表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
19/66

バトルサイボーグ

 銃声を聞いた人工出産室のテロリスト達は色めきたった。そこへ卵子貯蔵庫の仲間からの連絡が入る。黒服の女に襲われたらしい。

 直ぐに二人の仲間が部屋から出て外をうかがう。軍の特殊部隊でなく女のコマンダーだとでも言うのか?


 同じ事を無菌エリア入り口を固めていたテロリストも考えていた。背後に敵を抱えてしまったのだ。

「オレは出産室の連中の所に行く。」一人の男が言った。

「判ったここは今の所まだ異常は無いからな。」

「どっちにいても無理はするなどうせ最後は投降するんだからな。」

 男はふっと微笑むと「わかった。」と答える。


 しかし何者が忍び込んだのであろうか?警備室が制圧されたのであろうか?しかし警備の連中とはさっき連絡したばっかりだと言うのに。

 男は新生児保育室の前を差し掛かった時ふと思い当たるようにドアの前で止まった。

 そういえばここの部屋にはチェックした時は看護ロボットしかいなかったのでそのままにしてあったのだ。もしかしたら誰かこの部屋に隠れていた者がいたのかも知れない。そう男は思ったのだ。


 男はドアを開けようと思ったが思い直してドアから離れると腰だめに銃を構えたドアに弾を撃ち込んだ。

 するといきなりドアが開いて看護ロボットが現れる。男は一瞬ひるんで引き金を引く手が止まった。

 看護ロボットはためらうことなく男の銃を握るとひねりあげた。難なく銃が手からもぎ取られる。すごい力であった。ロボットは男に抱きつくと自ら倒れこむ。

 普通の人間より遥かに重いロボットに抱きつかれた男はロボットと一緒に倒れこんだ。ロボットはさらに足も使って男を抱きしめると関節をロックしてしまった。


 金属製のマネキンと化したロボットに抱きつかれた男は身動きが取れなくなってしまった。

 


 出産室のドアの所で見張っていたテロリスト達は廊下の向こうから足音が聞こえてきたので銃を構えた。角を曲がって人がこちらへ歩いてくるのが見える。黒い服を着た女で有る。

 ゆっくり歩いてくる女めがけて二人は銃を乱射した。銃弾を受けた女はもんどりうってひっくり返る。一人の男が倒れた女の元に駆け寄る。

 女は白い看護服の上に黒いワンピースを着ていた。しかし撃たれたにも関わらず血が流れる事はなかった。


「こいつロボット!!」


 そう男が思った刹那背後で悲鳴が聞こえた。いきなり天井から降りてきた女がもう一人の男の顔をわしづかみにすると壁に叩きつけるのが見えた。

 女は下着とストッキングにガーターのみと言う格好だ。一瞬で男は理解した。自分の服を着せたロボットを囮にした女は通気口を使って自分達の背後に回ったのである。

 あわてて銃を構えると女に向かって銃を撃つ。しかし女は壁に叩き付けた男を盾にした。銃弾を受けた男は手足をばたつかせて絶命した。

 女は死体を盾にしたまま男の方に駆け寄ってきた。何と言う力だ。さらに銃を発射するが軽量ソフトポイント弾の悲しさである。弾は人間の体を貫通しない。

 コロニーでは貫通力の強い銃弾は使えない。施設に与える被害を最小に留めなくてはならないからだ。


 シンシアは男との間合いを詰めると相手の銃に手をかけた。銃をプロペラのように回転させると銃を持つ指の骨が折れた。


「ぎゃああ~っ」男が悲鳴を上げる。

 相手の銃を奪ったシンシアはためらうことなく相手の眉間に銃弾を打ち込んだ。

 銃声に部屋から飛び出してきた男がいた。通路に設置されているカメラによってそれを見ていたシンシアは振り返ることなくその男に銃弾を浴びせかける。

 銃弾を浴びた男はその場に立ち止まったが倒れる事は無かった。身長2メートル程の大男だが異常にたくましい体をしている。

 


 新生児保育室の前で男は見動き出来ずにいた。看護ロボットの体は見かけ以上に重く丈夫であった。

 かろうじて銃に手が届いた男はロボットの頭めがけて銃を発射した。弾は頭に当たると反射してあらぬ方向に飛ぶ。しかしロボットの締め付けが緩む事は無かった。

「く、くそっ。」

 こんな状態では部屋の中にいる敵にやられる。そう思った男は手榴弾に手を伸ばすとピンを抜いて室内に向けて転がした。

 手榴弾は新生児保育器の足元にむけうまく転がっていく。すると別の看護ロボットが現れ手榴弾を拾うとそのまま男の横に歩いてきた。

 看護ロボットは自らの腹に手榴弾を抱え込むと男の目の前で体を丸めた。


男は目を丸くして恐怖の叫び声を上げた。


 

「シンシア!なんなのあの化け物みたいな男は?」

 かろうじてシンシアの見ている景色を拾えたマリアは叫んだ。


「バトルサイボーグと思われます。」

「なんですって?なんでそんなのがここにいるの?軍のサイボーグじゃないの。」

 おかしい。このテロは何かおかしい。軍のサイボーグ兵器がこんな所に居る筈がない。


「逃げるのよシンシア!!そのボディでかなう相手ではないわ。」

 大男のボディは装甲が厚いらしいこの程度の火気ではダメージを与えられないようだ。


「貴様擬体だな。ずいぶんと刺激的な恰好をしてくれるじゃねえか。」

 男はにやりと笑い、銃を撃とうとした。しかしさっきの銃撃が銃を壊したらしく弾が出ない。男は銃をちらりと見たがすぐに捨てた。

 シンシアが立ち上がると男は拳を握りファイティングポーズを取った。素手で相手をするつもりらしい。

 シンシアは銃を捨て、装備していたナイフを抜くと身構える。同時に軍のコンピューターに侵入し軍事用サイボーグのデーターにアクセスし始めた。


「いいな。姉ちゃん楽しい戦闘になりそうだぜ。」

 男はそう言うとすすっと間合いを詰めると丸太のような腕で殴りかかってきた。


 シンシアはバックステップでかわすと視覚速度を最大限まで上げた。景色が凍りつき相手の動きが駒送りになる。アイカメラの動作限界だ。

 男はジャブを繰り出してきた。一発、2発、わずかに重心を前に移す。次はストレートが来る。シンシアは半歩踏み込み 体をずらす。男のストレートがシンシアの胸をかすめるシンシアの胸の皮膚が少し削ぎ落とされる。

 ものすごい勢いだ。カウンターで相手の顔に蹴りを入れた。しかし男の首はびくともしない。それどころか手を出してシンシアの足を掴もうとした。すばやく体をひねって辛くも逃げた。


『やはりこのサイボーグは強力だ。』


 シンシアの頭脳は最大速度で考え始めた。完全擬体の場合脳の信号を体内コンピューターで電気信号を使っているしたがって人間の反射速度より遅いのだ。

 シンシアはボディを脳が直接駆動している為サイボーグよりは早く動ける。無論ボディの持つ基本性能を上回ることは無い。しかし同時に通信速度の限界も有り速度にそれ程の差は現れない。

 無機頭脳研究所に有るシンシアの本体は使用電力が跳ね上がりみるみる本体の温度が上がり始る。


 冷却装置がフル稼働しはじめ部屋の温度まで上がり始めた。この状態をあまり長くは維持できない。


 男は更にパンチを出してきた。男は安定した姿勢のままパンチ攻撃を続けるつもりらしい。相手の攻撃を交わしながらシンシアはこのサイボーグの弱点を探した。

 パワーでは問題にならない。もし捕まえられたら相手のパワーはシンシアのボディをへし折ってしまうだろう。

 スピードも体の重さのためやや遅いがシンシアのスピードと大差ない。唯一の利点は思考速度の差だけである。相手の動きを先に計算できるのでかろうじて攻撃を交わしている。


 その時、男が軸足を回した。蹴りが来る!シンシアは体を大きくそらし紙一重でかわす。恐ろしいほどの威力が有った。当たればシンシアの首は吹っ飛んでいただろう。

 しかし大きな威力の蹴りは放った本人の体勢も崩す。男は体を反転して背中を向けた。シンシアはナイフを抜くと前に出る。男は蹴った足を床につけ背中を向いたまま両足を揃えた。

 背中に向かって蹴る気だ。男は反対の足を真後ろに向かって蹴りだした。シンシアは蹴りの軌道から体をずらすと軸足の膝の裏側のジョイントにナイフを突き立てた。


 男は一瞬たじろぐが、関節に決定的なダメージは与えられなかったようだ。しかし少し膝の動きが悪くなった。スピードは殺せた。

「クールだぜ、姉ちゃん。だがそんな物で俺の体は切れないぜ。」

 男は腰からナイフを抜き出すと構えた。一般兵士の二回り程も大きさのあるバトルサイボーグ専用の大型ナイフだ。シンシアはもう一本のナイフを抜き両手に構える。


「面白いそう来なくちゃな。」

 男はナイフを思いっきり振り回して来る。シンシアは手に持ったナイフをクロスして受けるが体ごとはじき飛ばされる。

「やっぱりそのボディは一般用のボディだな。そんなものでこの軍用バトルボディに対抗できると本気で思っているのか?」

 男は更にナイフで攻撃してくる。シンシアは体を後方にずらしながら相手の攻撃を受け流す。男はシンシアの腕をナイフごと跳ね上げるとシンシアの顔めがけてナイフを突き出してきた。間一髪で体を後ろにずらし回転して後ろに逃れる。

「そんな使い方をしていたら直ぐに関節が壊れっちまうぞ。」

 男は勝ち誇ったように言う。軍用バトルサイボーグに市民生活用サイボーグボディが勝てる訳が無いのだ。男の攻撃にシンシアは廊下の隅に追い詰められて行った。


「もうあとがないぜ。姉ちゃん。」

 男は嵩にかかって真っ直ぐナイフを突き出してきた。シンシアは男の素早い一撃をかわし男の腕にナイフを突き立てるとそれを支点にして宙を飛んだ。そのまま空中で一回転し男の後方に着地する。

 ところがシンシアの膝は着地した途端にがくっと折れた。膝の強度限界を超え膝関節が壊れたのだ。


「そうら、言わんこっちゃ無い。」

 男はそう言い、素早くステップしてシンシアに近づくと手にした大型ナイフを薙ぎ払う。シンシアの首が吹っ飛び廊下をゴロゴロと転がった。


「へっ!」

 男が歓喜の声を上げる。人を傷付けることに喜びを感じる人間のようである。

 首を無くしたシンシアの体がドサッと倒れる。

「やったぜ!」男が誇らしげに叫んぶ。


 しかし倒れたシンシアの体がすっと消えた。

「何だ?」

 男は訳が判らず呆気にとられた。たった今倒したはずの相手の体が消えてしまった。

 その時男は背後に人の気配を感じ振り返ろうとした。


 しかし既に遅かった。男の背後にいつの間にか立っていたシンシアは男の首筋にナイフの先を突き立てた。

 サイボーグ最大の弱点、シェルに包まれた脳髄とボディに搭載されたコンピュータを繋ぐバイパスがそこには有る。

 フレキシブルチューブに囲まれたそれはジョイント部分の強度が不足するのである。したがって作戦行動時は防弾カラーとヘルメットで防御しているが今日の男はそれを付けていなかった。ナイフはわずかな隙間に狙いたがわず食い込んだ。


 男は一瞬目を見開いたが崩れ落ちるように倒れ動かなくなった。


 シンシアは闘いながら院内通信網から男の制御用コンピューターへの侵入に成功したのだ。男に幻影を見せその間に自分は男の後方に回り込み男の首筋にナイフを突き立てたのである。

 

 シンシアは先ほど自分の服を着て撃たれた看護ロボットの所に行くと服を脱がせ自分で着なおした。そして銃を取り上げると残弾を確認する。弾槽を取り替えるとゆっくり人工出産室に向かって歩き始めた。

 出産室の内部では外の状態がただならぬ様子なのを察知して全員が物陰に隠れて銃を構えていた。

 ドアが開く。サイボーグがゆっくり歩いて入ってきた。

「やっつけたか。」

 安堵の声が上がりみんなが物陰から出てきた。


 ところがサイボーグの後ろからいきなりシンシアが現れ銃を撃つ。サイボーグの出現に安堵したテロリスト達はあっと思う間も無く全員が射殺された。

 シンシアはサイボーグの首筋に銃弾を撃ち込み自分が付けたナイフの傷を消した。銃をサイボーグに握らせるとそこを離れ、急いで廊下を戻る。非常用進入口を閉じるとコンピューターからその痕跡を消した。


 結局誰にも見られることなく最初の部屋に戻るとロッカーの中に隠れた。


 

 事態が膠着してからずいぶん時間が経つ。


「警部、テロリストがマスコミに対するインタビューを何度も要求してきています。いろいろ言い訳していますがもうだいぶネタが無くなって来ました。」

 ネゴシエーターが弱音を吐き始めた。

「奴らの目的はこの事件をアピールすることだ。インタビューさせたらそれこそその最中爆破を決行しかねない。」

 コグルはジリジリするような焦りでいっぱいだった。中の様子はまだわからない。しかし時間が経過すれば爆薬のセットが終了してしまう。奴らの目的はあくまで施設の爆破にある筈だ。


「特攻の連中全く動く気配がありませんね。」

「多分奴らは爆破が終わった時点で突入するつもりなんだ。」

「なんだってそんな事を?」

「わからん。だがどうも公安がテロリストを泳がしていた気がする。」

「公安が?まさか?」

 このネゴシエーターはまだ正義を信じているらしい。コグルはそういった世俗の裏側を見すぎたのかも知れない。


一方テロリストも苛ついていた。爆破班が戻って来ないのだ。予定ではもう合流しても良い時間なのに連絡も通じない。エッジはもう一度無線機のスイッチを入れた。

「卵子貯蔵庫!準備は終わったか?おいっ応答ろ。」

 卵子貯蔵庫では死んだテロリストの無線機を取り上げる者がいた。看護ロボットである。

「こちら卵子貯蔵庫。準備は完了した。」

 看護ロボットが無線機に向かって男の声で応答した。エッジはほっとした。どうやら予定通りに事を進めそうだ。


「なんで連絡をしない。」

「済まない。少しトラブルが有ったが片付けた。」

「判った。俺の合図で爆破しろ。」


「了解。」

 看護ロボットは無線機を投げ捨てると仕事に戻って行った。


 エッジは準備が終了した事に満足した。これで第2段階に進める。


 突然コグルの携帯がなった。


「コグルだ!」コグルがイラ付いてぞんざいに答えた。

「コグル警部ですね。」女の声がした。


「なんだ?新しい情報か?」

 本部からの連絡だと思ったコグルは見知らぬ相手の声に躊躇する。

「こちらは病院内の警備の者です。人質を監視しているテロリストは私が制圧いたします。5分後にシャッターを開けますから。皆さんで突入してください。」


 なんだこの女この忙しい時に何の冗談だ?病院内の警備?一体誰のいたずらだ?


「なに?なんだ?お前何を言っている?」

「テロリストは6名、人質はロビーの真ん中に座らされています。発砲は控えて下さい。」

 考えて見ればこの携帯は本署連絡専用だ。限られた人間しか通信は出来ない。スクランブルがかかっているのだ。すると関係者か?


「誰だ貴様は何者だと聞いている?第一どうやってこの電話番号を調べた?」

「電話帳で調べました。それではお願いいたします。」それきり電話は切れた。

「ちくしょう。一体どこのどいつだ。電話帳などに載っているものか。なめやがって。」


 コグルは発信元を調べる特別なコードを打ち込んだ。驚く事に発信元は無かった。

「なんだあ?いたずらにしては手が込んでる。まさかハッキング部隊が成功したのか?」

 今はどんな情報でも頼りたい状況だ。コグルはしばし逡巡した。しかしこの情報を信頼しなくとも結局は準備しておいて損は無いと判断した。


 すばやくコグルはSWATに伝える。SWATが前に出てシャッターの横に陣取る。爆薬と閃光弾は既に配布されているはずだ。テロ掃討作戦の基本だからな。

「おいっ。何をやっているんだ勝手な事をするな。」

 ジタンが異変に気づいてコグルに詰め寄る。

「いやっそろそろ交代の時間なんで。」

 ぬけぬけとコグルは答えた。ジタンは激しくコグルをにらんでいたがそれ以上は言わなかった。

 

 テロリストも同様に苛ついていた。


「おいっ、マスコミはどうした。まだ集まらないのか?それならまず卵子保管室を爆破することにする。」

 再びネゴシエーターにその様に連絡をしてきた。

 コグルはネゴシエーターにインタビューを受けるように合図した。


「待てっ。判った。マスコミは集めた。いつでもインタビューは可能だ。」

「ようやく判ったか。人間素直さが一番だぜ。」

 どちらにせよ潮時だ。これ以上引き伸ばしは難しい。コグルは賭けることにした。

 エッジは一人で出てきた。ネゴシエーターはマスコミに少し離れて周りを囲む様に配置させ、テロリストに対し警備状況を見せないようにした。

「さあ、お望み通りの状況だ。君の好きなように演説すればいい。」ネゴシエーターはエッジにマイクを渡した。

「ふん、ようやく素直になったみたいだな。」

 テロリストはマイクを受け取ると自らの目的を喋り始めた。

 

 病院のロビーでは人質となった人々が一団となって座らされていた。テロリストは武装して周囲に立っていたが何か変な感じを受け緊張していた。

 ほかの部署からの連絡が入らなくなっており、作戦が成功したのか否かわからない。しかし爆発音は聞こえない。予定時間は過ぎていた。

 マスコミの前での演説要求など時間稼ぎに過ぎなかったが用意が出来たと言うので仕方なくエッジが出て行った。


 その時テロリストの目に封鎖していたはずの病棟から一人の看護婦が現れこちらにゆっくり歩いて来るのが見えた。


「とまれ。何をしている。」テロリストの一人が大声を上げた。

 人質が一斉にテロリストと看護婦のほうを見る。看護婦は何事も無かったように歩き続ける。

「ちっ、このやろう。」テロリストが舌打ちして銃を上げた。

 すると看護婦の後ろからまた看護婦が現れた。この時テロリストは気が付いた。この看護婦は人間では無くアンドロイドだ。危険はない。

 安心したテロリストは銃を下げた。しかしさらに新しい看護婦が現れると状況の異常さを感じ取った。


「とまれ、命令だ!」

 そう言ってみたが看護婦は止まらず、さらに多くの看護婦が集まって来る、やがてロビーの周りをぐるりと囲んだ。

「おいっ、とめさせろ!」

 テロリストは医師に銃を突きつけた。


「看護ロボット!私は医師のグルードだ。緊急命令J53B8A全ロボット停止。」

 しかし看護ロボットは動きを止めること無く集まり続ける。

「止まらないじゃないか。」テロリストが医師に詰め寄る。


「し、しらん、緊急停止命令を発したんだ。止まらないはずがない。」

「このやろう。」

 医師を殴り倒したテロリストであったが、身の危険を感じ一斉に銃を構えた。


 すると周りを囲んだ数十体の看護ロボット達は一斉にテロリストに向かって歩き始めた。

 数十人の看護婦が微笑みながら一斉に歩調をそろえて歩み寄って来る様はテロリストならずとも薄気味悪さを感じざるを得ない。

 パニックに至ったテロリストの一人が一体の看護婦に向かって発砲した。


 人質は一斉に頭を下げ、床に伏せた。

 数発の弾丸を受けた看護婦は一度倒れたがすぐに起き上がり、足を引きずりながら再び歩き始めた。その姿はさながら出来の悪いゾンビ映画を見るようであった。その光景は更なる恐怖をテロリストに与えパニックを起こし更に銃を撃とうとした。


 その時ロビーに大音響の音楽が鳴り響いた。


 突然の事にテロリストは周りを見渡し人質は耳を塞いだ。一瞬の事ではあったが看護婦の事を忘れる。

 テロリストの前に突然女性の顔が現れた。人質に何人かの看護婦ロボットが紛れ込んでいたことをこの時まで完全に忘れていた。

 彼女達は今の騒ぎの間にいつの間にかテロリストに近寄っていたのだ。


 うっすらとほほ笑みを浮かべた顔を間近に見つけたテロリストは悲鳴を上げた。


 いきなり目の前に現れた看護ロボットは恐ろしい力でテロリストに抱きついた。

 見た目よりはるかに重い体に抱きつかれたテロリストは看護ロボットと共に床に倒れこむ。周りにいた人質は一斉にその周りから離れる。

 必死に看護ロボットを引き剥がそうともがくが動かない。銃で撃退しようと銃口を動かすがうまくいかない。苦し紛れに銃を撃つ。


 しかしいつの間にか近づいていた別の看護ロボットが銃口の前に立ちふさがって銃弾を受け止めた



 コグルは何がおきるのか判らないまま、全員の配備を終わらせた。ジタンは仕方なく特攻も同様に配置を命じる。


「中で何か異変は起きているか?」シャッター越しに聴音機で中の音を聞いている隊員にコグルはたずねた。

「今のところ何も。」その時ヘッドフォンに銃声が響いた。

「銃声です!」

「なに!?」

 突然隊員は突然ヘッドフォンをむしりとった。


「どうした!」

「大音量の音楽が聞こえます?」

 隊員はヘッドフォンを片耳に押し付けなおすと「ベートーベン。」そう叫んだ

「ベートーベンがどうした?」

「ベートベンの第9、喜びの唄が聞こえます!」


 そう言った隊員の目の前でシャッターが上がり始めた。

 

 マスコミの前でアジ演説を始めようとしていたエッジはいきなりの音楽が聞こえ始めた事に憤慨していた。

「お前ら結構粋なことをやるじゃないか。音楽を止めろ。俺の演説が聞こえなくなる。」

 腰の拳銃を抜くとネゴシエーターに銃口を向けた。

「ま、まて俺じゃない。落ち着け。」

 ネゴシエーターは慌ててそういった。そのテロリストの背後でいきなりシャッターが上がり始める。


「貴様やったな!」

 テロリストが後ろを振り返った刹那、ネゴシエーターはテロリストに飛びかかった。周囲を囲んでいたマスコミは一斉に後退する。

 ネゴシエーターは必死で拳銃を奪おうとした。しかし男はものすごい力でネゴシエーターを跳ね飛ばした。

『やっぱりコイツ素人じゃない。訓練を受けている。』

 そうネゴシエーターは思ったがもう遅い。立ち上がったテロリストはネゴシエーターを撃とうと銃口を向けた。


 しかしマスコミに紛れた私服警官が一斉に銃を抜きテロリストに銃を向けると叫んだ。


「動くな!銃を捨てろ!」

 銃を構えた警官に囲まれている事を悟ったテロリストは銃を捨てた。


アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

ハリソン・コグル         シドニア・コロニー警察の警部

ユトリロ・タイラー        シドニア・コロニー警察の鑑識署員

ユンバル・ジタン         連邦公安捜査局のシドニア・コロニー本部長

強力すぎる力を見せつけたシンシア、驚愕するマリア。

マリアはシンシアを守り切れるか?…以下大事件の次号へ


感想やお便りをいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ