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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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祭りの終わり


 放った槍が一直線に飛んでいく。その軌道上に、下に落ちたガラスの破片から火球が数発飛び出ていく。それらを被弾した槍は、一瞬にして炎の槍と化し、眼前の悪を貫いた。

 ――そんな夢を見た。


 意識が浮上する、という感覚は自分でもよく分かるんだな、と思った時には既に広がる天井を視界に捉えていた。浮かんでいくのだけれど、落ちていくような感覚。黒の世界から白の世界へと変わり、現実へと舞い戻る。


「や、目覚めの記念にイワシとバナナのスープでも飲まないかい?」


「……遠慮しとく」


 むせかえるような異臭とともに、ソフィアの顔が現れた。っていうか信じられん。まさかリアルにイワシとバナナのスープを持ってくるだなんて。

 けれど、それでこそソフィアだ。そんなことを思った。


「ここは?」


「医務室だ。面倒だから結果だけを言うと、僕らは全員無事だ」


「そか」


 それを聞いて、全身に暖かな何かが行きわたるのを感じた。これが安堵というものなのだろう。ほっとした、そんな5文字だけでは表せない柔らかさがそこにある。


「ちなみに女性陣は今シャワーを浴びている」


「そうか」


 あの時、確かにソフィアは成功した、と叫んでいた。だからつまり、俺達はD-17の撃退に成功した、ということだ。その後の記憶が全くないが、きっと安心して俺は気絶してしまったのだろう。なんとなく、落ち行く意識を感じていたことだけは覚えている。


「死傷者無し、だ」


 その言葉を聞いて、心の底から良かったと思った。

 けれど、一つの事実に気づいてしまうことにもなった。いや、本当は既に気づいていたことで、単に蓋をしていただけだったのかもしれない。D-17はバッテリー代わりに機械人が乗らなくてはいけない、という事実に。

 俺達は助かるためにそれを破壊した。間接的にではあるが、機械人を自分達の手で殺めてしまったということだ。


「だから君が落ち込む必要はない」


「必要って……だって俺達は」


「ああ、破壊したな。プラハの作戦のおかげで、僕らは現状取り得る最高の選択肢を選べたんだ」


 自分の作戦、という言葉にとてつもない重さを感じる。そうだ、緊急時だったとはいえ、あれは俺の……。


「ったく。しけた面するでない。言ったろう、死傷者無しって」


「……え?」


「あの戦闘兵器はな、実はD-17OPってやつだったんだ。大戦末期に使用されたD-17ベースの進化型、完全オートパイロットの機体だったんだよ。だから初めから人間は乗っていない」


「じゃ、じゃぁ」


「プラハ、僕は他人を殺めた結果を最高の選択なんて言わないよ」


 良かった。その言葉は声にはならなかった。目頭が沸騰したかのように熱くなり、視界がぼやけていたからだ。なんとも言えないくらい苦しくなって、声がひきつってしまって、嗚咽しかもらせなくなってしまって。涙は止まらずに流れていく。魔法を使ってもいないのに、とても熱い熱い涙が。頬を伝って、あるいは直接、重力に従ってベッドのシーツへと吸い込まれていく。


「僕は何も見ていない」


「っく、お前こそ、ワイパーが必要なんじゃねぇのか?」


「ふふふ、それはギャグのつもりかい、プラハ」


 俺達は二人で泣いていた。男二人、静かな医務室で涙を流して喜んでいた。顔は笑っているのに、涙が絶えず流れていく。泣き笑いってやつだ。それも、極上の。


「ねぇ、あんたらキモいんだけど」


 はっとしてその声の方を向いた。そこにはタオルを首に巻いたモニカを筆頭に、シャワーを浴び終えた女性陣が立っていた。まだ乾ききっていない彼女達の髪は、それぞれに魔法灯の光を反射して淡く輝いている。


「っていうか、なにこの臭い。腐った魚と、へんてこなバナナっぽい臭いがするんだけど」


「ふふふ、君の関心はこれかい? イワシバナナスープ、勿論ホットだ」


「うぇ、ちょっと、近づけないでよね!」


 いつの間にか立ち直っていたソフィアが、いやよいやよも好きのうち、とかわけのわからないことを言いながら、例のスープを持ってモニカを追い回し始める。

 そんな光景を見ていたら思わずまた泣きそうになってしまった。

 日常が戻ってきた感じがする。たった数時間の非日常だったけれど、この光景はひどく懐かしく思えたのだ。


「プラハさんって涙腺弱かったんですね」


 いつの間にか近くに来ていたティナにそんなことを言われる。まさか彼女にこんな言葉を言われる日が来ようとは。けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、再び泣きそうになってしまったくらいだからだ。


「そうかもな」


 そう言ってティナの頭を撫でてやる。この不意打ちに、彼女は赤からんでいた頬をさらに湯立たせていた。なんとなく、仕返しができたみたいでうれしくなる。

 手に絡む彼女の髪は、どこまでも柔らかで、優しかった。


「プラハ君って、もしかしてティナちゃんとそういう仲なんですか?」


「え?」


 そう言えば、もう一人いたことをすっかり忘れていた。いやはや恐るべしティナのなごみパワー。なごビームとでも言うのだろうか。いや、このワードはどこか危険なニオイがするから使ってはいけない気がする。


「いやいや、むしろ保護者?」


「納得です。じゃあ私も撫でてください」


「はい?」


 俺のベッドの周りでは、未だにモニカとソフィアの追いかけっこが続いている。言わずもがな、あの臭いも一緒にぐるぐると駆け巡っている。

 そして俺の両手には二人の頭。これぞまさに両手に花と言うやつではないだろうか。そんなことを考えている俺がいた。

 あーっ、とモニカが叫んだ気がした。ソフィアの手からあのスープがすっ飛んでいった気がした。それは綺麗に弧を描き、俺のもとへと飛んできた気がした。


「うぉぉぉぉい!」


 被弾した俺は、今すぐにでもシャワーを浴びなければならなくなって。なんだかもうどうでも良くなってしまった俺は、簡単に頭のリミッターが外れて行って。とにかく、諸悪の根源に向かって、一直線に駆け出すのだった。


 数分後、俺達は看護師のお姉様方に怒られた。そして俺はシャワールームへと連行されたのだった。




 俺達が医務室を後にして外に出た時、広場では後夜祭の真最中であった。中央に爛々と輝く炎の柱と、様々な場所から聞こえてくる人々の歌声や笑い声。皆が皆、この祭を振り返り思い出話に花を咲かせている。

 今日の戦闘兵器襲撃事件は、一種のイベントとして処理されたようで。どこからか、今日の避難訓練はすさまじかったな、などという声が聞こえてくる。それで良いのか、と思ったがこうして平和な今があるのだ。きっと、これが一番良いのだろう。

 誰もが笑い、誰もが幸せそうにこの後夜祭を楽しんでいる。


「綺麗ですね」


「これだけは、毎年毎年感動しちゃうのよね」


 中央に聳える炎の柱は、廃棄が決まった木材や、この祭で出たゴミなどを燃やして作られている。芸術的とも言えるこの柱は、燃え盛る炎を円柱状のバリアで囲ってできていると聞いたことがあるけれど、実際のところはどうしてこうなっているのかはわからない。そんな魔法は聞いたことがないからだ。


「ある意味これこそが祭のメインとも言えるだろうな」


「そうかもな。本当、今年も見れて良かった」


 気を失っていたため、結局あの後に続いた祭や閉幕セレモニーには参加できなかったけれど、後夜祭には間に合えたのだ。着火の時には俺は例によってシャワーを浴びていたわけなのだが。皆もわざわざ俺のことを待っていてくれた。全員そろってこその後夜祭、それは意外にもソフィアの口から出たものだった。


「たーまやー」


「姫、それは花火だ」


 ゴウゴウと音を立て、炎の柱は空を突きぬけていく。まるで、月を目指しているかのように、勢いは衰えず、今もなお、雄大に、輝きを放ちながら、どこまでも昇っていく。

 ふう、と傍らのアリスが溜息をもらした。ちらりと見たその顔は、中央の炎の虜になっているようで、それ以外何も見れないといったような感じだった。

 そういえば、俺も初めてこれを見た時は、一言も喋れなかったのを覚えている。

 あまりにも圧倒的なこの光景は、五感全てを奪っていってしまうからだ。


「でっかいな」


「そうだな、そそり立っている。そして何よりも太い。まさに、あれこそ地球の赤きチン」


「やめい!」


 隣にいたはずのソフィアが、前方へと飛んで行くのが見えた。下ネタ禁止、という叫びが後方から聞こえてくる。

 こちらも飽きないですね。そう呟いたのはティナだ。さっきまで柱に見とれていたアリスも、いつの間にか二人を見て笑みをこぼしている。


「モニカ、ストップストップ。それ以上は他の人の迷惑になるよ」


「あ、それもそうね。次はきちんと柱に届くように飛ばすわ」


「僕に燃えて来いと」


 うん、と頷く人でなしが一名。いや、俺も頷いたから二名になった。


「それはあんまりだーっ」


 けれど、今はソフィアも人形を出して呟き始めることはなかった。楽しそうに笑っている。

 そして、俺達は5人並んでその場に座り、雄大に輝く炎の柱を見上げた。

 吹き抜ける風は、冬のそれそのものだったが、あの火柱がなんだかここら一体を温めているようにも見えて、寒いとは一度も思わなかった。


「あ、そうだ。知っているかい、プラハ」


「ん、何を?」


「槍を投げた後だよ。君は倒れただろう」


「そうだな」


「うむ、実はなあの時」


 そこまでソフィアが言った時、端に座っていたモニカがいきなり、わーっと言って立ち上がった。駄目、それは駄目、とか言ってこちらへ来ようと、正確にはソフィアを吹っ飛ばそうとしている。


「む、いかん、姫に気付かれた。こっちだ、プラハ」


「……は?」


 わけもわからないうちに、俺はソフィアに手をひかれ走っていた。足がもつれかかったが、なんとかして態勢を立て直す。後ろにはモニカ。繋がれた手の先にはソフィア。

 なんだ、まさか奴のフラグでも立ってしまったのか。うっかりそんなことを思ってしまい、全身に悪寒が走る。


「プラハ、死んじゃ嫌ぁっ、と言って一番に駆け寄って抱きかかえたんだ。姫がな」


 まるで、何かの映画のラストシーンみたいだったぞ、と言ってソフィアが笑った。それと時を同じくして、奴の姿は俺の目の前から消え去っていた。

 あぁ、星になったのか。そう思って彼方を見やる。なるほど、モニカの宣言通り、奴は今炎の柱に向かって飛んで行っている。


「プラハっ!」


 代わりにいるのはモニカが一人。

 炎のせいかは知らないが、その顔は完全に朱に染まっていた。


「違うからね!」


「はい?」


「違うんだからね!」


 これをツンデレと言うんだ。奴からのテレパシー。残念なことに無事だったみたいである。


「プラハの馬鹿ぁっ!」


「って、俺!?」


 腹にのめり込むモニカの拳。なんで、という疑問は最後まで尽きない。

 こうして、俺の今年の後夜祭は、モニカパンチによって幕を下ろされたのだった。


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