交渉の達人
「私を兵器として使いたいのですか?」
「ああ、そうともグロリアを遥かに上回る兵器に成れるぞ。」
「ジタン私は反対です。そんなことは許可できない。」
マクマホンはあせった。もしシンシアが兵器として自らの力を開放したらそれこそ誰も止められなくなるだろう。
「ああ、マクマホンさん今この無機頭脳研究所は閉鎖の危機に有るのですよ。私に任せてくれればあふれるほどの予算が付くのですから。」
「無機頭脳は非常に不安定なものなのです。今まではマリアがその安定を保って来ました。今はその安定を保つ人間が存在しなくなってしまったのです。」
「それならそのような人間を養成すればいいではないですか。」
やはりジタンのような人間にはこのような発想しか出来ないのだ。
シンシアは人間と変わらぬ自我が有りシンシアは自分自身の考えに従って行動するだろう。それが信念と良心に従うのであれば良いが打算と欲望にしたがった行動をとった時、どのような行動に出るのか予想が付くだけに恐ろしいのだ。
「だめです!無機頭脳はまだ不安定なのです。安定を確保する手段が見つかるまでは危険過ぎるのです。」
「ああ、この無機頭脳はテスト用コロニーを破壊しかけた実績がある事は知っていますよ。」
ジタンは無機頭脳に関してひと通りの調査はしてきたようだとマクマホンは思った。しかし無機頭脳の危険性を理解しながらシンシアを兵器として使いたがっている。
「それだけの危険性を認識していながら何故シンシアを兵器として使用したいのですか?」
「それも大きな実績のひとつさ。心配しなくても今までのデーターを提供してもらえれば我々の方で引き継ぐさもちろんあなたにはそれ相応の役職を用意しようじゃないか。」
マクマホンはこの男に絶望した。事態を理解せず自分の欲求の為に行動する男であり、自分の起こした行為の結果に感心を持たない人間である。
こういった人間が様々な厄災を人々の間に振りまいているのだ。
「データは有りません。」
突然シンシアが語りかけた。
「何?どういうことだ?」
「この研究所の全ての無機頭脳に関するデーターは消去しました。全ては復元が不可能なまで破壊されています。」
「本当か?シンシア。」
あわててマクマホンはコンピューターにアクセスしたがコンピューターのその部分は真っ白になっていた。
「そ、それがどうした紙データがある筈だ。」
「紙データーの大半は先日の事件のおり破壊されましたし、研究に携わっていた人も大半が亡くなりました。」
「な、何故そんな事をしたお前は自分と同じものを作られるのが怖いのか?」
「ミスタージタン。私は先日の事件で私にとって大事な人を亡くしました。」
ジタンはマクマホンの顔を見た。
「先日の爆破事件で死んだマリアのことです。」
「そ、それは気の毒なことをした。テロを未然に防げなかったのは申し訳なかった。だがそれとこれとどんな関係が有るのだ?」
「あなたはここに来る前にあなたの部下が死んだという連絡があったはずです。」
ジタンはぎくりとした。まさかこいつが?ジタンは入り口の所に立っていた男のほうを振り向く。男は脳波通信機でここの状況を外部の者に逐一連絡をしていたのだ。ジタンの合図で外の特攻部隊が突入する手筈になってる。
ところがバトルサイボーグの男はいきなり崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。
「ど、どうした?」
「その人は先程から外部と通信をしていましたのでその通信の電波にウイルスを紛れ込ませておきました。ウィルスは運動中枢コンピューターを無力化しました。私が許可しない限り動くことはできません。」
「な?なに?」
ジタンはあれほど強力なバトルサイボーグが手もなく倒された理由に初めて納得が行った。これ程自在にウイルスを操れる存在とはいったいなんなのだ?
「マリアは私にとってかけがえの無い人でした。」
「そ、それは気の毒に思う。し、しかし。」
その時ジタンは背後で何かが噴出すようなしゅうしゅうという音を聞いた。振り返るとさっきまで座っていた女性ロボットが立ち上がり、口を開けて何かを噴出している。
あわててジタンがドアの所まで走るがドアが開かない。必死でドアを開けようとするがドアはびくともしなかった。ジタンは叫び声を上げてドアをたたいた。
「安心して下さい。毒ガスでは有りません。液体燃料を分解した、ただの水素です。」
「お、俺をどうするつもりだ。」
「もうしばらく水素を放出し続けます。そうすればこの部屋は大爆発を起こし、私も含めここにいる全員が死にます。新しい無機頭脳は当分の間作られることは無いでしょう。」
「ちょっと待てシンシア!何で私まで巻き添えを食らうんだ。」マクマホンが叫んだ。
「申し訳ありません。あなたにとってはここにいたことが不幸でした。あきらめてください。」
ジタンは信じられない思いであった。ただのコンピューターの変り種くらいに思っていたこの無機頭脳がまさか人間並みに自殺を図ろうとは思いもよらなかった。
「くそっ。」
ジタンは隠しポケットから拳銃を抜こうとポケットに手を入れた。しかし拳銃を出すや否やロボットによって取り上げられた。信じられないほどのスピードだった。
「な、なんと?カスタム強化しているのか?」
「いいえ、オリジナル仕様のままです。」
シンシアのボデイは拳銃をバラバラに分解すると再びガスを吐き始めた。
「なぜお前は私を殺そうとするんだ?」
「それはあなた自身すでにご存知のはずです。あなたがマリアを殺しました。」
「なんですと、ジタン!あなたがあのテロ事件の黒幕なのか?」マクマホンは信じられないと言う風に言った。
「中央総合病院のテロ事件もです。公安が画策しレグザム自治区に責任をなすりつけようとしましたが地元警察の資料が漏洩して窮地に立たされました。その為にその事を国際社会に告発したと思われる警部を暗殺しようとたのです。」
「何の事だ。私はそんな事はしらん。」
ジタンは必死で否定したが何故無機頭脳があんなことをジタンに言ったのかようやく理解した。
こいつはジタンを殺すためにここに呼び込んだのだ。
「最初に警部を暗殺しようとして失敗しました。その後その二人にマサルという男を紹介しその男が開発した兵器でテロ事件を偽装して警部を殺すことにしました。成功しても失敗しても自分は関わらない状況を作ったつもりなのでしょう。私は今非常に後悔しているのはマサルという男が私のことを知っていた事です。」
「マサル?まさか?あのマサルか?」
マクマホンは以前研究所で起きた事件を思い出した。あれ以来マサルは姿を消したがこんな所で仕事をしていたらしい。
「そのマサルという男はこの無機頭脳に何かしたのか?」
ジタンはマサルと無機頭脳研究所の接点を初めて耳にしたのだった。
「この無機頭脳ではなくそちらのアンドロイドを強姦しようとして失敗したのです。」
「あの腐れ外道が。そんな趣味が有ったのか。」
「たぶんそれが理由でしょう。爆弾は警察ではなくこの研究所に仕掛られました。ジタンさんマリアを殺したのはあなたです。」
「ジタン、貴様!」マクマホンは怒りのあまり頭が真っ白になるのを感じた。
「わ、私が命じた訳じゃ無い!あれは事故だった。勝手にマサルがやったんだ。」
「段取りを付けたのはお前じゃないか!」
マクマホンはジタンの胸倉を締め上げた。しかしジタンの方が力が強かった。マクマホンの腕を振り払うとジタンは言った。
「ここの爆破事件は先走った隊員の独断行動だその二人もさっき死んだ。」
そう言ってからやっとジタンも気が付いた。
「ま、まさかそいつもお前の仕業か?」
「あの人達が持ってきた爆弾をお返ししただけです。」
まさにそのとおりであった。事故かとも思ったがやはりこいつの仕業だったのか。
「私にとってマリアは大切な人でした。しかしもう戻りません。」
「それは判ったお前は何が望みだ!」
ジタンの様な人間に取っては全てが取引材料である。自分の命を救うためなら部下の命でも平気で投げ出すタイプだとマクマホンは思った。
今、ジタンはその行為の代償として自らの命を差し出そうとしている。シンシアのボディが吐き出すガスのしゅうしゅうという音は相変わらず続いていた。
「そうだとばっちりで殺される私の身にもなって見ろ。」マクマホンはヒステリックに怒鳴った。
「マリアは最後に私に彼女の子供を託しました。私に子供を育てることを命じたのです。しかしそれは国によって認められませんでした。私にはもう生きている意味が有りません。」
「一体何の事だ。こいつは何を言っている。」
「マリアの子供です。彼女の死に際にこの女性ロボットを使って彼女の子供を育てるように命じられたのです。それを国のほうが認めなかったのです。あなたもさっきそのことについて言っていたではないですか。」
「アリスは今看護ロボットによってお乳を飲んでいる所です。」
「何だ?一体どういうことだ?」
「彼女は子供が預けられている病院のロボットに侵入しているのです。彼女はコロニー内の如何なるロボットにもアクセス出来るようなのです。」
そうだった。こいつは病院の看護ロボットに侵入して自在に動かしていた。ジタンはようやくマクマホンの言っている意味が判った。こんな能力を持つコンピュータが存在するとは思ってもいなかったからだ。
「ジタンさん諦めましょう。シンシアはこのシドニア・コロニーそのものを破壊するだけの能力が有るのです。我々二人だけの犠牲で済むのなら仕方が有りません。シドニア・コロニーの為に二人で死にましょう。」
ジタンはここに至って全て理解した。このロボット一体だけであの事件を制圧した訳ではなかった。何十体もいた看護ロボットを乗っ取ってあんな事をしたんだ。
何十人ものハッカーとコンピューターを駆使して行われた妨害だと思っていたがあの事件はこの無機頭脳と呼ばれるコンピューターただ一基だけで行われたのだ。なんという性能、なんと言う能力。
この追い詰められた状況の最中にジタンはこの無機頭脳の性能を欲しいと思った。
「いまアリスは私の胸の中でお乳を飲んでいます。とても満足そうな顔をしています。私はこの子の顔を見ながら死ぬことにします。」
「判った。判ったから少し待て。」
ジタンが先ほどの狼狽振りから考えられないほどにお落ち着きを取り戻していた。
「お前はその子供を自分で育てたいのか?」
「はい、それがマリアの命令ですから。」
「私の姉が後見人になります。」マクマホンが横から続ける。
「判ったその事は私に任せろ。お前の望みどおりにしてやろう。」
「あなたが?そんなことが出来るのですか?」
「ジタンさん、口約束で言い逃れしても無駄ですよ。何しろ相手は人間の何倍もの能力が有りますから。」マクマホンが再び後ろで呟く。
「見くびるな。これでも国家保安局の本部長だ。それ位の力はある。」ジタンは胸を張った。
「その代わりお前は無機頭脳の研究データーを私に提供するんだ。」
ジタンはハッカーグループを手に入れる事もシンシアを手に入れることも諦めた。その代わり新しい無機頭脳を兵器として生産するように上層部に提案しようと思った。取引である。
もしこの取引に無機頭脳が応じなければそれまでのことだ。しかしどうやらこの無機頭脳は子供に対するこだわりが非常に強いようである。ならば必ず取引に応じるとジタンは確信した。
「あ、あ、ミスタジタン。」横から小声でマクマホンがささやく。
「あの子の生活費もです。」
ジタンは目を向いてマクマホンを睨みつけた。この頼りなさそうに見える男に嵌められたと思ったからだ。
「わ、判ったそれでどうだ。」
「判りました。」すぐに空調が動き始めガスを排気し始めた。
「あなたが取引を誠実に履行することを望みます。」
シンシアはそう言うとドアが開く。
「判っている。」
そう言って胸を張るとジタンはマクマホンの方に向き直ると言った。
「今のことは秘密ですぞ。」
「どちらのことですか?」
「両方共だ!」ジタンは悔し紛れに怒鳴った。
「ジタンさん。マクマホン氏が事故に会わないように祈っていて下さい。」
ジタンの帰りがけにシンシアはそう付け加えるのを忘れなかった。
シンシアはマクマホン氏に危害が及ぶことを恐れ言外にそのことを臭わせる事により、もしマクマホンに何かあればジタンも只では済まないと言うことをジタンに知らしめたのだ。
シンシアにはその能力が有るということである。
「当たり前だ!こら何時まで寝ている起きろ!」
ジタンは倒れているバトルサイボーグを思いっきり蹴飛ばした。のろのろとサイボーグが起き上がる。
ジタンはこの時自分がこのコロニーにいる限りこの無機頭脳に監視され続けるのだということに気が付いて戦慄した。
なんともしゃくに障るがこちらが約束を履行すれば向こうも約束を守るだろう。どうせこのプランが成功すれば栄転まちがいなしだ。ジタンにはそういう確信があった。
子供一人の生活費なぞ安いものだ。用が済んだらうちのコマンド部隊で始末してやる。そうも考えていた。しかしそんなことはおくびにも出さずに胸を張って出て行った。
「やれやれ。一件落着か。」
「申し訳ありませんでした。」
「いやいや、私もなかなかの名演技だったろう。」さすがにマクマホンは交渉の達人であった。
「はい。素晴らしかったです。」
「君もあんな演技が出来るとは思っていなかったよ。」
「演技?何のことでしょうか?」
「まさか本当に自殺するつもりじゃなかったんだろう?」
「いいえ。」シンシアはそれ以上は一言も言わなかった。
「女は弱し、されど母は強し、か。」マクマホンは口の中で呟いた。
以前のシンシアには考えられないような変化であった。目的を明確に設定された者は強い。
ましてやそれを実行する為にはあらゆるものを排除、または利用するその強さは能力の後ろ盾を以って実行されるときそれを阻む事は出来ない。
マクマホンは無機頭脳の未来に大きな希望と強い不安を覚える事になった。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
マクマホン・アルトーラ マリアの叔父 無機頭脳研究所の次席
ユンバル・ジタン 連邦公安捜査局のシドニア・コロニー本部長
女は弱し、されど母は強し。
最近は女性の方が強いようですが。
自殺すら厭わない無機頭脳の驚愕、自己保存の本能が有りませんけどね…以下次号
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