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俺は何者?

「バレないか?」


 俺は深く帽子をかぶって聞いた。


「大丈夫」

 ジュンは龍蘭高校の女子用制服を着て言った。

「ジュンは大丈夫じゃ無いな」

「アラタ。普通に言うな。俺も色々限界だ」


 今日から俺たちが通う龍蘭高校の制服は、上は学ランと同じ詰め襟、それは女子も男子も共通で、下だけ女子はスカート、男子はズボンだ。

 俺は髪の毛を短く切ったのでズボンを履いたが、明らかに女子に決定したものは今日からスカートで登校するのだが……。


「スカート、コスプレ感ハンパないな」


 ジュンは顔も整っているし、なにより彫りが深い。

 そしてまつげは長く、大きな瞳で、切れ長の目は、クールな印象を与える。

 膝丈のスカートから見える足は、長く細い。

 いくら体型が良くても……結局コスプレだ、これは。


「落ち着かないから、下にタイツ履いた」

 ジュンがペラリとスカートを持ち上げる。 

 俺はなんとなく反射で目を反らす。


「おい、やめとけ」

「なんだよ、ずっと一緒に風呂で遊んでたのに」


 中島家の一番大きな風呂は城の最上階にあって、眺めは最高で、プール並の広さがある。俺とジュンはよくそこで遊んだ。

 そうだよな……もうそれは無いのか。

 少し淋しく思う。

 でも仕方ない。


「うん、ジュンは女で頑張れ」

「アラタは男湯? 女湯? どっちなんだ?」

 ジュンはニマリと笑って言う。

「ああーー、ほんと、今日の身体検査、どうなるんだよーーー」


 今日は入学式前の身体検査。

 十五の春を終えたものは、すべてその検査を受ける。

 それは国の管轄で行われている。


「珍獣だな、動物園に飾られる。あ、ユウが来てる」

 ジュンが耳元の端末を触りながら言った。


 いいなあ、端末。

 俺は自分の耳に触れた。

 俺は白銀女にちぎられてから、端末がない。

 産まれてからずっと耳には端末があったから、どうしようもなく不安だ。

 位置情報も、体の状態も、すべて端末で管理されているし、通信もすべて端末でしてきた。

 ネットの接続も端末なので、無いと本当に淋しい。

 というか、不安に近い。


「あーー、学校いきたくねーーー」

 あっという間に中島家が準備してくれた俺用のベッドに転がって布団に丸まる。

「ユウの制服姿可愛いな」

 ジュンの声に俺は布団から顔を出す。

「おっはよーー! 見て見て~~~」

 外からユウの声がする。

 中島家はでかすぎて、小さくしか聞こえないけど。

「行くぞ、布団のかたつむり」

 俺が顔だけ出した所にジュンが来る。

「はー……」


 俺はしぶしぶ布団から出る。

 正直ずっとここで丸まっていたいけれど……ここが中島家で良かった。

 家なら本当に引きこもりになっていたかも知れない。

 俺はズルズルと歩き始める。


「いってらっしゃいませ」

 入り口で華多さんが微笑んでいる。

「夕方に帰る」

 ジュンは見向きもせずにいう。

「車を回します」

「いや、ユウたちと電車で行くわ」

「了解しました」


 廊下に出ると、数十人のメイドさんたちが頭を下げている。

 俺はジュンの後ろついて歩く。

 やっぱり中島家は特殊だわ。

 なんど来ても慣れない。




「あはは、ジュン、良いね、スカート!」

「良くは無いな」


 ジュンはユウにスカートを掴まれても平常心だ。

 でも俺はその顔をみて安心する。

 ケントさんみたいに潰れなくて良かった。 

 まあ、俺のが不幸だから仕方ない。

 完全に俺のおかげだ。


「あはは! アラタ、帽子で誤魔化すの?」

 ユウが俺のニット帽を掴む。

「やめろ、死活問題だ」

 俺はニット帽子を押さえた。

「みーせて?」


 ユウが俺の背中に飛びつく。

 背中に柔らかい感覚がある。


「ユウ、お前……」

「あ? わかる? 女性化促進剤飲んでるの。効果あるの。もう胸が膨らんできた」

 ユウが自分の胸に触れる。

「はやくちゃんとした女の子になりたいの。ずっと夢だったから」


 ユウが頬を染めて俺を見る。

 今日もユウは少し化粧をしている。オレンジ色のチークに、ラメのついた口紅。 

 あのラメのある口紅……俺にキスしたときの……。

 俺は自分の唇に触れて俯いた。


「胸か。邪魔そうだな」


 ジュンがポツリという。


「ブラジャーの付け方とか、教えようか?」

 ユウが首をかしげていう。

「断る」

「ジュンも女の子なら、一緒に温泉入れるね。中島家の女風呂興味があったの!」

「断る」

「えーーー? 一緒に入ろうよーー」

「断る」



 ジュンは自転車を走らせ始めた。

 なんだよ、女決定でも、それなりに楽しそうじゃねーか。

 俺はどうなるのかなー……。

 自転車にまたがると、しっぽが邪魔で、丸めてズボンの中に入れた。

 これが即日できるのだから、慣れって恐ろしい。




 俺たちが通う龍蘭高校は、学園都市レベルの高校で、一つの駅が高校の真ん中にある。

 芸能方向に明るくて、専門の劇場や、コンサートホールや、バレエ専門のホールなどもある。

 俺たちがここを選んだ理由は、芝の野球場が目当てだ。

 そこはプロチームも練習に使っていて、練習がタダで見られるから。

 何をするにも楽しそうな高校なんだけど……俺、入学出来るかな。

 学園の一部になっている駅に三人で下りる。


「この駅だけ学園カラーで、それだけでテンションあがる~」


 龍蘭高校の駅だけは、特殊なデザインになっていた。

 オレンジとベージュを基調とした造りで、それは龍蘭高校の制服に使われているカラーと同じだ。

 俺たちは三人で高校に向かって歩き出す。


「えへへ。高校も三人で来られて、嬉しい」

 ユウが俺とジュンの真ん中に入って、両方の腕を掴む。

「子どものままのが良かった」


 ジュンは小さな声で呟く。


「お姉さんの事があったから、心配したよ。でも、こうして居てくれて嬉しい」


 ユウはジュンの腕にしがみついた。

 ジュンはユウの顔をみたまま、表情を変えない。


「こんなこと言ったらジュンはイヤだと思うけどね、ジュンが女の子で、私は嬉しいんだ。ずっとずっと友達で居られる」


 ジュンの表情は変わらない。

 でも俺の気持ちはざわざわと波打ち始める。

 ジュンは、ずっとユウを好きだったはずだ。

 俺と同じくらい、ずっと。


「あ……ごめん、私、ちょっと無神経だったかな……中島財閥的には、良く無い、よね」


 ユウはジュンから腕を離した。

 その腕を、ジュンが掴む。


「無神経だ、本当にな。でも友達は悪くない」

「本当?! 私ね、ずっとアラタとジュンが仲良しで、ちょっと淋しかったから、喜びすぎたかな……なんて」

「そうか」


 ジュンは少し目を伏せて言った。

 すべてを知っていてユウが言っているのか、ジュンはそれに従ったのか、分からない。

 でも、こうなった以上、永遠の友達になる以外、選択肢があるだろうか。

 特にジュンのように生殖して、跡継ぎが必要な場合。

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