2-1 最初の村
第2章です。
一カ月……とかいいかながら、半月で更新しました。
一応、書けたら更新というスタンスですので、更新が前後してしまうのはご了承ください。
それでは、どうぞ!
「ここが……学園の外……」
長い森を抜けた先にある広い草原。
その光景に僕は、目を奪われた。
「珍しい光景でも……いや、君にとっては珍しいか」
「めずらしいというよりは懐かしい感じがします。あまり学園から出たことがありませんから」
「高等部からか?」
「はい。いまは判事課程を修めていますが」
「なるほど。王都勤務か」
「そうなればいいなとは思っています」
「やれるさ、君なら」
セレナは優しく笑う。
仲間を失った後だというのに、彼女はそんなそぶりを全く見せない。
騎士として戦う以上、覚悟はしていたのだろう。
だけど、彼女以外全滅してしまった。
その事実は、どれだけ彼女の心の中に刻み込まれているのだろう。
それが自分を責めるきっかけにならなければいいけど……。
『奴も騎士だ。大丈夫だろう』
(どうしてそう言い切れるの?)
『騎士だからだ。お前は経験したことがないだろうが……いや、この話は止そう。今と違うかもしれないからな』
レーヴァティンはもったいぶった様な話し方で、話を終わらせる。
時々思うけど、彼の知識は一体どこから来ているのだろうか。
剣が話すということにも、正直言ってまだ慣れていない。
頭の中に響いてくる声が、現実だということを教えてはくれているが。
そもそも、これ僕の夢だったらいいのに……。
剣がしゃべって、カインが操られて。
目が覚めたら、またカインが笑って僕をどこかへと連れだすような、そんな気がする。
でも、これは紛れもない現実で。
昨日の遺体が鮮明に浮かぶ。
まだ、慣れない。
「今からどこへ行くんですか?」
気分を変えるために、そんなことを聞いてみた。
実際、僕はどうすればいいのかなんて知らないし、どこに向かっているのかも知らなかった。
「まずは王都に向かおうと思っている。そこなら情報も集まるだろうからな」
人が集まるところには、自然と情報が集まる。
でも……。
「王都、か」
「どうかしたのか?」
「いや、母さんにあったらどうしようかなって」
「実家が王都にあるのか?」
「ええ、卒業までは学園から出るつもりはないと言い切ってしまいましたから……」
「そうか。それは会いづらいな。だが、しばらく顔を見せてないのなら、会ってみるのもいいかもしれないぞ」
「考えておきます。今は会わない方向で行きましょう」
「君がそういうのならば、私はそれで構わないが……」
セレナは複雑そうな顔をする。
僕はそれで構わない、という旨を告げると、そのまま歩きだす。
長い長い草原。
王都はまだ見えない。
――― ―――
しばらく進んで、一休み。
太陽は僕らの頭上を少し超えて、西に傾き始めていた。
「大丈夫か?」
「ええ。長距離には慣れていなくて、すこしつかれましたけど……少し休めば大丈夫です」
「そうか」
セレナさんは隣に腰掛け、空を仰ぐ。
「君は……この空に何が見える?」
「えっ?」
突然された質問に、僕はぽかんとした。
空はどこまでも青く澄んでいる。
「こうして空を眺めていると、ふと思うんだ。ここじゃないどこかに、彼らがいるんじゃないかって」
セレナさんの”彼ら”が、誰を指しているのかすぐに分かった。
「そうですね……」
ゆっくりと空を見上げる。
すると、懐かしき笑顔が見えた。
「カイン……!」
その笑顔をつかもうと、手を伸ばす。
だけど、どれだけ手を伸ばしてもその笑顔に届かない。
「っ!」
ただの幻。
それはわかっているのに、こうして目の前に現れるとどうしても掴もうとしてしまう。
「空はどうしてこんなにも青いんでしょうか」
「さあな、私にもわからないよ。だが、もう数えきれないくらい青空を見てきた」
それからしばらく、どちらが話すということもなく、ただ空を見上げていた。
――― ―――
休憩が終わり、しばらく歩くと小さな集落についた。
村に着くなり、セレナは「騎士は駐屯しているか」と村人に尋ねる。
どうやらこの村に騎士は駐屯していないらしい。
すると、「今晩泊めてくれないか」と頼み始めた。
その村人は少し怪訝な顔をしたが、僕の姿を見るなり了承してくれた。
騎士が護衛につくほどの人物ととらえたのだろうか。
ある意味、間違ってはいないが。
そのままその村人の家に案内される。
木造の質素な家だった。
中に入るなり、僕は違和感を覚える。
「独り暮らしなんですか?」
その村人は若い女性なのだが、2人以上で暮らしているようには見えなかった。
「ええ……」
そういうと、彼女は目を伏せる。
複雑な事情があるのだろうか。
「こちらの部屋をお使いください」
その部屋はベットや机など、一通りのものがそろっているが、女性用の部屋という風ではない。
どちらかといえば、男性が住んでいるような部屋だ。
「貴方の部屋は?」
「こちらにありますから」
セレナの問いに、女性はもう一つの部屋を指さした。
「私は部屋にいますから、なにかあったら声をかけてください」
そう言い残すと、女性は部屋に入っていく。
セレナはその背中を黙って見つめていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
そういうと、セレナは先に部屋に入る。
ちょっと待てよ。
僕はこの人と同じ部屋で寝るのか?
「……!」
さ、さささ、さすがにそれはだめだろう!!
いくら相手が護衛の騎士だとはいえ、そういうのはよくない。
『さっきからうるさいぞ』
(しょうがないじゃないか!)
『部屋も見ないで決めつけるな。同じベッドで寝る訳でもあるまい』
(ベッドは違っても部屋は一緒だよ!)
『相手は護衛の騎士だ。外敵に備えてこちらの部屋で寝るだろう。もうこれ以上喚くな』
(……ごめん)
レーヴァティンに謝ると、僕は扉を開けた。
部屋の中ではセレナがベッドの下を覗き込んでいた。
「……な、なにしてるんですか?」
「侵入口や不審なものがないか調べてるんだ」
念のため、ということだろう。
「それにしても妙だな」
「何がですか?」
「綺麗すぎる」
「部屋を掃除したんじゃないんですか?」
「普段使っていない部屋を、まるで私たちが来るのを予見したように、か?」
「気になるほどですかね……」
部屋の中をざっと見てみる。
いたって普通な、板張りの部屋だ。
素人目からみて、不振なところは見当たらなかった。
「掃除が行き届いているみたいに思えますが……」
『問題はそこではない』
(どういうこと?)
『この家は普通の民家だ。宿屋として経営はしていない。よほどの綺麗好きではない限り、使わない部屋をわざわざ掃除する必要はない。それにもかかわらず、この部屋が綺麗だと言うことだ』
(つまり、僕たちが来るのを知っていたか……)
『普段使われている部屋か。どちらにせよ、あの騎士がやっていることは正しい』
(でも……せっかく泊めてくれるのに、疑うようなことしていいのかなぁ)
そんな罪悪感にも似た感覚が湧き上がってくる。
せっかくの好意だ。
頼んだのはこちらの方なのに、疑うというのもなんだか違うような気がする。
『お前がそうであるから、あの騎士は疑っているのだ』
半ば苛立った雰囲気でレーヴァティンはいう。
(どういうこと?)
『自分で気づけ』
レーヴァティンはそういった後、しばらく僕の問いかけに答えなかった。
――― ―――
その日の夜だった。
結局、セレナは居間で寝ることになり、僕はベットに横になっていた。
街は不気味なほど静かで、風の音だけが響いている。
こういう言い方をするのもどうかと思うけど、さびれた集落ならばこういう感じなのかもしれない。
学園生活になれてしまっているため、こうした人がいないという状態は慣れない。
もう寝よう。
そう思っていても、なかなか寝付けるものではなかった。
(……はぁ……)
明りを消しているため、暗闇が広がるこの部屋。
その中にいると、いやでも考えてしまう。
カインは今どうしているのだろうか。
魔剣から解放されていればいいけど……そんなことはありえない。
今も魔剣に囚われているんだ。
僕が……止めなければならない。
カインを救い出して見せる。
そう決意した瞬間だった。
『……! 何か来る……!!』
「え……?」
『変われっ!!』
レーヴァティンの声が聞こえたが、時はすでに遅し。
突然、激しい光が僕の目の前で爆ぜた。
「……!!」
『くっ!』
「目っ……! 目がッ!!」
ごそごそと何かが動く音が聞こえる。
しかし、先ほどの光で僕の目はやられ、何も見えない。
『っ! アストラルッ!!』
レーヴァティンの声が響く。
そして次の瞬間……。
「ゴォォォオォォォォォオ!!」
「こ、この声は一体……! それに一体、何が起きてるんだ……?」
『今のうちに俺に変われ!!』
その声に従い、僕はレーヴァティンと入れ替わった。
――― ―――
「ふぅ……ようやくか!」
アストラルと入れ替わると、俺は真っ先に俺自身を手に取る。
アストラルの目はつぶされていたが、俺には関係ない。
なにせ本体が剣だからな。
身体自体になにかなければ、さほど問題じゃない。
「さぁ、とっとと消えてもらおうか!」
俺は目の前にいる”奴”に向かって剣を振る。
「ガアアアアア!」
「くっ! 浅いかっ!」
剣は確かに”奴”を斬ったが、かすった程度にしかなっていないだろう。
「グゥゥゥゥウゥゥウ……ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「っ!」
”奴”の咆哮が家を揺らす。
俺は耐え切れず、床にひざまずいてしまう。
その隙を、”奴”は見逃さなかった。
「っ! 待てっ!!」
その一瞬だけで、”奴”は姿を消してしまった。
気配はしない。
”奴”には逃げられてしまった。
『レーヴァティン、一体何があったの?』
(話せば長くなるが……あの騎士を交えた方がいいだろう)
『騎士……そういえば、セレナは……!』
(気付いていないだろうな。向うには俺たちの声が聞こえていないはずだ)
『無事……だよね?』
(ああ。だが、俺をここまで愚弄するとはな……!)
手にわずかに力がこもる。
こんな格下相手に……!
半ば苛立った状態で、俺は扉を開ける。
すこし乱暴に開けたせいか、扉を開ける音で騎士が目を覚ましたようだ。
「こんな夜中に如何したんだ?」
「どうしたんだ? じゃない。さっさと目を覚めせ」
「……! その口調、レーヴァティンの方だな」
俺は黙ってうなずく。
セレナはそれを確認すると、ランプに火をつけた。
「それで何があったんだ?」
「襲撃されたのだ。格下の魔術師に、な」
「襲撃だって!? 一体、どうして……!」
「ふん、理由など今はどうだっていい。問題は襲撃した方法だ」
「襲撃した方法……? それに一体、どんな理由が?」
「あれは呪いだ。それも人の命を奪うほどの。こいつのペンダントがなければ一撃だっただろう」
「つまり、何者かがあの部屋に呪いを仕掛けていたと」
「ああ。部屋の掃除の具合からして、あの部屋自体に魔法陣はない。外部から、それも継続的に呪いがかけられている」
「一体、どうして……!」
「理由は当の本人に聞けばいい。そうだろ? この家の主よ」
「……!」
俺の視線の先に現れる、女の影。
それを見間違うわけもなかった。
「……すみません」
「謝罪が聞きたいわけではない。俺達をあの部屋に案内させた訳……そして、呪いについて教えてもらおうか」