すっぱいブドウと、甘い杏仁豆腐
「見ろよ、イケメン大集合だ」
部屋に戻ると、スカートの制服を脱ぎ捨てて、ジュンはソファーに転がった。
そして耳の端末を触って、俺の目の前に写真を展開した。
そこには上は四〇代と思われる人から、下は俺たちと変わらないような子まで、数十人、すべて男の人の写真だった。
触れるとスペックも表示される。
○○財閥、○○製薬……。
「お見合いか」
俺は写真を見ながら言う。
「アラタとユウが付き合うなら、俺も彼氏作らないとな」
俺は黙る。
「つっこめよ、今更俺とユウが付き合えるわけじゃない。イチイチ落ち込まれると、こっちが落ち込む」
ごめん……と言いかけて、飲み込む。
悪くないのに謝るのは、俺の悪い癖だ。
「イケメンばっかりじゃん」
俺は極めて明るく言ってみた。
「だろ? 中島財閥なめるなよ」
ジュンは小さく微笑んだ。
「最高だな、中島財閥」
俺はソファーに転がった。
ジュンの部屋のソファーはふかふかで、いつも陽向の匂いがする。
実家のソファーは何かジュースが混ざった匂いがしてイヤなんだよなあ。
「なあアラタ、最後に風呂入ったの、いつ?」
ジュンが俺を見る。
「ギクリ」
俺は声に出して言った。
「電車の中から思ってたけど、アラタ、臭いぞ」
「臭いって……。だって両性ってさー、体見るの怖くて」
「ほい」
ジュンが俺に向かってタオルを投げる。
「夕飯前に入ってこいよ。今日はお前が好きなチキンカレーだって華多が言ってた」
「マジか」
「綺麗な体で食べましょう、どうぞ」
ジュンは右手でバスルームを指した。
「俺の体。どうなってんだろ……」
「女だとしても、俺と変わらないよ。別に現時点で胸もないし、穴があいてるだけだ。あとしっぽだけだろ。胸が膨らんだら、一緒にブラ買いにいくか」
くく……とジュンが笑う。
そうか、ジュンは、俺が半分女なのは、少し嬉しいんだな。
そうだよなあ……俺も、心強い。
「よし!」
気合いを入れて風呂のドアを開けた。
抱えたタオルからは、やっぱり陽向の匂いがした。
「……どれどれ」
服を全部脱ぎ捨てて、鏡の前に立ってみる。
たしかに、まだ胸はない……お尻方向を見ると、しっぽが出ていて……女性特有の穴。
「うーん……」
胸をもんでみる。
「うーん……」
何も気持ち良くない。
ただのまな板だ。筋肉の無さも、貧弱さも、子ども時代から変わらない。
下半身を見てみる。
しっぽの根元は太い。それに触れると感覚がある。
ここには太い神経がある気がする。
そして穴か……。
「うーん……」
この先に本当に女の子の色々が……。全部乗せ! と言った凜の言葉を思い出す。
「うーん……」
想像できない。
でもどうやら本当に両性らしい。
鏡の前で真っ裸でうーんうーん唸る自分がうつってる。その姿があまりにアホらしくて、イヤになってきた。
「もうなんでもいいや」
俺は面倒になってシャワーをひねった。
俺の家の数倍の量の水が噴き出す。
「おおおお……」
俺はそのお湯を全身で浴びる。
シャワーを浴びて髪の毛を乾かして出てくると、脱衣所には綺麗な服が準備されていて、俺はそれを着た。
ああ、スッキリした。
部屋に戻ると、もう夕食がセットされていた。
「おおおお……ちゃんとバターライス」
「そりゃそうだ」
「ちゃんと福神漬け」
「無いなんてありえない」
「コンソメスープもある」
「シェフの手作りだ」
「頂きまぁす!」
俺は椅子に座ってカツカツとチキンカレーを食べた。
中島家のチキンカレーは骨付き肉を使ってて、それがトロトロに溶けてて美味しいんだ。
スプーンで簡単にほぐれる。それに肉以外の具は全部溶けててまろやかな上に、トッピングで乗せるナスの素揚げが……旨すぎる! 時間がたってもサクサクな素揚げなんて、本当にどうやって作ってるんだろう。俺はこれが大好きすぎて、家で真似て家で作ったけど、ベッチャベチャなナスしか出来なくて、一度で止めた。ああ、ナスとカレー、最高。
ついさっき大盛りラーメン食べたのに、どうしてこんなにお腹が空くんだろう。
「あー、中島家に住み着きたい」
「ずっと住めばいいよ」
ジュンが小さく笑う。
「ジュンが結婚したら来れなくなるもんな。俺って見かけは女だから、見合い始まったら家に出入りも出来ないな」
「……もちろんだ」
ジュンは静かに頷いた。
「俺はどうなるのかな……まあ、もういいや」
「もういいのかよ」
ジュンが吹き出す。
「悩んでも分からない。もう開き直った」
自分の裸を見たことで、何か安心してしまった。
穴があってもしっぽがあっても胸があっても、俺は俺だ。
「開き直りが早いのがアラタの良いところだな」
ジュンはスプーンを置いて、軽く右手をあげた。
配膳していた華多さんやメイドさんたちがゾロゾロと出て行く。
「ん? もうデザートか?」
俺は二杯目のチキンカレーにナスとカボチャと乗せながら聞く。
でも目の前に杏仁豆腐はあるな。
これ食べたら食べよう。俺はミカンがたっぷり入った杏仁豆腐をみてニヤニヤする。
このミカンが、缶詰じゃないのが中島家の恐ろしい所だよ。
全部手剥きらしいぞ。なんて贅沢なんだ!
ジュンは耳元の端末をいじって、俺の方を向いた。
そしてにっこりと微笑んで言った。
「なあ、アラタ、俺と婚約しないか」
「ごめん、福神漬け取って」
俺は福神漬けを受け取って、大盛りにした。
やっぱりカレーには福神漬けだ。
なんたって中島家の福神漬けは手作りなんだ。
福神漬けって手作りできるんだな……婚約? ジュン、婚約って言った?
「ユウじゃなくて、俺と付き合わないか、アラタ」
「付き合う、ふーん…………誰と、誰が?」
俺は持っていたスプーンを振り回す。
ジュンは人差し指をたてて、ジュン本人を指さす。
「もちろん、俺と、アラタが」
「はあああああああああああ? ジュンと俺が、付き合う?」
「アラタは、男で女なんだろ、だったら俺と結婚して子作りできる」
ジュンは飄々と言い切る。
「いやいやいや」
「両性なんて変な生物でも、俺ならオッケーだ」
「ちょっとまてまて」
変な生物ってのは、聞き捨てならないけど、今は置いといて。
「ユウとキスしたって聞いた時、やたらイライラした。俺はアラタがユウと付き合うのは、イヤらしい」
「イヤらしい、じゃ無いよ。お前はユウを好きだから、俺とユウが付き合うのがイヤなのは、当たり前だろ」
「いや、違うんだ。ユウの気持ちは応援したい。でもアラタを渡したくない」
「勘違いだ」
俺は一刀両断する。
「見合い相手何人見ても、全然無理。まったく興味がもてない」
「そりゃそうだろ、初めてみた人間に、速攻興味が持てる人なんて居ないだろ」
ジュンは俺の叫びを無視して、机の真ん中にあったぶどうを一粒とって、口に入れた。
「跡継ぎ産む必要があるなら、気心しれた相手がいい」
「いやいやいやいやいや、適当すぎる」
「そんなこと言うなよ」
ガタンとジュンが立ち上がる。
俺は一瞬身構える。
「いや、水」
ジュンは立ち上がって、少し離れた場所にあった水を手元のコップに入れた。
空だったコップに水が満たされていく。
「ごめん……」
俺は椅子に座り直した。
「襲われると思った?」
ジュンはコップの水を飲んで、笑った。
襲われると……?
「いや、それは全く思わないけど」
「……あははは、そうか」
ジュンは嬉しそうに笑った。
ジュンの事よく知っている。襲いかかってくるような人間じゃない。
そんなことが出来るなら、ユウに告白だってしてるだろう。
どちらかと言うと見かけのクールさより、弱気なタイプで……よく考えたらこんなこと言うのは、やっぱりおかしい。
ジュンは大きなブドウを口に入れた。
「ジュンは動揺してるんだよ。それにずっとユウが好きだったもんな」
「まあそうなんだけど」
ジュンは飄々としている。
こうなったら遠慮しないぞ。
「俺、ユウと付き合うぞ」
「邪魔する」
ジュンはにっこり微笑んだ。
俺は、はー……と息を吐き出して、首を左右に軽く動かした。
「ジュン、お前は今まで俺たちがいた三人の関係を壊したくないだけだ、お前は友達関係と、恋愛感情をごったにしている」
俺はスプーンでジュンを指す。
「そうかな」
「勘違いするな、ジュンが好きなのはユウだろ?」
「ユウとは子ども作れないし」
「俺の体目的かよエッチ!」
「大事だろ?」
ジュンは微笑む。
「あー……もう止め止め。素直にお見合いしろよ、イケメンばっかりだろ。イケメンと恋愛してこい」
「俺が一番イケメンだろ?」
「女じゃないのか?」
「あ、そうだった、俺が一番可愛いだろ?」
「俺で可愛いなのか? 無理無理」
「ああ、くそ」
「あははは」
俺は笑いながら杏仁豆腐を食べた。
笑いながら心底安心していた。
やめてくれよ、これ以上俺の日常を壊さないでくれ。
「ほれ」
ジュンはブドウを一つちぎって、俺に投げた。
俺はそれを受け取った。
ジュンはニヤリと微笑んだ。
「まあゆっくり女になるから、待ってろよ」
その表情から、同じ年齢に思えない大人の余裕を感じて俺はぐっと黙る。
昔からこうだ、ジュンは余裕で、クールで何考えてるのか分からない。
何が俺と結婚して子ども産め、だ。適当なことばかり言いやがって。
俺はジュンから渡されたブドウを食べた。
口の中に酸っぱい汁が溢れる。
「すっぱ!」
「そこがいいんだよ」
ジュンが微笑む。
「俺は杏仁豆腐のが良い……」
「おこちゃまだな、アラタは」
ジュンは得意げだが、こんなことで何が大人だ。
俺は杏仁豆腐の汁を飲んだ。
あー、旨い!




