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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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記憶喪失の理由は


 ラミア・パトレの祝祭、二日目。その日のコンディションはとても優れているとは言い難いものだった。

 昨晩はティナが公園に転移の魔法陣を残していってくれたおかげで、無事に皆が帰ることに成功し、爆睡中のモニカとアリスはとりあえず俺の家にぶち込んで、俺はソフィアの家に泊めてもらったのである。

 明け方は、自宅へ戻ると今すぐお風呂に入りたいというモニカの命令を受け、俺は朝から結構な消費を伴う魔法を発動させることとなった。その際に、アリスに魔法を見せるという約束は叶えられたのだから良しとはしているが、もともと疲れが溜まっていたところに多めに魔法力を消費したせいもあって、現在は結構ぐったりしている。


「プラハさん、大丈夫ですか?」


 返事の代わりに欠伸を一つ。ティナもそれで察してくれたのか、これ、元気出ますよ、と栄養ドリンクを渡してくれた。

 なんて優しいんだ。


「ありがとう」


 そう言って早速ぐいっと呷る。少しだけ魔法力を回復させる効果も持っているそれは、瞬時に元気に、とまではいかなかったが、なんとも言えない体のだるさは取れた気がした。


「今日も一日ぐいっと行こう」


 おーっ、と一緒になって手を挙げてくれたティナには感謝してもしきれない感じだった。思わずその頭を撫でてしまう。

 くすぐったそうに身をよじっていたが、段々とほんわりしてくれた。


「さて、今日はどうしようか」


 少し先を歩いていたソフィアが振り返る。先程、モニカとアリスはトイレに行ったので、この話をするならば今が一番だろうと思い、俺は切り出した。


「遊ぶってのもあるが、まずはアリスじゃないかな」


 彼女はあっという間に俺達の中に溶け込んでしまったが、元を正せば本来はこの場所にいない人間なのである。いるべき所はあるだろうし、もしかしたら今頃何らかの形で探されている可能性もあるのだ。


「うむ、そうだな。ただ、僕は急がなくて良いと思うし、逆に急いではいけないと思う」


「なんで? 俺はすぐにでも迷子センターかどこかに行くべきだと思うんだけど」


「あ、プラハさん。それだけは絶対だめです」


 普段は大人しいティナのいきなりの否定に、俺は思わず面喰っていた。まさか彼女の口から否定がくるとは思ってもいなかったからである。


「この国の入国審査って厳しいのは知ってますよね? 昨日調べたところ、入国中他国人リストの中に彼女の名前はありませんでした。だから、今そのような公の場にアリスさんを連れていった場合、強制追放されてしまう可能性があります」


「それにだ、僕の情報では、現在迷い人捜索願いに彼女の名前は無い」


「それって」


 俺は思わず息を呑んだ。

 形はどうあれ、不法入国をしているという事実と、少なくとも半日が経った段階で捜索対象になっていない事実。本来、奴隷は脱走をさせないために、所有者は半日以内に姿を見なかった場合、捜索願いを本国及び隣接国に出すものなのだ。けれど、現状はそれがない。


「しかもです。奴隷のリストに彼女の名前はありませんでした。別のリストになら見つけられたんですけれど」


 嫌な空気が俺達を包み込む。周りはとても賑やかなのに、ここだけが別の空間であるかのように感じてしまう。気づいたら手はポケットの中に入り、きつく拳が握られていた。左手にある紙の感触が、今はどこか心地良い。


「10年前の機械人イングロンド地方の高エネルギー作成場の爆発事故は知っていますか?」


 隣にいるソフィアとともに頷く。いつもはへらへらしている奴もまた、俺と同じような空気を感じ取っているのか、神妙な顔つきをしていた。


「実はその事故の死亡者リストの中に彼女の名前を見つけたんです」


「……え?」


 俺は言葉を失った。死亡者リスト、という単語が一気に頭の中で弾け飛ぶ。一斉に周囲の陽気な賑わいも、風景も、何もかもが感じられなくなっていく。

 頭の中は真っ白になっていた。


「プラハ!」


 その声ではっと我に帰る。目の前にはソフィアがいた。そこから伸びている手は俺の肩を掴み、しきりに前後に揺らしている。


「あ、あ、すまん」


「いや、大丈夫だ」


 何とも言えない気持ち悪さのというか、寝不足の時の不快感のような、そんなどろりとしたようなものが、俺に纏わりついていた。


「すいません。祭の後にお話しすべきだったかもしれません」


「いや、君が謝ることじゃない。それに、君もずっと溜め込んでおきたくなかったのだろう?」


 落ち込むティナを、今日は俺ではなくてソフィアが慰めている。なんだか不思議な光景だった。


「まぁ、そういうわけだ。今の彼女は記憶を失っている。だから僕達も何も知らないことにして、普通に接するのが一番だろう」


「……はい。多分アリスさんはドリフトショックなんだと思います。ですから、じきに記憶は戻るはずなんです。この先はそれから考えるべきなのかもしれません」


 ドリフトショック。長距離転移の際に稀に起こる一種の記憶混乱現象だ。正規のゲートからの入国ではそんなことは起きないに等しいが、無理やり変なルートを通って転移をしたりすると起こりやすい。

 そういえば、アリスが降ってきたのは空からだった。あの時、俺達の上空にゲートが出現した、と考えれば確かに納得がいく。



「おまたせー」


 重い空気の中、能天気な声が響いてきた。モニカ達が戻ってきたのだろう。


「ははは、随分と遅かったじゃないか。もしかして大」


「混んでただけだーっ!」


 吹っ飛んでいくソフィアを見て、俺も少しは見習わなければ、と思った。

 そうだ、今は英雄祭。心の底から楽しまなきゃ損なのだ。


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