仲間
その後、国中に出されていた警報は止み、夕方にはもう雨も降り止んでいた。全てが終わったのだ、そう思いたいな、と言って皆で見た夕陽は今までで一番綺麗だった。勿論、皆というのは、俺、ソフィア、モニカ、ティナ、そしてアリスの五人のことだ。それから俺達は冷え切った体を癒すべく、俺の家で風呂に入った。あ、男性陣はソフィア宅での入浴となった。
国中の人々は助かった解放感よりも、何が起きたのかを真っ先に把握しようと努めていたようで、その日の夜には宮殿にとんでもない数の人々が訪れて我先にと長老から情報を聞き出していた。
アリスのこともある上、まだ事実が確定したわけでは無かったため、兵器の事故だったとしてこの問題は扱われ、俺達の申し出もあり、このメンバーが話に登場することは無かった。余談だがロカルノさんにはファンクラブがあり、そこの推進派と呼ばれる人達が、国を救ったのはロカルノさん、として街中に誤情報を送信し、最終的にロカルノさんとあの時いたもう一人の男性との熱愛疑惑の報道にまで行きついていた。どうしてそのように話がねじ曲がってしまったのかは定かではない。
そして、街がある程度復旧した頃、騎士団が帰還。機械人のお偉いさんを数名引き連れていたこともあり、ほぼ全ての事実が明るみになった。ちなみに、きっかけはやはりアリスの証言で、魔力ゲートや通信機関が回復した直後にその主はお縄に着いた。
嬉しいことが一つ。その日、アリスは奴隷の首輪を外してもらい、死亡リストからも外された。遺族にも連絡が行き、家族とは十年振りの再会を果たした。この時初めて、アリスが俺達と同い年であったことが判明。いろんな意味で驚くこととなった。
あの水神機破壊の日からは飛ぶように様々な出来事が起きて行き、そして過ぎ去って行った。
そんな中、アリスが親元で暮らすことが決定した。
予想はしていた。もともとアリスは機械人。魔法教養の無い人間はこの国の高等学校には通えない。そう、居場所が無くなってしまうのだ。
だから、その日からアリスが帰るその日まで毎日のようにパーティーが開かれた。当然ながら学校はサボることの方が多くなった。
だが、どういうわけか担任は事の経緯を知っていて、そんな俺達を許してくれたのだった。
そして今日。アリスと出会ってから半月とちょっとが経ったこの日はアリスが帰る日であった。
「あーあ、もうそんな日なんだね」
「月日が経つのは早いな、本当」
俺とモニカは転移ゲートを管理している建物の中にいた。あれだ、百年前の日本で言う空港というやつに近い場所。
無駄に巨大なガラス張りの窓からは、煌々と光る転移のゲートに繋がる通路が見えている。この窓はとても無意味なんじゃないだろうか、初めて来た時からずっと思っていることだ。
「そうグズるな、姫。もう春休みが待っているだろう。そしたら旅行に行けば良いだけじゃないか」
すぐに会えるさ、と言ってソフィアは無謀にもモニカの頭を撫でていた。何すんのよ、という冷たい言葉が放たれたかと思うと、ソフィアはもう飛んでいる。
「あうあう、でも会えなくなるのは嫌です」
泣かない泣かない。そう言って俺はティナの頭を優しく撫でた。まったく、ソフィアもどうせ撫でるならこっちにすれば良いものを。
「いや、チャレンジしてこそ男だろ」
ぐっと親指を立てて力説するアホが一人。そのアホはなんと鼻血を垂らすというオプションまでつけている。
「あんたのそれはバカって言うの」
傷口に塩を塗り込むようなきつい一言が飛んで行く。真正面からそれを受け止めてしまったソフィアは、ぐはっと言って倒れ込み、バッグから人形を取りだしていた。
あれだ、最早癖になってしまった人形への定時報告。
あいつは魔法力を込めているんだ、と言っていたけれど、どうも最近のそれは単にすねている時の話し相手として使っているようにしか見えないのである。
「ふふふ、聞いてくれよ、姫って奴はとても酷いんだ」
また始まった。モニカが吐き捨てる。いつ見ても滑稽ですね。ティナが笑った。
――え?
「こんにちは、皆さん。お早いお着きで」
その登場を見て俺は胸を撫で下ろす。びっくりしたのだ。ティナが笑いながらソフィアのことを滑稽と言ったように見えてしまったから。笑ったのは本当。でもそれはティナが彼女を見つけたから。そのセリフを言ったのは彼女――アリス。
「いやぁ、いつ見てもソフィア君のそれはおかしいですよね」
最近は慣れてきたこともあってか容赦ない言葉がすっ飛んでったりするから怖い。よくモニカと一緒にいるから、きっと影響を受けてしまっているのかもしれない。ああ、純粋なアリスが汚されていく。なんて思うとちょっとエロい。
「モニカって奴はさ、必ず僕が撫でるとキレるんだ」
眼前ではちょうどモニカがアリスに抱きついているシーンが展開されていた。いや、まあ、これはなんだ、ある花がひらひらと舞ったり散りばめられたりしながら映されるそういうのではなく、純粋に女性特有のコミュニケーションってやつだ。それ故モニカは泣いている。
「でもな」
ティナもティナで縋っているもんだから、なんというかより一層カオスなシーンが展開されてしまっていたりする。
なんだこれ。思わず突っ込みたくなってしまう。だが、ここで、俺も、と言って混ざろうとすればたちまち蹴られて飛ばされてモニカパンチで終わるだろう。それはチャレンジとは言わない。無謀と言うやつだ。
「姫ってば、プラハになら撫でられたいってこっそり溜息混じりに言ってたんだぜ」
「……え?」
直後に人形ともども吹き飛んで行くソフィア。一方の俺はなんだか聞いてはならないものを聞いてしまったような気がするのだけれど。
「プラハ」
「え、あ?」
「聞いた?」
ぶんぶん、と首を振る。勿論横に。力強く。それを見たモニカはそう、と頷いて、にこりと微笑んだ。
「わすれろーっ!」
久しぶりな重たい衝撃に、俺の意識はゆっくりと沈んでいくのだった。
っていうかどうなのよ。友人とのお別れの直前にこうなった二人って言うのは。
湿っぽいはずのその日は、そんな形で締めくくられ、お別れの挨拶もとてもあっさりしたものだった。けれど、これくらいが俺達にはちょうど良かったのかもしれない。なんてことを思う俺がいた。




