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そうだ、俺は気持ちが悪い

「耳大丈夫なの?」


 ユウが白銀女に噛みちぎられた耳に触れる。

 俺は恥ずかしくてクッと目を閉じた。


「あ、ごめん、勝手に触って」

 ユウが指を離す。

「イヤだったわけじゃなくて……」


 ユウを見ると、その視界の奥でジュンが俺たちを真っ直ぐな目で見ていた。


「違和感がヤバい。耳だけ俺の耳じゃないみたい」

 俺はなんとか答えた。

「そうだよね、端末引きちぎって大丈夫なのかな。病院行く?」


 ユウは耳に触れて目を伏せた。

 端末で検索を始めたようだ。


「いや、明日学校で検診あるだろ、その時聞くわ。今日は疲れた。でも俺……この状態で学校いくのか……」


 真っ赤な髪の毛と、大きなしっぽ。

 状態は明らかに異常だった。


「うーん……とりえあえず、どっちか隠す?」

 ユウは俺のしっぽと赤い髪の毛を交互に見た。

「ユウは、良かったな」

 俺は言う。


「えへへ、祈祷しまくった効果があったかな。あと……最後のお願い、神様聞いてくれたのかも」

 ユウは自分の唇を小さく噛んだ。

 俺はユウにキスされたことを思い出して俯く。

 まだそのことをジュンに話してない。


「嬉しくてアラタに報告しにいったら、なにあれ」

 ユウが俺を睨む。


「いやいや、宇宙人のことなんて気にするだけ無駄だろ」


 俺はちぎられた耳に触れた。 

 羽と髪の毛の色で惑星を検索しようと思ったんだけど、そういや端末が無かった。


「白銀の髪の毛と赤い羽根っていうか小動物は……惑星ナンバー××、ハンサーサイクル・ナインの星だな。原生惑星で、俺たちから行くのは無理な距離にある」

 耳に触れながらジュンが言う。

 調べてくれたのか。


「ということは、俺たちより進化してる星なのは、間違いないのか。アイツが触れたら耳の痛みが一瞬で取れた」


 正直不思議な感覚だった。

 あの瞬間だけ麻酔されているような、別の世界に連れて行かれたような快感。

 俺は思いだして身震いしてしまい、机の上に置かれたパウンドケーキを食べた。

 甘くて柔らかい、いつも通り中島家のパウンドケーキだ。

 そんなことに俺は心底安心する。


「もう来ないといいけど」

 白銀女は「やっば、翼キュンに見つかるから、ちょっとかくれんぼするわ」と言ってスケボーの乗ってがれきの山を越えて消えた。

 お願いだから、一生来ないで欲しい。

 いや、家の修理代金は出してほしいけど。


「ついでにうちの惑星に両性が報告されてるか過去二百年調べたけど、居ないな」

 ジュンは端末を切って言った。

 そして紅茶を飲む。

 仕草が洗練されていて、俺はいつもジュンを見てると「かっこいいなあ」と思ってしまう。

 いや、もう女の子だから「可愛い」なのか?


「やば、お母さんが探してる。帰るね、また明日」

 ユウは耳元の端末をいじりながら、パウンドケーキを口に入れて席を立った。

「持って帰るか?」

 ジュンも立ち上がる。

「わ、嬉しい。中島家のパウンドケーキ最高! 毎日食べたい」

「毎日来いよ」

 ジュンが微笑んでで言う。

「え~~? 太っちゃう! でも食べたい、ありがとう」


 ユウは華多さんが準備したパウンドケーキを持って部屋を出て行った。

 真っ赤な髪の毛をふわふわと動かして。

 パタンと軽い音を響かせて、ユウは部屋から消えた。



「……俺も女、ユウも女、か」



 ジュンはトスンと椅子に座った。

 ジュンは口にクッキーを放り込んだ。中島家はクッキーも旨い。

 静かになった部屋にシャクシャクと噛む音だけが響く。


「アラタ、ユウに、告白された?」


 ジュンは真っ直ぐに俺をみて言った。 

 心臓がドクンと大きく脈を打つ。

 俺は手に持ったクッキーを指先で弄んだ。

 嘘ついても仕方ない。


「……された。昨日の夕方」

「やっぱり俺も昨日のうちに言うべきだった」


 ジュンは椅子から立ち上がって、窓際のソファーに転がった。


「こうなったら、告白も出来ない」


 ジュンは長い足を、ソファーの上で組んだ。

 俺より身長が高くて、真っ黒な髪の毛が格好良かったジュンが……女。


「女か、思ったより、クルな」


 ジュンは目を閉じたまま言う。

 俺も椅子から立ち上がって、ジュンが座るソファーの横に座った。


「俺より絶望的か?」


 言いながら、俺はしっぽでジュンをペチペチ叩いた。

 そのしっぽをジュンが掴む。


「これでユウと子作りするの? 許せないんだけど」


 しっぽを掴まれると、ものすごく、くすぐったい。


「お前、やめろって。まだ慣れないんだから」

「慣れないくせに俺が殴れるの? ほら、ここ触るの?」


 ジュンが俺のしっぽの先っぽに触れる。

 快感がのぼってきて、俺はその手をバシバシ叩く。


「痛えよ、冗談だ」

 ジュンがソファーにあったクッションで顔をかばう。


「俺より、絶望的じゃないだろ?」

「……まあ、なあ」


 ジュンはクッションの隙間から顔を出して、小さく笑った。


「なんだよ、両性って。両生類なの? 卵産むの?」

「お前の卵うんでやろうか~~~?」


 俺はジュンが隠れているソファを殴った。


「なんで二つともあるんだよ、気持ち悪い」


「俺が一番思ってることを、サラッと言うな!」


 でも、気持ち悪いと言われて、なんだか安心した。

 そうだ、俺も、気持ち悪いと思ってる。

 そして心底怖い。

 ふと、おびえたような表情で俺をみていたお母さんの事を思い出す。


「なあ、ジュン、しばらく泊めてくれよ」

「ああ、お前の家族怯えてたな」

「……だよなあ、なんか、傷つくよな」

「気持ち悪いから仕方ない」


 ジュンはどこまでいっても冷静だ。

 でも今は、その冷静さに救われる。




「かなり才能があるな」

「中島財閥の跡取りが職業美容師でいいのか?」



 俺は赤い髪の毛をジュンに短く切ってもらうことにした。

 とりあえず緊急処置だけど、しっぽは押しても引いても、そのままだったけど、髪の毛は切れる。

 ジュンはサクサクと良い音をたてて、俺の髪の毛を切る。


「上手いな、俺」

「才能あるわ」


 鏡の前にはかなり髪の毛を短くした俺がいる。

 俺は肩についた髪の毛をはたいて落とす。

 足下に真っ赤な髪の毛の海が広がっていて、本当に俺の髪の毛が赤いのだと思い知らされる。


「失礼します」

 足元を執事の華多さんが掃除しはじめる。

「シャワーあびてくる」


 ジュンは制服片手に部屋にある風呂に消えた。

 俺も風呂……風呂か。

 実は昨日から風呂に入ってない。

 だから俺の体がどうなってるのか、裸になって確認してない。


「……風呂は、怖くて入れないな」


 はは……と少し笑うと、掃除をしていた華多さんが手を止めて言う。


「お嬢様は、泣き叫び、一週間お風呂には入られませんでした」


 お嬢様って、ジュンのお姉ちゃん……ケントさんか。

 男の子になることを期待されて、それが当然だと思われて、ケントなんて名前で……結果女の子だもんな。

 運命とはいえ、残酷だ。


「気持ちがちょっとだけ分かります」


 俺は掃除の邪魔だと思い、その場から離れた。


「ジュンさまも、昨日は落ち込まれていて……心配しておりました」


 掃除をしながら、華多さんが言う。

 俺は運命論者だから、どっちでもいいなんていつも言ってたけど、やっぱりそうだよなあ。


「でも、アラタさまがいらっしゃってから、ずっと笑われていて……私はそれがとても嬉しいのです」


 華多さんは掃除の手を止めて、俺の方を見た。

 目元が少し潤んでいるように見える……が、ちょっとまてよ。


「俺の不幸のおかげかよ」

「全面的にサポートさせて頂きます。中島家当主も、そう申してます」

「え? ジュンのお父さんが?」

「はい」


 華多さんが耳元の端末をいじると、俺の目の前に映像が広がった。

 そこにはジュンのお父さんが燕尾服をきて立っていた。

 ジュンにそっくりな深い彫りに、切れ長の目。

 手にはワイングラスを持って居て、間違いなくパーティーの最中だ。


「アラタくん、久しぶりだね。聞いたよ、両性だって? あははは面白い! 今度体見せてくれよあははは」

 映像はプツリと切れた。


「以上でございます」

「これのどこが全面的にサポートなんですかね?」

 どっからどうみても、面白がっている。

「アラタ様のお部屋のも工事させて頂きます」

「まじで?!」


 次に俺の部屋が工事されている映像が流れた。

 工事の様子を俺のお母さんとアオイがぼんやりと眺めている。


「……ありがとう、助かるわ」

「工事には一ヶ月程度かかります。それまでぜひ、中島家に」

「本当に助かります、よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。


「仕方ない。置いてやるか」

 振向くと、バスローブ一枚のジュンが居た。

 真っ赤な髪の毛が濡れて美しい。


「……お前、一応性が女に決まったんだから、その格好やめろよ」


 俺は睨む。

 教科書で習った通りなら、一ヶ月もしないうちに胸が膨らみはじめる。


「何の変化もないぞ。穴があいたくらいか」


 ジュンが前をあけようとしたので、俺はしっぽでジュンの頭を掴んで、バスルーム方向に押した。


「制服着てこい!」

「おお、便利だな」


 笑いながらジュンはバスルームに再び消えた。

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