SA 0-5
「ふたみん、今日は、一緒に帰ろうよ!」
放課後、靴を履き替えているときに声をかけてきたのは、瑛梨奈だ。
彼女は情報処理部に所属し、私は、陸上部に所属しているのだが今日はたまたまお互いの部活動が休みだったのだ。滅多に一緒に下校することは無いので、瑛梨奈が誘ってくれたのは素直に嬉しかった。
瑛梨奈が「早くしてよー」と急かしてくるので私は、忘れ物がないか手早く確認して彼女と共に学校を出る。
瑛梨奈の家は、町の高台のほうにある豪邸で私の家からは結構離れている。
でも今日は「久しぶりの一緒に下校だから」という理由でわざわざ遠回りをしてくれた。
夕焼けを背に歩きながら昨日のTVの話や、部活動での出来事など瑛梨奈はマシンガンのように次から次へと話題を出しては、笑顔で語りかけてくれるのだ。
そんな彼女をみながら私は、ふと彼女に出会った日の事を思い出していた・・・。
~Episode of 琉夏 #1~
<それが私と彼女の出会い>
私が、彼女に出会ったのは中学校の入学式だ。
その1か月前に両親を事故で亡くしていた私にとって学校に行くことは苦痛以外の何物でもなかった。
目は虚ろ、口を開くことは無い。聞く耳すら持つことができなかった私に話しかけてくれる人などいないと思っていた。そんな時だった。
「ねえねえ、二見さんの隣座っていいかな?」
不意に言葉をかけられる。驚いたが声は出ない。無視しよう。私には関係ない・・・。
「ねえってば!もう元気ないなぁ。とりあえず私は五堂瑛梨奈です!よろしくね!」
無視を突き通す私に対し、彼女はやや怒ったように、でもどこか優しさのある自己紹介をしてくれた。
「あなたは、ふたみ・・・、んーと名前はなんて読むの?るか?」
「・・・・・」
黙っていてほしかった。私に構ってほしくなかった。どこかに行ってほしかった。私を置いてどこか遠くに行ってしまった両親のように。
そう言葉にできたらどれだけ楽になれただろうか。
この時の私は、両親を失ったショックとストレスで失語症になり言葉を失っていたのだ。
私が黙っていると啖呵を切ったように瑛梨奈が口を開いた。
「だんまりだなぁ。じゃあもういいや!今日から君をふたみんと呼ぼう!いいよね、ふたみん!」
今でも忘れることは無い。その時の彼女の表情は、太陽のように眩しい笑顔だった。
入学から一か月が経ち、クラス内にも仲のいいグループが出来ていたりと入学当初の変な緊張感はなくなっていた。相変わらず私はクラスの中でも浮いた存在で、相変わらず私に話しかけてくるのは五堂瑛梨奈だけだ。
いつのまにか私のお世話係なるものまで出来上がり、もちろん担当は瑛梨奈になっていた。
「ふたみん、ご飯食べよー、今日は私が多めに作っちゃったからこれ食べて!」
声が出せずコミュニケーションが取れないこの頃は瑛梨奈に身を委ねていたので、彼女伝いではあるが人の話を聞くことが出来るまでに回復できていた。が、その時だった。
「なぁ、二見、お前なんでしゃべんないんだよ!五堂がこんなに頑張ってるのにさ。ちょっとは、五堂の気持ちにも答えてやれよな!」
クラスの男子がお昼ご飯を食べようとしていた私たちの方に向けて何の脈略もなくそう言ったのだ。
それに便乗して1人の女子が呟く。
「私もそう・・思います・・。五堂さん、かわいそうです・・。」
突然の事にクラス中がざわめきだす。
どうしてそんなこと言われなければならないのか。
私は面倒を見てほしいなどと頼んだ覚えはないというのに。
私だって言葉にして表したいことだってたくさんあるというのに。
どうして、どうして、どうして・・・
「あのさ、私、ふたみんのこと好きになりたいんだよ。もちろんみんなのことだって。だから特別扱いなんてしたくないし、普通に接したいんだ。ふたみんのご両親が亡くなってしまったのも知ってるし、その影響で言葉を失ったのも知ってる。ふたみんは、今強くなろうとしてるんだよ。人より時間がかかっちゃうだけでさ。もう少しだけスタートラインで待ってあげて。私からのお願い!」
それまでざわついていたクラスが静寂に包まれる。放送部によるお昼の放送だけが教室に響いていた。そんな静寂を切り裂いたのは、やはり瑛梨奈だった。
「さて!みんなー、お昼は短いよー、はやく飯食えー!」
「お、おう。そうだな。なんかいきなり悪かったな、二見。ゆっくりがんばれよな」
申し訳なさそうに頭を掻きながら事の発端になった彼が謝る。また彼に便乗して少し控えめな性格の彼女が続く。
「二見さん・・、ごめんなさい・・、今度は私も一緒にご飯食べたいな。」
瑛梨奈の一言で普段の活気を取り戻したクラスの中で私だけが静寂に取り残される。
ふと瑛梨奈をみると彼女はやはり笑っていた。
「ふたみん、今日は一緒に帰ろうか?」
私は頷く。世界がほんの少しだけ広がった気がしたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ふたみん!ねえ、ふたみんってば!自分の世界から帰ってこーい!」
瑛梨奈の呼びかけに私は、我を取り戻す。この間瑛梨奈が話していたことは全然聞いていなかった。ただ彼女はそんなこと気にしないのだ。
「あっ、ごめんごめん。考え事してた。」
気が付くともう私の家の前に到着しているではないか。もう周りは薄暗くなっている。
「じゃあ今日もふたみんを無事お届けしたということで五堂帰ります!」
「うん、ありがとう瑛梨奈。一緒に帰れて良かった。帰り大丈夫?」
「五堂家のボディガードをなめちゃいけませんぜ~!じゃ、また明日学校でね!」
そう言って、瑛梨奈は来た道とは逆の方向に駈け出して行った。
振り向きざまに彼女は私に向けて『瑛梨奈も一緒に帰れて嬉しかったよー!』と叫んだ。
私は大きく手を振って彼女に答える。
そういえば私が声を出せるようになったのも瑛梨奈が居てくれたから、なんだよね。
私と瑛梨奈に起こった出来事、そう、あの時私は必死だったんだ。
遠くなっていく親友の背中を眺めながら、私はまた昔の事を思い出していた。
ひゅぅーっと冷たい風が吹く。
「うぅ、ちょっと寒くなってきたなぁ」
5月と言ってもこの時間帯はまだ肌寒い。ふぅ、と一息ついて、誰もいない我が家の扉を開き
ただいまと呟く。
今日は、朝からいろいろあったけど楽しい1日だったと思えた。
そうして今日も長い一日が幕を閉じていく・・・。




