これがフラグというもの
「ありがとう、神様!」
転移の魔法陣の行先に、俺は今光を纏いながら参上した。ここがどこなのかは分からないけれど、少なくとも転移の魔法陣を描けるのは俺の友人だけである。それも超が付くほどの常識人だ。いたずらなんてせずに、いつも色々と配慮をしてくれる。きっと俺の寝坊を予想して残していってくれたのだろう。だから間違っても変な場所に出るだとか、実はスタートに戻るみたいなトラップだったとか、そういうのは無いと言って良い。
「ほう、良い度胸じゃないか」
……無いと言って良い、はずだったんだけどな。これがフラグってやつか。
転移魔法特有の光が収まると、一番に見えたのは腕組みをして立っている体育教師の頭部だった。ちなみに、俺の目はその奥に広がる奴等のテリトリーをも映している。どこからどうみても職員室。しかも何やら自分の目線が高かった。そう、丁度教員デスク一個分ほど高かった。
「いやな、さっきそこでソフィアがこれを持っていれば面白いことが起きると言っていたんだが」
あぁ、いつも通りの奴の悪戯だったか。ティナは最後まで反対したんだろうな。あうあう言いながら。うんうん、俺はちゃんと分かった。あの馬鹿が俺を体育教師のデスクの上に現れるように細工したってわけだ。
「本当に起きたな」
二カッと体育教師は笑みを浮かべた。俺は同時に冷や汗を浮かべていた。
さてどうするか。眼前にはゴリラと名高い体育教師。その後ろには屈強なボディーガードと名高い物理教師、更に後ろには担任までいらっしゃる。
まぁどうするも何も逃げるしか道は無いわけなんだが。
俺は意を決して、眼前のゴリラを跳び箱よろしく飛び越えた。両手で頭を押さえつけるかどうかで悩んだが、そこまでやっては後が怖いだろう。
「あ、こらっ!」
着地と同時に足をもう一度踏ん張って、しゃがみ込む。両手を勢いよくおろし、反動をつけて飛ぶ、と見せかけてスピンへ移行。右手を少し遅くおろせばその方向に回りこめる。案の定、構えていた物理教師を避けてそのまま職員室の入口に辿り着く。担任が何か叫んだように聞こえたが、勿論待つ気も耳を傾ける気もさらさら無い。今はとにかく逃げることが最優先行動なのである。
乱暴にドアを開いて廊下へ。そして再び俺は光に包まれた。
☆
「や、おかえり」
「おかえり、じゃねぇ!」
「ごごごごめんなさい」
職員室の入口にあった転移の魔法陣の行先は、今度こそ安全な場所――教室だった。目の前には悪戯が成功してさも嬉しそうな顔をしている糸目の男、ソフィアと、それを止められなかった自分の非を詫びている超常識人の天才、プリシュティナが立っていた。双方ともに目を潤ませているが、理由は正反対だろう。っていうかソフィアに至ってはヒーヒー言って今もなお笑っている始末だ。
「お前、俺後で呼び出し確実だよ、これ」
取りあえずプリシュティナことティナの頭を撫でながら、ソフィアに詰め寄る。こいつのイタズラは大抵質が悪いんだが、今日のこれは尚更である。
「うむ、頑張っていってこい」
「違うだろ!」
勢いよく平手を振り下ろす。いわゆるチョップというやつだ。怒りの鉄拳でも良かったのだが、ティナがいる前でやつの顔面をモザイク処理が必要な状態にするのは気が引けた。
それでも、ある程度はダメージが入ったようで、ゲバッツという謎の擬音を残してソフィアは地に伏した。生意気なさらさらの髪を束ねたポニーテールがしなりと揺れる。演技も含め、取りあえずはしばらく動かないだろう。
「で、ティナ」
「ふ、あ、はいぃっ」
小動物をそのまま人間にしたようなティナは果てしなく怯えた目を、今まで以上に潤ませてこっちを見上げていた。あまり頭を撫でたことは効果がなかったらしい。むしろ、逆に怯えさせてしまったのかもしれない。
「ありがとな、魔法陣。おかげで遅刻せずに済んだ」
「で、でも」
「いや、ティナはなんも悪くないって」
そう言って笑顔を見せるとティナはあうあう言いながらも納得してくれたみたいで、ぎこちない笑顔を見せてくれた。こうしていると、なんだか自分が彼女の父親になってしまったかのような錯覚に捉われる。まぁ、本来中等部に通うべき年なのに、飛び級でここにいるわけなのだから、仕方の無いことなのだろうけれど。いや、ティナ自体がどこか幼すぎるだけか。
しかし、ソフィアのアホは全く……。と、そんな思いがスイッチになってしまったのか、今まで大人しく床に伏していたソフィアが起き上がり、なにやらブツブツと言い始めてしまった。
あれだ、日課になりつつある人形への定時報告。
「あはは、そうなんだよ、本当に彼は酷いだろう。そうなんだよ、さっきも雷のような平手打ちをお見舞いしてくれてね」
ソフィア曰くキャラクター作りなんだそうだ。最低でも一日一回はあんな感じで人形に語りかけている。現実の内容が脚色されるというおまけつきで。不気味、以外の言葉が見つからない。
「ソフィアさんの語り、始まっちゃいましたね」
「そうだな。放っておこう」
「はい」
ティナは眉をハの字にして微笑み、そのまま自分の席へと消えて行った。微妙に残ったなんとも言えない甘い香りが、そういえばティナももう女の子なんだよな、ということを実感させ、ふいに胸がドキリとした。
だがしかし、このドキリは恋とかそういうピンク色的展開を予感させるプロローグ的それではなく、なんというかこう、やばいものを忘れているというような、胸騒ぎに近いものであった。
「ふふふ、そうだよ、今頃だよね、もう一人の遅刻者が転移するのって」
後ろから奴の不気味な声が聞こえてくる。ああ、そうか。俺は暴れん坊少女ことモニカのことをすっかり忘れていたんだった。うん、ついでにいざという時の目覚ましとしても俺は機能していなかったな、そういえば。遅刻でもなんでも構わないから私が起こしに来なかったらアンタが起こしにきなさいよ。そんなセリフが妙に懐かしい。
後に悔むと書いて後悔。まさにそのまんま。しかしこの言葉こそ、今の自分を表すに相応しい。
「プラハぁ、っこのやろーっ!」
魔法陣から出てきたモニカにとび蹴りを食らおうとも、今日初めて自分の名前を呼ばれたのがこれだろうとも、この後職員室行きが決定だろうとも、最早今の俺には何の関係もなかった。
「星になれーっ!」
魔法陣のいらない転移魔法。回復魔法と併用しないといけないのがたまに傷。
俺はぐにゃりと歪む世界でそんなことを考えていた。
ちなみに、二人して放課後、職員室に呼ばれた。こってりと絞られたことは言うまでもあるまい。




