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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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水神機1


 重苦しい音を合図に、俺達は埃だらけの世界を後にした。外は相変わらずの雨で、とてものんびりと空気を味わっている暇なんて無かったけれど、鼻を通って行くそれはあ冷たくも新鮮だった。

 外は未だに警告音と雨音に支配されていて、まるでこの場所には誰一人としていなくなってしまったかのような錯覚に陥る。何とも言えない孤独感というのだろうか。一人で暮らし始めた頃の、帰宅した感覚に近いものがある。尤もスケールは段違いで、今はむしろ雄大さすら感じてしまう程の光景だ。


「音がするのはあっちだな」


 避難した時に聞こえたズシンという音が遠くで鳴っている。それは戦闘兵器が歩く音によく似ていて、耳を澄ませば、あの嫌な音すらも聞こえてきた。流石に俺は顔をしかめてしまう。


「やっぱり、戦闘兵器なんですね」


「そうだな。だが、もしアリスがあれに乗っているんだとしたらまずいな」


 この前みたいに完全オートパイロットのやつが暴れているだけだと信じたい。けれど、ここに聞こえてくる音ではその判別なんて出来やしない。


「どのみち近付いてみるしかないみたいね」


 途端に立ち昇る緊張感と恐怖感。手のひらに滲むそれは汗なのか雨なのかは分からない。逃げたいという思いは、残念なことにそうそううまく消えてくれるものじゃないんだな、と思い知った。

 雨が顔を容赦なく叩いて行く。手で拭っても途切れることなく叩いて行く。気付けば全身ぐしょ濡れだった。吐息は白で、熱を奪われて行くのがよく分かった。

 悴んだ手は震え、寒さに耐えきれない口はガチガチと歯を鳴らさせた。寒い。いや、なによりも怖いのかもしれない。死が付きまとう恐怖と、もしかしたら渦中にいるかもしれないアリスへの悪い予感。

 だから、モニカのその一言を最後に、俺は何も言えなくなってしまっていた。だが、それは皆も同じだったのか、しばらくは無言の行進が続いた。


「お、お前ら、なんで外に」


 それを止めたのはあの声だった。それは驚きと怒りを含んだロカルノさんの叫び混じりの言葉。どうして外にって、アリスを助けるためです。頭の中はそんな言葉に埋められて行く。


「馬鹿野郎! 早くシェルターへ戻れっ! 死にたいか!」


「……え?」


 そんな間抜けた声を漏らした直後、その轟音は俺達の眼前で爆ぜた。いや音だけじゃない。衝撃も光も何もかもが、狂ったように襲いかかって来ている。

 ――対象を無効化する衝撃弾。

 いつの日かにソフィアが語っていた内容が頭の中を高速で駆けて行く。もし、それが事実だったなら。この後に続くのは対象を破壊する攻撃。

 やばい、と脳が思っている暇も無かった。そもそも何が起こっているのかすらよく分かっていなかった。朝起きたら波に攫われていました。そんな感じで。

 白光が落ちてくる。それだけは分かった。そして、これはもう終わったな、と脳が告げた。何かのアクションを取ろうにも、体は先の爆風で浮いてしまっているのだ。選択肢は何もない。


「獄炎の槍っ!」


 しかし、その先にあったはずの終焉は俺達には降りかかってこなかった。何が起きたのかは分からないけれど、落ちてくる光に下から放たれたように見えた赤い線がぶつかったその瞬間だけは確かに見ていた。

 そうか、今背中が下を向いてるんだ。そう思ったら、背中に濡れた地面の感覚と、鈍い痛みが現れて、俺は思わず息を漏らす。

 背中から落ちたんだ。脳がようやく状況を理解する。すぐさま、この場所もこの態勢も危険だ、という信号が送られて、痛みに耐えつつ身を起こした。


「下がっておれ。第二撃を放つからの」


 どこかで聞いたような声がして顔を上げる。そこには長老が立っていた。そして脇にはロカルノさんともう一人、軍服のようなものに身を包んだ恰幅の良い男が立っている。

 長老が手のひらを突き出して、魔法始動の構えのような格好をした。向けられた先には雨を降らす空がある。そして灰色の分厚い雲。いや、それだけではない。もう一つ、自然な空には不似合いな水色した物体が浮いている。


「結論から言おう。機械人アリステラはあれに乗っておる」


「え?」


 俺がその言葉を理解するよりも早く、長老は突き出した手のひらから赤く輝く槍状のものを出現させた。それはこんな天気なのにも関わらず、ゴウゴウと音を立て巨大化していく。莫大な熱量を持っているようで、この場所ですら真夏のような暑さに包まれる。炎だ。いや、最早それは炎というレベルを超越している。赤い輝き。神々しいまでに光を放ち、その熱は全てを灰燼に帰してしまうかのよう。見とれてしまいそうな程美しく、すぐにでも暴れだしてしまいそうな程猛々しい。


「獄炎の槍」


 左右の二人がそう叫び、両手を合わせた形で天へ向けた。はっ、という気合とともにその槍はとんでもない早さで対象目掛けて飛んでいく。

 空を突き抜けているかのようだった。古代魔法の桁違いの凄まじさに俺は息を呑んでいた。だが、その威力が正確に伝わることは無く、獄炎の槍は空に浮かぶ物体にぶつかった瞬間に消え去っていた。


 ――え?


 誰もがそんなことを考えていたんじゃないだろうか。あれ程までに凄まじさを物語っていた槍は、しかし傷一つつけることなく消え去ってしまったのだ。隣の長老もロカルノさんももう一人のひとも唖然として空を見上げていたし、ソフィアやモニカも間抜けた面をしていた。ティナだけはこうなることが分かっていたかのように、その顔は絶望に彩られ、座り込んでしまっている。

 獄炎の槍。古代魔法。対魔獣だけでなく竜族までにも使われた超強力魔法。それが効果無し。

 どうしてだ。あれはD-17なんじゃないのか。だから炎には弱いんじゃなかったのか。そうじゃないにしても、あの魔法の威力はとてつもないものだった。初めて見たけれど、震え上がってしまう程の威力だったはずだ。


「お、降りてきます」


 雨音に混じってティナのか細い声が聞こえた。上を見る。確かにあの存在は下降してきている。下降……いや、ちょっと待て。あれがここに降りてくる、だと。


「皆急いでロカルノ君に、もしくは彼と繋がってる人間につかまるんじゃ!」


 老人とは思えないほどの声量で、長老が叫んだ。まるで、スイッチが入ったかのように体は飛び起きて目標にしがみつく。それは皆も同じようで、あのティナですら間接的ではあるけれど皆と繋がっていた。俺の手を握る彼女の力は強い。まるで、とてつもない恐怖に包まれてしまっているかのように、その体の震えは異常な程だった。


「行きます!」


 ロカルノさんが叫ぶ。眼前にはさっきまで空中にいたはずの戦闘兵器。

 転移の魔法特有の光が俺達を包み込む。そんな最中に俺は見た。その兵器の色が確かに水色であることを。そして、片方の腕には蔦が絡みついていることを。この目で、しっかりと。


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