1-2 決意
『一日経った感想はどうだ?』
「最悪……だね」
『ふん、だろうな』
そういうとレーヴァティンは腕を組む。
ここは彼が造り出した世界。
そして、僕の夢の中だ。
『これからどうするんだ。まさか、このままというわけにもいくまい』
「無理だよ、僕にはできない。魔王なんて倒せるわけがない」
『また、「無理だ」「できない」か』
レーヴァティンはあきれているというより、怒っているように見えた。
なんというか、もどかしさを感じているというか……。
『まぁいい。そろそろ誰か来るだろう。現世でも、話せなくはないが、俺の声はお前にしか聞こえない。それだけは忘れるな』
「あ、ちょっと待ってよ!!」
そういっても、僕は動くことができず、ただ夢から覚めるのを待つしかなかった。
――― ―――
「……っ!」
すこし動いただけだというのに、体中に痛みが走る。
しばらくは動けそうになかった。
いまは誰もいないようで、無人の保健室というものがすこし不気味に感じる。
ここが理科準備室でなかったことをうれしくは思うのだが、学校ということには変わりない。
この後、僕はどうなるのだろう。
立ち入り禁止区域に入って、魔剣の封印を解き、片方を逃がしてしまった。
普通に考えれば退学処分もあるだろう。
それだけは嫌だが。
あと一年で卒業というのに、それができないのはここまで応援してくれた両親に面目が立たない。
それも退学という処分なら……。
いや、変な考えを起こすのは止そう。
僕は、カインと二人で、校則を破ったんだ。
覚悟は決めておいた方がいいだろう。
申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。
まだ人が来るまで時間があるだろう。
そう考え目をつむるが、眠気は一向に襲ってこなかった。
無音な時間が、ただただゆっくりと、流れていく。
だからこそ、彼の姿が浮かんでくる。
(どうして、ここにはいないんだろう……。呼べば来るかな)
そう思い、僕は彼の名を呼んでみる。
(……レーヴァティン)
『……なんだ』
「うわっ!? 本当に反応した!!」
『呼んでおいて「うわっ!?」とはなんだ!!』
「ごめん……」
『それに声に出さなくても、俺とは会話ができる。実際に、さっきは声を出していないだろう……』
(た、確かに……)
『ここに俺はないが、お前とは契約を交わした。これくらいできる』
(契約?)
『俺を取っただろ』
「……え?」
『その時点で、お前は俺の主だ』
「ええええええええええええええええええええ!!」
『声が大きい!!』
「そんなこといったって、しょうがないじゃないか! だって知らなかったんだよ!!」
『ええい、うるさい! 黙らないか!!』
(……ごめん)
さすがにばつが悪くなり、謝る。
それでも、まだ落ち着いたわけじゃなかった。
(でも、契約って……。あの時はああするしかなかったじゃないか)
『それを自覚して、俺をつかんだのだろう。いい加減、あきらめたらどうだ』
(でも……なんでぼくなの?)
あの場には、カインもいた。
だが、レーヴァティンの声はカインには聞こえていないようだった。
『波長が合わなかったのだろう。お前の友人と俺とは』
「えっ?」
『全員が全員、俺を使えるわけではない。魔力が足りなかったり、波長が合わなかったり、理由はいろいろある』
(そう……なんだ……)
『……誰か来たようだ』
レーヴァティンのその声で、僕はハッとする。
この様子を誰かに見られたら、それでこそ頭を疑われる!
悪いことをしていない……わけではないのだが、布団を顔までかぶって顔を隠す。
近づく足音。
それに合わせて、心臓は大きな音を立てる。
「アストラル君、起きているかい?」
優しく語り掛けるような声。
その声を聞くと緊張が和らぐようだった。
「……」
返事をしなければならない。
だけど、体は思うように動かず、声も発することができなかった。
声は確かに優しい。
だが、醸し出す雰囲気が僕を威圧する。
まるで……気配を全く消していない殺人鬼のような、そんな雰囲気を持っていた。
「昨日、筋肉痛がひどいと言っていたので、体を動かすのがつらいのではないでしょうか」
「なるほど。それなら、寝たままで結構。話を続けてもいいかい?」
「……はい」
ようやく出た声。
消え入るような僕の声は、どこまでも情けなかった。
「今回の騒動の経緯を教えてくれるかな。どうして立ち入り禁止区域にいたのか」
「はい……」
(君のことはどう話せばいい?)
『黙っていろ。その場にあった剣を適当に掴んだ、そのあとの記憶はあいまいだとでも言っておけ』
(わかった)
僕はありのままを話す
レーヴァティンのことは隠して。
「なるほど。嫌な予感がしたから、とっさに剣をつかんだ……か」
「カインがカインじゃないような気がして……。それに、新しい体にまだ慣れてない……みたいなことを言っていて……」
「その話が本当ならカイン君はダーインスレイブに乗っ取られてしまったようだ」
「ダーインスレイブ……。その剣はどうして、あの場所に?」
「それはすまないが、教えられない。”君が本当のことを話さない限り”……ね」
「……!?」
(どういうこと……!?)
『なるほど、奴がこの学園の学園長、というわけか』
(レーヴァティン!?)
『すまないが、俺に変われ』
(でも、どうすれば? 剣、手元にないんだよ)
『ゆっくりと意識を集中させろ。そうすれば俺の精神世界で手だけでも動かせるようになる』
言われたとおりに目を閉じて、意識を集中させる。
すると、レーヴァティンの世界が見えた。
確かに手は動くが、あとは固まっているよう感じる。
『手を出せ』
「こう……」
僕の手をレーヴァティンがつかむ。
すると、僕の意識は精神世界に行き、現実世界でレーヴァティンが僕の体に乗り移った。
――― ―――
「ふぅ……。さすがに二回目となるとなれたもんだな」
「ようやく出てきてくれたかい、レーヴァティン」
「馴れ馴れしいな。まぁいい、お前がここの学園長か?」
「そうだ。エリックという」
「どこまで知っている?」
「伝え聞いているくらいなら。レーヴァティンとダーインスレイブの魔剣についても、ね」
「ふん、まぁいい。それよりも、これからどうするつもりだ?」
「アストラル君に変わってくれ。君にする話じゃない」
(だ、そうだ)
『ええっ!? 早くない!? 何のために出てきたの!?』
(俺が出てきたことで、魔剣の主がお前だという証明ができた。お前がさっき考えていた”最悪の事態”は免れただろうよ)
『……!?』
(ほら、交代だ)
――― ―――
「ぅぐぁ……」
自分の体に戻ったら、激しい痛みがぶり返してきた。
どうやら、あの場所にいる間は痛覚は機能しないらしい。
「戻ったようだね」
「あ……はい……」
「それで、アストラル君。君には二つの選択肢がある」
学園長はあの優しい声で、それでいて真剣な顔で言葉をつづける。
「一つ目は、この学園を退学し、世界がこのまま魔王に乗っ取られるのをただ待つか。もう一つはレーヴァティンと共に魔剣討伐の旅に出るか」
「……!?」
最悪の事態っていうのは確かに免れたけど、これはこれで最悪じゃないか!!
「でも、僕には魔剣を倒すことなんて……!」
「戦闘に関してはレーヴァティンがやってくれるだろう。波長もあっているようだし、心配はないだろう」
「……」
「君のその手には世界と、自分の未来が乗ってる。それを捨てるかつかむか、君次第だ。だが、それを捨てたとき、巻き込まれる人は一体、どれほどいるだろうね」
「……!」
『なるほど、なかなか嫌味な言い方をする』
「……一日だけ、考える時間をください」
「いいだろう、また明日ここに来る。その時に返事を聞かせてもらおう」
そう行って学園長は保健室を出ていく。
保健室の先生が僕と学園長を交互に見ていたが、決心がついたのか、学園長の後を追っていった。
またぼうっと天井を眺める。
僕は世界と自分の学籍を天秤にかけている。
『そうやって、卑屈を繰り返して時間を無駄に過ごすのか?』
「僕にはできないよ……」
『ふん、またか。できるできないは、この際どうでもいい。お前がやるか、やらないかだ』
「……」
『だが、その場で即答せず、一日時間をもらったのは正解だったな。ゆっくりと考えるがいい、自分の答えを』
自分の答え……か。
僕はどうしたいんだろう。
カインを殺す。
言葉にするのは簡単だ。
だけど、僕は……たとえ僕が戦わなくても、カインを殺したくない。
でも、世界を救うにはカインを殺すしかない。
魔剣を破壊することが出来れば……。
「レーヴァティン。魔剣を破壊することってできるの?」
『俺を壊すつもりか?』
わざとらしく、そう聞いてくる。
「違うよ。ダーインスレイブを破壊することができたら……カインを殺さずに済むんじゃないかなって」
『理屈でいえば、そうなるな。だが、現実には不可能だ』
「どうして?」
『ダーインスレイブを破壊するには、奴が俺よりも弱くなければならない。だが、この前の戦闘でやつは俺よりも強くなっていた。宿主との相性がいいんだろう、奴を壊すには宿主を殺さなければならない』
「つまり、どの選択を取るにもカインは殺さなければならない……っていうこと……」
『ああ』
「無理だよ……そんなの……」
ぽつりとこぼれた言葉に、レーヴァティンはただただ、イラついているだけだった。
――― ―――
松葉づえをついて、校内を歩く。
一歩動くたびに体に激痛が走るが、それでも僕は立ち止まらない。
そうすれば気がまぎれると思ったし、なによりいかねばならない場所があった。
(さすがに二回も入ったら怒られるかな……)
幸いにも、入り口には誰もたっていない。
そもそも、ここには誰も近寄らないため、見張りを立てる必要がないのか。
細かいことに関して、考えられるだけの余裕はなかった。
(いや、やめよう)
僕は中庭にあるベンチに腰掛けた。
青い空はどこまでも澄んでいて、白い雲は形を変えながら、流れていく。
この空の下のどこかに、カインはいる。
その手には魔剣・ダーインスレイブがあるのだろう。
まだ魔王が復活するなんて、考えられない。
だけど、レーヴァティンが、学園長が、口をそろえて言う。
魔王が復活すると。
現実味がない、といえば嘘になる。
だけど、学園は平和で。
昨日のことが夢なんじゃないかって思う。
だけど、呼びかければ彼が応えて。
それが夢じゃないことを、僕に突きつけてくる。
本当は嫌で仕方がないのに、空を眺めているとそうでもないような気がしてくる。
どうしようか。
選択肢なんて一つしかない。
その選択肢を選ぶということは……この手でカインを殺さなくてはならない。
……やっぱりそれはできないよ。
あの屈託のない笑顔が、浮かんで消えていく。
もう取り戻せない笑顔。
いや、正確には”限りなく取り戻すことが不可能”だ。
魔剣を破壊すれば、カインは正気に戻る。
だが、その魔剣を壊すことは不可能……ということらしい。
僕がレーヴァティンとの相性が良ければ、できたのだろうか。
ぼうっと空を眺める。
それだけで、何か変わるということはわかっている。
でも、僕にはその時間が必要だった。
――― ―――
「いいのですか、学園長」
「今日ぐらいはゆっくりと考えさせてあげるべきだろう」
保険医と学園長は学園長室に向かって歩いていた。
保険医はというと、先ほどの会話を問いているようだ。
「立ち入り禁止区域に入ったのは、確かにいけないことだ。だが、それを責めていては始まらない。嫌味な言い方でも、自分の罪を償い、行動する方法を明示してあげないと、彼のようなタイプは動かない」
「それはそうでしょうが……。まだ学生の彼に重荷を背負わせすぎなのでは?」
「友の命……確かに重荷だ」
学園長は自嘲気味に笑う。
突きつけた条件おかしいかのように。
「学園をやめたくなければ友を殺せ、友を殺したくなければ学園をやめろ……。その二択を迫るだけなら楽だったのだろうな……」
「その二択では済まない問題がありますからね……」
魔剣・ダーインスレイブ。
この魔剣が解き放たれていなければ、アストラルは停学処分で済んでいただろう。
だが、それが解き放たれてしまった以上、放置しておくわけには行かない。
何故ならあの二対の魔剣は……。
「学園長、レーヴァティンのことですが……」
保険医が口にしたのは、学園長の想像を超える提案だった。
――― ―――
どれくらいそうしていただろうか。
気がつけば太陽は傾いていて、夕暮れの少し前といったところだろう。
授業が終わったのか、遠くの方で、生徒たちが騒ぐ声が聞こえた。
昨日まではあの中にいたはずなのに、いまはこうして遠くに感じている。
適応……とは少し違うと思うけど、慣れてきたのかもしれない。
(レーヴァティン)
『なんだ?』
(君は僕の体を乗っ取れる?)
『一度試みて、はじかれた。お前単体であれば簡単だろうが、今のお前を乗っ取ることはできない』
(僕単体?)
『ああ、どういうわけか……。いや、なんでもない。気にするな』
(ちょ、ちょっと気になるじゃないか)
『話すべきことじゃない。答えとしては「現段階ではお前を乗っ取ることはできない」だ』
レーヴァティンは無理やり会話を終わらせる。
今の僕を乗っ取ることはできない……。
その言葉が本当なら、僕はカインと同じようなことにはならないということだろう。
だが、相手は魔剣。
信用してもいいのかどうか、微妙なところではある。
それにこれから先、レーヴァティンの力が増大して、僕を乗っ取れるようになるかもしれない。
そうなれば、僕の意思と関係なく、物事は進んでいく。
でも、そうじゃなかった場合、僕に突きつけられた選択肢は二つ。
カインを殺す。
世界を滅ぼす。
はたから見たらどっちが重要なんてわかりきっている。
だけど、その選択はあまりにも重く、あまりにも無情だ。
僕はどうすればいい……!
――― ―――
夜、誰もいない保健室は静寂がつつみ、どこか恐怖さえ感じる。
今日一日考えてみたものの、答えはでていない。
無理だ、無理だよ……!
仮に僕が行くとして、確かに戦闘はレーヴァティンがなんとかしてくれるかもしれない。
だけど、それ以外は?
お金のこともある、食料のこともある、旅の途中で何かあったら?
そう考えるだけでも、嫌になってくる。
だけど、このままは?
カインを止められず、魔剣を復活させてしまい、世界も滅ぼさせてしまったら……。
それも嫌だ。
レーヴァティンとあったのは昨日のことなのに、これから先のことも考えなければならない。
もどかしさが募っていく。
ふと、あの光景を思い出す。
昨日の精神世界でのこと。
レーヴァティンは確かに僕を乗っ取ろうとした。
だけど、それはできなかった。
確か……。
「そうだ、ペンダント!!」
今も首にかかっているペンダントを取り出す。
学園に行く前に、母さんがくれたペンダントだ。
僕が旅に出なかったら、多くの人が死ぬ。
学園長も、僕も、母さんも。
みんな、みんな死んでいく。
「……」
そうだよな。
その選択肢を僕は選びたくないだけなんだよな。
でも、世界を滅ぼす選択肢を選ぶこともできなくて、今も悩んでいる。
でも、選択肢は初めから一つしかない。
それはわかっていた。
なら、僕もその選択肢を選ぼう。
カインを止められなかったのは、僕の罪だ。
なら、僕は……!
――― ―――
「答えを聞かせてもらおうか。君が出した結論を」
息を大きく吸い込む。
大丈夫だ。
「僕は……カインを止めに行きます。でも、殺すために行くんじゃない。今は不可能でも、カインを殺さずに魔剣を封じる方法を探すために行くんです」
「……あくまでも殺さないという方向性は変えないつもりということだね」
「はい」
「わかった。君の旅が有意義なものになることを願っているよ」
学園長はそれだけ言い残すと、保健室を去る。
はじめから、この答えになるのをわかっていたような、そんな気がする。
でも、決めた以上は迷わない。
僕は……旅に出る。
カインを”救う”ために!