6-2 慰霊塔
石畳に従って歩いていくと、霧に包まれた塔が現れた。
塔といっても大きいわけでもなく、3階くらいの高さだった。
「入り口は……うん、鍵はかかってないみたいだ」
まぁ、当たり前だけど。
「それじゃあ、行きましょう!」
「ちょ、アリシアっ!? 引っ張らないで~~~!!」
ずるずると引きずられる僕。
アリシア……こんなに力あったんだなぁ……。
半ばあきらめつつ、なんとかバランスを保っていた。
「なんだァ?」
「さぁな……」
キョトンとするレオンの隣で、なぜか肩を落とすセレナの姿が見える。
というか、なぜ止めようとしてくれない。
いつものレオンなら、真っ先に警戒してくれるだろうし、セレナも「慎重にいこう」とか言いそうなのに……。
一番性格が変わっているのは、アリシアだけど……。
「やれやれ」
「……」
「なんか、やりづらい……」
ゆっくりとついてくる二人に、急かすように歩いているアリシア。
一体、この塔は本当になんだろう……。
とりあえず、アリシアをなだめ、落ち着かせる。
辺りを見回してみると、墓石ばかりというわけでもないようだった。
「慰霊塔というから、てっきり墓地だと思ってたんだけど……」
「いや、その解釈であっている」
「え? でも……」
「一人一人が別々に埋葬されていないだけだ。この建物の地下には、実際に人が眠っているだろう。どこの慰霊塔も、一階は埋めるために地下へ行く通路と、案内板がある程度だ」
「そっか……」
「さすがに地下にはいけないようだが……昇ることはできるみたいだな」
「行きましょう!!」
「行くから、ちょっと落ち着いて」
子供のように急かすアリシアを、必死になだめる。
それにしても、みんなの様子がいつもと違う……。
薄暗い塔の中で、そんな違和感を覚える。
(どういうことだろう……? まるで何かに憑りつかれたみたいに……)
そこで一つの考えが浮かぶ。
そんな馬鹿なことがあるのか?
いや、みんな性格が違うだけで、正気だ。
それはあり得ない。
思い浮かんだ可能性を、頭の中で否定して、塔を昇っていく。
足音が妙に響いて聞こえた。
――― ―――
「最上階……か」
最上階は今までの階層と雰囲気が違って、風が吹き抜けれるように柱と柱の間には壁がなく、光が差し込んで明るい感じになっていた。
広場のようになっていることから、ここで祈りをするんだろう。
ということは……あった。
広場の一番奥、そこには慰霊碑が立っていた。
たぶん、そこに亡くなった方の名前や没年月日が書いてあるのだろう。
僕らはその慰霊碑を見るために、広場を進んでいく。
次第に、慰霊碑はその姿をはっきりとさせる。
もうすこしで慰霊碑というところで、パキッと木の棒を踏み砕いた音が響いた。
「ん?」
僕は足元を見てみる。
たしかに、そこには木の棒のようなものが落ちていた。
しかし、これが木の棒ではないことくらい、すぐに気づいた。
「こ、これは……!」
僕が踏み砕いたのは……白骨と化した人の足の骨だった。
「な、なんでこんなところに白骨が!?」
「きれいだな……」
「き、綺麗!?」
レオンが突然言った言葉に僕は驚く。
そ、そんな趣味があったのか!?
「違えよ。普通、死体っていうのは魔物や動物に食われてバラバラになっちまうんだァ。それこそ、足がなかったり、骨の一部がなくなってたりしてなァ。だが、こいつは完全に人の形のまんまだァ。普通、こんな風通しのいいところで白骨化するまで放置されてたら、もうすこしバラバラになっていそうなものだがなァ……」
「そ、そうなの……?」
『肉食系の動物や魔物は、肉を食べるときに骨ごとくわえていくことがある。この場合は、鳥や鳥系魔物が全く食べに来なかったということだ』
(た、確かにそれはおかしい……)
『普段、この村には鳥どころか、魔物でさえも近づきませんよ』
「誰だっ!?」
セレナが剣に手をかける。
レオンも僕も、アリシアを囲むように立った。
『驚かせてしまったようですね……』
ぼうっと霧の向こうから現れたのは、半透明な男性だった。
『僕はマルス。そこの骸骨です』
「……」
彼が自己紹介するように言った一言はとても強烈だった。
つまり彼は……。
「幽霊! 本物の幽霊ですぅ!!」
きらきらと目を輝かせるアリシア。
本当にどうしたんだ!?
『幽霊……とは少し違うんですけど……そんなところです。ところで、あなた方は生きている方ですよね?』
「ああ、私たちは王都から来た」
『外の人でしたか……。それで、この村にはどうして?』
「この霧で迷ってしまってな。この村をみつけて、休ませてもらっていたところだ」
『そういうことでしたか……。ですが、この霧は晴れませんよ』
「どういうことだァ? テメェ、何を知ってやがる」
『それについてはすこし、昔話をしなければなりません。大丈夫ですか?』
僕は黙ってうなずく。
彼が語ることに、少し興味があったからだ。
たぶん、この村で起きたことがわかるはずだ。
『それでは……』
――― ―――
今から5年前。
「マルス、すこしは休んだら?」
幼馴染である彼女が、僕の顔を覗き込んでくる。
「もうすこし調べておきたいんだ。もうちょっとで、なにかわかりそうなんだけど……」
「さっきからそればっかりよ」
「でも、もうすこしなんだよ」
「はいはい、わかったわよ。でも、本当に無理はしないでね」
「わかってるよ」
彼女が僕のことを心配してくれているのはわかっている。
だからこそ、僕はこの鉱石についてもうすこし調べたかった。
「ジェイド石……か」
この村の地層から発見された鉱石・ジェイド石。
特徴的な緑色をしていて、宝石としても使えそうな鉱石。
この鉱石についてわかっていることは、このあたりでしか採掘できない事と、なぜか魔力に反応するということだけだ。
近々、王都から調査員が派遣されることになっている。
それまでに僕はできることをしておこう。
それにしても、この鉱石……なんだか不思議な感じがするな。
そんなことが気になって、僕は朝まで調べていた。
* * * * *
「……はっ!?」
気がつくと、日はすでに昇り、昼を過ぎたみたいだ。
(また寝ちゃったのか……)
身体を伸ばすと、ばきばきと音がした。
ずっと座り続けていたから、体が少し重い。
(すこし外の空気を吸おう)
そう思って僕は、自宅から出た。
村は、王都からの調査員を出迎えるために、せわしなく準備をしていた。
その中に彼女の姿をみつけた。
「あ、マルス。どうしたの?」
「ちょっと息抜きを。準備、大変みたいだね」
「そうは言っても、せっかく来てくれるんだもの。こっちもちゃんと歓迎しないとね」
「そうだね。それにしても、王都からの調査員……か。一体、どんな人だろう」
「いかにもって感じの人じゃない?」
「いや、意外と気さくな人かもしれないよ」
「ええ~そうかな~」
これからくる調査員について、思い思いに二人で話していると、村長さんから呼ばれた。
「どうかしましたか?」
「君、魔法が使えたよね?」
「ええ、少しですけど」
「それで、頼みがあるんだけど……」
「出来る範囲でなら、協力しますよ」
「これなんだけどね」
見せられたのは、今はまだ作りかけの塔だった。
「ここの地下に遺骨を埋める空間を作りたいんだ。申し訳ないけど……」
「空間を作って、補強をすればいいんですね」
「うむ、頼めるかな」
「やってみます」
村長から、入り口の場所を聞いてその場所へと向かう。
塔の中へ入っていくと、まだ地面のままの入り口があった。
(ここを掘っていって……)
頭の中で、想像する。
どういう風に掘れば、問題ないかを。
それが終わると、僕は魔法を唱えた。
最初は塔から離れるように穴を掘っていく。
そして、途中で引き返して、どんどん地下深くへと進んでいく。
(このあたりなら、大丈夫だろう)
今まで穴を掘ってきた通路に、魔法陣を書く。
そして、魔力を込めると、掘ってきた通路の壁が硬く、レンガのようになった。
(通路の補強はこれで終わり。あとは……)
目の前の土壁。
僕はそれに手を添える。
(よしっ!)
魔力を込めると、目の前の壁が四角い空間へと変わっていく。
壁の強度の申し分ないだろう。
だけど、それ以上に僕が驚いたことがあった。
「想像よりも……広い……」
今までの魔力で作れた空間は、目の前にある空間の半分程度だった。
そんなものでいいと思っていたし、そのつもりでやっていたのだが……。
ふと、壁を見る。
そこには、緑色をしたあの石が光り輝いていた。
(ジェイド石は魔力に反応する……。もしかして……!)
浮かんだ一つの仮説。
それを検証するには、ほかの魔法も試さなければならなかった。
* * * * *
それから2日後。
王都から調査員が来た。
「初めまして。私はアルバといいます」
「マルスです。遠路はるばるありがとうございます」
僕らは握手を交わす。
村長ではなく僕が出迎えたのは、王都から調査員を派遣してもらったのは僕だからだ。
「長旅でお疲れでしょう。食事を用意していますから、こちらへどうぞ」
アルバさんを僕の家へ案内する。
たぶん、彼女がもう料理を準備し終えてるだろう。
入り口から僕の家まで、アルバさんとは他愛のない話をしていた。
「ここが僕の家です。上がってください」
「それじゃあ、お邪魔します」
「お待ちしていましたよ。どうぞ、こちらへ」
彼女がアルバさんを案内する。
その様子を見届けると、僕はポケットの中にある石をぎゅっと握った。
* * * * *
「ごちそうさまでした。美味しかったですよ」
「そういってもらえると、うれしいです」
「それで、お話にあった鉱石というのは……」
「こちらです」
僕はポケットに入れていた鉱石を手渡す。
「これが……また、ずいぶんときれいな」
「ジェイド石、と僕は呼んでいます」
「これが一体、どうしたというんですか?」
「この鉱石には、すこし特殊な力がありまして……」
僕は、今まで調べてきたことを話す。
この鉱石がこのあたりでしか採掘できないこと。
この鉱石は魔力に反応すること。
そして、この鉱石が魔力を増大させる効果があるのではないかということ。
「確かに不思議ですね。魔法は普及し始めたのは最近ですが、昔から存在していましたし……それが人目につかなかった……か」
「なにかの儀式に使われていそうなんですけど、そんな記録はどこにもなくて」
「この鉱石は、最近になって採掘されたということですか?」
「村の中央で、塔を建造しているんです。その地面を掘った時に出てきました」
「この村の地面から採れたと」
「昔から、あまり地面は掘らなかったですから、採掘されなかったのだと思います」
「ふむ……わかりました。少し調べてみましょう」
「ありがとうございます!」
僕はアルバさんに頭を下げる。
「いえいえ、私自身も興味がありますから」
「あ、そうだ。僕が調べてた資料を渡します。ちょっと待っててくださいね」
僕は、いそいで自室から調査資料を取って、アルバさんの元へと戻る。
僕が渡した資料を一通り確認すると、僕の方を見た。
「よく調べてますね」
「ありがとうございます!」
「では、この資料を確認しながら調査をしようと思います」
「わかりました。僕がついていった方がいいでしょうか」
「そうですね。まだ、村のことも把握してませんし……お願いしてもいいですか」
「はい!」
(王都の調査員の横で仕事が見れるなんて……!)
嬉しさで舞い上がっていたのか、その時の僕は全く気付かなかった。
今思えば、気づいておくべきだった。
これが……崩壊への始まりだったということを。




