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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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長老の判断


 英雄祭翌日。その日は片付けの日であり、下っ端の役員がこき使われる日でもあった。けれど、俺達は長老に呼ばれていて、それに参加することなく、アリスとともに国王の宮殿へと来ていた。

 宮殿内は入り口から王の間まできっちりと赤絨毯が敷かれ、至る所に高そうな壺やら理解に苦しむ絵画などが展示され、天井から降り注ぐ光はシャンデリアからの魔法の光……というような、夢物語みたいなそれでなく、思いの他あっさりとした造りになっていて、俺達が連れられて入った部屋も王の間というよりかは応接間といった感じだった。

 百年前の日本的に言うならば、まさにこの部屋は学校の校長室だな、とソフィアはニマニマとしていたけれど、その顔つきは緊張気味だ。

 むしろ、この中でそんな顔をしていないのはアリスくらいなものだろう。全ての事情を話し終えた時、モニカは信じないと言っていたけれど、このような形で呼び出しをくらってしまってからは、ずっと大人しい。

 俺達が戦闘兵器を破壊できたのは名誉なこと。しかし、同時にアリスの存在が長老達に知れ渡ることとなってしまったのだ。しかも、悪いことに今回の一件は機械人の戦闘兵器による襲撃事件だ。全てが無人機だったこともあり、この国にいる全ての機械人達に容疑がかけられている。その上、アリスには不可解な点が多くあるのも事実だ。全てが知られてないにせよ、やはりかれらの追求は免れられるものではなかった。

 呼び出しの際に聞いた話によると、あの日現れたD-17OPは合計4機だったらしい。初めに確認されていた都市外れの公園、西部広場の2機に加え、俺達を襲ってきた、正確には本部を襲撃してきたものと、国境ゲート維持装置を襲撃したものが1機。被害はゲート使用不可能と他国通信不能だそうである。

 一般の国民には原因不明な事故として扱われ、近々復旧という発表がされているが、実際のところは国家問題にまで発展してしまっているとのことだった。

 国王直属の魔法騎士団が、現在山々の向こうに広がる機械人の国へ、この一件の報告と捜査、復旧の協力を申請しに向かっているのだが、一週間はかかるだろうとかれらは言っていた。


「長老、お連れしました」


「おお、すまなかったなロカルノ君、仕事中に」


「いえ。では私は配置に戻りますので」


「うむ、よろしく頼むぞ」


 ここまで俺達を連れてきてくれていた青年が一礼をして去っていく。その動きはよく訓練された軍隊を思わせた。配置に戻るということは、この宮殿の警備をしているのだろう。そして、恐らくは俺達の行動も見張っている。


「君達も英雄祭の翌日にわざわざ呼び出してすまんかった。だがこちらも急ぎだったのでな、理解してもらえるとありがたい」


 そう言って笑顔を見せる長老は好々爺を彷彿させるのだが、何とも言えない威圧感が同時に存在していた。


「そう硬くならずとも良い。もっとリラックスじゃ、リラックス」


 ただ話をするだけなんじゃからの、と続けて俺達へ座るように促した。


「さて、先日の一件じゃ。君達には本当に申し訳ないことをしたと思っておる」


 すぐに長老の頭頂部が見えて狼狽した。なにせ、国王が一般人、それもまだ学生である俺達に頭を下げているのだ。何がどうしてこうなっているのかが全く分からない。と言うか完全に頭が混乱してしまっている。


「我々がもう少し早く駆け付けることができていれば、君達にあのような思いをさせずに済んだんじゃ。自分達の非力さが不甲斐無い」


「あ、頭をお上げ下さい。国王ともあろうお方が僕、いえ私達の前でそのようなことなさってしまっては」


「いや、当然のことじゃ」


 そうして、長老は一層深く頭を下げた。俺達はただただ狼狽するばかりで、それ以上に申し訳なくなってしまい、何も言うことすらできなかった。

 やっとのことで、こうして無事でしたから、とティナが言うと長老も笑顔を見せてくれ、今度は感謝の意味で再び頭を下げられてしまった。

 俺達があの場でD-17OPを破壊していなければ、被害は格段と大きくなっていたかもしれなかった、とのことで、君達は英雄だ、とまで言われてしまった。

 しばらくはそうして、感謝の言葉が続き、俺達もまた冷や汗を浮かべながら対応する、という時間が続いたのだった。

 だが、その長く感じた時間を打ち破ったのもまた長老で。今度は話の矛先がアリスへと変わった。まるで、それこそが本題と言わんばかりに。

 確かに長老の謝罪も感謝も全てが本物だった。けれど、どうしてか俺は、この人が狡猾な悪魔のように見えてしまい、心の中はどろどろとした黒色に染まっていくのが分かった。

 それだけのことをしたのだから、アリスのことは見逃してくれても良いじゃないか。

 何度そう思ったか分からない。でも、それは皆も同じだったのかもしれない。

 結局、俺達の弁明も空しく、アリスは宮殿での待機を命じられてしまったのだった。


「そんな軟禁みたいな行為、納得しかねます」


 そういきり立つ俺を止めたのはソフィアだった。奴は何もかも分かったかのように、見透かしているかのように、俺のことを静かに止めた。

 モニカは俺と同じように、どうにかしようと足掻いていた。けれど、それもまたティナによって止められたのだった。

 どうして二人は俺達のことを止めるんだ。

 おかしいと思わないのかよ。

 そんな叫びをぶちかましかけたところで、俺達は宮殿から退去の命令を受け、ロカルノと呼ばれた青年を筆頭に、宮殿警護をしているらしい人達に、引きずられるように王の間を後にさせられたのだった。





「どうして止めたんだよ」


 宮殿の外で、耐えきれなくなった俺はソフィアに掴みかかるようにして詰め寄った。

 目の前にはいつもと違う澄ました顔。それがなんだか俺を馬鹿にしているようにも思えて、俺は思わず拳を振り下ろそうとしていた。


「や、やめて下さい!」


 近くで聞こえるティナの声にはっとする。けれど、その声がなぜか今は気に入らなくて、腹の中は余計に煮えたぎっていくようだった。


「落ち着け、プラハ」


「これが落ち着いていられるかよ!」


 だが、そんな俺の怒号もお構いなしに、ソフィアは俺にもう一度冷静になれ、と呟いた。

 こいつがそう言ってくる、ということは俺は今相当な状態なのだろう。けれど、どうしてこんな中で落ち着いていられるというんだ。

 そうだろう、と同意を求めるように俺はモニカを見た。けれど、彼女は項垂れているだけで、そこに怒りは一切見られない。

 なんだよ。結局怒ってるのは俺一人かよ。


「お、お願いですプラハさん」


 今喧嘩して何になるんですか。そんなティナの悲痛な声が鼓膜を震わせる。そうだな、確かに喧嘩したって何にもならないだろう。俺達が喧嘩したところでアリスの軟禁が解けるわけがない。

 でも、その事実を冷静な面して見ているこいつの仮面くらいなら剥ぎとれるだろう。


「プラハ、僕を殴るのは構わない。きっと間違っていない。でも、その前によく長老の話を思い出して欲しい」


 そう言う奴の顔は真剣そのものだった。

だから、俺も思い出す。長老の口から放たれた言葉を。その一字一句を。


 アリステラはこの宮殿で事が判明するまで待機して欲しい。その間、宮殿はこの警備部隊が常に守っておる。何か不便があれば、言ってくれれば検討しよう。


「プラハ。アリスの身分と現状を踏まえた上で考えてくれ」


 俯き加減の俺にソフィアの声が降ってくる。アリスの身分といえば奴隷、現状と言えば10年前に死んだことになっている。そうだ、存在が矛盾しているんだ。


「プラハさん。あの事故をよく思い出して下さい。こんな事例、ありませんでしたか?」


 こんな事例、というのはアリスみたいな存在の矛盾のことだろう。

 そんなものあるわけが……あ。ある、こんな事例はあったじゃないか。そうだ、確かにあった。死亡者リストに入りながら、実は生きていたというケースが。それも、わりと多くあったはずだ。

 エネルギー作成所の爆発事故で、イングロンド警察も多大なダメージを受け、その事故現場付近に遺物があれば全てが死亡と判断されたんだ。警察のその投げやり処理は各国で取り上げられ、多くの国から非難を浴びていたではないか。


「そうか。死んだことになったまま奴隷にされた可能性がある」


「うむ。それにだ、本来ならば奴隷保護法により奴隷を意のままに操る強制命令装置発動の禁止がなされているが、死んだ人間へはこの法は適応されない。する必要も無いしな。だから、もし、記憶を失う前にこの命令により彼女がこれら一件に加担していたとなったらどうなる」


「保持者は証拠を消すために……あっ」


 分かったか、というソフィアの声は最早雑音としか捉えていなかった。今までの怒りは完全に消え去り、段々と現実が見えて行く。

 そうか、だから長老はあんな軟禁なんかをしたんだ。


「それとな、プラハ。D-17の話はこの前したと思うが、あれな、乗り込んだ人間が生存していた場合、記憶を飛ばしているケースが多かったんだそうだ」


 どういうことだ、と俺は聞く前に、その話はティナが継いでいた。


「英雄祭の初日に、イングロンド地方にあるゲート管理も兼任している警察署が、そのD-17に襲撃されていたんです」


「つまりだ。アリスは主の強制命令によって警察署を襲撃。成功と同時に管理者のいないゲートを使用しこちらの国へ逃亡。強制命令はそれが履行されるまでは勝手に体を動かせるらしいからな、記憶喪失になっていても何の問題も無かったのだろう」


 そういう可能性があるんだ、とソフィアは言った。


「ってことは、本当は襲撃は祭の初日で、でもゲートが安定していなかったからあんなタイミングで現れたってことか」


 よくよく考えると、俺達を襲ってきたD-17はいきなり現れたじゃないか。あれはアリスと初めて会った時の感じに似ている。


「分かったか。これが事実なら、もう国家問題クラスの大事なんだ」


 この国は山々に囲まれていて閉鎖的だ。もしもゲートを一方通行のように塞がれ、通信手段を断たれたらこれほどまでに侵略がたやすい国はないだろう。それも、この国の魔法人が使える魔法は、今や家魔法製品の代わりレベルの魔法が大半を占めている。

 機械人の富豪一人ですら、滅ぼすことができてしまうかもしれない。


「ソフィア」


「なんだい」


「ごめん」


「謝るなよ。言ったろ、間違ってはいない、と」


 そう言ってソフィアは笑みを浮かべた。

 ったく、こいつは本当にいつもいつもかっこいい役を取りやがって。なんて思ってみたり。けれど、この心遣いがありがたいのは本当のことだ。


「よし、私も納得した」


 今まで俯いていたモニカも今は晴れ晴れとした顔をしている。


「でも、間違ってはいないんだよね」


 そして、笑顔でソフィアのことをど突いていた。

 前言撤回。やっぱりこいつはこんな役だ。


「ほんと、シリアスが似合わないよな」


「そうですね。でもそれぐらいでなきゃ、肩こっちゃいますよ」


 そうだな、と頷くと同時に、今まで聞こえていなかった賑やかな声が、小さくはあるが耳に届いてきた。それは、祭の後片付けで賑わう街からの届け物。

 俺は清々しさを感じていた。その一方で、自分たちでは何もできない悔しさを噛み締めていた。

 何かがしたい。けれど何もできない。そんなもやもやがそっくり雲になってしまったかのように、頭上の青空は少しずつ白と灰色に埋められていくのだった。


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