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鳴り響く鐘

「ヤバい。ホントヤバかった」


 俺はジュンの部屋でクッションを抱えて、ソファーにゴロゴロ転がる。


「いつまでも帰ってこないと思ったら……サルか」


 ジュンはコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいる。


「発情期を待たずに発情する所だった」


 あのしっぽの熱さ……俺はどう発情するのだろう。

 あれより快感がキツくなったら、制御できる気がしない。


「多いらしいけどな、最近は。まあ人口が増える分には問題ないんだろ」

 ジュンはペラリとページをめくった。

「あ、そういえば、アポロン最初だけ読んだぞ」

「どうたった?」


 ジュンは本から顔を上げて、俺に聞いた。


「古い本だから読みにくいだろうなあと思ったら、余裕でいけるな。トリックはジュンが言う通り寄せ集めだけど、バディー愛が泣けるな」

「男と女の刑事だけど、八十巻まで来ても恋愛なしだ」

「それはそれで面白いな」

「徹底したバディー物は俺も好きだ」


 ジュンは心底嬉しそうに微笑んだ。

 俺は鞄から読んでいた名探偵アポロンの一巻をペラリとめくった。

 好きな挿絵があった。

 絶対的なピンチで皆から見捨てられたアポロンを、バディーのアステリスクだけが救いにくる絵。


「俺だったら見捨てるな」

「俺も見捨てる」

 俺たちは、あはは、と軽く笑う。

「普通に死ぬもんな」

「ユウがピンチになったら?」


 ジュンは持っていた文庫本に切り絵の栞をはさんで、閉じながら聞いた。

 ユウがピンチだったら……。


「何も出来ないけど、何かしたいと思うよ」

「そうか」


 ジュンは小さく微笑んだ。

 部屋に五時の鐘が鳴り響く。

 この部屋からビックジュンは近すぎて、少し部屋が振動するレベル。


「……近くで聞くと鐘の音凄いな」

「慣れた」


 俺たちは静かに鐘の余韻を体で感じていた。

 それは永遠のように、最後の時を知らせるように。




 夢をみていると知っていて、夢をみている。



 ユウと二人で湖畔を歩いている。

 朝霧深い湖に、俺たちは半分浸かっている。

 水の色は深紅で、それは水の色なのか、空間の色なのか、湖底の色なのか、分からない。

 ユウが俺にしなだれかかってきて、キスをする。

 俺の首にぶら下がるユウの腕が、ぶらりと動く。そのまま俺の頭を抱える。

 唇に感じる感覚はリアルで、昼間のキスを思い出す。

 俺に頭を抱えたユウが、俺の髪の毛を引き抜く。


「……痛っ……」


 俺はそれでも何度もキスしてくるユウから離れられない。

 ユウの舌が声の口の中に入ってくる。


「……ああ……」


 気持ち良い。

 再びユウが俺の髪の毛を抜く。

 やっぱり痛いんだけど……。



「……なんで抜くんだ……?」



 俺は呟きながら目を覚ました。

 部屋を照らす月明かりが、部屋の中に何かを見せる。

 光るもの……それは人間の肩だった。

 なぜ人間だと分かったかというと、髪の毛も見えるからだ。

 髪の毛の色は赤かったり、白銀だったり……色んな髪の毛の色だ。

 でも共通するのは、すべてライダースーツを着ている。

 だからこれが何体も転がる凜の体だということは理解できた。

 俺は自分がまだ寝ぼけているのだと思う。もしくはまだ、夢の中なのだと自分を納得させて、もう一度布団に倒れ込む。

 横になったまま何度か瞬きして、軽く首を動かした。

 寝転がった視界に広がるのは、現実のようだ。

 部屋に無数の凜が転がっている。

 俺は諦めて、もう一度布団から起きて、ベッドの上に正座する。

 はー……、まず落ち着こうか。

 時間は……朝の四時。もうすぐ朝だな。でも外はまだ真っ暗で、完全に夜だ。



 部屋を改めて見渡すと、凜……凜……凜……簡単に数えるだけで二十人くらい転がっている。



 深紅の髪の毛に、深紅の羽。ワッペンが沢山張られたライダースーツ。

 あれ、でも髪の毛の色が深紅? 白銀じゃない。

 じゃあ凜じゃないのか? でも見た目は完全に凜だな。

 とりあえずジュンを起こそう。

 俺が寝ている場所と、ジュンが寝ている場所は少し離れている。

 別の部屋に行こうかと思ったが、ジュンの部屋は広すぎて、別の部屋に移動しなくても、ベッドはもう一つ余裕で入った。

 でも一部屋分くらい離れてるんだけど。


「ジュン、おい、起きろ」


 俺は部屋に凜が転がりまくっているので、ベッドからおりたくない。

 下りた瞬間に、無数の凜が動き出したら、気絶する。俺はホラーが苦手なのだ。

 ベッドに座ったまま声を張ってジュンに声をかけた。


「……なんだよ、何時だよ」


 ジュンが布団の中で少し動く。


「とりあえず、おきてくれよ。部屋の中をみてくれ」

「なんだよ……」


 ジュンが体を起こして、周りを見渡した。


「な?」


 俺は力強く言った。


「朝になったら起こしてくれ」


 ジュンは何度か目をこすって、再び布団に転がった。


「おい! 夢じゃないんだよ!」


 俺が叫ぶと、しっぽをグッと掴まれた。


「ひっ!!」


 叫ぶと、ベッドの下からぬっと凜の上半分だけ顔が出てきた。


「ここから下さい」


 凜はベッドサイドにアゴを乗せたまま、苦い顔で言う。


「お前、なんだよこれ、何が起こってるんだ」


 俺はしっぽから凜の手を離そうとするが、ガッチリと掴んでいて離れない。


「起動しないからさあ~、やっぱり直接ここから貰うしかないかな」


 凜は俺のしっぽをつかんだまま、俺の上に乗っかってきた。

 月明かりの中、凜が裸だという事に気が付く。


「凜……ちょっと……!」


 俺は目をキツく閉じる。

 一瞬でもしっかりと見てしまった。

 凜の裸は、胸がちゃんとあって、あそこも全部、ちゃんと女の子だった。

 俺のお腹の上に、凜の股間がある。

 そこはお風呂から出てきたばかりのようにべっちゃりと濡れていて、俺は腰を引く。


「ちょっとエッチな気持ちになってみよう?」

「え?」


 俺が薄目を開けると、凜の顔が目の前にあった。

 凜は舌を伸ばして、俺の唇を舐めた。


「ちょっと……!」


 俺はパジャマの袖口で唇を拭いた。


「やっと目開けた。寝込みを襲うのは、つまらないね」


 凜は再び俺の唇を噛んだ。


「……っぐ」


 俺は痛みで呻く。

 ゴンと鈍い音が響いて、お腹に上にあった重さが消える。


 俺の上にまたがっていた凜が、吹っ飛んで消える。


「何をしてるんだ、こいつは」


 ジュンが凜を蹴飛ばしていた。

 そして、ふあああ……と大きくあくびをする。


「ちょっとーー、ただの女に出番はありませんーーー」


 床に転がった凜は、俺とジュンを睨んで言う。

 改めて見ると、部屋には凜がゴロゴロ転がってみる。

 よく見ると、赤い髪の凜に、白銀だけど羽が無い凜……すべて不完全な凜に見えた。


「これってコピー?」


 ジュンは立ったまま言う。


「ご名答。せっかく産んだのに全部失敗に終わるのねー、困っちゃうー」


 凜が胸をクン……と張ると、体にライダースーツが現れた。


「服じゃないのか」


 俺は驚いて言う。


「これはタダの膜。昼間は太陽光エネルギーを集めてくれるから、必要だけどね」

「気持ち悪いから捨てていいか」


 ジュンは部屋に転がる凜のコピーを窓からポイと捨てた。

 数秒後に下からゴンと鈍い音が響く。


「ひっど! 劣化コピーでも私なのに」

「劣化だろ」


 ジュンはもう一つ窓から捨てた。


「アラタとなら、劣化じゃないのが作れるはずなの」


 ギシ……と凜が俺のベッドに上がってきた。


「どういう意味だよ」


 窓の外に凜を捨てながらジュンが聞く。

 俺は恐怖に何も言えない。


「私の惑星でAIは危険行為として自己増殖を厳しく禁じている。でも生物なら人権保護で守られる。たとえ自己増殖でも」

「自律型兵器の禁止か」


 AIの増幅とそれにあたる戦争利用の歴史は悲惨で、我が星でもAIは自己増殖を禁止されている。


「普通の人間の増殖には一年近い時間がかかるけど、私の自己増殖は一時間」

「データコピーかよ」


 ジュンは小さく笑って窓の外に凜を捨てた。

 さっきから数秒の間を置いて、ボキッとか、グシャッとか、イヤな音が響いてて、それが俺は心底気持ち悪いんだけど。


「自己細胞の増殖だもん。条件さえ揃えば簡単だよ。でも完全なコピーが出来ないの。そこで君だよ、アラタ」

「特異的遺伝子変異体が二体性交したら、完全体が産まれると? 安易すぎるだろ」


 すべての凜を捨て終わったジュンが俺の隣に立つ。

 そして俺の肩に優しく触れた。

 その温かさに、今が現実だと知る。

 俺は意味が分からなくて、今すぐに泣き出しそうだ。



「両性、最強」



 凜の顔が俺の前にある。

 まん丸な目が俺を掴んで離さない。


 その顔が、吹っ飛ぶ。


 目の前に残されたのは、ジュンの足だ。

 ゴンと鈍い音を響かせて凜はベッドサイドに落ちた。


「いたーーーい」

「帰れ、宇宙人」


 ジュンが言い放つと同時にゴーーーン……とビックジュンの鐘の音が鳴り響いた。

 当然だが今は朝の四時。鐘が鳴る時間じゃない。鐘は夕方五時しか鳴らない。

 ゴーーン……ゴーーーーン……と何度も鐘が鳴る。

 同時に部屋も振動する。

 何度も続けて鐘がなって、そのたびに部屋が揺れるので、地震のようになってきた。


「なんだ?」


 ジュンが窓際に向かおうとした瞬間に、今までで一番大きな音が響いた。


 同時に窓ガラスが吹き飛んで、ビックジュンの鐘、本体が爆音と共に部屋の中に飛び込んできた。

 そのサイズは圧倒的で部屋の壁をバリバリと突き破る。

 ゴロン、ゴロンと転がって、廊下の手前で止まった。

 部屋の真ん中に鐘が転がっている。

 俺はなんだか冷静に「わー、鐘だー」と思っていた。

 部屋が大きくえぐられていて、月が見える。

 わー……満月だなーと俺は普通に思ってしまった。

 鐘が入ってきた軌道と同じ動きで、何かが突っ込んでくる。

 あまりにも速い速度で突っ込んできたので、何だか理解出来なかったが、スケボーだけは見えた。

 新しく突っ込んできたスケボーと、人間らしき人が俺のベッドに突き刺さる。


「やっぱロカナンちゃん、来ちゃったか~」


 凜は吹っ飛びながら言う。

 俺も一緒に浮いている。

 横に居たジュンは廊下側に逃げた。体が鐘にぶつかってゴーンと鈍い音が響く。

 俺の浮いた体を、凜が掴む。

 凜もいつの間にかスケボーに乗っている。


「いくよ!」


 凜が叫ぶとスケボーのエンジンらしきものが着火して、一気に加速する。

 俺を掴んで、壊れた壁から、凜はそのまま飛び出した。

 当然、外に向かって。


「ひいいいいい!!」


 俺は完全に宙に浮いている。

 ジュンの部屋は城の最上階だ。

 つまり六階、しかも中島財閥の城は山の上にあるので、高台で……とにかく高い。


「結界内でも産みすぎ注意だな~、血の匂いはホント強烈だわ」


 凜は俺を掴んだまま、空を舞う。

 そしてスケボーの淵を掴んだ。

 グン……と更にスケボーが加速して、目の前に鐘が消えたビックジュンが見える。

 凜のスケボーはそのままビックジュンに着地した。

 俺が鐘があった部分に転がされた。

 同時に凜の深紅の羽が抜け落ちて、俺を包む。


「熱っ!」


 凜の羽が温度を持っていて、熱かった。


「熱暴走を放熱してるからね……仕方……ない!」


 凜が再びスケボーを掴んで、ビックジュンから飛び出す。

 奥にまん丸な月が見える。

 俺が居た場所から、もう一人スケボーに乗った人が飛んできている。

 その羽の色は漆黒の黒、髪の毛は金色に輝いて見える。真っ青な瞳だけが闇夜に光る。

 凜は自分が乗っていたスケボーを相手にぶつけて、反動で離れる。

 そして残った羽で、なんとか浮く。

 でも半分以上の羽を俺にかけているので、かなり頼りない飛び方だ。

 飛んできた凜のスケボーを相手は掴んで、投げ捨てた。


「甘い」


 金色男は、黒い翼を更に広げて凜に追いついて、凜を捕まえる。


「くそっ!」


 凜が叫ぶ。

 金色男のお尻に蛇より長いしっぽがみえた。

 そのしっぽが一気に裂けて、中から無数の紐が現れた。

 その紐は色とりどりで、何かお祭りが始まるような華やかさで、朝と夜の中間点な空に舞う。

 その紐が複雑に動いて、凜の動きを捕まえようとする。


「ロカナンの棺?! これが使えるってことは本丸じゃん!」


 凜が叫ぶが、紐はどんどん編み上がっていき、凜を隠していく。

 凜が見えなくなっていく。


「凜!」


 俺が叫んで大きな口を開けると、赤い羽根の一部が俺の中に入ってきた。

 その羽根はどんどん俺の中に入ってくる。


「おえ……ぐっ……」


 やがて俺は羽を飲み込んでしまった。

 飲み込んでから気が付いたが、これって羽じゃなくて……小さな動物じゃなかったか?

 よく見ると、小さな目が付いている。

 やっぱり!

 俺は何か生物を飲まされた……!


「おえっ!」


 吐き出そうとするが、もう時遅し。

 胃の中で何かがじたばたしていたが、やがて静かになった。

 消化? 俺この変な生物、消化しちゃったの?!

 次第に俺のしっぽがバタンバタンと勝手に動き出す。

 それに息が苦しい。

 これ、絶対に食べちゃいけないもの食った……!

 俺は膝を抱えて丸まった。

 体中が震えているのが分かる。

 ダメだ、こんな感覚初めてだ。お尻というか、体全体が軋むように痛い。


「お前」


 声がして、なんとか顔だけ上げると、あごを掴まれた。

 掴まれたと思ったら、それはさっき凜を包んだ紐だった。

 やがてその紐は形を表しはじめて、人の指になっていく。

 無数の紐は端正な顔つきの男になった。

 金色の髪の毛に、陶器のような肌に、蒼き瞳は、どこかの星の王子様のように見えた。

 でも俺の頭を掴む指は……鳥のように長い爪がある。

 長い爪が俺の顔に刺さる。


「いたっ……」


 爪がめり込んで、俺が持ち上げられる。


「食ったのか」


 金色男が言う。

 俺は無言で頷く。

 食ったというか、食わされたというのが正解だけど。


「じゃあ殺すだけだ」




 金色男は俺の頭を掴んで、ビックジュンから飛び降りた。




「ぎえええええ!」




 視界が一気に降下する。

 金色男は漆黒の羽を広げて、飛んでいく。

 俺は掴まれたまま、一気にビックジュンから落ちているのが分かる。

 景色が落ちていく。

 加速を視界と、背中と、体で感じる。

 落ちる……落ちていて……頭を掴んだ爪がどんどんめり込んでくる。

 離れる気がしない。

 このまま球のように叩きつけられる。

 俺は目を閉じた。

 脳内に映像が浮かぶ。

 これは走馬灯というものなのか?

 河原で遊ぶ俺とジュンとユウ。

 一緒に野球をしている。つい最近だ。

 微笑むユウ。投げたシンカー、飛ばないボールに、一緒に食べたあんまんに、肉まん。それに初めてキスもしたのに……ここからだろうよ、俺の人生よ!



 まだ死ねねーーーーー!




 その時に、俺のしっぽが燃えるように熱くなり、大きく広がる感覚があった。

 しっぽの先が枝分かれしていく感覚がある。

 どんどん別れて、広がっていく。

 俺はその感覚に目を開いた。

 俺のしっぽから広がった何かがグングン編み上がって、やがて大きな人間の手になった。

 その手は、金色男を掴んでグチャリと潰す。


「な……!」


 金色男が叫ぶより早く、俺の大きな手は金色男を丸い球体にする。

 そしてそのまま、床に向かって投げつける体制に入る。

 川辺でキャッチボールをしていたことを思い出す。


「くらえ! 俺のアンダースロー!!」


 思いっきり金色男を投げつけると、その球は加速して、フラフラとシンカーの軌道を描いて、地面に叩きつけられた。

 なんでここでシンカーになった?


「あは……あはははは!」


 俺は落下しながら笑う。

 俺はいつまでたっても子どもだ。何がシンカーだ、何がアンダースローだ。

 なんだか面白くて、俺は落下しながら笑い続けた。


 視界の下に地上に叩きつけた金色男が割れて、中から凜がでてくるのが見えた。

 無事で良かった。

 突然ガクンと振動を感じる。

 俺のしっぽが変化した大きな手は、そのままビックジュンを掴みはじめた。


 ガガガガガ……とかなりの量のビックジュンの壁面を壊しながら、俺は宙づりだが、止まった。


 その距離……地上から二十メートルくらい? 結構落ちたつもりだったけど、もともとのビックジュンがでかすぎる。


「はー、助かりました。ありがとね、命の恩人」


 気が付くと、凜が真横まで飛んできていた。


「もうなんでもいいから、助けてくれ」


 俺は宙づりのまま凜に言った。


「待っててちょ」


 しっぽが変化した手のほうに凜が移動した。


「……やだ、生まれそうよ」


 凜が手を見て叫ぶ。


「え?」


 全く理解が出来ない。


「まだ十分も経ってないよね。わー、私たちの子どもが生まれそうよ、アラタ」


 俺はさっき凜の羽の一部を飲まされたことを思い出した。


「お前は俺に何をしたんだ! 変なもん食わせやがって!」


 俺は宙ずりのまま叫ぶ。

 さっきから手の中心、しっぽの真ん中あたりがむずむずして、軽く動かした。


「わーーー、出てくるねーーーー!」


 凜は浮いて、中心あたりに移動する。


「ちょ、見るな!」


 俺はなんだか分からないけど、恥ずかしくなって叫ぶ。


「間に合った! アラタ、今助けるから」


 気が付くと、ビックジュンの階段をジュンが登ってきていた。

 その位置だと俺の手? 何か出てきている場所が丸見えなんじゃ……。


「ジュン、ちょっとまじで、そこに居るの止めてくれ」

「これを引っ張って、持ち上げれば良いのか?」


 俺の声はジュンに届いてない。


「これって手?」


 ヒョイと顔が覗く。ジュンの隣にはユウも居た。

 俺の頬がカッと熱くなる。


「ユウ、ジュン、お願いだからビックジュンから離れてくれ!」


 俺が叫ぶとしっぽに力が入って、何が出てくるのが分かる。

 俺はそれを必死に押さえる。

 

「あーーん、もうちょっとで出てくるの……しゅごい興奮するー……」


 凜は頬を染めて言う。

 俺は出てくる何かが気持ち悪くてたまらない。


「ユウ、ジュン! 離れてくれよ」

「あ、アラタ。今から助けるよ、待ってて! 落ちなくて良かったよー。すごい鐘の音がしたから来てみたんだけどね……何か出てきてるよ?」


 ユウは不思議そうに俺の大きな手の中心を見る。


「くそ……!」

「ダメダメ、我慢しないの」


 凜が出てくる付近触れる。


「あ、凜さん、おはようございます」

「おはおは~。見て見て、出てくるよ」

「わ……何か凄いですね……」


 ユウは頬を赤らめる。


「お前、マジでやめろよ!!」


 叫ぶと俺のしっぽから、ブワッと何が出て行くのが分かる。


「ああああああ…………」


 俺は今までの人生で感じたことがない快感に叫ぶ。


「きたああああああああああ」


 凜が歓喜の声を上げる。

 ずっと出ている、何か出ている、ズルズルと長い何かが出ている、ずっとずっと出てくる、紐だ、違う、濡れた何かだ、ああああ……!

 その塊はどんどん出てくる。

 これをユウが、ジュンが見えるなんて……耐えられない……!

 俺は目を固く閉じる。



「…………ありり?」

 凜の声がする。




「かわいい~~~」

 ユウの声がする。



「なんだあれ」

 ジュンが冷静につっこむ。


 思ったような【気持ち悪い何か】が起きてるわけじゃないのか?



 目を開くと、目の前に銀色の四角い物体が浮かんでいた。そのサイズ、十センチ角くらい? 小さな箱だ。

 そこには凜の深紅の羽と同じ小さな目と、にっこりと微笑んだ口が付いている。


「……箱?」


 俺の目の前の銀色の箱はシュルンと回った。

 そして俺の頭にトスンと着地した。

 すると俺のしっぽから伸びていた手が一本ずつしっぽの中に戻っていく。

 そのたびにガクンとバランスを崩して、俺は落ちそうになる。

 俺のしっぽが変化した大きな手の指の親指をジュンが、中指をユウが引っ張る。

 それ以外の指は元に戻ってしまった。

 同時にビックジュンがユラリと揺れた。


「キャーーーーー!」


 ユウの叫び声。

 俺の大きな手がビックジュンを絶妙に支えていたようで、指が数本消えたことで、ビックジュンはグラグラと揺れ始める。

 高さ八十メートルの時計台がグラグラ揺れ始めた景色は、恐怖以外何者でもない。


「凜!」


 俺は叫ぶが、凜は宙に浮いたまま、頭を傾げている。


「あれ? ありりり?」

「助けろーーー!」


 ビックジュンはグラグラと揺れて、真ん中あたりで俺たちが居る反対側にボキリと折れた。


「ぐああああ!」


 とんでもない振動と、砂埃、同時に大きな欠片も沢山落ちてくる。

 俺が落ちてないってことは、俺のしっぽ? 指? を掴んで居るジュンとユウも平気ってことか?

 砂煙がひいて視界が少しだけ見える。


「ゴホン! やだ、すごい、折れたの?」

「折れたな」


 ユウもジュンも無事だ。

 良かった……。

 でもまた折れるかも知れない。

 今ならまだ下りられるはずだ。


「二人とも、俺の事はいいから早く下りろ」


 俺はジュンとユウを見て言う。


「何いってるの?」


 ユウは再び俺の薬指を握った。


「バカかお前は」


 ジュンも俺の親指を握った。


「いいから!」


 俺は叫ぶ。

 ビックジュンが完全に壊れるのは時間の問題だ。


「同時に持ち上げるぞ」


 ジュンとユウは頷く。


「せーの!」


 二人は俺を引き上げる。

 何度も声を合わせて、二人は俺をビックジュンの中に入れようとする。

 その時、上から大きな破片が落ちてきた。

 それは俺たち三人を直撃しようとしている。

 もうダメだ……!

 破片がユウとジュンに手に当る。


「いたっ!」


 その瞬間、体が大きく揺れる。

 ユウが俺の薬指を離したのが見える。

 ユウの手には血が見える。

 親指は、繋がれたままだ。

 破片が当って、血が流れているが、ジュンは俺の指を離さない。

 俺と繋がった部分にジュンの血が流れてくる。


「頼むよ、頼むから、離してくれ」


 俺は言う。

 ジュンは無言で首を振る。


「こっち!」


 ユウが再び俺に手を伸ばしてくる。

 もういい。もういいから……!

 叫ぼうとすると、ジュンと目が合う。

 俺は無言で首を振る。

 ジュンは俺を見て、にっこりと微笑んだ。


「ダメだ、見捨てられないわ」


 そして身を乗り出して、俺のほうに飛び出してきた。


「えええええええええ?!」


 俺は叫ぶ。



 その奥に大きな破片が俺たちの居た場所にぶつかり、ユウは悲鳴を上げて奥に消えた。


「ユウーーーー!」


 俺の叫びは落下速度に負ける。

 俺とジュンは一気に落ちていく。

 ジュンが俺にしがみついてくる。

 俺もジュンにしがみついた。

 どんどん地上が近づいてくる。

 お終いの時だ……。

 その瞬間、俺の肩に居た銀色の四角がギュン……と巨大化して、俺たちの下に広がった。 

 トランポリンのように俺たちを優しく包んで、俺たちは地上に優しく降りた。

 全く衝動を感じない。

 上からユウが落ちてくるのが見える。


「ユウ……」


 俺は力なく叫ぶ。

 支えたくて助けたくて動こうとするが、体は全く動かない。

 ユウも、トランポリンらしき物の上に音も無く落ちた。

 ユウの目は閉じられていて、生きているのか、死んでいるのか、分からない。

 手には大けがを負っているのが分かる。

 動きたいが、俺も体中が居たくて動けない。

 俺の背中には、ジュンの手がある。

 ジュンも完全に気絶している。

 でも、ふー……と吐く息が俺の頬に当る。

 生きてる……。


「……何が見捨てるだよ」


 俺はバディーなんて見捨てるといったジュンの言葉を思い出す。


 破片が当ったジュンの手からは血が出ている。

 俺はそれに触れる。

 温かくて、安心して、俺はジュンの手を握ったまま、目を閉じた。

 見捨ててくれよ……見捨てないでくれて、ありがとう。



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