宇宙人来襲
とにかく誰かと話したい。
俺は耳に触れて回線をジュンに繋いだ。
ジュンはすぐに出た。
「女だったわ」
「マジか」
ジュンが女……。
「仕方ない。運命だ」
ジュンは淡々としている。
「すげえ冷静だな」
昨日までユウに告白したいなんて言ってたのに……。
「で、アラタは?」
俺はハッと自分の状況を思い出す。
端末で話して分かってもらえると思えない。
「なあ、今から行っていいか」
俺はパジャマを脱ぎ捨てて、買ってあった大きめのズボンを履いた。
しっぽが映えた時用に大きめのズボンを買っておいたけれど、しっぽがでかすぎて、ズボンの下からデロリと出る。
真っ赤な髪の毛を隠すために、近くにあったニット帽をかぶった。
「いいけど、俺もそれなりに落ち込んでるぞ」
「大丈夫、絶対絶対俺のほうがヤバい」
俺は力強く宣言した。
「ヤバいってなんだよ」
「俺は両方……」
そう言いかけた瞬間に、俺の足下が振動で揺れた。
同時に耳に痛みを感じるレベルの爆音が響いて、同時に窓から突風が吹く。
窓ガラスが粉々になって飛び散り、台風レベルの風に体が真横に持って行かれる。
立っていられなくて、部屋の壁に打ち付けられた。
そして粉々になって飛んでいく窓ガラスをスローモーションで見ていた。
同時に布団が空を飛んでいる。
小さい頃に買ったアニメの絵柄で、いい加減恥ずかしいから、よく分かる。
耳をつんざく破壊音と共に、地鳴りが響く。
土煙が上がって、大量の土が振ってくる。
視界の奥。真顔のまま、後ろにふっとぶお母さんが見える。
俺の教科書、漫画、机に置いてあった食べかけのチョコレート、すべてが空を飛んでいる。
新しく買った鞄や制服も空を舞っている。
なんだこれ?
死ぬの?
俺は妙に冷静だった。
突風と共に誰かがと飛び込んできた。
視界の真ん中に、ミニスカートからはえた長い太ももが見える。
スケボーは、勢いそのままに俺の部屋の屋根と壁を、回転して着地した。
勢いがありぎて、また部屋から落ちそうになった瞬間、同時に真っ赤な羽が開く。
カラスのようにつやつやとした羽。
でも色は深紅で血のように深い。それはは大きく広がって、俺の視界を奪う。
スケボーに乗った人は、羽で勢いを弱めて、俺の目の前に止まった。
ギュルルル……とまだ回転しているスケボーの車輪からは煙が上がっている。
閉じこもった部屋の中で台風の日に、突然窓を開けるような風圧で、その羽は閉じられた。
部屋の押し入れから転がり落ちてきたメロンソーダのペットボトルからシュワワ……と炭酸が漏れている。
そのペットボトルを真っ黒なエンジニアブーツがゴンと踏みつける。
派手にペットボトルは真ん中でへし折れて、メロンソーダが飛び散った。
目の前に白銀の髪の毛を携えた女の子が立っていた。
「着地成功、イエス!」
女の子は右手の指を二本立てて、ピースサインをした。
同時に俺の部屋の押し入れがバターンと倒れる。
「……どこが成功なんだ?」
俺は普通につっこんだ。
「やっと見つけたよ、私の仲間。何百年も君を待ってた」
女の子はスケボーの先端を蹴飛ばして空に舞わせて、手に持った。
「いや~、私のテクもなかなかだね!」
「いや、全部壊れてるかな。俺の部屋の荷物」
俺は折れたベッドを指さした。
真ん中でベキリとチョコレートで割るように真っ二つに割れている。
そのベッドにひたすらメロンソーダの緑色の液体が流れていく。
「ヤダもう、アラタったら、ベットでするアレコレしか考えて無いのね」
女の子は頬をぷうと膨らませてスケボーを抱きしめた。
「いや、全然考えてないし、ちなみにその仕草、可愛くもないぞ?」
俺は普通に言った。
「ちっ。なんだよマニュアルつかえなーな。お前らの惑星これでイチコロだったんだろ? 二百年前」
女の子が俺に本を投げつけてきた。
俺はその本を手に持つが、文字が理解できない。
何かミミズが走ったようなものが書かれているだけだ。
俺はそれを投げ捨てる。
「暑い、この惑星暑いな!」
女の子は着ていたライダースーツのチャックを少し下ろした。
ライダースーツには多くのワッペンが貼ってあり、宇宙開発のWIOや、惑星連盟のYYOPのワッペンも見える。
「ひょっとして、外惑星から来たの?」
この時代に外惑星から宇宙人がくるのは、そう珍しくない。
普通は旅客機で、スケボーでは来ないけどな。
「すっごく遠くからキューーンとキラリンな速度で受信しちゃったかんじ? やっと産まれた私と同じ両性だもん。どんなに遠くてもビビビビときたよ? ビビビビ婚だよ?」
「ビビビビ婚したひと、離婚したよね」
「結局楽しくに生きた人が勝ちなんだよ!」
女は俺の言葉を遮って叫ぶ。
相手にするのに慣れてきた。
わかった、コイツはアホなんだな。
「俺用事があるから。友達の所いくんだ、女になって落ち込んでるから」
「へ? なんで? なんで自分が自分になって、落ち込むの?」
女の子は、普通に言った。
「いや、希望の性じゃないからだろ」
声がして振向くと取れかけたドアの横にジュンが立っていた。
ジュンが触れると、ドアはバターーンと倒れた。
その髪の毛は真っ赤に染まっていて、少し朝陽で光って見える。
「ジュン……お前……」
本当に女か。
「なんだよ、このダイヤモンドクラッシュは。気になって落ちこめ無いだろ」
ジュンは俺の部屋を見渡して笑う。
「ジュン、見てくれよ」
俺は立ち上がって、ズボンを下ろした。
すると、恐ろしく大きなしっぽがパシンと動いた。
「やだ……卑猥……しゅごいエッチ……」
女の子がよだれを垂らしながら言う。
俺はしっぽで女の子の頭を殴る。
ペシャッと軽い音が響く。
「あん……もっとお願いします……」
女の子がもだえる。
気持ち悪い! コイツを女の子扱いするのは止めよう。
俺はしっぽで掴んで、女の子改め白銀女を部屋の外に投げ捨てた。
「きゃあーーーん、ひどいです~~」
白銀女ががれきの山を転がり落ちる。
慣れると自由に使えると聞いたけど、本当に自然に動くな。
「男か、そうか」
「いや、ちょっとまて」
俺はニット帽子を取った。
そこにジュンと同じ真っ赤な髪の毛が輝く。
「は?」
ジュンは完全に引き笑いだ。
そしてがれきの山を越えて俺に近づいて、髪の毛を引っ張った。
「マジで? あそこは?」
下を指さす。
「たぶん、お前と一緒」
「なにそれ、どうなってるんの?」
ジュンがいつもの笑顔で笑う。
その笑顔をみて、心底安心する。
そうだ、俺は誰かに普通に笑って欲しかったんだ。
「アラタは私と同類。両性なの。だから、私と子どもつくろ?」
白銀女は音もなく、部屋に戻ってきていた。
というか、浮いている。
深く群青色な空に、深紅の羽が海のように広がっている。
「アラタのお客さんなの?」
ジュンは普通に俺に聞いた。
「スケボー来た宇宙人だ。大丈夫、すぐ帰って貰う」
俺も静かに言う。
「あー、残念、ブッブー、不正解で残念賞、はいティッシュどうぞ~。私とアラタはこの宇宙に二人しかいない創造主だから、無理ゲーなんだよね? レッツ神様ライフなんだよね」
「なあ、ジュン、ちょっとの間、お前の家に泊めてよ。この部屋無理だわ」
「いいぞ。俺も女なら婚約者選びがあるし。付き合えよ」
「マジか。もう動くの?」
「女なら産む必要があるから、仕方ないな」
俺たちは白銀女を完全に無視して、部屋を出ようとした。
まあ扉は壊れているんだけど。
部屋の教科書とか、必要なものどうしよう。
とりあえず、必要なものは、ゆっくり取りに来よう。
チラリとお母さんを見ると、完全にモヌケの空。
放心状態だ。
俺が男であり女であり部屋には宇宙人。
完全にキャパオーバー。
俺だってジュンが来てくれなかったら、ここに座り込んで同じように放心状態だったはずだ。
転がっていたニット帽を持って、グイグイと深くかぶる。
このまま外を歩けない。
「ちょーーっとまった、アラタ君、君をそのままイカせられない」
白銀女が俺の後ろに立つ。
そして俺を後ろから羽交い締めにした。
思ったより力が近くて、俺の足が宙に浮く。
「やめろよ」
ジュンが俺を助けようとするが、赤い羽根がジュンに襲いかかって、壁に固定してしまう。
「ちょっと……!」
「ではでは、いただきましゅね」
耳に痛みが走る。
白銀女が俺の耳に噛みついた。
目眩がするような痛みに、視界が濁り、膝が笑う。
肩に大量の血が落ちるのを感じる。
「おまえ……!!」
俺が振向くと、白銀女は口をモシャモシャを動かして、俺の耳の下の方を食べていた。
同時に端末をカシャッとかじって壊した。
「生意気。ちゃんと血の味じゃん」
白銀女が口元を血に染めて微笑む。
そして手を伸ばして俺の耳に触れようとした。
その指先は血で赤く濡れてている。
「なんだよ……!」
俺は逃げようとしたが、深紅の羽が広がって、俺を包んだ。
なんだ、この力、逃げられない。
羽をよく見ると、それは羽ではなくて、みんな目がある。
羽の形をした小動物だった。
「……まじかよ!」
そいつらが俺を抑えつけている。
白銀女の手が俺の耳に触れる。
「ひぃ……!」
今度は耳自体をちぎられるのか?!
俺は体を硬くする。
白銀女が俺のちぎれた部分に触れる。
氷のように冷たい指先が触れると、俺の耳から痛みが消えた。
痛み……むしろこれは……快感だ……今まで感じたことないレベルの気持ちよさ。
俺の膝からカクリと力が抜ける。
白銀女が俺の耳元に近づいて言う。
「キモチイイイでしょ? もっとする?」
「……?!」
俺は両腕を振り回して、羽から出る。
「もう恥ずかしがり屋だなあ」
白銀女は、俺の頬にキスをした。
「お前……?!」
俺は自分の服でキスされた頬を拭いた。
「誰、それ」
部屋の外。
というか、がれきの山にユウが立っていた。
ユウの髪の毛は、真っ赤に染まっていた。
「ユウ! 女だったのか」
「えへへ、やったよ!」
ユウは両手をピースにして、ぴょんぴょん跳ねた。
「で、なんでアラタの部屋が丸見えなの? その女、何?」
「こいつは……」
俺が説明しようとすると、白銀女が俺にしがみついた。
「アラタくんの婚約者の、早乙女凜です。よろしくなのです~」
早乙女欄と名乗った白銀女は俺にしがみついたまま言った。
「は?」
苦すぎる野菜を噛んだような表情でユウは白銀女を睨んだ。
「アラタから離れてくれる? ね、しっぽが見えるから、アラタは男だったの?」
「俺は……」
俺が言うよりはやく、白銀女が俺のニット帽を投げ飛ばす。
そこに真っ赤な髪の毛が踊る。
「ごめーーーん、超ソーリー、アラタくんは両性だから、ねっ! 君の手にはおえないかな?」
同時に俺のしっぽを白銀女が掴む。
「……え?」
ユウは、俺の見事なしっぽをみて、絶句した。
ユウは力なく、その場に座り込んだ。
パリンと割れるガラスの音がする。
それは間違いなく現実の音だった。