3-2 王宮へ
彼女……アリシアを学会の会場に送り届け、僕は入り口で立っていた。
幾ら建物の中だとはいえ、彼女が迷子にならない可能性はなかったからだ。
部屋の中の様子は全く見えない。
だけど、あの小さな体の彼女が、いまあそこで発表をしていると考えると、大丈夫かなぁと思ったりもする。
(心配しすぎかなぁ)
『ああ、たかが論文の発表だろう。問題はあるまい』
(でも、あの性格だからなぁ)
『おどおどしているように見えて、案外肝が据わっているということもあり得る。見た目だけで判断するのではないぞ』
(そうだといいけどなぁ)
ドンと構えている姿が全く想像できない。
いまでも両手に本をもって右往左往していそうだ。
さすがに……それはないか。
僕は彼女のことを一旦、頭から切り離す。
(それで、これからどうするの?)
『王都に来たのだ。情報を集めるのが最優先だろう。それに王にも会わねばならん』
(王様に?)
『封印を解いたのだ。それなりの説明責任というものはある。騎士も護衛についている。何も言わないというのは礼儀がなってないだろう』
(た、確かに)
『それに……俺自身が稀代の王に興味がある』
(レーヴァティンが王様に? 一体、どうして?)
『そんなことはどうでもいいだろう。それで、あの魔女をどうするつもりだ?』
(僕は、連れていくべきじゃないと思ってる)
さすがにこれは僕自身のことだ。
巻き込むわけには行かない。
『そういうと思ったが……連れていくべきだ。奴の魔力は戦力になる』
(でも……彼女は関係ないよ)
『世界が滅ぶかもしれない状況なのだ。無関係というわけではあるまい』
(でも……! それを僕らが押し付けるのはよくないよ!!)
『押しつける? それでは、お前は「彼女たちにすべてを任せて、自分は戦いから手を引く」ということか?』
(そんなことは言ってないよ!)
『ならば、押しつけではあるまい。どのみち、ダーインスレイブはお前しか倒せないのだからな』
(っ……!)
『魔法が使える人間がいれば、この戦いにおける負担は少なくなる。それはお前自身もわかっていることだろう。ならば、どうするかは明白だ』
……何も言い返せなかった。
僕自身、戦いはレーヴァティンに任せているし、セレナが道案内をしてくれている。
何もしていない僕が……何かを言えるはずもなく。
ただ、黙って彼女が出てくるのを待っていた。
――― ―――
王宮内にある騎士院。
いまも書類仕事を忙しそうに片付けている騎士が何人もいた。
なれない事務仕事は、訓練に明け暮れていた騎士には酷というものだろう。
しかし、いまの騎士団長の方針もあり、騎士のことは騎士院内で完結させるということになっている。
そんな騎士院を、セレナはゆっくりと歩いていた。
その姿を、物珍しいそうに見ている騎士もたくさんいる。
その理由は明確だった。
なぜならば、騎士にとっての手続きはいくつかあるが、代表的なものは3つある。
まず、騎士団をやめるときの退団申請、次に、休暇をもらう際の休暇申請、そして……任務中に騎士が死亡したことを通知する、殉職通知だ。
セレナは騎士団の中で、とてもエリートであった。
その騎士が退団申請をするわけでもなく、ましてや休暇をもらうということも考えられない。
残るものは一つ。
セレナが任務に出たときは、セレナと同等又はそれ以上の実力を持った、超エリート小隊が向かった。
それなのに、今あるいているのはセレナ一人。
察しがいい騎士ならば、もう気付いているだろう。
彼らがいなくなるほどの事態が起きているという現実を。
「ノワール王国騎士団・第7小隊所属騎士、セレナだ。今回の任務で殉職した者たちの通知に来た」
セレナの顔はどこまでもまっすぐ向いていたが、その瞳はどこか悲しみが宿っていた。
彼女は彼らが殉職してから、一度も泣いていない。
――― ―――
「あ、どうもですぅ」
疲れたような顔で出てくるアリシア。
どうやら学会は無事に終わったようだ。
「大丈夫だった?」
「はい! ばっちりですぅ!!」
満面の笑みでこぶしを握る姿は、まるで少女のようだった。
「それじゃあ外まで行こうか」
「よろしくお願いしますぅ」
一つ一つの動作が、どこかたどたどしく、それが余計に彼女を幼く見せている。
うん、同い年に見えない……。
そんな彼女を連れて、僕は王立図書館の出口へと向かう。
間もなく出口というところ、受付のあたりに見慣れた姿をみつけた。
「セレナさん!」
「アストラルじゃないか。よかった、いまから君たちを探しに行くところだったんだ」
「僕も入り口で待ってようかと思っていたところだったんですよ」
「それはちょうどよかった。ところで、これから予定は空いてるか?」
「特に予定はないですが……」
一体、どうしたんだろう。
なんか、ものすごく嫌な予感がしてきた。
「これから、王宮に一緒に来てもらうぞ」
「え?」
「だから、アストラル。君は、私と彼女と一緒に王宮に向かうぞ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
僕の声が図書館中に響く。
受付の人に咳払いをされて、ようやく我に返る。
「で、でもどうしていきなり?」
「騎士団長からの招集命令だ。一応、君は王国のなかで、国王様の次に”重要人物”となっているからな」
ま、魔剣の封印を解いたからか……。
正確に言えば、魔剣の封印を解いたのは僕じゃないが、そんなことを今言ったってどうなるわけじゃない。
事件の経緯、そして今どんな状況なのか、しっかりと話すべきだと思う。
(でも、僕にできるのかなぁ)
『できるできないではない。やるしかないのだ』
(その時だけ変わってよ)
『いい経験だろう。自分でやれ』
(……ケチ)
レーヴァティンは、それからの問いかけに反応しなかった。
いいよな、魔剣は。
黙ってればただの剣だから。
「はぁ……」
「ん? 何を深いため息をついているんだ?」
「こっちの話。それで、王宮には今から行くの?」
「ああ。すぐにでも」
「わかった。アリシアもいいよね?」
「だ、大丈夫ですぅ!」
元気よく返事をするアリシア。
本当に状況がわかっているのだろうか……。
そんな不安を抱えながら、僕らは王宮内にある騎士院へと向かった。
その途中、アリシアが変な方向へ行きそうになったのは、言うまでもない。
――― ―――
目の前にそびえたつ大きな宮殿。
厳かささえも感じるそれは、僕には無縁のものだと思っていた。
うぅ……いまからこの中に入るのかぁ。
「うわぁ! 大きいですねぇ!!」
隣で目をキラキラと輝かせるアリシア。
その姿はまるで、旅行に来た子供みたいだ。
「さて、入るぞ」
セレナの先導に従い、ゆっくりと進んでいく。
セレナが門番に一言二言、何かを言うと、門番は王宮の門を開けた。
「先に言っておくが、くれぐれも不審な行動はしないでくれ。私にも、さすがに庇いきれないからな」
「わかった」
「了解ですぅ!」
……この子、酔っぱらってるんじゃないかな。
そう思うほど、アリシアの動きの一つ一つは大きかった。
近くで大声を出されたのにもかかわらず、セレナは嫌な顔一つせず、微笑んだ。
「まあ、私の後ろに続いて歩いていれば、問題はない。そう緊張はするなよ」
諭すように話すセレナ。
もしかして、知らず知らずのうちに体がこわばっていたのだろうか。
……あり得る。
なにせ、いまから王と謁見するんだ。
緊張しないわけがない。
もし、これで僕の打ち首が決まったら……。
そう考えるだけでもゾッとする。
『一応、言っておくが、お前が打ち首にされることはない』
(どうして?)
その問いかけに、レーヴァティンは答えない。
まただんまりかとも思ったけど、いつものことだ。
気にしていても仕方がない。
僕は一歩踏み出した。




