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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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エピローグ


 緑の多いこの街の景色を見つつ、ゆっくりと歩きながら友人達と談笑する。そんな一見して当り前な登校風景が実はとても幸せなのだ、ということを俺は今、身を持って体験している。そして、寝起きの全力疾走がいかに体に悪いのかも並行して経験中である。

 流れるように過ぎゆく緑。無数の線によって構築されているように感じる世界。悲鳴を上げる胃袋と足。他にも至る所から嘆き声が聞こえてくるが、いちいち反応していられる余裕はない。家を出てからずっと吐き出されている白い息は、そろそろ集まって雲にでもなるんじゃないかと思うほど。

 もう完璧なほど寝坊した。疑いの余地のないほど寝坊した。起きた瞬間にやらかした、とわかるほどの華麗な寝坊。そして現状、走っても遅刻がほぼ確定である。しかも、今日は絶対に遅刻ができない日。お約束と言われてしまえばそれまでだが、当事者にとってはこれほど絶望を身近に感じることはそうないだろう。うっかり涙が出そうになる。本音だ。誰か助けてくれ、と大声で叫びたい。いや、叫んでいた。

 しかし、現実は非情なものなのだ。そして俺は今、逃避している余裕などないのだ。というか、そんなことは許されないのだ。だから、可能な限り走って、一刻も早く辿り着かねばならない。現実を呪う暇があるのなら、その分足を動かせ、ということだ。

 速度を落とさずに住宅集合地帯の角を曲がる。我ながら神業に近いなだなんて自賛した。人間、追い込まれればなんでもできるものである。だから、この遅刻寸前の状態も回避できるかもしれない。なんて思うと、少しやる気が出てくるから不思議だ。

 そして曲った瞬間、俺の目は救いを捉えた。


 ――あれは、転移の魔方陣。


 この日、俺は久しぶりに神に感謝した。と、一年程前の俺ならば思っただろう。しかしこのプラハ、高等学校生活二年目の冬を迎えて確実に進化をしているのである。

 同じ手は食わないぜ、ソフィア。

 俺はその魔法陣を飛び越えた。大方こいつの行き先は体育教師のデスクの上とかそんなところだろう。走ればギリギリなのである。だからこそ、走りきるのだ。

 だが、そう決心した俺を待っていたのは、もうお馴染みになっていた転移魔法特有の光だった。





 去年の俺達は運悪くラミア・パトレの祝祭の学校代表役員をやらされる羽目になっていた。だが今年は去年やったということでお役御免。晴れてフリーでの参加が許されたのである。しかし、先日、担任から重要な話があるとして遅刻禁止を言い渡された次第だ。

 なんていうかこう、その辺は去年と全く変わっていないんだな、と思わされた。


 あの後のことを少し。

 俺達がアリスと、なんかすぐにまた会いそうな気がするちっくなお別れを済ませた翌日、ゲートの調査並びに調整という名目であそこは塞がれてしまい、結局春休みにアリスに会いに行くということはできなくなってしまっていた。その旨を書いて送った手紙も、ゲート自体が使えなくなっていたため、届いたのは今年の五月頃だったと聞いている。その翌週にアリスの母親からの返信が届いていて、彼女は今特殊な学校で教育を受けているのだ、という内容が書かれていた。

 確かに、アリスは小さい頃から奴隷として扱われてきてしまっていたため、教養に関してはと乏しかったのかもしれない。そう考えるととても悲しくなってしまった。

 そんなこんなで夏を迎えたが、モニカの補習騒動やらでなかなか時間が取れず、アリスの方も学校が忙しいということで、やはり会うことは叶わなかった。

 けれど、その時に来た手紙にはこう書いてあったのだ。また、ラミア・パトレの祝祭の季節にね、と。少し前からこっちに来る、というような内容も書いてあって、俺達は大いに盛り上がった。

 そして、今日。手紙に書かれていたアリスが来る予定の日。

 俺達は学校をサボりアリスを迎えにゲートまで行くはずだったのだが……担任の鶴の一声でその計画も無に帰したわけである。





 例によって光が収まるとそこは体育教師のデスクの上だった。なんてことはなく、しっかりと教室に辿り着いている。俺の足元には見慣れた紙きれ。少し前には見慣れた魔法陣。


「今回はしっかりと守り通しました」


 そう言って敬礼をしているのはティナだ。一年経ってもちっとも変わらない彼女は今日も一段と愛らしい。


「くそー、手前の魔法陣は教室に、奥のモノは体育教師のデスクの上という風にしたかったんだがなぁ」


 悔しがるソフィアも相変わらずだ。ちなみに勿論人形は毎日持参している。


「あ、あんた、ま、また遅刻しかかったのね」


 ぜぃぜぃと息を切らしながら近づいてくるのはモニカだった。どうやらあの魔法陣を二つとも飛び越してここまでしっかり走ってきたご様子だ。お疲れ様。そんな言葉をかけてやる。


「全部あんたのせいなんだかんね」


 詰め寄ってくるモニカ。他とは違って迫力だけはしっかりと成長し、今ではそこらの不良すら頭を下げてしまうレベルだ。


「お、見るんだティナ。ツンデレがいるぞ」


「え、はう、ふぇ? つ、ツンデレってなんですか?」


「あんたねぇ……」


 ひぃぃぃ、というような悲鳴を上げて竦み上がる馬鹿一人。どうしてあそこまで奴はモニカをからかうのだろうか。全くもってわからない。


「おーう、席着け、席」


 そんな中、担任が登場した。流石のモニカも担任の前では一応大人しくなるため飛ばされる直前のソフィアはまさに九死に一生を得たというやつだろう。

 いやしかし、今日の担任はタイミングが素晴らしい。

 ソフィアもありがとうございました、とか言って頭を下げている。うん、アホ丸出し。

 俺はその光景を見た後で、視線を教室の脇に向けた。窓がある。そしてそこからは青一色の空が綺麗に輝いている。

 そろそろアリスはこっちに着く頃かな。


「さて、今日は君達に報告がある」


 この空は、まるであの日、そうだ英雄祭の日に見た空に似ている。もうあれから一年が経つんだな。そんなことをぼんやりと考えていた。


「このクラスに留学生を迎えることになったぞ。ほら、入りなさい」


 正面からは、いつもよりもトーンの高い担任の声。なんだろうな、と思って俺は前を向いた。


「今日から留学しますアリステラです。皆さん、よろしくお願いします」


 ニックネームはアリスです。だなんてことを付け加え、その子は元気よくお辞儀した。盛り上がるクラス。湧きあがる歓声。

 また、ラミア・パトレの祝祭の季節にね。

 彼女の言葉がよみがえる。ああ、もしかして、アリスの通っていた場所って言うのは。


「ただいま」


 そんな声が聞こえた気がした。いや、現にしっかりと届いていたのだ。それは、俺は勿論皆に届くテレパシー。そう想いを届けるブレスレット。

 だから俺達は、皆で一斉に伝えたんだ。

 おかえり、って。


 窓から聞こえる音は冬の音。


 そしてまたラミア・パトレの祝祭がやってくる。俺達が出会った祝祭が。俺達がヒーローになった英雄祭が。陽がまた昇るように。


 









 Fin



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