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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
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鑑識課

 2週間して鑑識の方からコグルに連絡があった。一応のデーター処理が終わったようである。

 鑑識課に行くと3Dルームに用意が出来ていた。


「肩に付けた3Dカメラの画像を編集して作ってあります。我々が通った通路や室内がそれによって再現されていて、その室内情景に僕らがスキャンした物のスキャンデーターを重ね合わせてあります。」

「便利なものだ。現場をこれで再現できるんだからな。いくら現場を封鎖して証拠を隠してもその前にスキャンしちまえばこっちのものだな。」

 3Dルームには事件の有った病院の廊下が再現されていた。所々背景が抜けているのは映らなかった所らしい。ワイヤーフレームで補修してあった。


「警部も人が悪いですね。しかしこれをどうするつもりなんですか?」

「真実を追究するのが我々の仕事だ。後どうするかはその時考えるさ。」

 警部も実際にどうするつもりか決めてはいないようだ。

 タイラーはこの警部が連邦公安捜査局に何か恨みでも有るのかとも思ったが特には口に出さなかった。


「看護ロボットに異常は見つかったのか?」

 ロビーでテロリストたちを拘束した看護ロボット達の動きの原因は未だ持って判ってはいなかった。

「いえ、あの後すべてのロボットはメーカーメンテナンスに出されました。何しろプログラムに無い行動をとった訳ですからね。病人の世話をする看護ロボットとしては由々しき事態というわけですよ。」


「コンピューターの方はこっちで調べたがハッキングの兆候は無かったそうだ。」

「コンピューターが自発的にあんな行動を取ったんでしょうか?」

「メーカーに言わせると最新式のグロリアならありえるかも知れないが、木星製のセディアの自立思考回路はグロリアの2世代前位だから無理だと言っていた。」

「するとやっぱり誰かがハッキングしたことになりますね。痕跡も残さずに。」


「メーカーに言わせればそんなことが出来るとしてもそれにはグロリアの最新型が必要になるだろうと言っていた。ああ、そういえば連邦公安捜査局の連中も同じ事を聞きに来たそうだ。」

 コグルは頭の毛をガリガリと掻く、イライラしている証拠だ。


「そうなると最新型とは言わなくてもグロリアの動作記録を見ればやった奴がわかりますね。」

「まあこっちとしてはあのテロリストを殺して人口出産室の破壊を食い止めたんだから表彰物だがね。ただしそいつを探し出すのは我々の仕事じゃない。」

 警察にとってはテロリストが犯罪者でありテロを妨害した人間は犯罪者ではないからだ。


 もっとも連邦公安捜査局としては血眼でその連中を探し回っているだろうがね。コグルは皮肉っぽく思った。

「しかしそれだけの金と技術を持った人間なんて数えるほどもいないんじゃないですか?趣味であんなことをやるわけですか?一人や二人じゃ無理でしょう。かなり大規模な組織で金も相当に有ることになりますね。」


「しかしタイムラグの事を考えると他のコロニーからの介入だとは考えにくい。無論このコロニーに有るグロリア級のコンピューターを遠隔操作すれば不可能では無いと思うがね。」

「あまり現実的な考え方じゃないですね。第一このコロニーにはグロリア級なんてコロニー管理用の一台と大学に一台だけですよ。すぐバレちゃうでしょう。」

「いやコロニー管理用のバックアップとして用意した物だが普段はレンタル使用されているものが一台あるんだ。」

「それは知りませんでした。調べたんでしょう?」

「もちろんだ。現在調査中だが見込みは薄いな。そっちは公安のほうが一生懸命だ。いずれにせよテロを未然に防げたんだ感謝しなくちゃいけないな。」


 ハッカーの方は全くといっていい程手がかりは無い。だが犯罪を捜査する側が犯罪を未然に防いでくれた者を探してどうなる?むしろちゃんと犯罪者側の方を調べなくてはならない。

マスコミへの発表はそういった事は一切流していないし、マスコミの方もそこには突っ込まない。


 木星圏のマスコミは教育が行き届いているから当局に不利な記事は書かないことになっているのだ。


「とりあえずはじめますか?」

「そうだな。」

「最初はどこから始めますか?」

「それじゃ、入り口の二人組からにするか。」

 人工出産室のある無菌エリアの入り口に倒れていたふたりである。


 鑑識のタイラーがヘッドセットに向かって話しかける。

「オーケー入り口のふたりからだ。」

 部屋の中に廊下が現れた。廊下にふたりの男が倒れている。事件が起きたときのままの状況がコグル達の周囲に再現されて居るのだ。

 タイラーの前の空中に画面が表示される。それを見ながら鑑識結果の報告をする。


「こっちの男は首をへし折られています。打撃ではなくねじ折られていますね。」

「この男の首をか?」

 コグルねじ曲がった男の首をしげしげと眺めた。

 かなり鍛えられた体である。肩が盛り上がり厚い胸をしており、首も相当に太い。


「おまえ出来そうか?」コグルがタイラーに聞く。


「私にはとても無理ですよ。」

「見ろこの肩を、よく鍛えられている。ヘビー級の格闘家かなんかでなければいくら油断していてもこんな事は出来ないだろう。」

 タイラーは肩をすくめる。

「こっちの男は喉から脊髄までナイフで貫かれています。きっと声をだす間もなく死んでいますね。」

「どう考えてもプロの仕事だな。見ろ、こっちの男の首に刺さっているのはこいつのナイフだ。しかもほとんど出血していない。」


 コグルは死んでいる男の首の周りを何度も見て回った。


「一撃で延髄まで貫いているから刺された瞬間に心臓が止まっただろうな。一体どんな奴がここにいたんだろう。」

 もしプロがここにいたとすれば事前にこの事件を察知して来院者に紛れていた事になる。何人?一人ではとても無理だろう。それは最初からの印象であった。

「ただこっちの首を折られた男は公安の発表にはいませんでしたね。」

 タイラーがファイルを見ながら疑問を挟む。


「なんでこいつは消えちまったんだろう。」

 コグルがしかめっ面をする、理由は想像がつく。

「さあ、なんででしょうね。今モンタージュを作成して検索しています。」

「決まっている身元がバレたらヤバイ人間だってことさ。」

「誰にとって?」

 タイラーが聞いがコグルは答えなかった。

 

 次は卵子保管室を再現する。たくさんの箱が並んでいる。ひとつひとつが人の卵の入った冷凍庫だ。

 入り口から見通せる位置に二人の男が隠れておりそこから少し離れた所にもう一人が倒れていた。その男の足元には爆薬が置かれその横にタイマーがセットしてあった。

 この直ぐ後警察の爆薬処理班が処理をした。公安はこういった事は警察にやらせるのだ。


「卵子保管室のふたりは入り口から撃たれています。」

 二人は仰向けに倒れていた。その横にキーロック付きのドアが有る。ここの担当者はそこに閉じ込められていたそうだ。もし爆薬が爆発していたら彼らもただでは済まないところだったのだ。

「最後の一人は振り向きざまに頭に一発か。この男、まだ若いな。」

 倒れている男の眉間には小さな穴が開いている。男は目を見開いて口を開ている。おそらく死ぬ寸前に撃った相手を見たのだろう。

「凄腕ですね。大したもんだ。」タイラーが感心したようにつぶやいた。


「こいつ死ぬ前に無線を使っているな。」

 男の左手が無線機を掴んでいる。

「おそらく仲間が殺されたのを見て他の連中に連絡したんだろう。」

「警部、物入れに閉じ込められていた担当者達はなんて言っているんですか?」

「それが何も見ていないんだ。音しか聞いていなかった。ただ面白い話が聞けた。」


「なんです?」

「看護ロボットが一緒に閉じ込められていたんだが、その看護ロボットがドアの方を向いたまま動かなくなってしまったんだ。無論呼びかけにも反応しない。ところが銃声が聞こえてみんな奥に下がった所いきなりドアが開いてロボットが出て行ったそうだ。」

「看護ロボットがドアの方を見ていたんですか?」


 タイラーが何かに気がついたようにパラパラと資料を検索している。


「どうした?何か心当たりがあるのか?」

 タイラーの手が止まり空中に資料が表示される。

「警部、看護ロボットの目は患者の体温を測るために赤外線センサーが内蔵されているんです。」

 タイラーは看護ロボットの仕様書を見せながらコグルに説明した。


「だからドアの向こうに人がいても赤外線で見ればおおよその位置と人数くらいは判るんですよ。」

「今回のハッカーはそうやってテロリストの状況を把握していたのか。とんでもない連中じゃないか。」

 あまりにも手際が良すぎる理由が判った。こうやってテロリストの状況を把握してから一気に殲滅したんだ。


「間違いなく大掛かりなハッカー集団が裏にいる筈なんだがなあ。」コグルは再び頭をかいた。

 そんな奴らがこのコロニーに集結していれば必ず公安がマークしている筈だが、手掛かりどころか全く何にも出てこない。しかし残された状況から何が起きたのかはわかってきた。それは公安の発表とは大きくかけ離れた事実であった。



「こいつもまた変わった死に方だな。」

 ふたりは新生児保育室の前で死んでいた男を見ている。

 看護ロボットに抱きつかれたまま隣で爆発した手榴弾に巻き込まれて死んでいる。自分の手榴弾で死んだのだから自業自得と言えばそれまでだが。


「どうもこいつは新生児保育室に手榴弾を投げ込もうとしたようですね。」

 タイラーは隣で腹部を破壊された看護ロボットを示した。

「いや、見ろドアに弾痕が有る。最初にこの男がドアに向かって撃っている。」

 幸い中の新生児には当たらなかったようだが、中にいた看護ロボットがこの男を取り押さえたようだ。


「ロビーにいたテロリストと同じやり方ですね。」

「どうもそれで苦し紛れに手榴弾を新生児保育室に投げ込んだんじゃないかな。」

「それじゃあこっちのロボットは部屋の中にいたもう一体でその手榴弾を拾った後に腹に抱え込んでテロリストの前で自爆した。そういう事でしょうか?」

「そうとしか考えられんな。馬鹿な奴だ余計なことしなけりゃ死なずにすんだろうに。」

 これを見てもハッカーの技量が判る。タイラーはそう思った。ここまでリアルタイムに看護ロボットをハッキングしているとは恐るべき技量とチームワークである。


「警部はコンピューターの動作記録は調べたんですよね。」

 タイラーは動作記録の解析結果をコンピューターに表示させた。

「ああ、さすがに公安でもコンピューターまでは差し押さえられずに記録をコピーして行ったようだ。ただその後我々も調べたがあの時間帯の動作記録は綺麗サッパリ無くなっていた。」


「確かにその時間帯だけ空白ですね。」

 タイラーの資料はその部分だけ真っ白であった。

「そうだ他は全く改ざんされていなくてしかも復元が出来ないくらい綺麗にだ。」

「そりゃあすごい。ぜひうちのコンピューターチームに雇いたいですね。」

 タイラーが嬉しそうに話す、この男やや技術馬鹿な所があって高い技術を持つものには無条件に敬意を感じてしまう癖が有るのだ

「ああ、全くだ。」コグルも苦々しげに言った。



「最後は人工出産室ですね。」

 入り口から入った所に大きな男が倒れていて首の後ろが弾痕によって破壊されている。明らかに至近距離から撃たれたものだ。

 壁にはたくさんの金魚鉢のような物が埋め込まれている。なんでも人工子宮だそうだ。その前に男が3人倒れている。

 誰も物陰に隠れておらず正面から撃たれている。しかし3人共銃を握っており敵が近づいていたことを示していた。

 部屋の奥にはやはり爆薬が据え付けられておりかなり危険な状態であったことが判る。


「この入り口に倒れている男はどう見ても軍用サイボーグだよな。」

「そうですよね。こんなごっつい奴なんか他にはいないですよね。」

 一目見ただけで軍用規格サイボーグとわかる。普通軍用サイボーグは登録されていて凶器を持っているのと同じ扱いになる為シリアルナンバーが見つかれば直ぐに身元は割れる筈だ。


「サイボーグボディの出処はもう調べたんですか?」

「いや、このボディに関しては公安が回収していて手がかりがないから調査できないでいる。しかも連邦公安捜査局の発表にこの男はいない。」

 コグルは苦々しそうに言っな顔をする、握りつぶされたのだ。


「軍用ボディは確か退役時点で返却して民間ボディに乗り換えるんだよな。」

「そうですよ、ただし一部の企業に限ってはレンタルが認められていんです。大手の警備会社と公安関係なんですけどね。」

「公安?連邦公安捜査局のことか?なんかまるっきりお約束みたいな設定に見えすぎるな。」

 こんな見えすいた手口を公安が使うこと自体がバカバカしすぎる様に見えなくもない。もっとも最初から特攻に紛れて逃げ出すつもりなら考えられなくもないが。


「しかし巷には結構こんなボディは出回っていてな、時々大暴れする奴がいてこっちも対サイボーグ部隊が出動することが有る。」

「あれは不法改造でしょう。あいつらは民間パーツの改造型か軍用のジャンクパーツの寄せ集めたもので格好はともかく性能は段違いですよ。」

「俺にはこいつが純正の軍事サイボーグに見えるんだがね、調べられるか?」

「軍用のであればパーツにIDが刻印されて居るはずですからIDが見つかれば身元は判りますよ。」

「その辺の調査は頼むよ。」

 身元はともかく本当に軍用ボディだったとすればどうやってこいつを倒したのかが判らない。普通の手段で軍用サイボーグを倒せないことはコグルも判っていた。


「しかしこんな化け物をどうやって倒したんだろう。」

「後ろから撃たれたんじゃないんですか?」

 タイラーはサイボーグの首筋の弾痕を示して言う。


「誰が後ろから撃ったんだ?この男が中にいる連中を撃った後で誰かがこいつの頭を後ろから撃ったとでも言うのか?」

 サイボーグは銃を握って倒れている。弾の発射方向から考えてもこのサイボーグが部屋の中の人間を撃ったのは間違いなさそうである。

 では誰がこのサイボーグを撃ったのかということが問題になる。


「中で死んでいる連中は間違いなくこいつが殺したのか?」

「そう思いますね。銃弾痕を示しますよ。」

 倒れている死体の体の中に銃弾の貫通した後が赤く浮かびあがった。 

「確かに全員この前の方からの銃弾が当たっているな。」


「ただ仲間を撃ったこの男は凄腕ですよ。発射された弾は全部人間に命中して後ろの人工子宮には一発もあたっていないんですよ。」

「なんだ?そりゃ神業じゃないか。」

 コグルが驚いで口笛を吹く。


 短機関銃は都市部のような閉鎖空間で威力を発揮する。

 至近距離にいる敵に向けて弾をばらまいて制圧する面斉射を行う事を目的として作られている。つまり散弾をばらまくようにその一帯に銃弾を撃ち込むのだ。

 しかし人工出産室を制圧した者は敵ひとりひとりに対し点射を行って殺害している。

 つまり機関銃を小銃のように扱っている事になる。こんなことの出来る人間がいるのだろうか?

「昨日の連邦捜査局の発表では仲間内の対立で同士討ちを起こしたと言っていましたね。この男の正面にも3発の弾痕がありますね。装甲に跳ね返されていますけど。」


 この状況では公安もそう発表せざるを得ないだろう。警察も現場を見ているからあまり現場と違いすぎる発表は出来ないということだ。


「しかしそうであればこのサイボーグの首筋の弾痕は誰が付けたんだ?」

「廊下にいた二人を殺した奴に決まっていると思いますが?」

 それは判っている。問題はどんな奴がそれをやったかという事だ。あまりにも神出鬼没すぎるし手際が良すぎる。どうやって現場に侵入し何人でこいつらを殺ったか?そしてその人間はどこへ消え去ったか?


 ハッカーが絡んでいるのは判っている。それならば今回の事件は事前に計画が漏れていた事になる。

 こいつらがこの計画を始めた頃からカウンターの攻撃を狙っていたことになる訳だ。ありえるのだろうか?そんな事が。


 今までの現場を見てくると明らかにテロリストとそれを倒した者は戦闘を行なっている。相当大掛かりな組織が今回の事件には絡んできていると考えたほうがいいだろう。

「やはりこの事件の大きな謎はその事に尽きるな。いったいどんな奴らがこいつらを殺したかだ。」

 テロリスト達は全員が殺されるか逮捕されている。その背景は公安が調査することになっている。それが職務分所である。

 しかし公安のあからさまにおかしな態度に先手を打って現場のデーターを取らせたコグルでは有ったが、ここまで訳の分からない状況にぶち当たるとは思ってもいなかった。


 何しろ特攻が突入した時点で事件の全ては終わっていたのだ。


「廊下の男も見てみますか?おい、廊下の方へ移動を頼む。」

 周囲の景色が移動して廊下に出ると二人の男が倒れている。コグルは手前の男の前で屈んで見る。

「この男は背中から打たれているな。ん?」死んだ男の顔が少し変な感じなのに気がついた。

「どうしました?」タイラーも覗きこむ

「顔に圧迫痕がある。」

 コグルが男の顔を指さす。もう少しはっきり見ようとコグルは頭を持ち上げようとしたが無論映像なので触ることは出来ない。


「ホントだ。ナンバー2をひっくり返してくれ。」

 男が少し浮き上がると空中で裏返しになった。うつ伏せになっていた顔が見えるようになる。

「なんかで顔を圧迫されていますね。」

 顔の両側から何かで締め付けられたような跡が見える。

「こいつの顔の破損状況を見せてくれ。」

 そうコグルが言うと死体の顔が透けて骨格が見えるようになった。


「首が折れていますね。顔面も少し締められた跡が見られます。万力のようなもので締められたんでしょうか?」

 コグルは男の顔に手を当ててみた。締めたものが指の跡のように見えたからだ。その跡はコグルの手よりも少し小さかった。


「あいつじゃないのか?」コグルは倒れている看護婦を指差した。

「まさか、看護ロボットですよ。」

「看護ロボットは見かけによらず力が強いんだ。患者を持ち上げたりするからな。リミッターを外せば相当な力が出ると聞いてる。」

「詳しく見てみましょう。看護婦のところへ行ってくれ。」

 看護婦が急速に近寄って来て二人の前で止まった。


「こいつではないでしょう。撃たれて壊れていましたから。」

「倒れ方がおかしいな。」倒れている看護婦を見ながらコグルが首を捻った。

「え?何かおかしいところでも?」

「見ろ、正面から撃たれているのにうつぶせになっている。」

 正面から撃たれた場合当たった弾に押されて後ろにひっくり返る筈だ。

 まして人間と違って痛みを感じないロボットが倒れる途中で体を動かすとは思えない。


「撃った奴が腹立ち紛れに蹴飛ばしたんじゃないですか?」

「看護ロボットは結構重いんだ。蹴飛ばしたら足を痛めるぞ。」

 タイラーはなんとなく看護ロボットは先ほどの二人に撃たれたものという感じを受けていたが、もしコグルの言う通りだと逆に看護婦が二人を殺した事になる。

 しかしそうなればサイボーグがこの看護婦を撃ったことになる。やはりもう一人がいたという事がはっきりした。


「看護ロボットをひっくり返してくれ。」

 看護ロボットが空中に浮き上がり反転する。

「正面から数発銃弾を受けていますね。やはりそこに落ちている機関銃で撃たれたんでしょうか?」

 多分そうだろう。しかしそれよりコグルはおかしなことに気がついた。


「ナース帽を付けていないな。靴も履いていない。なぜこいつが撃たれなくちゃならないんだ?」

「いきなり鉢合わせして族がびっくりして撃ったとか?」

 そう言った後タイラーはコグルがすごく渋い顔をして睨んでいるのを見て「んな訳ないですよね。」軽薄そうな声で言う。


「だけどこいつはどこから来たんでしょう?」

「いや、それは判っている。卵子貯蔵庫に監禁されていた連中が証言してる。一緒にいた看護ロボットがいきなり出て行ったそうだ。」

「ドアが開いたんですか?連中どうして逃げなかったんでしょう。」

「またドアが閉まって出られなくなったそうだ。」


「なんかものすごく手回しがいいですね。ロボットをハッキングしながらドアのコントロールも一緒にハッキングですか?一人がやってる訳じゃないからそんなに上手く連携なんか取れっこ無いでしょう。」

 今までの状況から見えてくるのはこのハッカー集団は能力だけでなく実に統制がとれている。

 ロボットだけ、セキュリティだけならともかくこんなに見事な連携など素人のハッカー集団などにできるレベルではない。


「一体どんな組織がこんな仕事をしたんでしょうかね。」

「ん?これはなんです?」タイラーが何かに気がついたようにロボットを指さす。

「なに?」

「ほら、ここです、この弾の進入口。」

 タイラーの指差す所に何か黒いものが付いている。


「これは?」

「ロボットを拡大してくれ。」

 看護ロボットの体が二人の目の前で大きく広がる。二人は弾の侵入口に顔を寄せあって凝視する。

 拡大画像の解像度の限界付近で弾の進入口に当たる部分の周りに繊維が付着しているのが見えた。


「焦げじゃないな。」

「分析をしてくれ。」タイラーが管制室に連絡する。

「看護服とは違う種類の、繊維ですね。色は黒。この機械だとそれしか判りませんね。」

 タイラーの目の前のスクリーンに解析結果が表示される。

「このロボット、上に黒い服を羽織っていたんじゃないかな?誰かがそれを後で脱がした。そう考えられなくはないか?」


「何のためにですか?」

「当然!自分が着るためだ。」

「奴らは間違えて看護婦を撃ったんじゃない。この殺戮を行った奴が看護婦を身代わりに仕立てたんだ。」

「犯人に近づくために看護ロボットを囮につかってこの連中の後ろに回ったんだ。」

 コグルはそう言って天井の点検口が開いている所を指さした。


「すごいですね。そうなると犯人は女のサイボーグでその事を犯人連中が知っていたという事になりますよ。さもなければ出会った途端に発砲しないでしょう。」

「その通りだ。しかし女性型サイボーグで軍用サイボーグを倒し10人近くを皆殺しに出来るものだろうか?」

 コグルの疑問はもっともなものであった。


 タイラーも考え込んだ。元々軍用サイボーグに女性タイプはいない。体の大きさ、太さが違うからそんなものは作るだけ無意味なのだ。

「普通に見せかけた特別あつらえの強化サイボーグということになりますね。」

 それでも軍用サイボーグにはかなわないだろう。骨格強度が違うのだ。しかしそうとしか考えられない。そして煙のように消えうせた。


「病院内のセキュリティカメラは何か写っていなかったんですかねえ?。」

 そう言ってからタイラーは気がついた。そんな物はとっくに公安が差し押さえている筈だから警察の手には入りっこ無い。


「それがなあ、何も写っていないんだよ。」

「あれ?警備室のデーターは全部連邦公安捜査局に押さえられたんじゃ無いんですか?」

「蛇の道は蛇だよ。接収される前にハッキングしてダビングした。」

 コグルはあっさりと手口を白状した。


「それ、犯罪ですよ。」

「いや、捜査中は認められているんだ。裁判所の事後承認があれば問題ない。ただリアルタイムでのハッキングは出来なかったようだ。後で画像データーをダビングした。」

 絶対にこの人は事後承認は取っていないなとタイラーは思った。しかし違法な証拠は証拠能力が無いだけだから、まあ黙っていれば判らないだろう。


「連邦の連中が改ざんしたんでしょうか?」

「それだけの時間的余裕は無かったと思うよ。」

「そうなると状況はこうなりますね。テロリストは周到に準備して実行した。ある組織が事前にそのことに気がついて強化サイボーグを病院にもぐりこませ、そしてバックアップのハッキンググループを配備してテロリストの排除を行った?ハッ!警部!ご都合主義すぎますよ。」


 タイラーが肩をすくめる。まるっきりミステリー三文小説の筋書きそのままじゃないか。


「じゃあ何か?正義の味方のスーパーマンがたまたま病院に居合わせて快刀乱麻、悪人達をなぎ倒してまんまと現場から消え去ったとでも言うのか?」

 さすがにコグルの反論よりは筋が通る。コグルの意見だと三流漫画になってしまう。


「まあ、そっちよりはリアリティがありますがね。」

「問題は誰か?ということだ。」

 結局そこに行き着いてしまう。犯行阻止の手口は概ね解明できたが一体誰がどうやってという疑問が残ってしまう。


「やっぱりあそこの自治区の連中ですかね?」

「今回のテロリストの背景はまだ発表されていない。あの声明文は人口出産そのものよりもそれにより生まれる孤児の存在を問題にしていた。それを強く主張しているのがレグザム自治区だからな。」

「連中がテロを起こしたとして、バラライトは大喜びで軍を派遣しますよ。テロ支援国家とか言って。」

「だからさ、この事件の最初から連邦公安捜査局が入ってきたろう。早すぎるんだ。それにものすごくひっかかってな。君らに来てもらったんだよ。」

「最初から警部は今回のテロ事件は狂言だとお考えでしたよねえ?」

「証拠は無い。一番最初に俺が感じた直感だよ。」


 それにしても今までの事を考えるとテロリストに対する阻止行動は個人での活動能力を大幅に超えている。やはり国家規模の組織がなければ今回の行動は無理だろう。

 レグザム自治区の連中がこの計画を未然に気がついて阻止行動に出たとすれば、ありえない話じゃない。


「しかしそれにしたってそんなに都合よく出来ますかね?あれほどの手際でやるには相当計画を練っていなくては不可能でしょう。」

「つまり連邦の内部に事情に通じた奴がいるということさ。」

 だとしてもマスコミを押さえている政府は次に事実を捻じ曲げて報道するだろう。

「これは連邦とレグザム自治区の連中のウラの戦いですね。我々がうかつに手を出すと消されますよ。」

 タイラーの言うことはもっともである。政府の真実に近づきすぎて消された例は数多くある。


「うまく立ち回れば2度とこんな計画はやらせずに済む。それと連邦とレグザム自治区の戦争を回避できる。」

「真実をばらしたとたんに我々は自宅で首を吊るか、交通事故であの世行きなんて事になりますよ。」

 コグルはタイラーの顔を見た。こいつらをこれ以上危険な目に合わせて良い物だろうか?そう考えざるを得ない。

 ところがタイラーは平気な顔をして言葉を繋いだ。


「それでどこからはじめますか?」


「あの看護婦の服に付いていた黒い繊維からだ。あの日のニュース映像の中から開放された人質の映像を全部調べてくれ。放映されたものだけじゃなくマスコミにあたってオリジナル映像を集めさせる。」

「判りました黒い服の女を捜すんですね。」

「その人間が直接やったかどうかは判らないが、関係は有るだろう。」

 その女を見つけたとしてどうするのだ?警察が探すべきはテロの首謀者であり、事件を未然に防いだ組織を探すことではない。第一自分達の捜査が連邦にバレたら今度はその組織が危なくなる。そんな事をコグルはしようとしているのだ。


 その日連邦政府の事件に関する発表が有った。予想通りテロ組織『木星の風』の犯行と断定し、その組織に支援を行っているのがレグザム自治区であるとしていた。

 どうやら連邦は強硬に事を進める事に決定したようである。既にマスコミを通じたレグザム自治区へのバッシングは激しさを増している。事実がどうあれそれを押し込んで既成事実とするつもりだ。



「奴ら戦争を始める気だな。」コグルはひとりつぶやいた。


アクセスいただいてありがとうございます。

ハイテク渦巻く情報戦。進みすぎた化学は魔法と区別がつかない。

いとも簡単に真実にたどり着くアナログ人間コグル。

アナログはデジタルに勝てるのか?…以下騙し合いの次号へ。


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