7-3 魔獣
「短い間でしたが、お世話になりました」
「君たちの旅が、無事に終わることを願っているよ」
僕はフレデリックさんと握手を交わす。
「それでは、またですぅ!」
「数日泊めてくれたこと、本当に感謝する」
「やれやれ……これでもうこき使われることはねえなァ」
それぞれが思い思いの言葉をかけていく。
そのどれもが、暖かな笑顔でかけられていた。
それから、フレデリックさんは、僕の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
彼にもう一度会うために、僕もこの旅を続けよう。
僕らは、獣人の里の情報を探るため、ヴィオレを目指した。
――― ―――
森を抜けると、広々とした空が見えた。
まぶしいほどの太陽と吹き抜ける風が、とても心地よかった。
「ヴィオレまではもう少しだ。さあ急ごう」
「ところで、ヴィオレってどういう街なの?」
「研究の街や学問の街、といわれますぅ」
意外なことに、答えたのはアリシアだった。
「研究の街?」
「はい。もともとは王都で研究をしていたのですが、施設の広さや場所的な問題を考慮して作られた、まだ歴史の浅い街ですぅ」
「へぇ……」
そんな街があったのか……。
時期を考えると、僕が学園に入学してからだから……すくなくとも3~4年前ということになる。
でも、なんだか妙に詳しいというか……。
「あ、そうだ。ヴィオレに到着したら私の研究所によってほしいんですけど……」
「け、研究所!?」
しまった。
つい、大きな声を出してしまった。
恐る恐るアリシアの方を見てみると、キョトンとした顔を浮かべていた。
「ごめん、ちょっと意外だったから」
「普通は、馴染みなんてないですからね」
アリシアの研究所か……。
すこし興味がある。
魔法を普及させた立役者である彼女の研究室がどんな風なのか、この目で見てみたい気もする。
実際に見れるのだから、すこし楽しみだ。
そんなことを思いながら、僕はヴィオレへと向かう。
僕らがその咆哮を聞いたのは、町に入る直前だった。
――― ―――
アストラルを見送った後、フレデリックは、狩りに出かけていた。
森は日が落ちてしまうと、暗闇に包まれてしまう。
狩りに出かけるのであれば、日が昇っている今しかないのだ。
がさがさと揺れる草むらをみつけたフレデリックは、遠目でその姿を見る。
「……っ!」
驚いて言葉が出てしまうのを必死にこらえる。
そこにいたのは、凶暴なイノシシを食らう、大きな狼のような魔物だった。
急いで立ち去らねばならない。
そう思い、動いたのが失敗だった。
動いた時に、草が揺れ音がなってしまった。
その音をその魔物は聞き逃さない。
「くっ!」
「オォォォン!!」
響く咆哮。
そして……。
――― ―――
「今の咆哮は……!?」
「ただのオオカミの遠吠えじゃねぇなァ」
確かに、森の方から聞こえたその声は、狼や犬の遠吠えとは似て非なるものだった。
『魔獣……まさか、まだ生きていたとはな』
(魔獣……!?)
『その昔、兵器として使用することさえ考えられた強力な魔物だ』
(そんなのがどうしてこんなところに!?)
『……まさかな』
(心当たりがあるの!?)
『確証はないが……あの村の霧が関係していたのかもしれない。おそらく、あの霧が奴を閉じ込めていたのだろう』
「それじゃあ……!」
『仮にそうだとすれば……冬眠が終わった直後の動物と同じだ。真っ先に、獲物を喰らいにいくだろう』
血の気が引く感覚がした。
まだそれが、野生の動物や魔物に向けられたものならばまだいいが、人に対して向けられたものだったなら……。
魔獣は人里を狙ってくる可能性が高い。
僕のその考えは、悪い意味で当たってしまったことをすぐに思い知った。
森の木々ががさがさと揺れ、大きな何かがものすごい速さで走っていることは明らかだった。
その音はどんどん近づいてくる。
そして、その姿を僕らの前に現した。
「な、なんて大きさだっ!?」
「ちっ、厄介な相手だァ!」
レオンは獣人状態へと変身する。
いきなりそうなるということは、それだけ強力な相手だと悟ったということだ。
「私たちの後ろには町がある。ここで食い止めるぞ!!」
「た、戦うしか……ないのか……!」
『変われっ!!』
「アリシア、下がってて!!」
「は、はいっ!!」
街の方へと走っていくアリシア。
残った僕らは、それぞれ武器を構えた。
魔獣はどんどんと近づいてくる。
「お願い、レーヴァティン!」
――― ―――
「魔獣ごときに、やられるわけがないだろう!!」
「へっ、よく言ったぜ、魔剣さんよ」
「ふん、決着がつく前にせいぜいやられないことだ」
「はん、言ってろ」
「二人とも、来るぞ!!」
「ガォォォォン!!」
振り下ろされる腕。
それを、バラバラに跳んで避ける。
「オラオラッ! どこ見てやがんだァ!!」
獣人化しているレオンの身体能力は、人間をはるかに上回る。
ただの跳躍が、魔獣の身長を軽く超える程度には。
「オラッ!!」
落下の勢いを増したレオンの爪は、魔獣の体にその爪跡を残す。
「ガアアアアアッ!!」
「うわっ……と!」
痛みで暴れる魔獣の攻撃を、なんとか避けて着地をするレオン。
その隙を、セレナは突く。
「はっ!!」
待ち構えていたセレナの攻撃は、魔獣の胸に穴をあける。
「ガアアアアアアア!!」
「まだだっ!!」
女騎士は、何度も何度も刺突を繰り返す。
魔獣の体毛が、それこそ血で固まり、束ができるほどに。
「ガアアアアアアアアアア!!」
魔獣は、さらに暴れる。
怒り狂っているようで、なりふり構っていない。
腕を何度も振り下ろし、地面を抉る。
「致命傷とはいかなかったか……!」
「いや、十分だ」
魔獣の前に立つ。
魔獣は俺の姿をとらえると、その眼でにらみつける。
初めて対峙する人間ならば、すくんでしまうだろう。
「ふん、所詮は魔物の上位個体か」
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
腕を使わず、頭から突進してくる魔獣。
どうやら、俺を丸呑みするらしい。
「だから、どこまでいっても魔獣なのだ」
迫りくる牙を避け、鼻筋を伝って、頭へ。
「終わりだ」
足に力を籠め、跳躍する。
魔獣は、こちらをとらえているようだが、すでに遅い。
俺は、自分自身である剣を、魔獣の頭に突き刺した。
「これで死ぬとは思っていない」
急いで抜きとると、再び跳躍する。
そして、落下の勢いを利用して、首を斬り落とした。
「ふん、他愛のない……ん?」
既に倒した魔獣を見てみると、、体毛に隠れて、木の枝らしきものが突き刺さっている。
体毛をかき分けてみると、それは矢だった。
(この矢……どこかで……)
森の中で、矢を使っている。
それは狩人しかいないだろう。
そして、その人物に心当たりがあった。
魔獣が人里を襲った理由を考えれば、予想はつく。
つまりこの魔獣は……。
「あァ? どうしたんだァ、神妙な顔をして」
「何を見て……それは、矢か?」
「ああ。既製品ではない手製の矢だ」
そう手製の矢だ。
俺はこの矢を見たことがある。
そして、その人物も知っている。
『そんな……。嘘だっていってよ、レーヴァティン……レーヴァティン!!』
(残念だが、現実だ)
「フレデリックのものだろう」
「……! 急いで、様子を」
「無駄だ。もう、死んでいる」
「まだわからないだろう!」
「人を食べたことのない魔物は、人里を狙わない。騎士学校で習っているはずだ」
「っ……!」
「魔剣の言う通りだろうぜ。わずかだが、奴の匂いがする」
「それじゃあ……!」
「喰われたんだろうぜ、この魔獣になァ」
「くっ……!」
女騎士が、悔しさを顔に浮かべる。
淡々と話しているレオンの顔にも、同じような色が浮かんでいた。
『そんな……そんなっ……そんな!!』
響くアストラルの泣き声。
いまは、それを止めようとは思わなかった。
(せめて、安らかに眠れ)




