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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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プラハの魔法

「なぜ遅刻してはいけないのか。それは英雄際にて私達が我が校を代表して手伝いをするからであります。って、普通に雑用係だよね、貧乏くじだよね。あーあ、こんなのが無きゃ、今日は普通の一日になったはずなのになぁ」


 頭上からモニカの声が降って来る。と思ったらもうその声は後方だ。だんだんと小さくなっていって、そしてまた普通の音量に戻る。さっきから、だるい、とか、帰りたい、とかとにかくネガティブな発言しか聞こえてこない。降り注ぐ愚痴の雨。俺は懸命に足を動かしつつも、適当に相槌を打つ他無かった。無視して自分の仕事に専念すれば、言葉だけでなく本体までも降ってくるだろうし、愚痴を言いながらこの仕事をするには些か辛いものがある。


「なんで罰とか言って掃除やんなきゃなんないんだよぅ」


 朝の一件の罰として、俺とモニカは旧校舎と新校舎を繋ぐ渡り廊下の掃除をやらされていた。掃除内容は窓拭きと雑巾がけ。あまり背の高くないモニカにとって、ここの窓拭きは背伸びやジャンプを駆使してやっと全部拭くことが出来るようになるため、本来ならば雑巾がけを担当すべきである。が、パンツが見えるから嫌、という理由で俺がこっちを担当しているのである。

 どうでも良いが、ジャンプの度にパンツはしっかり見えてるんだけどな。なんてことはこの際心の中に閉まっておくべきだろう。世の中には言って良いことと悪いことがある。


「うー、プラハもなんか喋ってよ」


「どうでも良いが、ジャンプの度にパンツはしっかり見えてるんだけどな」


 ……って、ちょっと待った。俺は今なんて言ったんだ。

 はっと我に返り俺は慌てて立ち上がった。やばい。とにかくやばい。なんとかして弁明をせねば。朝の二の舞であるなんてことは最早自明の理。というかそれ以上のことになるだろう。モザイク処理は免れない。

だがしかし、目の前には顔を真っ赤にしたモニカが立っている。唖然、呆然、びっくり、どっきり。控え目に両手でスカートの後ろ側を押さえた姿はどこか……。という幻想が見えた気がした。体は既に浮いている。


「どこ見てるかーっ!」


 凄い。音が後からついてきたよ。これ、ソニックブームって言うんだろ。まさか実物を身をもって体験できるなんて。

 などという脚色を経て、モニカパンチによる衝撃が腹に直撃した俺は、冗談抜きで廊下に倒されていた。

 大丈夫だ。水色だったという記憶は俺がきちんと墓まで持って行くから。だから、だからどうか、助けて下さい。


「何言うかーっ!」


 人間、パニックに陥ると頭で思ったことをうっかり口にしてしまうようです。

 降り注ぐ打撃の嵐に、俺はただ耐えることしかできなかった。






「で、この怪我、と」


「今回は自爆だ」


「そりゃ、ね。朝と違って僕はその場にいなかったわけだし」


 夜、虫の知らせで、とかいう理由でソフィアが我が家にお見舞いに来てくれていた。俺はと言うと、情けないことに全身の数ヶ所に打撲。医者に行ったわけではないが、百年前の日本という国であれば慰謝料をふんだくれるレベルだ。


「しかし、姫はいよいよ筋肉馬鹿の君までも倒すに至ったか」


「筋肉馬鹿とはなんだ、筋肉馬鹿とは」


 ソフィアはモニカのことを姫と呼んでいる。あの傍若無人っぷりがそう言わせている要因の一つらしいが、一番の理由は定かではない。本能が聞いてはいけないと警鐘を鳴らしていることも手伝って、今の今までノータッチで通してきている。無論、これからもだ。


「腹筋がすごいことになってるじゃないか。あ、コーヒーのおかわりもらって良いかい?」


「はいはい。ったく分かったよ。カップ出しな」


「はい、どうぞ。またよろしく」


「了解」


 とん、と前に置かれたマグカップに水を注ぐ。若干濁ったが、このくらいならば許容範囲内だろう。

俺は両手でマグカップを包み込んで、魔法始動のキーを頭の中でイメージした。体内の魔法力が両手の先へと集まる感覚。にわかにその部分が熱を持ち、増幅された大いなる熱がマグカップへと伝わるイメージが溢れ出る。

 ジュッという小さな音とともに、マグカップの中の水は一気に沸騰した。それを確認して、俺は傍らのインスタントコーヒーをスプーンですくって放り込む。


「はいよ。かき混ぜんのはそっちでやって」


「おう、ありがとう」


 マグカップにスプーンが擦れる音を聞きながら、俺は空になっていた自分の分も同じようにして用意した。

 魔力で作られた物質に入れられた水を一瞬で沸騰、もしくは凍結させることができる。これが、俺の魔法。ちなみに、水は良くても一定以上の水溶液は駄目だとか、サイズが大きくなると、魔力消費が激しいだとかいう欠点も持っている。また、魔法作用範囲内にある有機物には反応が起こらない、という制限もある。当たり前の話だが、この魔法範囲の中に人間がいても、決して体内の水分がこの魔法の影響を受けることは無い。要するに、この制限は術者を含む全ての生き物を守るためにあるのである。


「こうしてみると一応便利な魔法なんだよね、君の」


「何を言う。独り身の俺としてこれほどまでに節魔力に貢献してくれる魔法は無いぞ。応用で風呂も沸かせるしな。良い具合の温度で」


 まぁ、この魔法を選んだ理由、正確には選ぶ羽目になってしまった理由は色々あったわけなんだが……今は思い出したくない、というのが本音だ。相当へこむしな。

 古代魔法なんかは、対人間や対魔獣が主だったためか、派手で威力があって格好良かったらしいけれど、今の魔法は本当、こんな感じのものばかりだ。別に嫌というわけではないけれど、確かにとんでも魔法は実際に見たくもあったりする。

 ヒーローなんかにゃ程遠い。けれど今はこれが分相応。


「まあ良いや。そろそろ本題に入ろうか」


「本題?」


 そう言って、ソフィアはにやりとヘンテコな笑みを浮かべたのだった。 



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