2-3 呪い
レーヴァティンが何かを仕掛けた、その日の夜。
僕はあの部屋にいた。
(なんでまた、この部屋なの……)
『心配するな。何もなければ、俺の考えが外れただけですむ』
(本当かなぁ……。いきなり魔物が出てきたとしても、僕じゃ無理だよ)
『ふん、どうせ俺が倒すのだ。お前が心配することじゃない』
痛いところを突いてくるなぁ……。
確かにその通りなんだから、反論できないんだけど。
それにしても……レーヴァティンはどこか自信満々だ。
今日犯人が現れる。
そんな確信があるみたいだった。
『……! 来たぞ!!』
「えっ!?」
レーヴァティンがそう言った直後、部屋全体が不思議な雰囲気に包まれる。
……まさか、あの魔物が来たのか?
嫌な予感がする。
僕はレーヴァティンを握り締めると、周りを見回した。
今のところ、変なところは見当たらない。
だけど、もやもやとした居心地の悪い感覚は消えないどころか、だんだんと強くなっていく。
そして……。
『目をつぶれ!!』
返事をしない。
ぎゅっと思い切り目をつぶる。
それでも、激しい光が目の前で起こっていることはわかった。
目を開けるとそこには……あの魔物がいた。
「大きい……!」
「ガアアアアアアアアアア!!」
「う、うわぁ!」
その咆哮で、ガクッと腰が抜けてしまった。
『くそっ! 軟弱が!! 変われっ!!!』
僕はぎゅっと目をつぶってレーヴァティンを握りしめた。
――― ―――
「この程度で腰なんか抜かしてるんじゃない!!」
急いで横に転がる。
すると、主が尻込みをしていた場所に、大きな穴が開いた。
あと少しでも遅ければ、この体は八つ裂きになっていただろう。
それに、この体でやつの攻撃を防ぎきれるとは限らない。
基本的に、攻撃は避けることだけを考えるか。
もっとこの体がしっかりしていれば話は別だが……贅沢も言っていられない。
今日のことで、この魔物を強化しているかもしれない。
それが狙いだったとはいえ、これほどまでとは……。
『ねぇ、大丈夫なの!?』
(うるさい、黙っていろ!)
『でも……!』
「くっ!」
すぐに立ち上がって、後ろに下がる。
今度はベッドが粉々になった。
「黙るか死ぬかどっちがいいのだ!!」
『黙ってるよ!!』
本当にうるさい主だ!
主を黙らせたところで、俺は自分自身を抜く。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!」
「一つ一つの挙動が大きいのだよ!!」
振りかぶられた手を避け、脇腹に詰め寄る。
「はあっ!!」
剣を振りぬくと、ぼとっと大きな音を立てて、奴の腕が床に落ちた。
「ガウアアアアアアアアア!!」
「痛いか。だが、お前が食った相手はもっと痛い思いをしているぞ!!」
右足、左手、左足。
1つずつ斬りおとしていく。
そのたびに、魔物は大きな声を上げるが、ためらいはしない。
四肢をすべて斬りおとしたところで、魔物は地面に伏した。
「無様だな」
魔物は闘争心を失っておらず、頭だけでも俺に届かせようともがく。
呪いの執念……といったところだろう。
つくづく人の想いとは面倒だ。
「死ね」
『ちょっ……!』
主が何かを言いかけているが、気にしない。
魔物の横から、首めがけて剣を振り下ろした。
『……!』
ごろごろと地面を転がる頭。
そして、床を赤く染めていく血が、息の根を止めたことを知らせる。
「ふん……他愛もない」
『さすがにこの殺し方は……!』
「奴がしてきた業を考えれば、当然だろう。それに、こいつの死体はチリの一つさえ残らん」
『えっ……?』
「みろ」
視線の先には、小さな光の粒となって消えていく魔物の姿があった。
「そもそも奴は生物ですらない、ただの呪いだ。倒されれば魔力となって霧散していく」
『そう……なんだ……』
「さあ、術者を問い詰めに行くぞ」
――― ―――
「でも、どうして彼女の家に連れていけと?」
「行けば分かる」
あの家の主の案内で、俺は術者の家へと向かっていた。
考えが正しければ、術者はやつだ。
その理由も問い詰めなければならない。
騎士はどこか覚悟を決めたような顔をしていた。
「ここです」
家主が指さした方に、こじんまりとした家が建っていた。
「あなたもついてきますか?」
「……? どういうことでしょうか?」
「呪いをかけた本人と会うかどうかと聞いている。お前はついてくるべきだろう」
「呪いをかけた本人……! まさか、そんなわけが」
「ならばそれを確かめるべきだ。……いくぞ」
俺は術者の家へと歩く。
騎士は家主をすこし気遣っているようだが、真実は知っておくべきだろう。
当の家主はというと、まだ理解ができていないのか、不思議そうな顔をしていた。
ドアはノックしない。
思い切り蹴り空けると、部屋の中でうずくまる彼女の姿を見つけた。
「気分はどうだ? 呪術魔物を倒されたのだ、呼吸をするだけでもつらいだろう」
「……!」
彼女は俺を見ると、一瞬驚いた顔をして、すぐににらみつけてくる。
「呪術魔物を倒す際に四肢を分断した。もう二度とあの呪術魔物を精製することはできまい」
「あ……あな……たは……!」
「通りすがりの旅人だ。……なぜあの呪いをかけた?」
「……」
「言わないというのならば、こちらも命を狙われているのだ。それ相応の報いを受けてもらうぞ」
剣をすこしちらつかせると、術者はすこし体をびくつかせた。
それが呪術魔物を倒されたことによるダメージなのか、剣に対する恐怖なのかはわからなかったが。
「言うか、言わないか。さっさと選べ」
「……な、なんでいつも……」
「ん?」
「なんでいつも、あの子だけなのよ! 私だって!! どうしてよ!!」
「要領を得ないな。要は嫉妬か?」
「ええ、そうよ! いつもうらやましいと思っていたわ! 彼だって……!」
つまり、家主の夫に恋していたが、報われなかったことが原因か。
たかがそれだけのことだが、呪いをかけるほどの恨みだったのだろう。
だが……。
「それはただの嫉妬だ。お前が努力してこなかった、お前が何もしなかった。ただそれだけのことだ。確かに、人の出会いは偶然の要素が強い。だが、お前はその偶然を言い訳にして、何もしなかったのではないか? 現にこうして呪いをかけている。そんな人間を誰が好きになる? いい加減、自分勝手な考えで物事を考えるな」
「っ……!」
術者の目に俺に対する怒りが宿る。
そして、腕を前に出した。
「デバイド!」
そして、衰弱の魔法を唱えた。
「……え……?」
「お前にもう魔法は使えない」
「なんで……ど、どうして……!」
「満月でもないこんな日に、未熟な魔術師が膨大な魔力を使えば、必然とこうなる。体の魔力がたまるまでには人生が終わっているだろう」
「なんで私からすべて奪うの!? そんなに私が憎い!?」
その言葉は俺に対してではなく、家主に対して向けられていた。
「ふん、全てを奪おうとしていた人間がよく言う」
「私はァァァァァァァァァァ!」
恨みのこもった言葉を残して、術者は意識を失った。
「……彼女の気持ちを知らず知らずのうちに、踏みにじってしまっていたのでしょうか……」
「……どうなんでしょうね。女って意外とわからないものですから」
騎士がゆっくりと寄り添うように、話す。
「嫌なことも、つらいことも……全部隠して、何でもないようにふるまえる。振舞えてしまう。でも……それが女の強いところだと思うんです」
「……そう……ですね」
「でも、泣くなら……いま泣いた方がいいです。ためこんでしまうとよくない」
「……はい……!」
騎士にしがみつくように、家主はなく。
声を殺して、涙を隠して。
『……こうするしか、選択肢はなかったのかな……』
(呪術魔物を倒すことが、この魔術師を殺さずに済む唯一の方法だが?)
『いや、そうじゃなくてさ。……呪いをかけるしか、方法はなかったのかなって』
(さあな。俺にはわからん)
『結局、自分の好きな人もいなくなって、幼馴染も失って……呪いをかけてすべてを失って……』
(可愛想……などというなよ)
『どうして?』
(可哀想という言葉は、見ているだけの奴が言う言葉だ。それに、お前は彼女に上から物を言える立場でもないだろう)
『見ているだけ……か』
それ以降、主は黙っていた。
それからしばらく、家主の押し殺した泣き声だけが、ただ淡々と聞こえているだけだった。
――― ―――
「この2日、泊めていただいてありがとうございました」
「いえ、こちらも困っていたことを解決していただきましたし……」
伏し目がちにいうその言葉に、少し胸が痛む。
本当に、これでよかったのかと考えてしまう。
「それで……彼女は……?」
「あれ以来、顔も見せてくれません……。もしかすると、もう二度と……」
ぎゅっと自分の手を握るその仕草から、彼女のつらさが伝わってくる。
だからこそ、僕は自信をもって、言い切ろう。
本当は自信がなくても、言い切るんだ。
「大丈夫です。小さいころからの中ならきっと……また、同じように笑えますよ」
「ありがとうございます」
彼女の笑顔に見送られ、僕らは村を後にした。




