に座る。

「……なあ、アイツが出たんだよ……」

「何?」

 俺の目の前にジュンが座る。

「白銀女」

「じゃあ何かしたのかもな。俺も違和感ないわ。アラタが哺乳類なら仕方ない」

「それだけじゃない、ケントさんも居た」

「……え?」

 ジュンの顔色が変わる。

「え? ケントさん? 学校に? え? 本当に?」

 ユウも椅子に腰掛ける。

「なあ、ひょっとして、全く消息掴めてない?」

 俺はジュンに聞く。

 ジュンはすっと端末に触れた。

 そして目を閉じる。

 きっと脳内で会話してるんだ。

 俺は静かに待つ。

「……俺は、どこにいるかくらい掴んでると思ったけど、完全に消息不明なんだって。本当にケントだったのか?」

 ジュンが端末を切って言う。

 俺は無言で深く頷く。

「話も少しした。あれはケントさんだった。ケントさんも、端末が無かったぞ」

 俺は端末がない自分の耳に触れながら言う。

「マジか」

 ジュンが絶句する。

 俺は頷く。

 もう何がなんだかわからないけど、欠けた耳だけは、そこにあった。


「挨拶はこれくらいにして、委員会決めるぞー」

 担任の橋本先生は、係を黒板に書き出す。

 皆耳元の端末に触れる。

 学校内では端末の使用を禁止されてるけど、皆そんなこと気にしてない。

 端末でグループトークして、話し合っている。

 今まで俺もそうしてたけど……今日からどうしよう。

 ていうか、端末なしでこの惑星の人として大丈夫なのか?

 やっぱり俺、帰りに大きな病院に行こうかな。

「ユウが園芸やろうって」

 横の席のジュンが言う。

 ユウと話したことを俺に教えてくれるようだ。

「ありがたい。端末ないと、結構困るな」

 俺はため息をついた。

「いや、実は俺は羨ましい」

「へ?」

「これがあるから頭の中で無音の時が無い気がする。そうだな、アラタが無いなら、俺も切るか」

 ジュンは端末に触れて、電源を完全に落とした。

 端末は血流を利用した半永久的な電源を確保していて、普通に生活していたら、切ることは無い。

 というか、電源を落としたことがない人が大多数だろう。

「マジか、大丈夫なのか」

 俺は少し驚いた。

 逆の立場で、すんなり端末を切れるだろうか。

 生活のすべてを端末にゆだねているから、俺はそんな簡単に思い切れない気がする。

「お、静かでいいな」

 ジュンは窓にもたれて言った。

「悪いな、俺に合わせてもらって」

 俺はポツリと言った。

「アラタには恩があるからな」

「またその話かよ」


 子どもの頃のジュンは浮いた存在だった。

 ケントさんと一緒に大きき車で送られてきて、華多さんという執事がランドセルを待つ小学生。

 言葉使いも偉そうで、俺とお前らは違う! という威圧的な態度。

 でも俺は知ってたんだ。

 ジュンがいつも掃除の時間、丁寧に廊下をふいていること。

 小学校低学年だったと思う。

 あの頃俺は、雑巾をしっかり絞れなかった。

 ねじるあの動きが、出来なかったんだ。

「ヘタクソ」

 口こそ汚かったけど、ジュンはキッチリ、丁寧に雑巾を絞った。

 なんだこいつ、すげえ普通のヤツなんじゃね?

「隅を拭かないなんて、雑巾がけの意味が無い」

 ジュンは黙々と雑巾掛けをした。

 他の子はみんな遊んでいたのに。

 俺はそこからジュンに興味を持った。

「なあ、お前のことジュンって呼んで良い?」

「俺と友達になりたいのか。仕方ない、許してやる」

 そういってジュンは口元の笑顔を無理矢理かき消すような変な顔で言ったんだ。

 あのぐにゃりと曲がった笑顔。

 俺は座ったまま爆笑してしまった。

 団地でナンバーワンに運動が出来た俺は、クラスでも人気がったので、俺が友達になることでジュンを守ることが出来た。

 あれから数年、俺たちはずっと一番の友達だ。


「おーーい、園芸、三人の枠に四人居るぞ。ジャンケンしろ。一人図書係りだ」

 橋本先生が俺たちに声をかける。

 黒板をみると、俺、ジュン、ユウ、ミユキと三人の枠に四人の名前があった。

「ミユキさん? お願い。園芸委員を三人でやりたいの、譲ってくれないかな」

 ユウは両手を合わせて、ミユキさんという女の子の前に座った。

「私も……隣のクラスの子と……園芸やろうって約束してて……」

「オッケー、分かった。じゃあジャンケンだね、ジャンケン」

 ユウは手を組んで空を見た。

 なんて懐かしい必勝法。

 おかっぱがフワフワ揺れて可愛い。

「よーし、絶対勝つよー!」

 ユウはピョンと跳ねた。

「ユウはグー出すだろ」

 俺は笑う。

「え?! なんで分かるの?」

 ユウが目を見開いて叫ぶ。

「ユウはいつもグー出すぞ。気をつけろ」

 俺は警告する。

「えー、じゃあパーにする」

「言うなよ!」

「ああーー!」

 ユウはがっくりとうなだれる。

 ジャンケン一つで俺たちは何をしてるんだ。

「……いいよ、俺、図書委員になるよ」

 突然ジュンが手を上げた。

「え? ジュン、なんで?」

 俺は驚いた。

 俺たち三人は中学三年間もずっと同じ委員やってきたのに。

「龍蘭の図書館、興味あるし」

 ジュンは一人でいる時、いつも本を読んでいるくらい本が好きだし、龍蘭の図書館は大きくて有名だけど……。

「ジュン! ジャンケンしようよ」

 ユウがジュンの前に来る。

「じゃあユウが図書委員やれるのか」

 図書委員には毎週一冊読んでコメントを書くノルマがある。

 毎日なにかしら本を読んでいるジュンなら余裕だけど、ユウが本を読んでいるのは……見たことが無い。

「無理」

 ユウは即答した。

「じゃあ決定だ。先生、俺図書委員やります」

「よろしく頼むよー」

 橋本先生が黒板にあるジュンの名前を消した。

 残された俺とユウの名前。

「ジュン……」

 俺が呼ぶと、ジュンが振向いた。

「男して戦うことも出来ないなんて、妙な気分だ」

 切れ長のまつげを静かに伏せて、ジュンは苦笑した。

 ジュンはわざと下りたんだ。

 俺とユウのために。

 俺はなんて言っていいのか、分からない。


「なるほど、ひたすら雑草を抜くのね」

 放課後。

 さっそく集められた園芸委員の俺たちは、雑草が山ほど生えた花壇の前に座りこんだ。

 ユウはグイと腕まくりをした。

 女になってたった数日なのに、ユウの腕は俺より細く見える。

「こういう地味な作業、嫌いじゃないわ」

 ユウは雑草を掴んで一気に引き抜く。

「単純作業は俺も好きだ」

 俺も座り込んで、沢山はえている雑草を抜き始めた。

「え、それ、雑草かな」

 俺が掴んだ草を見てユウが言う。

「うーーん、パンジーかな?」

 反対側に居たミユキさんが言う。

「だよねえ~~」

 二人で笑うので、俺は慌ててそのパンジーと呼ばれた花を埋めた。

「これで良いだろ」

「ちゃんとお水もあげろよ、枯れるぞ」

 俺たちの後ろに、身長の大きな女の子が立っていた。

「タイシ!」

 ミユキさんが立ち上がって、笑顔を見せた。

 あ、約束してた別のクラスの子って、この子……?

「紹介します。私の恋人で、三井タイシ」

「恋人」

 ユウが反芻する。

 タイシさんと紹介された子は女の子で、ミユキさんも女の子だ。

「無性別の頃からずっと付き合ってきたし、性別が決まっても、気持ちに嘘はつけないから」

「そっかー、そういうのも、ありだよね」

 ユウは小さく頷いて言った。

 無性別時代から付き合っていた二人が、そのまま付き合い続けることは、よくある。

 それは性別に関係なく。

 二人はにっこりと微笑みあい、二人で花壇に座り、雑草を抜き始めた。

 ユウも俺の横にストンと座る。

「女の子と恋愛かあ。好きなら仕方ないよねえ。私もアラタが女の子だったら……どうしたかな……でも……やっぱりアラタが良いかなあ……」

 スコップで土を掘っていた俺の手に、ユウの指先が触れる。

 心臓が跳ねるように脈打つ。

「でもやっぱり、私が女の子で、アラタが男の子がいいな、うん。子ども産みたいし」

「そ、そうか」

 子ども。ユウと俺の子ども。想像するだけで、しっぽがビクビクする。

 俺のしっぽは、ちゃんと男として機能するのかな。

 女の部分は、どういう意味があるんだろう。

 哺乳類なんてふざけたこと言ってないで、ちゃんとした病院に行こう。

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