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運命の朝に

 三月三十一日の深夜二十三時半を過ぎて、テレビは特番体制だ。

 無性別時代にも芸能人と呼ばれる人たちもいて、十四までは無性別で活動しているのだが、十五で性別が決まる。

 有名人の決定を、わざわざ知らせる特番が多く流される。


「外道の極みだな」

 俺は端末でジュンと話している。

 ジュンは相変らず辛辣だ。

「ジュンだって、好きなアイドルが男になったら、少しヒクんじゃないの?」

 俺は笑う。

「恋愛の対象じゃなくなるだけで、好きだけど」

 そういう所が、冷静なジュンらしい。

「俺は微妙だなあ~、やっぱり」


 画面には、ミライちゃんという俺たちと同じ子ども性の子が、真っ白なワンピースで取材に答えている。

 その揺れるワンピースを見て、俺は自分の唇に触れた。

 もう風呂に入ったのでラメは落ちてる。

 でも感覚や冷たさも、頬に触れたユウの髪の毛の感覚も覚えている。


「アラタは、ユウに告白したのか?」

「へっ?!」


 俺の脳天から変な声が出る。


「俺は少し後悔してる。十五の春の前に、告白すべきだったな」

 ジュンが淡々という。

「なんで……?」

「性別が決まってからだと、言えない告白もあるだろう」

「まあ、な……」


 実は俺がユウに告白されて、キスされたなんて……言えない。

 いや、言わないとダメだ。

 でも……


「こればっかりは分からないな。よし、覚悟出来た。そろそろ薬飲んで寝るわ」


 回線はブツリと切れた。

 そこには、ぼんやりと宙をみる俺だけが残された。

 赤い月が浮かぶ空が、俺を見る。

 分かってる、もう寝るよ。

 俺の幸せな宙ぶらりんの時は、もうお終い。

 俺は月に向かって言った。

 窓際に座ったまま、服の上から体に触れる。

 胸は当然ぺちゃんこ。

 女になったらこれが膨らむのか。

 股間を覗く。

 何もない。

 男になったらしっぽがはえてくるのか。

 俺はパチンとズボンを閉じた。

 さようなら、おれの子ども時代。

 どうしようもなく淋しくて、少し泣けてくる。

 十五の春は一人で迎えるのが恒例だって聞くけど、これはかなりキツいな。

 今までの自分が消えるような消失感。生まれ変わる恐怖。十五の春で消えた人は何人も居る。でも俺は心の底でバカにしていた。性別が決まるくらいで何だよ? でも違う。実際そうなると、恐ろしく怖い。

 考えすぎると、死にたくなる。本当に。


「ダメだ、寝よう」


 真っ白な錠剤を飲み込んで、俺はふかふかな布団に潜り込んだ。

 今晩のためにお母さんが干して、温かくしてくれた布団からは濁った川の匂いと太陽が混ざった匂いがする。

 胸一杯に吸い込むと、落ち着いてきた。

 考えても仕方ない。

 結果はもう決まっている。

 寝るしか無い。

 薄目を開けると、気になって仕方ないのか、部屋の入り口にトーテンポールのように家族三人が俺の様子を見ている。

 お母さんは一晩中見張ると宣言していた。

 気持ちはわかる。

 俺が親だったら、やりそうだ。

 三人にサムアップをして、俺は目を閉じた。

 睡眠薬は予想以上の効き目で、俺は一気に布団の中に沈められるような眠気に襲われた。

 

 体が動かないので、深い眠りの底にいるのは分かっている。

 俺は夢だと知っていて、夢をみた。

 頬に水を感じる。横を見るとまっ赤な海。ふわふわと俺が浮かんでいる。

 横を見ると、ユウも浮かんでいる。

 ユウは裸で、小さく膨らんだ胸が露わになっている。


「ユウ……」

「アラタ」


 ユウが手を伸してきて、俺の体に触れる。

 細い指先が俺に触れて、カッ……と体が熱くなって、俺は目覚めた。






 朝だ。

 視界が明るい。

 俺は布団の中で真っ先にお尻を触る。

 心臓がドクドクと脈を打っている。

 指を伸ばして、しっぽが生えるあたりを触ると……そこにはザラザラとした感覚。

 太いしっぽがあった。


「おおおお」


 俺は布団から出た。

 太いしっぽがずるりと出てくる。

 部屋の真ん中にお母さんが正座している。

 まっすぐに俺をみて微笑んでいる。本当に徹夜して座ってみていたようだ。

 微笑んでいた顔が、俺のしっぽを見て、ゆっくり崩れるように濁る。

 俺のしっぽを見て、お母さんの表情が崩れるように濁った。

 ドアの隙間に、アオイと親父が見える。

 三人は俺をみたまま、固まっている。


「ほら、男だ」


 俺はお尻を見せた。

 そこには親父の数倍太いしっぽがあった。

 恐竜のようにザラザラしていて、太い。

 やばい、ちょっと格好良くない?


「……アラタ……あなた……」


 お母さんが絶句している。

 よく見ると唇がどんどん紫色になって、震え始めている。


「なに?」


 お母さんは、無言で鏡を指さした。


「なんだよ?」


 鏡を見るとそこには、真っ赤な髪の毛になった俺がいた。

 朝陽に輝く深紅の髪の毛。

 それは炎のようにフワフワと輝いている。

 それは間違いなく、女の証。



「……へ?」



 いやいや、見事なしっぽがありますけど?

 俺は恥ずかしげもなく、ズボンをおろした。

 そこにお母さんが走り寄ってくる。

 異常事態だが、そんなこと言ってられない。

 そこには、女の子の証としての穴もあり、その少し後ろにしっぽも映えていた。


「……なにこれ……怖い……」


 お母さんは絶句した。

 怖いって……。

 俺は固まったお母さんの表情をみて、心が冷たくなるのを感じる。


「おお、こりゃすげえな」


 親父は笑い声が聞こえる。

 アオイは俺をみたまま止まってしまった。

 何も言わないし、動かない。



 俺は男でもあり、女でもある状態になっていた。




「なんじゃこりゃあああああああああああ」




 俺は叫んだ。


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