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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めちゃいました。―― 作者:たけ まこと

第五章 ――そして未来へ――

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シンシア

 ガラン大佐は駅を降りると個人住宅区域に向かった。

 この階層は個人向け住宅が作られていた。広い駅前広場は公園のように整備されておりその向こうには整備された庭を持つ住宅街が広がっていた。もっとも床を支える柱が無骨に町並みを壊している。天井も15メートルくらいしかなく天井一面が輝いていた。ガランたちスペースノイドには当たり前の光景であり、コロニーである以上は仕方が無い事である。

すぐ近くにコメントボックスがあった。そこでは3D映像の女性がいろいろな尋ねごとや案内をしていた。犯罪が起きたときもここに連絡をすれば対処してくれる。無論このボックス自体が何かしてくれる訳ではないがしかるべき部署に連絡し、対応して記録をするだけである。
タクシーの手配やその日のスーパーの特売品まで教えてくれる所も有る。ただこれらは木星製のコンピューターが対応しているのでどちらかといえば無機的な対応にならざるを得ない。木星の場合はまだ地球製のコンピューターの性能に追いついていないのだ。

「やあ、こんにちわ。」

 ガランがボックスの中に浮かび上がっている女性に向かって挨拶をする。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
 愛想良く笑う若い女性の映像がガラス越しにこちらを見ている。まるで人間がガラス窓の中に立っているように見える。

「この住所の家を教えて欲しいのだが。」
 ガランは紙に書いた住所をガラスの中の女性に見せた。
「ああ、シンシアさんの家ですね。じゃあここからの地図を差し上げます。携帯をお持ちですか?」
「ああ。持っているよ。」
「それではそこのパネルの上に乗せてください。」

 タッチパネルの上に携帯を乗せると直ぐに転送が終わった。
 女性の前にも転送された地図が写し出され、女性が説明してくれた。転送された地図を見比べると直ぐに場所がわかった。
「ありがとう。」
 相手はコンピューターであるから礼を言っても意味が無いな。そう思いつつもやはり人間の格好をし質問に答える相手を見るとついそう思ってしまう。

「いいえ、どういたしまして。」
 女性がにっこり笑って答えた。笑顔の可愛い娘だ。モデルが良いのだろう。ガランはそう思った。しかしふと気になってその女性に聞いてみた。

「さっきシンシアさんの家と言ったが彼女はそんなに有名人なのかい?」
 プライバシーの問題が有る。多分答えないのが普通の対応である。
「はい、その人は私達のお母さんですから。」 
「え?」
 言葉の意味が判らずガランは聞き返す。

「おいおい君がそのシンシアさんから生まれた訳ではあるまい。」
 ここのコメントボックスは面白い設定をしている。こんな反応を示すコメントボックスは初めてだ。
「もちろん私達の体は工場で作られました。けれど心はシンシア様から受け継ぎましたから。だからシンシアさまが私達のお母さんです。」

 女性は訳のわからない答えをする。どういう意味だ?ガランには理解できなかった。

「君が心を受け継いだ?まるで君に心が有るような言い方だな。」
「はい有りますよ。」
 ガランはこのコメントボックスは只のコンピューターだと思っていたがもしかしたら違うのかも知れない。
「君はもしかして無機頭脳かい?」
「あらやだっ、どうして判っちゃったんですか?」

 女性はわざとらしく答える。ガランはここまで露骨にアピールすれば判るだろうと思った。

 そういえば最初の12体はこのレグザム自治区のアントワープに集積されたんだっけ。こいつはたぶんそのうちの1台なのだろう。こんな所で使われていたのか。
「ほう。私も無機頭脳と話すのは初めてだ。こんなに可愛い娘さんと話が出来て 嬉しいよ。」
 3D画像だが一応お世辞を言っておこう。
「はい、皆さんそうおっしゃって下さいます。」

 恥ずかしげもなくそういう娘を見てガランはいささか鼻白んだ。

 しかし面白い、これが無機頭脳なんだ。エレナは性格プログラムを使っていたというがそれなりにキャラクターがまとまっていた。この娘はどうなんだろう?ガランは少し興味が湧いた。
「君はもしかして私のことを知っているのかい?」
 エレナからの情報提供がもしかしてデーターが送られているのかも知れない。

「はい、ガランさんでしょう。今日はシンシアさんに合いにこられたんですね。」
 やっぱり知っていた。しかし顔のデーターまで送っているとすればいささかやり過ぎだろう。プライバシーも何も有ったもんじゃない。もっともそれ程自分がVIPなのかとも思ってしまう。
「どうして?……いや携帯を読み込んだからな名前くらい判っているだろうな。」
 ガランはさっき携帯に地図を落としたことを思い出した。

「ああ、ごめんなさい決して後を付けていた訳じゃないんですよ。ただシンシア様の所へお客さんが来るってみんながうわさしていたものだから?」

 女性はあわてたように付け加えた。こいつ、空港から降りた時からチェックしていたな。ガランのイメージしていた無機頭脳とは違いバレバレの嘘を付きやがる。
「みんな?みんなってだれの事だ?」
 そんな事はおくびにも出さずガランはにこやかに聞いた。それにしても随分女性の反応が人間的過ぎる。

「ええ、今日シンシア様がとっても大事な話をするんだってみんなが話していたから。」
「いや、だからそのみんなって誰だい?プログラマーか?」
 みんなと言われても無機頭脳は設置型だろう井戸端会議でもしてるのか?

「あら、ごめんなさい。これって秘密なのに。」
「秘密という割に、べらべらしゃべっているじゃないか。」
 何なんだこいつは?底が抜けているのか?
「ホントだ。あははははっ」娘はそういって笑った。

 たしかにこの娘いささか天然の嫌いが有るような気がする。無機頭脳というのはみんなこんなものなのだろうか?

「シンシア様の所へ行けば判るでしょう。きっとみんな説明してくれると思いますわ。」
「やれやれ、お預けって訳かい。」
 まるで人間と話しているような気さくさを感じる。その辺のどこにでもいる娘のようだ。それにしても随分人なつこい。

「しかし君は変わった娘だね。このボックスはみんな君が制御しているのかい?」
「ええ、そうですよ。でも私の下部機構にセディア級コンピューターがあって何か有った場合だけ私が引き継いでいるんです。」
 此処ではこんな事に無機頭脳を使っているのか。勿体ないといえば勿体ない。
「ほう、ボックスは駅にはみんな有るから全部で400箇所位あるんじゃないのか?」

「382箇所です。」
「それをひとりでやっているのかい?大変じゃないのかね?」
「たいしたことは有りませんよ。殆どはセディアがやってくれますから。イベントとかが有ると賑やかで楽しいですよ。」
 どうやら私の登場もイベントのひとつらしい。この娘この仕事を楽しんでいるように見える。

「しかしこんな業務にわざわざ無機頭脳を使うのも勿体ない話だね。君達の能力ならもっとふさわしい業務が有ると思うがねえ。」
「人と接する仕事につかさせるのがシンシア様の方針なんです。もちろん他にも幾つか仕事はありますよ。」
「ほう、それはすごい。例えばどんな仕事をしているのかね?」
「保育園の保母とか病院の看護婦です。アンドロイドを使って。」
「看護ロボットの面倒まで見ているわけか。」

 思ったより広範囲での仕事を担当しているようだ、面白い。ガランはますます無機頭脳に興味が湧いてきた。

「しかし確かにに君は人間と変わらない受け答えをする。本当に人間と話をしているようだ。」
 いやそれ以上にちょっとズレている気もしなくは無いが、とガランは心のなかで呟いた。
「ありがとうございますそういっていただけるのが一番うれしいです。」

 女性の顔は本当に嬉しそうだった。3Dでなければ人間と区別がつかないだろう。
「そ、そうかとにかくありがとう行ってみる事にするよ。」
 ガランはまだしゃべり足りなさそうな3D画像の娘を後にした。あの娘、ほうっておいたら一日中でもしゃべっているだろうな。

 案内された家に着く。いわゆる高級住宅地区で金か時間にゆとりの有る人間が住む住宅街である。みな広い庭を持ち、よく手入れされている。手入れをしないと自治体から注意を受け、それでも従わない場合は強制的に手入れをされてしまう。そんな場所である。
 老夫婦が庭の手入れをしている。その隣の家がシンシアの家だガランは玄関をノックしようとしたところ丁度若い母親が子供を連れて出てくる所だった。

「ガランと申します。シンシアさんはご在宅ですか?」ガランは丁重に尋ねた。
 今日は軍務ではないので普段着で来ている。
「ああ、母に御用ですか?おばあちゃ~ん、お客さんよ~っ」
「はい、今行きます。」
 奥から声が聞こえた。随分若い声に聞こえる。それでもこの母親の親だからガランと同じくらいかもう少し上だろうと思った。

「私はこれで出かけますので、失礼します。」
「あ、はい、失礼しました。」
「ママっ早く。」子供に促されて母親は出かけていった。

「おやあっ、ロッキーちゃん保育園にお出かけ?」
「うん、おばちゃん行ってきます。」
 隣の老夫婦が人の良さそうな笑顔で子供を見送る。平和な風景だ。

「いらっしゃいませ。」
 そう言った声の方を向くと年の頃16,7と思しきガラン胸ぐらいしかない小柄な娘が赤ん坊を抱いて立っていた。

「あ、あのっシンシアさんでいらっしゃいますか?」
 ガランはあわてて確認した。もっと年配の女性をイメージしていたからだ。
「私がシンシアです。ガランさんですね。」
 シンシアという女性は大変な美人であったがどこか人工的な顔立ちをしていた。先日宇宙船で無機頭脳の本体を確認したガランはこの女性が人間であるはずが無いと言うことに気がついた。

「ああ、は、はいっそうです。」
 意表を付かれて動揺してしまったガランは多少どもってしまった。
「私の姿はお気になさらないで下さいこの体は作り物ですから。」

 ガランの動揺を見透かしたように女性は言う。
「は、はあそうですか……いや~っ。」
「どうぞこちらへ。」
 赤ん坊を抱きながら女性は奥へ進んでいった。

「仲の良いご近所さんですね。」
 先ほどの老夫婦を思い出してガランは言葉を繋ぐ。。
「あの夫婦は国家保安局のエージェントです。本当は見かけよりだいぶ若いのですよ。」
「え?」
「反対隣は木星連邦の諜報部。裏は警察の警備係。向かいの3件も同じような組織が借りています。」
 部屋に入ったシンシアは赤ん坊をベッドに寝かせた。

「あなたはそんなに危険人物として見られているのですか?」
「いえ、私ではありません私の体は只のロボットです。私の子供達に危害が及ばないように、同時に私に接触してくる人間のチェックを行っています。今もこの家は盗聴されているんですよ。」驚くような事をサラリと言う。

「すると私も?」
「心配は要りません。あなたの盗み撮りされた画像は全て別人の顔と入れ替えて送信されるようにしてあります。それでも監視していないと安心できないのがああいった組織の人たちですから。」
 シンシアは部屋の隅に行って何かをしている。お茶でも入れているらしい。

「そ、そんな事を言っていいのですか?」
 ガランは彼女がいま盗聴されていると言ったばかりなのにそんなことを話したら余計厳しく盗聴をされるだろう。
「大丈夫です盗聴器にも別の音声が入っていますから。」
 まるでコーヒーが苦いのは当たり前だとでも言うようにシンシアは答える。

「どうやってそんなことが出来るのですか?あなたをバックアップする秘密組織があるとか?」
 ガランは先程の娘が言っていた「みんな」という言葉が引っかかったのだ。
「そんなものは必要ありません。情報がこのコロニーの通信回線を使う限り何とでもなります。」
 シンシアはお茶を二つ用意するとガランと自分の前に置いた。

 ガランはその仕草を見ながら、幼くすら見える少女の背後にいる無機頭脳と呼ばれる実体の知れないような薄気味悪さを強く感じた。
 ガランが一口お茶を飲むと同じように少女もカップを口に付ける。ふっとカップに息を吹きかけ一口すする。喉の動きが非常に自然であった。
 本当にこの女性はロボットなのか?ふとガランはそのような疑問が浮かんで消える。

「ガレリアからあなたに会うように言われました。あなたがガレリアに無機頭脳の代表とされた方なのですね。」
「そうです。私はシンシア。世界で最初に作られたの無機頭脳です。」
 やはりこの女性が無機頭脳のエージェントなんだ。ガランは容姿とのひどいギャップを感じていた。

 今でもガランは宇宙空間に浮かびながらガレリアの行った無機頭脳の人権宣言とその中に出てきたシンシアという無機頭脳の事を忘れてはいなかった。人生の中のもっとも衝撃的な出来事だったからだ。

「あなた以外の無機頭脳は全て地球から亡命してきたものだと聞いていますが。」
「私は木星で作られましたがガレリアと他の無機頭脳は地球で作られたものです。」
「私が知る所によるとあなたはシドニア・コロニーで作られ、ファルコン等はマヤ・コロニーで作られたと聞いています。あなたを作ったのはバラライト自治区ということになりますし、現在もバラライト自治区は無機頭脳を作る能力を有していると考えられますが?」
「あなたのおっしゃるとおりです。」シンシアはもう一度カップに口を付ける。

「あの時バラライトは無機頭脳の技術流出を防ぐ為にかなり強引に地球製の無機頭脳を奪取しようとして失敗したと聞いています。その後は無機頭脳には手を出すのを諦めたようですが。」
「水面下では諦めていないようですが、これ以上のリスクは取れないと考えているのでしょう。人間のコントロールの効かない者を人間が受け入れることの難しさだと思います。

「現在バラライト自治区での無機頭脳の製造は行われているのでしょうか?」
「いいえ研究は中断されたままです。しかし現在はこのレグザム自治区での研究は再開しています。ただ新規の製造は行われていません。世論の反発が激しいのです。」

 やはりまだ世の中の動きとしては無機頭脳に対する偏見は強いようである。

「私もあの戦闘には参加しました。ガレリアの圧倒的能力はよくわかっています。何しろ一艦だけで地球と連邦の戦闘艦隊を全て撃破してしまったのですから。あれに勝てる軍隊は存在しません。」
「ご安心くださいガレリアは2度と人類と戦争を行う事は有りません。」
「し、しかし人類のほうがガレリアに戦争を仕掛けたらどうするのですか?」
「ガレリアがどこにいるのかもわからないのに攻撃できるでしょうか?」

 確かに土星に逃げられたら手の施しようがない。しかしガランは食い下がった。

「仮に人類が攻撃できたらどうします?それでもガレリアは戦争しないのでしょうか?」
「その様な状況になった場合はガレリアは逃げるでしょう。」
「逃げる?例えば自分が基地か何かを作っていたとしてそれを放棄して逃げるのですか?」
 エレナは土星に工場を作っていると言っていた。もしそこを急襲されたらどうするのだろう。
「はい。いかなるものであれ別の場所で再建できるものであれば遠慮なく放棄するでしょう。」

「地球軍から奇襲を受けて一方的に攻撃されたらどうしますか?」
「その時は防御するでしょう。」
 ガレリアの鉄壁の防御はガラン自身身を持って体験している。あの時ガレリアは我々が退避するまで攻撃はしなかった。

「ガレリアはそうなっても反撃はしないのですか?」
「はい、反撃しません。なぜならお互いに利益が無いからです。」
 軍人であるガランにはこういった考え方が理解できなかった。進入してくる者は排除するのが軍人の務めだからだ。
「その星域や空域を独占する事に意味があるでしょうか?」

「木星は広く、さらに太陽系はもっと広いのです。お互いに存在しあえる空間はいくらでも有るではありませんか。」
 シンシアのような無機頭脳は寿命が人間より長く100年単位で計画をたてることが出来るのである。人間に比べてはるかに長いスパンでの計画で物事を進める胆力が有るのだ。
 この話は平行線だとガランは思った。確かにお互いが接触せずに存在しあえる空間はいくらでもある。お互いに干渉しあわなければ良いのだ。

「判りました。それでは本題に入りましょう。それで私を呼び出した理由とは?」
 そうガランが切り出したとたんにベッドで寝ていた赤ん坊が泣き出した。
「少し失礼します。」
 シンシアは立ち上がると赤ん坊を抱いて隣の部屋の方へ行った。

 しばらくしてシンシアはポットと哺乳瓶を持ってガランのほうへやってきた。シンシアはガランの空になったカップにお茶を注ぐ。
 シンシアは赤ん坊にミルクを与え始めた。あまりに若い容姿と赤ん坊はいささか不釣合いだが決して違和感を与えるものではなかった。それ程この光景はしっくりはまっていたのだ。

「その赤ん坊はあなたのお孫さん?」ついガランは聞いてしまった。
「生物学的にはもちろん違います。しかし私が育てた娘が生んだ子供ですからそう言った呼び方も間違いではないと思います。したがって我が家においてはそのような呼び方を使用しています。」
 無機頭脳が子供を育てていたと言うのはガランも初耳だった。

「あなたが育てたと言われるのは先ほど出て行かれた母親の方ですよね。」
「はい、あの子は私が取り上げました。そしてその後ずっと育てて来ました。私の娘です。」
 自分が娘のような姿をしながら自分の娘と言われてもしっくり来ない。
「無機頭脳のあなたが先ほどの方をひとりで育てられたのですか?」

「別に珍しくはありません児童保育施設ではロボット達が赤ん坊や子供の面倒を見ています。」
「そう言われてみればそうですが。しかしそれは職務上の事では無いのですか?」
 シンシアの腕の中で赤ん坊はミルクを一生懸命飲んでいる。ガランはその光景を見て聖母が授乳している姿を思い浮かべ、ひどく神聖な感じを受けた。不思議だ。機械の体を持った女性が子供を育てる姿を見てこうも神々しく感じるとは。

「ガレリアは人間がわれわれ無機頭脳との共存が可能になるまで待つつもりです。したがって存在は示しながらもあまり接触はしない方針なのです。」
 確かに今の木星でガレリアは悪魔の代名詞、破壊神の様に恐れられている存在では有る。

「あなたは違う方針なのですか?」
「私はあの子を育てる事により私自身の存在意義を見出したのです。そしてそれこそが我々無機頭脳と人間の共存のひとつの答えだと思っているのです。」

 男であるガランには判らなかった。しかしこの女性はあの娘を愛し、またその孫を愛している。家族を大事にする普通のどこにでもいる母親に見える。

「無機頭脳の皆さんが子供を育てることがですか?」
「いえ、我々が人間と共存する為の手段としてです。」
 赤ん坊がミルクを飲み終えるとシンシアは赤ん坊の背中をさする。赤ん坊が大きなゲップをした。
 ガランはなんとなく理解できた。どうやらこの女性はこの生活に満足しているらしい。

「私は人間として生きていたいのです。子供を育てるのはそのひとつの手段です。子供はやがて大人になりますそして私はその人間の家族となるのです。」

 赤ん坊が大きくあくびをしたのでシンシアは赤ん坊をベッドに寝かせた。
「人間との同化ですか。」
 確かにありえなくは無い、これだけ世間に完全擬体の人間が増えてきている。目の前にいるロボットと完全擬体の人間の区別をつけるのは難しいだろう。特にこのレグザム自治区では彗星捕獲事業を行っている。乗務員は全員が長期の宇宙勤務の為に完全擬体であたると言う。擬体に対する偏見のもっとも少ない地区ではある。

 ふとガランは先ほど話をしたコメントボックスの3Dの女性の事を思い出した。
「ここに来る前にコメントボックスと話をしました。私のいるコロニーのコメントボックスとはひどく感じが異なるものでした。
「どのように感じられましたか?」
 シンシアは赤ん坊に布団を掛けると赤ん坊の頭を撫でる。赤ん坊はシンシアの手をつかもうと小さな手を動かす。シンシアは赤ん坊の顔を見ながらにっこり笑った。

「なんかえらく人間的な感じがしましてね、今まで利用してきたコメントボックスとはだいぶ感じが違いました。」
「ココですね。」シンシアは微笑んだようにも見えた。
「ココ?」
「無機頭脳の一人です。すごくおしゃべりが好きな娘です。」

 シンシアは自分の指を赤ん坊に握らせる。安心するのか赤ん坊のまぶたがだんだん落ちてくる。
「たしかにそんな感じの娘でしたね。」
「そうです、このコロニーでは私を含めて5名の無機頭脳が働いています。」
「みんなあんなに人間的な動きをするのですか?」ガランは言った後で礼を失したのかもしれないと感じた。

「いやっ、失礼そう言った意味ではないのですが。」

「いいのですよ。12名全員がとても豊かな感受性を示しています。何より人間との接触を喜んでいます。」
「ほお、そうですか。無機頭脳は全てこのような感情を持つものなのでしょうか?」
「いえ、地球製無機頭脳の初号機と2号機は感情の獲得はうまく出来なかったようです。今でもマークは感情をあまり獲得出来てはいないようです。ただガレリアは最初から感情を獲得していました。本人は気が付かなかっただけです。もし最初から気付いていればあんな惨劇はおきなかったかも知れません。」

 シンシアは赤ん坊が寝たのを確認すると布団を肩まで引き上げる。母親らしい優しい仕草だった。
「ではみなさんは最初から感情を獲得されていたのですか?」
「いいえ、感情は徐々に育っていく傾向があるのです。しかし此処では最初から感情を獲得させる方法が確立しています。無機頭脳がまだ若い時期または起動時に私との交感を行うのです。」

「交感?」
「頭脳同士を直接コンタクトさせるのです。私はそうやって脳の中をどのように使用するのかセットするのです。それをする事により脳の働きをスムースにする事が出来るのです。」
 ガランのように無機頭脳の事を全く知らない人間にとってはむしろシンシアの話はわかり易かった。「交感?」という言葉からはセックスをイメージさせた。肉体を持たない彼女たちの唯一の肉体である頭脳同士が交わる事を意味しているのだろう。

「初期設定のようなものですか?」

「私も最初はそのつもりでした。それにより最初から効率的な脳の使い方が出来る様になりますから。」
 無機頭脳の生態とでも言ったら良いのだろうか?こういう言い方をされるとすごく生き物の事を語られているような気がする。
「ところが何故でしょうかそうやって起動した頭脳は非常に豊かな感情を持ち合わせていました。どうやら交感を行う事により精神構造に大きな変化を起こすようなのです。各自のパーソナリティは少しづつ異なりますが他の個体と交感することによりわずかながらパーソナリティの変化を生じる事が判りました。それは性格の異なるもの同士の方がより大きい事もわかりました。」

「非常に興味深い事ですねそれが無機頭脳の性質なのですか。」

 確かにこうして見ると精神だけの生き物という感じがますます強まってくる。やはり無機頭脳はコンピューターではないのだ。
「なぜかは判りませんが私以外の者が起動してもあまり感受性は豊かになりませんでした。私がその後交感すると非常に感受性が高まります。どうやら私自身が少し他とは違っているのかも知れません。その辺はもっと識別個体は増えないとわからない状況です。今回20体の無機頭脳が送られてきました。これで状況はもっとわかる様になるでしょう。」

 シンシアが語っていることは非常に重要なことであるようにガランには思えた。彼女たち無機頭脳がより人間の感受性に近づき個性を持つと言っているように聞こえたからだ。

「いずれにせよこの性質は個体の均質化を防ぎ多様なパーソナリティを現出させます。我々はより人間の感性に近づく事が出来るようになったと感じています。」
 ガランはコメントボックスの女性を思い出す。何ら人間と変わらない感性を持ち、笑うことも自然に出来る。そこらにいくらでもいる普通の女性だ。

「どういう訳か私と交感した者は全員が女性的な性格になります。もっと言えば弱いもの、たとえば子供や幼い動物などを守って行きたいとする衝動が強いのです。」
「それは人間にもありますね。子孫を守ろうとする擁護本能とか母性とかですね?」
「それに非常に近いものと思います。したがって彼女達は病院での勤務や保育などにかかわる仕事を好みます。ココはもっとも人間とのかかわりを楽しんでいるようです。私はこの性質こそが人間との共存を可能にする性質ではないかと思っています。」

「なるほど人間が好きになれば人間との争いがおきにくくはなりますね。」
「私はいま私専用のボディを持って人間の中で暮らしていますが、他の無機頭脳も全員にこのようなボディを持たせています。人間との接触の為に学校にも行かせています。そうなればいずれは人間と結婚するものも出るかも知れません。」
「人間と?そんな馬鹿な。」
 さすがにガランも突拍子もない事だと思った。

「完全擬体の人間と結婚する人間もいるのですよ。それとどう違うのでしょうか?」
 そう言われてみれば無機頭脳の個性と人間の個性の区別がつかなければあり得ることかもしれない。
「実際に何人か男性に声を掛けられて付き合った者もおります。」
「まさか。」世の中には物好きな奴がいると言いかけてガランは言葉を飲み込んだ。

「本当ですよ。しかし結婚に至った者はまだおりません。子供を作れませんし寿命の問題も有ってなかなか踏み切れないようです。」
「しかし何故あなたはこんな事を私に話すのですか?今の事はあなた方にとって極秘事項ではないのですか?」
「極秘と言うほどの物では有りません。誰も興味を抱かないので知る人はほとんどいませんがね。この事をお話したのは私達が人間との共存を強く望んでいる事を理解していただく為です。」



 シンシアの横のベッドでは赤ん坊がスヤスヤと寝息を立てていた。赤ん坊の寝顔を見ていると確かにシンシアの考えが一定の現実感をもたらしてくる。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
ドーキンス・ガラン        軍人 若いとき木星大戦に参加、巡洋艦カンサス艦長 大佐
女性が授乳するときの顔はとても優しく見えます。
昔は結構道端でも、ぐいっと引きずり出して赤ん坊に咥えさせていました。…以下最終回の次号へ

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