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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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襲撃2



 本部内は騒然としていた。飛び交う無線と人々の声。慌ただしく駆け回るお偉いさんと、魔法専門学校の先生達。そんな中、俺たちに告げられた事実は一つ。デス・マシーンが出現した。

 出現場所は西部広場と、昨日俺達のいた都市外れの公園。タイプはD-17というもので、この前ソフィアが語ってくれたあの戦闘兵器のことである。

 公園に出現した方のD-17は先程、長老達によって破壊がなされたらしいのだが、広場の方は未だ健在。距離的な問題もあって、長老達が到着するまでどうしても足止めが必要なのだ、ということだった。

 幸いにも、広場の方のD-17はロケット砲が使用できない状態にあるらしく、大惨事は免れているとのことだが、広場を出てしまえば都市に侵入することになる。そうなれば、惨事に発展しないとは言い切れない。

 心臓は先程から大きな音を立てて激しく揺れている。聞きなれない警報と、聞かされた現実がそれをより一層強め、頭をくらくらさせる。

 モニカやティナは震えていた。アリスも状況がきちんと呑みこめていないようだったが、大変なことが起きていることだけは分かっているみたいで、モニカにしがみついている。


「長老達がどれくらいで着けるかだな」


 口元に手を当てながらソフィアが呟いた。何事かをぶつぶつと呟いては舌打ちをしている。


「なぁ、ソフィア」


「ん、なんだ?」


「どうして長老達はD-17を壊せたんだ?」


「あぁ、それは長老達は連携して古代魔法でもある獄炎の矢を放てるからだ。D-17は炎に弱いんだ」


 それなら、と俺は一昨日支給された杖を握りしめる。


「火球程度じゃ効果がないんだ」


 だが、俺の思惑はあっさりと打ち砕かれてしまった。

 せり上がる恐怖に負けないためにも、と思って己を奮い立たせてみたのだが、不発に終わってしまっては意味がない。


「せめて炎の矢を穿たなければ、壊すことはできない」


「炎の矢?」


「そう。火球の一段上の魔法でもあるし、槍状の魔法具に火球を上乗せしたものでもある」


 上級魔法の上と言えば魔法専門学校の先生クラスでなければとても扱うことなんてできないだろう。それに、魔法の上乗せという技術も俺は知らない。


「プラハ、悔しいけれど、僕らは見ているだけしかできないんだ」


 いつの間にか静まり返っていた部屋に、ソフィアの悲しげな声が落ちた。その声は少し震えていて、よく見るとソフィア自身も震えていた。

 同じ気持ちなのかもしれない。恐怖に襲われて、その上待つことしかできないという悔しさに襲われて。

 ヒーローになるってのは一体誰の夢だったんだろうな。

 自嘲気味に、そう呟いた時だった。


「プラハさんっ!」


 飛びかかってくるティナ。その勢いに負けて、俺は思わず尻もちをつく。そして、ティナの下敷きになった。だが、それも束の間、何かの衝撃に俺はすっ飛ばされて、背中を壁に打ち付けた。

 一瞬、呼吸ができなくなり、せり上がってくる痛みに現実から遠のきそうになる。けれど、それを辛うじて繋ぎ止めたのは、皮肉にも耳を劈くような銃声だった。


「こっちだ!」


 状況の把握は後にした。とにかくその声のする方へ、一目散に駆け抜ける。

 背後に銃声。そしてガラスの割れる音。悲鳴。怒号。

 何が起きたんだ。

 俺は起き上がり振り返った。そこには、先程までいた部屋が原型すらわからない廃墟と化していた。そして奥に見える巨大な二つの銃口。

 ――あのモニュメントと同じだ。

 それはまさしく、D-17と呼ばれた戦闘兵器だった。


「無事か?」


 聞きなれた声が届く。誰だ、そうだ、ソフィアの声だ。

 後ろにはソフィアを始め、いつもの面子が全員そこにいた。


「な、何があったんだ」


「詳しいことはわからない。けれど、いきなりD-17が窓の向こうに現れて攻撃をしてきたんだ」


 再び聞こえる銃声。俺は無意識に背中をすくめて、壁に張り付いていた。けれど、笑い声なんて起こらない。皆が皆、同じような行動を取っていたからだ。


「あれが装備しているアッシルではこの建物の壁は壊されることはない。けど、ブレードを抜かれたらここも長くはないかもしれない」


 震える声でソフィアがいう。こいつがそういうのなら事実なのだろう。だが、そうであるならばいち早くここから逃げ出さなくてはならない。

 ガクガクと震える足をなんとか踏ん張って走り出す準備をする。


「けれど、ここがへたをすると一番安全なのかもしれない」


 その声を聞いて俺は愕然とした。逃げようにも、この先の廊下はまるで学校の廊下のように、窓のないスペースなんて殆どないのだ。

 つきあたりまで行けばなんとかなるのかもしれないが、この人数で、しかもそれなりの距離となると、とても安全な行為とは言えない。

 聞こえてくる銃声に、俺達は再び怯える。モニカの姿が目に映った。震えている彼女の姿が目に映った。


「ティナ」


 呼んでみたが返事がない。先程俺を助けてくれた彼女は、今は俺の横で震えていた。その震え方は尋常では無く、とてもまずい病気でももらってしまったかのようだった。

 少しだけ迷ったが、俺はそんな震える彼女を後ろから抱き締めて、もう一度その名を呼んだ。


「す、す、すいません」


 反応はしてくれたものの、それでもまだ震えは止まらない。いや、それは俺にも同じことが言える。銃声が鳴るたびに心臓は飛び跳ねるし、ガラスの割れる音を聞くと生きた心地すらしなくなる。

 けれど、俺は足を踏ん張って、やせ我慢をして、彼女にお願いをした。


「今すぐ転移の魔法陣をこの壁に書いてほしい」


 目の前の壁を指さす。ティナは疑問符を浮かべただけだったが、とにかく今はやってもらうしかない。


「ソフィア」


「どうした?」


「火球の魔法は魔法力でできたものにぶつかるとどんな反応を起こすかわかるか?」


「そんなこと今聞いてどうす……いや、なるほど。プラハ、君の想像通りになる」


「そうか」


 どうやら勘の良いソフィアはそれだけで察してくれたみたいだ。その話を聞いていたらしいティナも、魔法陣を書き始めてくれている。

 何かができる。もしかしたら、倒せる。そう思った瞬間に、今まで体を支配していた震えが霧散していくのがわかった。高鳴る鼓動も、恐怖からではない。


「モニカ」


「な、なに?」


 彼女は震えてはいるものの、まだまともな状態みたいだった。むしろしがみついているアリスの方が十分にまずい。震えすらなく、もうぐったりとしてしまっている。気絶しているのかもしれない。

 モニカにアリスの状態を聞こうとしたが、俺はそれを止めた。どう考えたって、その質問は彼女の不安や恐怖を煽ってしまうだけだと思ったからだ。


「モニカの魔法で槍を作れないか?」


「や、槍?」


「そう。あ、この杖の先がとんがっている感じになっていれば問題ない」


 そう言って杖を渡す。直前まで握りしめていただけあって、未だにきちんと持っていたのだ。


「……なんとかいけそう」


「すぐに頼む」


 と、俺が言う前に、彼女は既に両手を胸の前で合わせていた。イメージを始めたのだろう、その手が柔らかな光に包まれている。

 それを見届けて、次に俺は近くに落ちていたガラスの破片を拾う。

 描けました、と言うティナに今度はその破片を手渡してもう一度お願いした。


「プラハ、出来たよ」


 汗だくになっているモニカから、今度は魔法力でできた槍を受け取った。


「大丈夫か?」


「なんとかね。その大きさって作るの結構しんどいんだぞ」


 モニカは肩で息をしている。こんな精神状態で、しかも大きく魔力消費をさせてしまったのだ。無理をさせてしまったとしか言いようがない。けれど、どうしてもこの作戦にはモニカの魔法は必須だったのだ。

 ごめん、と心の中で謝って、俺はそれを握りしめる。なんだかやる気が湧いてくる。


「プラハが火球係じゃないのか?」


「いや、俺は朝お風呂をわかしちまってるからね。ソフィアが一番適任だよ」


 そうか、とだけ言ってソフィアは火球の杖を手に取った。

 描き終わりました、というティナの声とともに銃声が鳴り響いたけれど、今度は誰も背をすくめたりはしなかった。


「ソフィア。それに俺は筋肉馬鹿なんだろ?」


「ははは、違いない」


 こいつなら大丈夫だ。それを感じ取って確認のためにティナに聞いた。


「転移の魔法は、物体は運動が無くなるけど魔法はなくならないんだよな?」


「はい。大丈夫です」


「よし!」


 気合いを入れてガラスの破片を先程いた部屋にサイドスローで投げ入れる。破片は、陣が描かれた面を上にして小さく飛び、カラカラと乾いた音を鳴らして着地した。

 大丈夫、軌道上にちゃんとある。もしずれていたりしたら、ソフィアに風の魔法でもって直してもらうつもりだったのだが、どうやら余分な魔力消費はしないで済んだようだ。


「ソフィア、頼んだからな」


「君こそ、気をつけて」


 もう一度銃声が鳴り響く。微かな振動と、脇を通り抜ける凶弾の嵐。大丈夫、ガラスが割れる音は聞こえない。俺はそれが鳴りやむと同時に、隠れていた壁から駆け出した。

 正面にはD-17。怖いくらいな威圧感がそこにある。無機質な光がこちらを見ていて、その冷たさにぞっとした。

 けれど、どう動くかは決めていたから、体は自然と動いてくれた。

 俺は槍をオーバースローで真直ぐに放った。


「今だ!」


「火球! 火球! 火球!」


 視界の端で壁の魔法陣に向かって火球を放つ奴の姿を確認し、俺は今までとは反対側の壁に向かってダイブした。手のひらと腹がこすれて痛い。けれど体に穴は開いていない。

 直後に小さな爆発音。火球を纏った槍が無事に直撃したのだ、と俺は悟った。


「プラハ、成功だ!」


 対面から聞こえてくるソフィアの声。成功した。その事実だけに安堵した俺は、一気に意識が遠のいていくのが分かった。

 まるで、静かく水の中へと沈んでいくみたいに。ゆっくりとゆっくりと、視界はブラックアウトしていった。


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