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休憩 しばし幕間

 休憩『しばし幕間』


 その後の事を補足しよう。

 龍の一件の後、ノアとケイはアークが吹き飛ばしてしまった風乗り板と剣を探した。広大な森の中、探すのは困難かとケイは思ったが、そこは万法使い便利なものだ、万法使いは万力を感知できるらしく、そしてあの剣はやはり魔剣らしく、剣の万力は見知った万力であるので、割とすんなり位置を特定できるらしい。風乗り板の方は、どうやらそのまま遥か彼方へと飛んで行ってしまったらしいが……まあそれは仕方ない。

 見つけた剣は木に、コースを間違ったスキージャンパーのように、綺麗に斜めに突き刺さっていた。何だか笑えるシュールな光景で、ノアも申し訳なさそうにしつつも笑った。ケイが抜くと剣は恨めしそうに唸った気がした。

 その際、ノアがその剣について尋ねてきた。ケイは事前に用意していた答えをわざとらしくしどろもどろと言った。「君があの龍にさらわれたのかと思って勝手に持ち出してスマナイ」というような内容を。ノアは別に剣を勝手に使った事に怒りも嘆きもしなかったが、別の事には驚いた。

「よく使えたね。『神秘の星骸布』に触れられるなんて。アレは別次元に存在する幕なのに。それに彼自身も人見知りなのに……気に入られたのかな」

 ノアはそう言って、何だか照れたように笑った。その笑みの意味は解らなかったが、ケイは兎に角、剣に対して此度の件を感謝した。「問題ない」と応えた気がした。

 剣はその後、元の倉庫に戻された。ノアはその剣について何も語らなかったが、その扱い方からとても大切にしているだろうことがケイには解った。尋ねてみたい気もしたが……止めた。部外者が入るのは何だか無粋な気がした。部外者……友達になってくださいと言われそれに肯いたくせに、やはり何処か線を引いている自分にケイは溜息をついたが、あまり気安く触れていいものではない気がしたのだ。

 因みに、剣を見つけた後、剣を倉庫に戻す前に、二人はそれぞれの所持品を探した。ケイは元の世界の荷物。ノアは気を失った時に無くした大きな杖。両方とも龍のアークが持っていて、持ってきてくれた。荷物は特に傷ついたり欠けたりした物はないようだった。大したものは入ってないが、戻ってきて嬉しかった。これでも元の世界の品物である、愛着も湧くというものだった。

 また因みに、ノアの語る所によると、ケイの救出劇に付き合ってくれた岩蜥蜴は黒龍の本心に気付いており(というか彼が暴走するのは稀によくある事らしい)、ケイを手伝ったのはノアを助けて欲しいと言うよりも黒龍を一発ブン殴ってほしいから故だったようだ。下手すりゃ物理的に大気に溶けていた所なのだが……ソレを聴いてケイは「一番怖いのは彼奴だな」、とケイは渇いた笑いを漏らした、岩蜥蜴だけに。

 その後家に帰った。

「おかえりなさい」

 とノアが何気なく言うセリフに、

「……ただいま」

 とケイは頬をかきながら応えた。

 帰ると遅い夕食を取った。夕食はサンドイッチのようなものだった。白いバンズにベーコン、チーズ、レタス、トマトなど……っぽいものが色々とあり、作って食べるのが楽しかった。あまりに楽しくて店を開いてしまい、ノアを軽く困ったように笑わせた。他にはコンソメ味のスープや緑色の飲み物があった。パンにスープや飲み物を付けると絶品で、どれも単品でも十分に美味しいものの、組み合わせて食べるとより美味しく違う新たな美味しさがあるのだった。

 その後は歯を磨いて風呂に入った。もしかしたら身体を洗う文化が無いと思っていたがそうでもなく、船には湯がはられてあった。湯船には花びらが浮かべてあり、落ち着くのだが眠って沈んでしまいそうになるのが危なかった。湯につかると一息つけた。知れずと元の世界が恋しくなっていたのか、風呂という故郷と似たような行為はケイの心を慰めた。

 その後はお話の時間。月のような銀の時間。

 温かいミルクにハチミツを。それはとても美味なものだ。それはこの不思議な世界でも変わらない。ノアはコップに入れた温かく白い飲み物に、黄金色の恵みをたっぷり注ぎ込んで持ってきた。森は、昼間は程々に暖かかったものの、夜になると冷え込んだ。そんな中で飲むハニーホットミルクは美味い。幸せが身体を満たしていく。飲み干せば終わってしまう、けれども飲まなければ冷めてしまう。そんな困った一時の、起きながらに味わう夢心地。

 そんな心地を味わいながら、ケイはノアと一緒に色々語った。ケイの世界、ノアの世界。幼い見かけにかかわらず、ノアは中々に博識で、一部にはケイの語りの上手さがあるものの、どんな知識も楽しんだ。ノアの語りは童話か詩人のようでいて、声は夜に溶け込んでいく。それは夜に訪れる月の語りのようだった。

 ふと、ノアが欠伸をした。ケイには静かな興奮があり、まだ眠くなかったが、ノアは規則正しい子どもらしい。ケイにしても自分のせいで夜更かししてもらうのは忍びないので、そろそろ眠ることにした。空のコップを片付けて、ケイは「お休み」といノアに言い、ノアもまた「お休みなさい」と小さく笑って、自分の部屋に入って行った。

 ケイは割り当てられた部屋、二階の空部屋に入った。殺風景な静かな部屋。物置に使っていたらしく、整頓されているものの、書物や雑多な小道具(恐らく商品の試作品)で一杯だった。「他に部屋が空いてないので、取り敢えず、此処に。けど、うーん、居間の方が広いかもしれません。どうします?」という事をノアは言っていたが、ケイは自分の部屋ならキチンと整頓している方が良いのだが、旅行の時分にはごちゃごちゃしている感じが好きなので、この部屋に居着かせてもらう事にした。「あ、けど、あまり」

 ケイは灯りを付けず(電灯はなく、代わりに、日中に光を溜め夜に自然に光る花があった。この世界の生物学者により光る原理は解っているが、何故、その様な原理が在るかは不明。一説には夜に光る事で虫を惹き寄せ受粉を行う)、ベッドに座り、壁に寄り、窓を開け、高い紺色の空を見上げた。そこには小さいのと大きいの、二つの月が見て取れた。銀色の表面が、淡く蒼く光っている。それぞれの大きさは、小さい方はちょうどケイの知っている月と同じくくらいで、大きい方は、何と木星と同じくらいだった。少なくともそう見えな。重力とかどーなってんでしょーね?

 月が二つある。これほどまでに「ここは異世界だよ」と物語るNPCはいるだろうか、いやいない。月が二つあるためには二つの月がラグランジュ地点をどーのこーでなければならないらしい。でも火星には衛星が二つあるらしい。もし月が二つあれば潮汐が上下しまくってヤバいだろう。地震活動や火山活動がヤバいだろう。星の自転速度は遅くなり、一日の長さが長くなり、重力は小さいだろう。狼男はどっちの月で変身すればいいか困るだろうし、お月見団子の用意は忙しいし、夜は明るくてイカ釣り漁が微妙に困るだろう。

「『Toto, I've got a feeling we're not in Kansas anymore』」ニヤりとして言った。異世界であるという事を如実に示す台詞は、これ以上にそうない。「異世界か。いやはや、面白いこともあるもんだ。ケイ、君には今まで読んだ昔の物語を思い出す事を勧めるよ。これからこんな毎日が続くのかもしれないんだ。予習しておいて損はない」

 もしこんな世界に降り立ってしまった場合、落ち着いて避難訓練のさしすせそを思い出し、眼科に行って眼が正常なことを確かめて、メンタルへ行って心の病で無い事を確かめ後、今まで読んだコミックやノベルを思い出しつつ慎重な行動を心がけましょう。※ATTENTION! ただし、この物語にセーブポイントはありません。

 まずはその世界が本やゲームの中かどうかを疑いましょう。本の中ならエルフェンバイン塔に行ってMoonな姫君に会った後、象牙の塔の棚でコインと剣とアウリンを漁り俺TUEEEEしましょう。結果、虚無ります。新しい自分は忘れさせる、昔の自分を。

 そうでない場合、自分が魔法騎士でないかを疑いましょう。もしTOKYOタワーの見学中に召喚されたらモコオリジナルに従ってロボットに乗って格闘しましょう。ただし女性に限ります。

 そうでもない場合、自分が召喚されたサーヴァントでないか確認しましょう。近くに美少女(笑)の魔法使いがいたらチューしましょう。チューですよ、チュー! 結果、俺の左手が光って唸ります。「月がふたつ~消えない空~ありえないコっトっだっよっね~♪」。

 それも不可能な場合ハルキゲニアのテイア神殿に行きアノマノカリス・ナンダコレという神父を尋ねポジトロン木の実を取ってくるおつかいイベントをクリアしたあと童話の国グリムロードにあるエレフォーンいうギルドに入り光の玉と至宝の衣を手に入れたあと世界図書館の舞台裏に行き分類の力を解き放ったあと多時空の渡り鳥レシアの前で「いのちをだいじに」と叫んでケツの穴に危険なフランスパンをADD以下省略。

「とはいうものの、由縁が由縁だけに昔懐かしの転生っていうのもアリか。文字通りの『落ちもの』。『Boy Meets Girl』。『ムーン・ドリーム』に触発されてBOOで前世の仲間探しでもしてみるかなあ?『Save my earth』! 厨二病と言われようがこれはPSIなトキメキを感ぜぬにはいられない。今日から俺もニューエイジャーだ。『クレオパトラだぞ』って感じにね。俺の左腕に静まりし黒い伝説が光って唸るぜ。やあ、何だか楽しそうだなあ、はっはっは。笑えねえ……」

 さっきは突然のメールごめんなさい。私です、キーです。貴方をお慕いしていた妹です。やっと同じソルジア星系の仲間を、それもずっとお慕いしていたお兄様を見つけて、私、すっかり舞い上がってしまったんです。なのに私は、お兄様も私の事を覚えているに違いないなんて思い込んでしまって……本当にごめんなさい。気味悪がられても仕方ないです。けど、お兄様もすぐに思い出します。私も覚醒したのはつい半月ほど前の事で、トゥルー・ドリーム、前世の記憶の夢のことですが、それを見てからです。けど、その前からずっと、朝起きると何時もこう思っていました。「私ってこんな顔してたかしら?」と。間違っていたらごめんなさい。けど、きっと貴方は私のお兄様なんです。その根拠だってあるんです。嘘なんかじゃありません。知らないふりをしなくても大丈夫です。秘密は守ります。頼りになるのはお兄様だけなんです。「奴ら」……父と母と自称するルンダリナ人は今も私達アラ人を敵視していて、生まれ変わりである私を監視しています。ルンダリナやアラとはそれぞれ星の名前で、アラはとても美しい星で、ルンダリナはそんなアラを侵略しようとした悪い星の事です。もうどちらの星もにとっくに滅んでしまいましたが……。友達の中にもルンダリナが何人かいます。だから私、気安くこの事を喋ったりしていません。同じ同士だと確認できた人にしか話しません。勿論、お兄様のことだって。私、別にお兄様と会って何かしようってワケじゃないんです。少しだけお話しできれば、満足なんです。ただ、本当、少し心細くって、とにかく寂しくてたまらないんです。また次の白の日(日曜日の事です)にメールします。本文の最初に「今日は何処に行きましょう?」と書きます。そうしたらお兄様は「月を追って西へ行こう」と返事をしてください。何時もお兄様がイタズラっぽく言っていた言葉です。すぐに思い出します。毎週、白の日にメールします。今すぐ、無理に返事を書かなくてもかまいません。何時でも待っていますから。けど、できるだけ早くだと嬉しいです。でも、できるだけでかまいません。とにかく、私が変な人じゃないとだけ知っておいてほしいんです。私は正常です。可笑しな人じゃありません。私は正常です。嘘なんか言ってません。私は正常です。キチ×イじゃありません。私は正常です。私は正常です。私は正常です。私は正常です。私は正常です。私は正常です。私は正常です。ああ本当に解らないというのですか? 妾の私がこんなに苦しんでいるのに、タッタ一言、タッタ一言、御返事をして下さればいいのです。そうすればこの病院のお医者様に妾がキ×ガイでない事がわかるのですお兄様が返事をして下されば妾の云う事がホントの事になるのですお兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さまモウ一度貴方のお声を聞かしてエ――ッ

「がががががが」混線した。「けどバッグが此処にあるという事は、やはり死んで転生したとかではなく、『First Kissから始まるふたりの恋の』召喚という所なのだろう。どちらにせよ意味不明だが。まあ、俺としては後者の方が良いけどね。己の人生をそんな簡単に無かった事にしたくないし。いや俺が言っても説得力ないけどさ。二度目の人生が在るのなら、簡単にアイキャンフライしないよ、俺は。でも、俺本体が召喚されたっていう保障はないんだよなあ。もしかしたら『ジアース』よろしく量子情報をコピペして出来た存在かもしれない。『どこでもドア』の原理とはなんぞやと。一々元の身体を原子破壊光線でぶっ壊すのってどれくらいの効率性なんだろうか」

 しかしそうだとして、自分は舞台の役者足り得るのか。ここまでお膳立てしておいて、実は呆気なく殺されるただのモブキャラでした、何てのは哀しいぞ。

「でも、何だか懐かしい感じがするよ、この森は。実は彼方の世界の住人は元々コチラの世界の住人だったのだ!、なーんて設定はありきたりだけど……でも、本当、故郷って感じがする。田舎の実家の匂いに似ている。いや、もっと本能的な、動物的な、母や父の腕の中の様な、そういう……ああ、そうか、これが原風景という奴なのかもな。子供の頃の風景。俺はこんな、『帰る場所』を求めていたのかもしれないな」

 だがそう言いつつも、あれだけのビックショーを体験しながらも、未だにピンと来ない自分が居る事を実感していた。二十年張り付いた常識と言う名のレッテルは、なまじ勢いよくはがした分だけ微妙に跡が残っていた。魔法使いなんていませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。奇妙なことに、現実を考えれば考えるほど、現実感が無くなった。ここは本当に現実なのだろうか。自分は本当に眼が覚めてるのか?

 元いた彼方の世界でも、何時も思っていたあの感覚。思考は漠然としてとりとめなく、視界はぼんやりとしておぼつかず、感覚はゴムのように味気なく、何処か浮いている様に茫洋として、自分が何をやっているのかも解らない。もしかして夢の中ではないのかと、蝶が見る夢のように、起きながらにして見る白い夢なのではないのかと……。考えれば考える程、そう思って仕方なかった。……だが、

「ノア、か」夜の森は星降る森(FORESTAR)。星灯りの中で右手を伸ばしその甲を見つめる。指を広げた手は星の形。「欲し」いと星に手を伸ばす。右手は未だ少女の温もりを覚えている。「さてさて、彼女は不思議の国の『アリス』か、『白ウサギ』か、『赤の女王』か、または俺こそがアリスだったり……ま、いずれにせよ。

 良い子だよな。ちょっと天然で、不思議ちゃんだけど。何時も笑顔で、笑顔が素敵で、気立てが良くて、健気で、生活力もある。それに可愛い。うん、可愛い。可愛いってことは大切だ。やっぱ舞台は、華やかじゃないとなあ」

 でもあんまりそうすぎると、俺の立つ瀬が無くなるが。そう思いながら、右手を月明かりに照らしてみる。手を握り、天多の星を掴んでみる。そして、そんな彼女に、色々と酷い事を言った事を思い出す。

「怒鳴って、悪い事しちゃったな。でも、アレはな……学校の卒業式をスッ飛ばされた気分だし……でも、何も知らない女の子に当たるのは、フェミニストでもズルいと思うよ、本当……でも、それくらい、アレは、俺だけの、『ほんとうの幸』なはずだったんだ、誰かに与えられるものじゃなく、自分の手で掴み取る……でも、それはもう過ぎ去った、ならば、今を大事にしよう、新しい星を見つけよう、『Louis, I think this is the beginning of a beautiful friendship』ってね……朝起きたら、改めて謝ろう、けど、きっと、あの子はそんな事を気にしないのだろうけど……それが安心して、少し、寂しい…………」

 彼女が何者なのかはよく解らない。けど、それは何処でだってそういうものだ。クラスで一緒になった隣の席の山田君の性癖がまともなのか、獣耳と首輪を付けて四足歩行で深夜徘徊するくらいヤバい物なのかは、実際に付き合ってみないと解らない。だから、例え彼女が魔女だって、聖母だって、兎に角、彼女と一緒に居てみよう。というか元の世界に戻る手立てがなく、この世界がどんな世界かも解らない以上、居るしかないのだ。

「ま、あれこれ考えたって、今此処でこう考えている事は現実だ。少なくとも、今、此処で、そう感じていることは。まあつまり、今できる事をちゃんとやろうということだ。適度に楽しむくらいが、丁度良い」

 前向きな男だった。そんな彼の愛読書は「銀河鉄道」である。童話の方もSFの方も大好きだ。故に若い男ならば、星の一個や二個爆発する程度では動じたりしないのだ。それがカッコいい男なのだ。そう彼は思っている。そして同時に、以前の彼はそうでは無かった事を彼は知っている。

 実際の所を言うと、自分の事を思い出したと言っても、まだ全てを把握するには霧がかかったように解らなかった。それに思い出したと言っても文章テキストとしてであり、経験エクスペリエンスとしてではない。まるで他人の日記を読んだようなもので、実感としてはほど遠かった。だがそこから察するに、自分は今の様な明るい性格ではなく、クール、というかガンギマリのダウナーだった様だ。それこそ、大声で喚き立てるお遊びやノリでやるデモ行進よろしくファッション・キチガイではなく、静かにだが本気に狂っている社会の闇に隠れて連続殺人を行う者の様な、まるで「人間失格」よろしく晩年は死んだ魚の様な……。

(「晩年」て。だから死んでないって。地面に落ちる前に召喚されたんだ、きっと。それとも死んだ魂の状態から肉体が復元されたとか? それこそファンタジーだが、此処はファンタジー……)と、「考えたって仕方ない」と決めたそばからまた答えのない問いをやっている。どうやら自分は、如何にも頭でっかちな奴らしい。(頭が重すぎて、机上の空論も落っこちるか? 而してその中身は空っぽなエンプティ・ダンプティの理論武装……ハッ、皮肉屋なのは変わらんか)

 今自分が飄々と陽気でいられるのは、それが何処か他人のように思えるからだろう。それとも本当は辛いのを誤魔化して、自分でも気付かない内にお道化を気取っているのだろうか? それなら、大した防衛機制だ。我は忘却。汝が敵。如何なる神話の剣も是を殺しきる事は叶わず、如何なる想像の盾も是を防ぎきる事は叶わない。だが恐れるな。我は汝。最後の敵にして最後の救い。我は舞台を夜する虚無(Nichts)……なんて。

(ま、とにかく明日から頑張ろう。そのために睡眠だ。さっさと寝……うわ何このベッド凄え良え)思っているよりも今回のことで疲れたのか、直ぐに睡魔が襲ってくる。(眠くなるなど久しぶりだ。今までは妥協で寝てたから。それだけ、マジになれたという事か……?)

 それ以上の思考は続かない。ただ脳の命令のままに瞼を閉じて身体を休めた。

 お父さん、お母さん、妹よ、弟よ、ハウアーユー? お兄さんももう一人の僕も最高に「ハイ」って奴です。ちょっと行方不明になるけど探さないでやってください。大学の単位を落とすけれど怒らないでください。不可抗力って奴なんです。ええ、パンをくわえて「遅刻遅刻」ってやると曲がり角で女の子とぶつかって下着がイヤーンするアレなんです。いやホント。ちょっとした主人公気分です。これからドッキリイベントが起こるかと思うと、オラわくわくしてきます。いやホント、帰ったら「伊達にあの世は見てねぇいぜいっ!」って決め顔で言いますから。だから生易しい眼で見守っていてください。息子の幸せを願うお父さんお母さんなら、きっと解ってくれるとぼかあ信じておりまする。ともかく私は元気です。だからそちらもお元気で(BGM『やさしさに包まれたなら』)。

 追伸:妹よ、弟よ、お前が言うなというかもしれませんが、俺の後を追うのはお止めなさいよ? 親を心配させるものではありませんから。少なくともちゃんと話し合ってからにしましょう。手紙を遺すだけなのは駄目よ? 僕はそんな女々しいこと描かなかったね。いや別に描きたい事が何も無かったからとかいざ描こうとしたら何も思い浮かばなくて絶望したとか休みの日記の宿題みたいに「特になし」しか思い浮かばなかったとか絶望とか不幸とかを通り越してもう何もかも億劫で面倒で何かを遺す気力も無かったとか決してそういうわけでなく「何もかもみんな愛してる」っていうか「気安く愛を口にするんじゃねェ」っていうか何というかホントだって……まあとにかく、迷惑かけてもいいがガッカリはさせるなよ。それでは、また。God be with you.

 遙かなる兄より。



 ――――――幕間・終

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