表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
27/66

慟 哭

 下水用メンテロボはマリア達が閉じ込められている空間を行ったり来たりひっきりなしに動いていた。


「シンシア、あのロボットは何をしているの?」


「ここの空間の大きさを測っています。そのデーターを消防に送れば損壊の一番薄いところが判るでしょう。」


 シンシアはアリスの出血量と経過時間を計算していた。腹部を圧迫して止血を試みたが出血量は変化がない。対応に出た医者も今以上の事が出来る状況になかった。

 しかし思ったより出血が激しいことが想定されあまり時間的余裕は無く、一刻もはやく救出出来なければマリアが危ない事がはっきりしてきただけであった。


「先生マリアの様子はどうでしょうか?」


「シンシアという女性は非常に落ち着いていますね。普通はパニックを起こしていてもおかしくない状況で出産まで無事に立ち会っています。立派なお孫さんをお持ちのようですね。」


 シンシアと話をした医師はシンシアの落ち着いた報告を称賛していた。マクマホンは当然だろうと思った。シンシアは人間の様な感情を持っていないのだから。


「シンシアさんははっきりした状況を知らせてくれました。出血がこのまま続くと後2時間くらいで危険帯域に入ります。」

「2時間経つとマリアはどうなるのでしょうか?」

「まず意識が薄れてもうろうとなります。血圧が下がり起きていられなくなるでしょう。そのまま意識を失って亡くなる事になります。」


「ああっマリア。」


 マクマホンは頭を抱えてしゃがみこんだ。


「そうだ子供は、赤ん坊はどうなのでしょうか?」

「シンシアさんの報告によれば室内の気温は比較的高く赤ん坊はタオルにくるまれています。低体温症の危険はないようです。しかし衛生環境が悪いので感染症の危険が有ります。一刻も早く衛生環境を改善しないといけません。」


 とにかく今の所はなすすべがないと言う事しか判らなかった。それは医師も一緒であった。とにかく現場にいかなくてはどうにもならない。


「私には今はこれ以上の事は出来ません。それよりアルトーラさんあなたはマリアさんの意識が無くならないように話し続けて下さい。」

「分かりました。」


 マクマホンはシンシアに向かってマリアが電話にでられるか聞いてみた。するとそのまま話をするように返答してきた。


「マリア、大丈夫だよすぐに救助隊が行くからね。赤ん坊は無事に生まれたそうだね。」

 マクマホンはマイクに向かって言う。


 マリアの横に立っているシンシアの口からマクマホンの声が聞こえた。マリアは少し戸惑ったがシンシアがそのまま話すように言ったのでシンシアに向かって話す。


「叔父さん。女の子よすごく可愛いわ。アランの子よ。」

「そうかいそうかい、良かったねえ。これでアランも喜ぶだろう。名前は考えて有るのかい?」


 再びシンシアの口からマクマホンの声が聞こえる。どうやらシンシアはシンシアのボディを通信機の代用として使っているようだ。


「アリスという名前にしたわ。」

「そうか、いい名前だ。大きくなるのが楽しみだねえ。」

「叔父さん私助かるかしら?」

「助かるに決まっているさ。みんな君を助けるために一生懸命にやっているんだ。安心して待っていなさい。」


「隊長、内部側の倒壊エリアのマップがメンテロボのお陰で判りました。こちらが掌握している状況から考えるとこんな物です。」


 ディスプレイに部屋のマップが示され倒壊している部分が重ねられる。


「予想していたより倒壊部分が大きいな。」

「この空間を中心に見事にドーナツ状に倒壊しています。こんな事は人為的な爆発以外考えられませんよ。」

「事故の原因は後でゆっくり調べればいいさ。それより今は救出に全力を上げる。今の掘削状況だとどれぐらいかかるかな。」


 隊長は時計を見た。これまでの掘削量を計算する。倒壊してきた部材はあらゆるものが複雑に絡み合い部材の搬出を難しくしている。下手に掘ると上の床が崩れてくるのだ。


「あまり急ぐと上から崩れて来ますね。」

「君の予想時間はどの位と見ている?」

「這って入れるようになるまで約5時間位ではないかと思われます。支柱を用意しないと2次災害の恐れが有ります。」


 それでは間に合わない、隊長はそう思った。後は地下の連中に望みを託すしかない。


「判ったとにかく頑張ってくれ。」



「シンシアなんだかすごく眠くなって来たわ。」


 出血のためにマリアは意識がもうろうとなって来た。目を開けているだけでだるくなってきている。


「いけません寝ないで下さい。もうじき助けが来ます。」


 シンシアが必死に呼びかける。マリアは見るからに青ざめてきている。危険な状態になって来ている


「赤ん坊はどこにいるの?」

 力なくマリアはシンシアに尋ねる。


「あなたの手の中です。落とさない様にしっかり持って下さい。」


 シンシアはアリスが赤ん坊を落とさないようにさっきから押さえていた。


「だめ……もうあまり力が入らない。」


「しっかりして下さい。あなたの手の中にはあなたの子供がいるのです。これから育って行くあなたの子供です。」


 シンシアは必死でマリアを寝かさないように話しかけていた。


「私、死ぬのかしら……?」


 この時マリアは自分が死ぬことの危険性を考えていた。先程からのシンシアの態度は明らかに動揺しているように見える。

 もし自分が死んだ後に自我が崩壊したら一体どうなるのだろう。


 テストコロニーの惨劇が再びこのコロニーで起きかねない。


「いいえ、あなたは死にません。私があなたを守ります。あなたにはこの子供を育てる義務が有るのです。」


 シンシアに何とか正気を保たせる方法を考えて命令を与えなくてはならない。

 正気でいるように命じることは意味が無い。正気を失えば命令その物が無効になってしまうからだ。


「子供の顔を見せて、もうろうとして良く物が見えないの。」


 シンシアは赤ん坊を持ち上げるとマリアの目の前に持ってきた。


 マリアはアリスの寝顔を見て安心した気持ちになる。自分が死んでもこの子は生き続ける事が出来るだろう。


「ああ、いい子ね良く眠っているわ。こんな所で生まれたのに。」


 マリアは自分の命があまり長く持たないことを感じていた。


「叔父さん。後どのくらいかかるのかしら、私眠たくなって来ちゃった。」


 叔父なら何かいい考えが見つけられるかも知れない。そんな気持ちがマリアの心に浮かんできた。


「もう少し、もう少しだよ。もう少しで助けてあげられるからね。」


「叔父さん嘘が下手ね。」


 それでもみんなが聞いているこんな状況の中で叔父と相談することはシンシアの秘密が知られる事になる。


「何を言っている。みんな頑張っているんだ君も頑張りなさい。」


「シンシア、あなたはどう思う?私助かると思う?」

 マリアはシンシアに聞いてみた、もうろうとしながらマリアの頭はひどく透き通ったような気がしていた。


「助かります。必ず助かります。私はあなたに約束しました。あなたを守れなかったら私は嘘をついたことになります。」

 シンシアの返答は既に論理破綻を起こしている。やはり危険な状況だ。おそらくマリア以上に危険な状態かもしれない。


「シンシア……もし私が死んでもこの子だけは助けてちょうだいね。」


「死にません。あなたは死にません。あなたが死んだら私はどうすればいいのですか?誰が私を導いてくれるのですか?」


 シンシアはやはりマリアの死を感じ取っている。マリアの死はシンシアに命令権を持つものの喪失を意味し、その事をシンシア自身が恐れていることを今の発言は物語っていた。


「今まであなたは絶対に取り乱さないと思っていたけどそうでもないのね。」

「わ、私は冷静です。常にマリアの命令に最善の方法で従って来ました。」


 マリアはシンシアがすごく愛おしく思えてきた。


 シンシアが生まれ、コロニーでの惨劇の後シンシアに体を与え育ててきた。マリアにとってはシンシアは妹か娘のような存在であったのだ。

 マリアはまさしくシンシアを愛していた。おそらくシンシアも同じではないかと思える。


「そうね、あなたはすごく優秀だったわ。殆ど出来ないことは無いと思っていたのに人間の出産の事を知らなかったなんて。」


 マリアはこれ程の能力を示したシンシアにも弱点が有った事を嬉しく思った。欠点のない人間はいないように弱点のない存在もありえないのだ。


「私の外部記憶装置は現在停止しています。多くの記憶にアクセス出来ません。残念ですが私の本体内の記憶容量はあまり大きくないので重要なもの以外は外部に記憶しておいたのです。」


 初めて聞くシンシアの弱音である。いいわシンシアすごく人間的になっている。


「重要な記憶?あなたにとっても重要な記憶なんて有るんだ。」


「私はは肉体を持ちません。私に取って唯一の財産は自分の記憶なのです。」


 無機頭脳の財産。マリアはそんな事は考えたこともなかった。


 肉体を持たない無機頭脳に欲望が生じる筈がないと言うのは、人間が考えるただの傲慢だったのかも知れない。


 マリアはシンシアがどんな記憶を大切に思っていたのか知りたいと思った。


「そうだったんだ。そんなに大事な記憶って一体どんな物なの?」


「………………。」


 シンシアは一瞬言いよどんだように思えた。


「……あなたとの……事です。」


 その言葉の意味が朦朧としたマリアの頭はすぐには理解出来なかった。


「あなたとの事……」


 あなたとは誰のことだろう……。


 あなた……あなた……あなた……


 やがてその言葉がマリアの心に染み込むように入っていく。


 そして突然気がついた。あなたとは私のことではないか?


 マリアの朦朧とした頭の霧が一気に晴れ渡ったような気がした。


 シンシアは私のことをどのように思っていたのか?これ程の明白な答えは無かった。


 そう気がついた途端にマリアは心の底から喜びが湧いてきた。シンシアの回答はマリアがずっと欲してやまなかった物であったのだ。


「ふ、ふっふっふっ……あははは……。」


 シンシアは十分に人間であったのだ。そして今の言葉でそれを立証してみせたのだ。よもやこんな時に聞けることになろうとは。


「マリア、どうしました。大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。そう、シンシアそれがあなたにとって一番大切なものだったのね。」

 マリアがシンシアを愛したようにシンシアもまたマリアを愛していたのだ。

 今までそのことに対する確信が持てなかった。しかし今はもうその事に迷いはない。


 シンシアは人を愛することが出来るのだ。


「可哀想なシンシア、私が死んだらあなたは一人ぼっちになってしまう。」

 マリアは今となっては自分の命よりもシンシアの事が心配であった。

 コロニーの危機よりもシンシアの人生のほうが重要に感じていたのだ。シンシアはアリスと同様に大切なマリアの娘であった。


「あなたは死にません。すぐにも助けが来ます。あなたは私にとってかけがえのない人間なのです。どうか……どうか……。」


 シンシアはひどく取り乱してきた。救出時間とマリアの残された時間の差を正確に予想できているのだ。

 マリアを助けられないこともシンシアにとっては自明のことであるのだろう。しかしシンシアはその事実を頑なに否定し続けていた。


「叔父さん、聞こえていますか?」


 マリアは叔父を呼び出した。弱々しくは有ったがはっきりした言葉であった。


「ああ、ああ、聞こえているとも。どうしたんだい?」


 残り時間が無いことはマクマホンにも判っていた。しかし今はマリアの無事を神にもすがる思い出祈っていた。


「そこには他の人もいますか?」

「ああ、消防隊もお医者さんもみんないるよ。」

「みんなに私の言うことを聞いて欲しいの。」


 マクマホンはマリアが何を言うつもりなのかなんとなく判った。マリアは最後のメッセージを発しようとしているのだ。


「判った、判った。みんな呼んでくる。」

 直ぐに周りに人々が集まる。消防隊長がマイクの前に出る。


「マリアさん私は消防隊長のビル・ショップだ。私達に何か聞いてほしいことが有るのですか?」


「私がこれから言うことは私、マリア・コーフィールドが死んだ場合の遺言として記録して下さい。いまこの通信を聞いている人全員が証人となっていただきたいのです。」


 マリアの最後の希望を述べるつもりらしいと言うことはみんなが理解していた。


「分かりました。あなたの遺言はみんなで聞かせてもらいます。しかしその遺言は必ず無駄になります。私が無駄にしてみせますからね。」


「期待していますよ。隊長さん。」マリアはそう言って続けた。


「私、マリア・コーフィールドはこれから言うことを正常な精神状態の下での遺言とします。」


 そこにいる全員が厳粛な気持ちでマリアの言葉を聞いていた。

 自ら死に際してこの様に崇高に立ち向かおうとしているものにはそれなりの礼を尽くすべきだと言うことを全員が知っていたからだ。


「もし万一私がここで死ぬ事が有った場合、先ほど生まれた私の娘、アリス・コーフィールドの親権をここにいるシンシア・デ・アルトーラに託します。後見人として叔父のマクマホン・アルトーラまたは叔母のサライア・ミラーを指名します。」


「マリア、なんという事を言うのですか?あなたがこの子を育てなくてはいけません。あなたは死ぬ事は許されないのです。」


 この言葉を聞いてシンシアは驚いた。シンシアにとってこの発言を認めることはマリアの死を容認することになるからだ。


 一方マクマホンはマリアが何を言っているのかその意味を理解するのに時間がかかった。人間でないシンシアに自分の子供の親権を与えると言う事のいろいろな意味がマクマホンの頭を駆け巡った。


「判りました。あなたのお嬢さんはそこにおられるシンシアさんに託されるということですね。大丈夫です如何なる法廷でも私があなたの発言の証人になります。ですから安心して待っていて下さい。もうしばらくであなたの所に到着します。」


 隊長はこの事の本当の意味は理解していなかった。

 しかし人が死ぬ間際に発する言葉の重要さは理解していた。実際そこにいる全員がマリアは絶望的な状態に有ることを知っていたからだ。


「叔父さん、私に万一のことが有ったらシンシアの事をお願いします。叔父さんだけはシンシアの味方になってあげて下さい。」


 この時マクマホンは初めてマリアの真意を理解した。


 アリスは自分の死を覚悟しシンシアを正常に保つための唯一の選択を行ったのだ。マクマホンはマリアの聡明さに敬服し、そしてシンシアを守るという事の意味も正確に理解したのだった。


「判った。約束する絶対に約束する。」

 マクマホンは涙を流しながらそう言った。マリアは最後まで自らの勤めを放棄すること無く立ち向かっていたのだ。


「マリア、マリア、しっかり。」

 メッセージを発したマリアはその責務を果たしたように力が抜けてきた。


「シンシア、もし私が死んでもこの子があなたを導きます。私の代わりにこの子を愛しなさい。この子を育てなさい。この子の為にあなたは生きなさい。」


 マリアはシンシアに向かって力なく言った。これ以上なすべきことはもう無い。


「駄目です。この子にはあなたが必要です。あなたがこの子を育てるのです。」


 シンシアは必死になってマリアに呼びかけた。呼びかけをやめればマリアはすぐにでも逝ってしまうだろう。


「素敵よあなたがこんなに取り乱すなんて。あなたはやっぱり心が有るのね。嬉しいわ、あなたを育てる事が出来て私は幸せだったわ。」


 マリアはシンシアを育てて来た5年間が無駄では無かった事を喜んだ。そしてマリアはアリスの体の暖かさを感じながら自分が生んだ子供を育てることが出来ない無念さを感じた。


 しかしこの子が悲しむ事はないだろう。この子にはシンシアがいる。


「ああ、可哀想にこの子は私のお乳を飲んだのにもう育てる事は出来ないなんて。今度はあなたがこの子を育てるの、あなたは母親になるのよ。優しい母親になってね。」


 マリアはそっとアリスの体を撫でていた。もうじき別れなくてはならない自分の子供に最後の愛情を注いでいたのだ。


「いけません。死んではいけません。もうすぐに助けが来ます。ほら……救助隊の音が聞こえるでしょう。」


「ああ……シンシア素晴らしいわよ。あなたは嘘まで付けるようになったのね。」


「私は、私は嘘など付きません。私は、私は…………。」


 マリアはそっとシンシアの顔に触れた。マリアの手についていた血がシンシアの頬に付き下に流れる。シンシアは血の涙を流しているように見えた。



「あなたは人間になるのよ…………。」



 そう言うとマリアは目を閉じた。



「マリア、マリア、どうした?マリア?」


 マリアの声が聞こえなくなった。マクマホンは何度もマリアの名を呼んだ。


「………………。」


「マクマホンさん。」


 シンシアの声がした。ひどく沈み込んだような声である。


「おお、シンシア、マリアは、マリアはどうした?」


「今、息を引き取りました…………。」


 対策本部全体から落胆のため息が聞こえる。間に合わなかったのだ。


「判ったシンシア、子供だけは守れ。何としても助けるんだ。もうじき、本当にもうすぐそちらにレスキューが到着する。」

 マクマホンは必死に言った。シンシアがマリアの死に耐えられなければ大変な事になる。


「………………。」


「シンシア、シンシア、大丈夫か?シンシア、答えなさい。」

 しかしシンシアからは何の答えもなかった。


 シンシアはマリアの胸からアリスを受け取り、そっと抱きしめると自らの体温でアリスを温め始めた。

 アリスは母親の死も知らずにシンシアの胸の中で眠っていた。


 シンシアは床にしゃがむと赤ん坊を見ながら動きを止めた。



「地下からの部隊が到着します。これから床を破ります。」

 対策本部では床下からの部隊から連絡が入った。

「よし、直ちに医師を派遣する床を破ったらいの一番に子供の安全を計れ。」

 シンシアのいる床から大きな音がして床が崩れ始める。小さな穴が開き、鏡が差し込まれ周囲を探るとシンシアの姿を見つけた。


「見つけた。ここで間違いない。」

 救助隊は再び床を壊し始めた。やがて人が通れる位の大きさになるとレスキューが次々と這い出してきた。


「大丈夫か?」そう言ってシンシアの所に走り寄ってきた。

「君はシンシア・デ・アルトーラさんだね。」救助隊が呼びかける。

 しかしシンシアは何の感心も示さずじっとしていた。

 レスキューはシンシアの抱いている赤ん坊の様子を見て生きていることを確認すると他の隊員がマリアの容態を確認した。

 既に息がないことを確認するとマリアの手を胸の上で組んで頭を下げる。


「この子がアリス・コーフィールドさんだね。良くやった。君はよくやったぞ。よく赤ん坊を守った。」

 レスキューはシンシアの横に跪くとそう言ってシンシアを称賛した。


 ついで医者が這い出してくる。マリアの方を見るとレスキューが首を振った。

 医師はすぐにシンシアの所に赤ん坊の容態を確認しに来た。

「いいかね?子供を見せてもらうよ。」

 シンシアは放心したように動かない。医者はそっとアリスを抱き上げるとすぐに赤ん坊の体を調べ始める。


「ほう、これは綺麗になっている。お湯を使ったのか?オシメまでやっているとは。」

 医師はこのような状況下でもなすべきことがなされていたので非常に驚いた。

「大丈夫だ、健康状態は問題がない。君がこの子を取り上げたのか?」


 医師はシンシアがお湯を沸かした跡を見た。

 この若く頼りなさそうに見える少女がここでどのような苦闘を繰り広げていたのか理解したのだ。医師はこの少女に心から敬服の念を感じた。

「本当に君はよくやった。これ以上無いほどよくやったよ。こんな所で赤ん坊を取り上げるなんてなあ。大丈夫この子は無事に育つ。きっと美人になるさ。」

 医者が赤ん坊を新しいシーツに包み直そうとした時赤ん坊が目を覚まし突然大声で泣き始める。


「よしよし、元気な泣き声だ。」

 医者がそう言った途端シンシアがいきなり立ち上がると医師から赤ん坊を奪い返した。


「な、何をする?やめなさい。」

 医師があわてて取り戻そうとする。シンシアは医師の手を掴むと片手で放り投げた。医師はもんどり打ってひっくり返っる。


「まて、落ち着け!我々はレスキューだ。君と子供を助けに来たんだ。」

 レスキューがシンシアと医師の前に割って入る。しかしシンシアは子供を抱いたまま後ずさる。

 明らかにこの少女は心理的ストレスで精神に異常をきたしている様に見えた。赤ん坊に対する保護意欲が極端に高まっているのだ。


「君は子供を助けたくないのか?」

 大声でレスキューが一喝する。


 シンシアは動きを止め赤ん坊を見た。

「大丈夫だよ。その子は私達が守る。だから私に任せてくれないか?」

 医師はシンシアを刺激しないように動きを止めたシンシアの手の中からそっとアリスを受け取ると新しいシーツに包んだ。

「それじゃあ私達は先に行くよ。」

 医師達は赤ん坊を非常用保育器に入れると再び穴に入っていった。


「もうすぐ瓦礫が撤去されますからそうしたら我々も脱出しましょう。赤ん坊のことはもう大丈夫ですよ。」



 しかしシンシアはレスキューの言葉が届いてはいないようであった。アリスの所に行くとアリスの顔を見ながら放心したように停止していた。



  *   *   *



「てめえなんて事をしやがったんだ。俺達のターゲットは警察の警部だって言っただろう。なんだってあんな所を爆破したんだ。」


 デンターがマサルに詰め寄る。戦闘用サイボーグの巨体で詰め寄られると大抵の人間はその迫力にに萎縮してしまう。

「な、何を言っているんだ。君達が持ってきたデーターの女の子だよ。君達の仕事の邪魔をした奴なんだろう。」

 半分ビビりながらそれでもマサルの人を喰った様な態度は変わらなかった。


「あいつはついでだと言っただろう。本命はあの刑事だ!」

 事件のニュースを見て何が起きたのか初めて知った二人は泡を食ってマサルの所に押しかけてきたのだ。

「だけど実戦訓練は大成功だったよ。あの無機頭脳でさえ気が付かなかったんだよ。」

「無機頭脳ってのは一体なんなんだ?ただの自立思考型コンピューターだと言ってたろう?」

 バクシーがマサルの首根っこを捕まえる。


「あいつは自分で考えるんだ。自分の行動を自分で決められるコンピューターだよ。」

 首を締められてもがきながらマサルは言った。

「ああ?どういう意味だ?」

 二人にはマサルの言っている意味が全く理解できなかった。ベースとなる知識が無かったからだ。


「とにかく中央病院で君達の仲間を殺し君達を工場送りにした相手を片付けたって事だよ。」

 バクシーの手を振りほどいてマサルは喘ぎながら答える。

「ああ、巻き添えで死んだのがたったの10人だからな。大した性能だよ。ふざけるな!」

 こんな事に自分達が関わっていることを知られたら首になるだけじゃ済まない筈だ。二人共そう思っていた。


「あのね、警察を爆破するするほうがここを爆破するより被害が少なかったとでも思っているのかい?」

 そう言われて二人は言葉に詰まる。


「こんな派手な爆破事件になるとは思わなかったしなあ。」

「ああ、てっきりひとりか二人をスポットで暗殺する機械だと思っていたからな。」

 自分達が予想していた以上の破壊力に二人共驚愕してしまったのだ。

「お前あの女に個人的な恨みでも有ったのか?」

「昔ちょっとね。」

「それよりこれからどうするんだよ。どう考えたって問題が大きくなりすぎちまったぜ。」


 バクシーが頭を抱えたこれだけの大事件を起こしたのである。当局の追求はいずれこの3人にも及ぶことは間違いない。


「ばれたらまずいな。いったいどうしたらいいんだ。」

「もうばれてるよ。」マサルがぼそっと言う

「何だと?」


「新兵器だよ誰も知らなくても兵器開発部の人間には判るからね。」

「そりゃあいいや。お前をここで殺せばお前一人に責任をおっかぶせることが出来るじゃないか。」

 デンターが思いっきり物騒な発言をする。

 バクシーもそう言われて立ち上がる。バトルサイボーグに取って普通の人間を素手で殺すのは簡単なことだったからだ。


「やめとけよ。そんなことしたら今の会話映像がネット中に一瞬で広がるよ。」

 二人はあわてて周りを見る。何処かに隠しカメラが設置してあるのだろう。

「考えても見ろよ非合法の暗殺兵器だよ、そんなもの公に出来るわけが無い。何が何でも蓋をしておしまいさ。今回の事も木星の風が起こしたテロ事件ということになるんだ。」


 確かに変といえば変だ。兵器開発部にちょっと打診したらマサルを紹介されしかも開発中の爆装した兵器をこんなに簡単に渡される訳がない。

「するってえと今回の事は上のほうじゃ全部知っているってことなのか?」

「当たり前だろう。万一バレた場合犯人を作っておかなくちゃならないからね。制式採用されていないボクの武器はうってつけの兵器だったんだよ。」

 マサルの言葉を聞いて全て納得できた。あの本部長は二人を騙してコグルの暗殺をこのマサルを使って行わせようとしたんだ。

 ところがどういう訳かこの男はもう一人の女を暗殺したと言うことらしい。


 どちらにせよ今回の事はテロリストの犯行として再びレグザム自治区を追求する手段に使われかねない。


「俺達ははめられたって事か?」

「それ以上は詮索しないほうが良いよ。君達の命が危ないからね。ま、僕は今回の実験がうまく行ってすごくうれしいんだよ。何しろあの研究所はセキュリティが厳しかったからね。」

「冗談じゃないぞ。どの面下げて公安に戻りゃいいんだ。」

「黙っていればいいよ。もしこの事が外部に知られたらボクらは犯罪者として追われる事になるな。」


「お前はどうなるんだ?」

「失敗したらキミらと一蓮托生。成功したら公安に大きな貸しを作って大儲け。ただ今回の実証実験では大成功だこれからこのマシンはかなり売れることになるね。」

 マサルはケラケラと笑っていた。自分の行ったことが殺人行為であることをあまり実感していないようであった。

 バクシーはこの男が気味悪くなってきた。実際に自分の手で人間を殺してきたバトルサイボーグに取っても人を殺すという認識はあった。

 ところがこの男にとって殺人とは機械を使った間接的な殺人でありゲームの数字がひとつ増えるだけの事のように実感を持たない行為なのかも知れなかった。



 その時3人の部屋の天井裏ではコロニーメンテ用の小型ロボットが動いていた。そのロボットは何かを部屋の上まで運んでくると、その持っていた物を起動させた。

 突然部屋の天井で爆発が起こり3人は床にたたきつけられた。3人とも頭を吹き飛ばされ何が起きたのか理解する間もなく命を落とした。


アクセスいただいてありがとうございます。

マリアの示した高潔な心。それを理解できない愚物は多い。

絶望の淵に立たされたシンシアのかすかな希望。

シンシアはマリアとの約束を果たすために雄々しく立ち上がる。

一応シンシアは女性型なんですけど…以下次号


感想やお便りをいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ