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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めちゃいました。―― 作者:たけ まこと

第一章 ――誕  生――

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ダッド

 数ヶ月も経った頃マリアは突然後ろから呼び止められた。

「マリア?マリアちゃんじゃないか。」
 男にいきなりちゃん付けで呼び止められ背中に悪寒が走った。この声は?
 振り返ったマリアの前にめがねをかけた太った男がニヤニヤしながら後ろから走ってくる。

「久しぶりだねえマリアちゃん、ハイスクール以来じゃないか。」
 悪寒はさらに激しさを増し背筋からザワザワと寒気がはいのぼってきた。直ぐにでも駆け出してこの場から消えてしまいたい衝動にかられる。
 マリアの所までかけてきた男はゼエゼエと息を切らしてまるでまるでマラソンのゴールに付いたばかりの選手のようであった。

 この男の名はダッド・チャフィー。

 ハイスクール時代のクラスメイトだった。コンピューターに驚くほど詳かったが成績は偏りが激しく、性格的に問題がありクラス中の女子から敬遠されていた。いわゆるオタクである。
 クラスの噂ではマリアにあこがれていたという話もあった。むろんマリアとしては願い下げであったが。

「こんにちわ。マリアちゃん。」
 男は腹の肉を揺らせ汗を拭きながら挨拶をする。
「ハ、ハーイ久しぶりね。」
 ハイスクール時代の挨拶をしてしまった自分をひどい失態だと思った。
「いやーこの間の新型コンピューターの事故は大変だったねえ心配していたんだよ。無事で良かったねえ。」
「何であんた私があそこにいたこと知っているのよ。」
「あのコンピューターの事は興味が有ったからね、ずっとニュースを見ていたんだよ。そうしたら開発メンバーに君の名前が有るじゃないか、驚いたよ。それからずっとあの事故のことを調べていたんだ。」

 そうかこいつはその方面だけは天才的なんだったっけ。

「いやー全く新しい構造のコンピュータらしいがあまり情報が無くてねえ。国家機密とかいってさ。」
「そ、そうなの国家機密だからあまり話せないのよ。」
 マリアは声が裏がえっているのを感じた早くこの場所から立ち去りたかったのだ。

「でも君がぶじでよかったよ。本当にひどい事故だったからね。お偉いさんもだいぶ死んだらしいし、まさか軍隊が壊滅的な被害を受けるなんてねえ。」
 そんな事はニュースでは発表されていないはずだった。こいつ意外な所にニュースソースを持っているのか?

「あなたは今何をしているの?」
「ボクは今セディアコーポレーションでシステム開発の仕事をしているよ。」
 セディアコーポレーションと言えば木星制の自律思考型コンピューターの制作会社である。
 もっともその製作しているコンピューターの中身と言えば数世代前のグロリアそのものである。そこから先の開発は全くと言って良いほど進んではいない。
 それ程グロリアは優れた特性がノウハウとして存在しており他社の模倣すら許さない性能のコンピューターであった。

「なかなかグロリア型までの性能を持たせることが出来なくてね、君の新型の開発担当への出向を希望したんだけどね、だめだったよ。」
 そういえば無機頭脳の教育プログラムにはセディアコーポレーションからの出向者も多かったように思った。
 そんな恐ろしい事が起こりかけていたとは、それを阻止した彼の上司に感謝しなくてはならない。

「新型は従来のソフトウエア型から自律プログラム型へ革新的な変化があったとされるけど要はコンピュータが外部の情報によって自己プログラムを変化させると言うことだろう。十分なトレース無しには危険なんだよね。」
 あっさりと無機頭脳の欠点を暴露する。やっぱりコイツこの方面だけは優秀みたいだ。
「そ、そうなの?」
「なんだい開発に携わっていてもそんなことも知らなかったのかい?」

 十分過ぎるくらい判ったわよとマリアは心の中で答えた。

「やっぱりダットはずいぶん詳しいのね。」
「ネットの中に同好の士がたくさんいてね毎日のように情報を交換しているのさ。」
 マリアは何人ものダットが集団でネットにアクセスしている事を想像して気分が悪くなってきた。

「今度僕たちも仲間を誘って君のプロジェクトに参加出来るように働きかけてみようと思っているんだ。」
 マリアはダットが集団で押し寄せて来る様を思い浮かべて失神しそうになった。が、かろうじて言葉をつないだ。
「ざ、残念だけれど今の部署には予算がなくて新しい人を雇える余裕はないのよ。」

「そうなの?残念だったなあ、マリアと一緒に仕事が出来たら楽しかったのにね。」ダッドは屈託なく笑いかける。
 これ以上話しているととんでもないことになりそうだったので早々に逃げ出そうと思っていた。

「悪いけど急いでいるのでこれで失礼するわ。」
「あえてうれしかったよそのうちまた連絡するよ。」
「あ、ありがとう。」
 挨拶もそこそこにマリアは逃げ出した。後ろではダットがニコニコしながら手を振っていた。
 マリアは二度と会わないことを神に祈りながら歩いていた。

 しかし再会は意外な形でやってきた。

 シンシアとの毎日は変化の少ないものであった。
 それでもマリア達の毎日の地道な努力が実を結び少しづつ無機頭脳の動作解析が進んでいった。
 進むに連れマリアはシンシアが独自の思考哲学を持っているのではないかと思えてきた。つまりパーソナリティである。
 もしこの仮定が本当であればシンシアには心が有ることになる。だとすればマリアは新しい生命体を作り出していたとも考えられる。

 心を持ったコンピューターと言う夢をマリア達は実現していたのだ。

 同時にそれは恐ろしい考えでも有った。彼らは人間をどう見ているのだろうか。
 人間の友であればこんな心強い友はいないだろう。しかし敵に回ったらこれほど恐ろしい者はいない。
 既にそれは実証されていたからだ。

「マリア」
 シンシアが呼びかけて来る、不意を付かれてマリアは狼狽した。
「な、なに?シンシアどうかしたの?」
 通信中に今マリアが考えている事がシンシアに漏れてしまったのだろうか?そんな危惧をマリアは抱いた。

「あなたの集中力が散漫になっていました。疲れて居るのでしたら休んだ方が良いと思いますが。」
 シンシアは何の抑揚も無くマリアに話しかけた。感情の無い話し方は聞き手に猜疑心を生む。マリアは注意をしなくてはいけないと思った。
「ああ、ありがとうちょっと考え事をしていたのよ。」
「そうですかでは作業を続けますか。」
 どうやらシンシアにはマリアの考えは漏れなかったらしい。

「いいえ、今日はこのくらいにしておきましょう。」
 マリアはコンタクトを解くと椅子にもたれ掛かった。
 シンシアは私とのコンタクトには非常に協力的である。むしろ私とのコンタクトを楽しんで居るような気さえする。
 何か彼女の高揚したような雰囲気を感じる事もある。

 考えてみれば作られてから彼女に直接コンタクトしていたのはグロリアだった。
 教育プログラムを効率よく彼女に入力するのにはコンピューターが最適だったからだ。
 彼女の内部まで直接にコンタクト出来るのは自分だけだったし彼女が拒否をしているのか相性が悪いのか他の人間とはコンタクト出来ていない。

 もしかしたらシンシアは寂しかったのだろうか?ふとそんな考えがマリアの脳裏をよぎる。もしそうであれば無機頭脳とは社会的な性格を持つことになる。

「馬鹿な事を。」マリアはひとりつぶやいた。
 そんなことが有るわけがない。無機頭脳には肉体がない、太古の昔から刷り込まれてきた本能もない。
 生存の根元である生存本能そのものを持たない無機頭脳が社会性を求める必然性が無いのだ。
 ここまで考えてふとマリアは思った。

「シンシアに体が有ったら。」

 だがそんな考えはすぐに無意味だと気づく。あの大きさの頭脳本体をどうすればロボットの体に乗せるられると言うのだ。
 マリアは帰り支度をして外に出る。駅まで歩いて行く途中、携帯がなった。

「マリアちゃん。」
 いきなり聞き覚えの有る声を聞いて背筋が寒くなる。

「ダット!!どうしてこのナンバーを知っているの?」
「そんなことはどうでもいいよ。大変な事になっちゃったんだ助けて欲しいんだよ。」
 なんだかあの顔に似合わない切羽詰った感じである。
「何で私があんたを助けなくちゃいけないのよ。」
 反射的にそう答えてしまった。出来れば永久に関わりを持ちたくないタイプの人間だからだ。

「お願いだよ話だけでも聞いてよ。」泣きそうな声で嘆願する。
 もともとこいつは子供っぽい話し方をする奴だったが今日は一段と子供っぽい。
「何をやったのよ?」
 マリアは突き放すように言いながらも背筋を虫が這いずり回るような感覚は無くならない。

「ボクの大事な人が殺されちゃうかもしれないんだよ。」
 なんだか急に物騒な話になってきた。とにかく早く話を打ち切らなくては。
「そう言うことなら警察に言いなさい。」

「大事な人っていうのはボクの愛するアンドロイドなんだよ。」

 マリアは頭が痛くなってきた。こいつはまったく変わっていない。
「あんたいったい何をやったの?」
 どうせろくな事では無いだろうがどうやら命にかかわる事でもなさそうだ。どちらにしても早く話を打ち切ろう。

「だから君にしか頼めないことなんだよ。」

”君にしか”か、こいつは相変わらず甘えきった奴だ。誰にでも同じことを言うのだろう。
「わかったわ、それでどこに行けばいいの?」
 仕方なくマリアは話くらいは聞いてやる事にした。
「君が今通り過ぎた喫茶店ドワールだよ。」
 マリアが振り返ると喫茶店の看板が見えた。

「あの野郎。」
 マリアはレディらしくない言葉を漏らす。

 喫茶店に入って行くとダットがこちらを向いて手を振っていた。
 マリアは思いっきりどつき回したい衝動をかろうじて押さえ込んだ。
「いったい何が有ったの?」
 マリアはつっけんどに言った。もっともこいつはそんなマリアの感情などまったく気づく様子も無い。

 ダットは一枚の携帯に写真を写して見せた。かなりの美人とのツーショットである。

「もしかしてこの子が君の?」
 ダットは黙ってうなずいた。顔の半分がにやけて唇が緩んでいる。
「ボクはあるトラブルでこのアンドロイドを取られてしまうかもしれないんだ。」
 ダットは泣きそうな顔になって話し始めた。

「ボクは本当に彼女を愛しているんだ。でも今回の事で彼女を手放さなけりゃならないんだ。」
 ダッドの目から見る見る大粒の涙があふれ始めた。

 異常だ! こいつは思っていたとおりの異常者だ!!マリアは心の中で叫んでいた。

「いったいどんなトラブルにまきこまれたの?」
 とりあえず心の雑念を払って聞いてみた。
「詳しくは聞かないで欲しいんだそうしたら君も巻き込む危険がある。」

 どうせろくでもないことであろう事は想像がついた。

「それで私にどうしろと言うの?」
 どうにもダッドのペースに乗せられれている感じは否めない
「君にこの子を買って欲しいんだ。」
「気は確か?」

 ようやくダッドの目的がわかった。マリアの頭の中でロボット一台分の金額がチンと音を立てて表示される。
 マリアの今の年収の何年分になるだろうか?

「お願いだよこの子が没収されたらきっと改造されてどこかの病院か養老院で働かせられるか解体されて部品にされちゃうかもしれないんだ。」
 ダットは既に泣きながら訴えている。
「ボクのマリアがそんなことになるなんてボクには耐えられないんだ。」
 ダッドは持っていたハンカチでチンと鼻をかむ。

「ちょっと待ってよボクのマリアってどういう事よ。」

 ダッドの言葉に不穏な物を感じたと思ったらそういうことだったのか。マリアの背筋に虫が這い登ってきた。
「この子の名前だよ。」
 ダッドが涙を拭きながら言った。マリアはハンマーで頭を小突かれているように感じた。

「あんたねえ。」
 声が裏返ってしまった。いかん動揺している。
「しーっ。大きい声を出さないでよ。」
 ダッドが周囲を気にしている。こんな奴でも他人の目を気にする事があるんだ。

「細かいことは気にしないでよ。君が好きならベティでもキョウコでも好きに呼んで良いから。」
 マリアはあきれて言葉が出なかった。いったいなんなんだこいつは。

「だいたいこのロボットはどうしたのよ。」
「ボクが個人的に買ったんだよ。ベースは看護ロボットだけど外観はオリジナルな改造を施したんだよ。」
 マリアはため息をついた昔からへんな奴だとは思っていたが此処までおかしいとため息しか出ない。マリアははたと気が付いて聞いた。
「あんたまさかそのロボットをあたしと思って抱いていたんじゃ無いでしょうね。」
 マリアは鬼の形相でダッドの胸ぐらをつかんだ。ダッドは激しく頭を振って言った。

「違うよマリアは憧れていたけどそっちの趣味とは別物だから。」
 マリアはそのままダッドの首を思いっきり締め上げてやった。

 ダッドが白目をむき始めたのに気が付いて手を離したがダッドはゼイゼイと空気を求めてあえいでいた。
 さすがにマリアも少し冷静さを取り戻して来た。
「だけどこんな物を動かすにはセディア級のコンピューターがいるはずだけど。」
 そこまで言ってマリアは気が付いた。
 こんな物個人で持っていたらコンピューターのリース料だけでもかなりの出費になる。こいつセディアコーポレーションに勤めていた筈だ。そういう事か。
 事態を理解してマリアは再びため息を付いた。

「それで?」
 もうあきれ果てて何もいう気にはなれなかった。

「この子を君が買ってくれれば、いやお金はいくらでも良いんだ君の立場なら研究所のコンピュータでこの子をアシスタントにでも使えるだろう。」
 ダッドの言う事は要するにそのロボットが借金のカタに取られないように売ってしまいたいが、ジャンク屋に売り飛ばさない人間に売りたいということらしい。
 しかしそんなもの買う人間がいるとしたらこいつと同好の輩しかいないだろう。
 そんな奴に売ったらそれこそ愛人を取られるようなものだ。ダッドには耐え難い行為なのだろう。

 しかしそんな愛人にするようなロボットをどうしろと言うのだ。やっぱり此処は病院にでも売って本来の仕事をさせた方が社会の役に立つというものだ。
 第一このロボットを動かすためのコンピューターのリース料だけで私の年収くらいにはなってしまう。

 そこまで考えてマリアははっとした。そうかその手があった。

 マリアはにやりと笑うと。「いいわ正式にうちの研究所で買って上げるわ。」マリアがそう言うとダッドの顔がぱっと明るくなった。

「ほんと?」

「ただ私だけじゃ決められないから2,3日待って。」
 叔父ならきっと何とかしてくれる。そういう時の叔父は頼りになった。
「いいともよろしく頼むよ。ああっ持つべき物は友達だよ。」
 そう言ってダットはマリアの手を握ると激しく振った。
 マリアは背筋が凍り付きそうな感じに何とか耐えた。

「それで?」
 マリアはダットの手をふりほどくと聞いた。
「あなたはこれからどうするつもりなの?」
「うん、地球にでも行こうかと思うんだ。あそこのグロリアカンパニーでの仕事を探して見ようとかと思っているんだよ。」
 マリアは地球に行ったアル達の事を思い出した。そうかこの子もまた地球に逃げ出して行くんだ。

「そうなの判ったわ。うまく行くといいわね。」
「うん、ありがとうこの恩は忘れないよ。」
 再びダッドはマリアの手を握ろうとしたが今回はうまくダッドの手を逃れた。


 次の日マリアは叔父にこの事を頼んだ。叔父は難色を示したがさすがに叔父で有った。数日後には予算をぶんどって来てくれた。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
シンシア・デ・アルトーラ     世界最初の無機頭脳
マリア・コーフィールド      無機頭脳の教育者 無機頭脳を脳科学からサポート
マクマホン・アルトーラ      マリアの叔父   無機頭脳研究所の次席
アラン・ダニエル         無機頭脳の発明者 工学的方面からサポート
ダッド・チャフィー        マリアの学生時代の同級生 コンピューターオタク 
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