握手
ソフィアとティナはいち早く先程の推測に至っていたらしい。英雄祭初日、俺がソフィアの家でいびきをかいて寝ている頃に、ソフィアとティナで連絡を取り合って、お互いの情報を交換。その後に起きた襲撃事件を経て、俺が気を失っている間はもうこの推測に辿り着いていたというのだ。
もし長老がアリスを犯人扱いして、今みたく保護する動きが無かったら簡単に彼女を渡すつもりはなかった、とソフィア。
俺としてはこの二人の頭の回転の早さに舌を巻くばかりだ。ただ、こうして考えてみると、完全に蚊帳の外だったモニカはともかく、俺はなんて間抜けな奴なんだ、ということを痛感してしまう。
一応、ティナからはあの時警報が鳴らなければ、二人の考えを聞くことが出来たらしいのだが、正直、あの場面で話を聞いても俺は愕然となって終わっていたかもしれない。
だってそうだろう。いきなり死んだ扱いのまま奴隷になった可能性がある、だとか、初日にあったらしい警察襲撃事件に関与している可能性がある、だとか言われても、とても信じられるものでもないし、想像できるものでもない。
仮に出来たとしたら、それはそれで憤慨して、当たり散らしていたかもしれない。
結局は二人に宥められたんだろうけどな。
そう思うと、ますます自分の小ささを感じてしまい、俺は溜息をつく他なかった。
「こんな時はここが一番なのかもな」
俺は今、あの丘に来ている。ティナが元気をくれる場所だと言ったその丘で、手を広げて風を受けている。英雄祭翌々日の空はどこまでも澄んでいて、雲一つなかった。
吹き抜ける風は冷たかったけれど、大きく息を吸い込んで体全体に送り込む。まるで、中身も何もかも澄んでいくような感覚に浸る。この冬の空と一つになっていく。
目を開ける。街は昨日までの賑わいが嘘のように静かで、後片付けの終わったその風景は、どこか味気なかった。
「こんにちは」
落ち着いて行く心に響く声。この空のように澄んだその声の持ち主を俺は知っている。
なんだ、出歩くこともできたんだ。
そう思って俺は振り返った。
「アリス」
「はい、プラハ君。一日ぶりです」
にこりと彼女は微笑んだ。微風にその長い黒髪が揺れている。奥にはロカルノと呼ばれていたあの警備の人もいた。恐らくは見張りという名目の警護か何かだろう。
「どうしてここに?」
「お礼が言いたいな、と思っていたので」
「お礼?」
彼女は俺が聞き返すよりも早く、ありがとう、と言って頭を下げていた。
「あの日、私のことを受け止めてくれたのはプラハ君です。まだ記憶は戻っていませんが、色々と救ってもらいました」
いつの間にか、仲間だと思っていた少女は、今俺の前で感謝の言葉を述べている。それは、なんだかとても不思議な光景に見えてしまい、ふいに、全ての風景が悲しみに塗り替えられた気がした。
どうしてか、俺は、この挨拶こそが、別れの言葉にしか聞こえなかったからだ。
「あまりはっきりとはしないんですが、あんなにわいわい楽しんだのって、もしかしたら初めてだったかもしれません」
彼女は微笑み続ける。けれど、どうしても、それが心の底からのものとは思えない俺がいた。
どうして、わざわざ、言いに来たんだろう。
そんなことばかりを考えている。
「プラハ君。もし良かったら握手しませんか?」
「握手?」
「はい。私達の間では、それは友好の印らしいんです。ロカルノさんが教えてくれました」
え、と思って俺は奥に佇むその青年を見た。彼は何をするでもなく、俺達に背を向けて立っている。まるで、俺達などそこに一緒にはいないかのように。
もしかしたら、最大限に気を使ってくれているのかもしれない。
モニュメントを眺め続けているように見える彼を見てそう思った。
あれ、でもロカルノという人は宮殿警護の人だったよな。しかも、なんか隊長ちっくな感じの。
長老は事が判明するまでは待機を言い渡していたはずだ。けれど事が判明したとは思えない。それに、護衛付きの出歩きが許されるのなら、いちいち軟禁なんて行為を普通するだろうか。
――いや、まさか、な。
「アリス、もしかして本当は……」
「それは内緒です」
思ったことを声にしようとしたその口には、アリスの細い人差し指が宛がわれていた。だから、俺はそのことを言うことはなく、けれど、同時に理解した。
本当は、外出は許されていないんじゃないのか。そんな疑問への回答を。
「私はモニカちゃん並に我儘ですから」
「はは、そうかもな」
それだけを言って俺は右手をアリスに向かって差し出した。
彼女もまた俺に向かってその手を差し出す。
そして、どちらからともなく、その手を絡ませて、俺達は握手を交わしていた。
「私達は友達ですよね」
「勿論。むしろ、そうじゃなきゃおかしいよ」
「はい、ありがとうございます」
俺達のその手は、しばらく離れることはなく、まるでそれが俺達の絆と言わんばかりに、お互いがむしろきついくらいに握り合うのだった。ぎゅっと繋がれたその場所から伝わる暖かさも柔らかさも、そして形容しがたい思いも、何もかも全部、俺は守っていきたいと思った。
そう、それらを守るヒーローになりたいと強く思うのだった。




