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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
18/66

ネゴシエーター

 コグルは携帯を取り出すと電話をかけた。


「私だタイラーをたのむ。」

 鑑識チームのチーフだ。昔新人だった頃面倒を見たことが有る男だ。刑事には向かなかったが鑑識に行ってめきめきと力を付けてきた。

 鑑識の中ではコグルが一番頼りにしている男だ。


「はい、タイラーです。警部ご無沙汰ですね。」

「是非君に頼みたい事が有ってね。」

 コグルは猫なで声で言った。――いかん悪巧みを考えているときは直ぐに態度に出る。――

「なんです?なんか下の方が騒がしい様ですが自分の出番の様には思えませんが。」

 タイラーはコグルの猫なで声を聞いてすぐに何か悪いことを企んでいると気がついた。


「ああ、テロリストが病院を占拠した。」

「そいつは大変だ犯人が捕まっても現場は荒らさないでくださいよ。」

――何をやらせたいのかな?面白いことだといいな。――タイラーは倒錯した思いでコグルの指示を待った。


「いや~っ、君にも現場を見せてやろうと思ってね。気晴らしに。」

「そいつはいいですね。それじゃあ行きますよ。何を持って行きましょうか?」

「いや、君ひとりじゃない手空きの人間かき集めてS装備で来い。」


 !!? S装備? 


 SWATの装備のことか?ばかいっっちゃいけない僕ら鑑識だぞ銃なんか撃てやしない。

「冗談でしょ。私が銃なんか撃ったら自分の足を撃っちまいますよ。」

「当たり前だ。弾なんか入れてくるんじゃないぞ。」

――あ、やっぱし。あたり前だよな~。ちゃんと判って言っているんだ。――


「何をたくらんでいるんです。」

「ちょっと気に入らない事があってな。現場を検証する時間がなさそうなんだ。」

――成る程そういうことか。てことはSWATにまぎれて現場検証をしちまえってことだ。するとごく短時間で検証が出来る装備が必要だな。――


「時間が無いけど検証したいと?」

「物わかりがいいな。」コグルが再び猫なで声になる。

「そんなに急ぐ理由はなんです?」

 タイラーはなぜかワクワクしてくるのを感じていた。

――どうも鑑識なんかやっていると刺激が無くていけない。コグル警部のような悪人と付き合っていると刺激的なことがいっぱい有っていいな~。――


「俺より早く特攻の連中が出張って来てやがるんだ。」

――成る程。そういうことか。この事件は連邦公安捜査局が絡んでいる訳だ。我々に知らせたくない何かが有る。――

「えらい手回しがいいですね。いつもは終わり頃やってきて手柄だけかすめ取っていくのに。」

「そう思うだろう。」

――かなりヤバイ話だということは判りましたよ警部。多分乗る奴はたくさんいますけどね。――


「しかし事実関係が判ってもこの装備だと証拠能力は低いですよ。」

「何を言っている。何事も真実を追求するのが我々の仕事じゃないか。」

――つまり何か判っても正規の方法では発表出来ないということか。逆に言えば非正規の方法もあるということだ。警部は公安嫌いだからな~。――

「そう言うことなら鑑識課一同協力は惜しみませんよ。」

「SWATの連中はもう出たはずだ後から追っかけてこい。」

「了解しました。」


 コグルは電話を切ると指揮車へ向かった。


 特攻の連中は三班に分かれて偵察に出ている様だ。特攻の隊長は指揮車の中で偵察中の連中と交信しており、病院の警備責任者が来ていていろいろ説明していた。

「警備システムは全館にわたって切られています。しかし看護システムコンピューターは支障なく動いているので今のところ患者の看護に関しては支障が出ていません。封鎖されている外来以外の部分では正常に業務が続いています。」

「つまり看護システムは手つかずでアクセスも可能ということだな。そこから情報をとれるな。」

「看護システムへのアクセスは今署の方でやっています。」コグルが答える。


「第一斑が目的地へ着いた。シャッターが下りているそうだ。」

「部長、避難ドアが有るはずですが。」

「いや、迂闊には開けられない。爆薬が仕掛けられている危険がある。」

「隊長、盗聴器はセットしたのか?」

「部下にに持たせました。仕掛けるはずだからじきにここでモニター出来るでしょう。」

 主導権が公安にある以上コグルとしては警備以上のことは出来ない。


 苛立ちを覚えながらコグルは警官隊にそれぞれの出入り口を固めうように指示をする。


「いいか人質の安全が最優先だ勝手に動くなよ。」

 地元警察への配慮だろう。ジタンは人質保護の建前を特攻に命じた。

 その言外には警官の目の前ではさすがの特攻も無茶は出来ないだろうから目を離すなと言っているのだ

「コグル警部SWATが到着しました。」

「よし。」

 コグルは状況を説明するとSWATを4班に分けてそれぞれに警備に付けた。


「やはり奴らの目的は人工出産室なんでしょうね。」

 SWATの分隊長が地図を広げながら戦術を検討する。

「たぶんそうだろうこの病院はそれをねらうのに非常に良い配置をしている。」

「連絡によるとシャッターを閉じられたとの事だったので爆破用の爆発物とテロ制圧用の閃光弾と煙幕弾を装備して来ました。」

 ここに来る間SWATの連中は配置図を頭に入れてきたようだ。うちの連中も結構やるじゃないか。コグルはそう思った。


「ネゴシエーターをひとり呼んだ。そいつに交渉をさせて良いかな?」

 コグルはそうジタンに告げた。多分断られるだろうとそう思っていた。彼らは他人の口出しをひどく嫌う。

 ところが意外にもジダンはすんなりそれを認めたのだ。

 ネゴシエーターは上着を脱ぎ、シャッターの方へ歩いて行った。


 両手を高く上げ二つのトランシーバを持っていた。警備室を占拠した連中は室内の通信を切ってしまいあらゆる通信が出来なくなっていたのだ。

 ネゴシエーターが近づくと玄関が開いた。顔を隠した男が進み出てくる。

「俺は武器を持っていない。あんた達と話をするのが俺の役目だ。」

 ネゴシエーターが怒鳴る。男は銃らしき物をネゴシエーターに向けると言った。

「それで?」周りが一瞬緊張する。

「あんたらと話をするためにトランシーバーを持ってきた。どちらでも好きな方を取れ。」

 ネゴシエーターは持っていたトランシーバーを両方とも前に出した。


 男は片方を取るとスイッチを入れた。

「聞こえるか?」

「ああ、聞こえる。」

「あんたのことはなんて呼べばいいんだ?」男は少し考えて答える。

「俺のことはエッジとでも呼んでくれ。断崖絶壁のエッジだ。」

「あんまり洒落にならんな。判ったエッジ俺のことはタキシーと呼んでくれ。」


 ネゴシエーターは早速交渉を開始する。彼にとっては神経をすり減らす交渉が始まるのだ。


「まず聞かせてくれ。こんな事をした理由からだ。お互い血を流さずに解決する方法があるかも知れないからな。」

「お前馬鹿か?我々は『木星の風』だ。卵子移民に反対している組織だぞ。」

「それは判っている。だからこそ無関係の人間を人質に取る理由が無いだろう。」


 タキシーの最初の仕事は犯罪者の目的を知ることから始まる。

 世間一般に言われていることと犯罪者の主張は異なるのが普通だ。

「マスコミが少ないな。出来るだけ呼べ。そうしたら話す。」

「お前らの目的は自分たちの主張を述べる事なんだろう。子供を殺せば世間から非難が集中するぞ。

「犯行予告のことか?」

――やはり『木星の風』が出している犯行予告の実行ということだ。――

 問題は実際に胎児達を殺す所まで考えているかどうかだ。それを確認しないと対策は打てない。


「そうだお前たちの犯行予告はマスコミを通じても流されている。」

「お前はどうしたい?突入して我々もろとも一般市民を殺すか?」

「そんな事態はのぞんでいない。だから俺が来た。」

――この男やっぱり狂信者ではない。冷徹な目をしている。テロリストと言うより訓練を受けた軍人のようにすら見える。――


「信用できんな。お前らはマスコミも抑えているからな。生中継すれば抑えきれまい。」

 自分たちの行動をマスコミに流されず握りつぶされたのでは何の意味もない。テロリスト対策の第一歩はマスコミに接触させないことから始まる。それは彼らもよく知っている。だから真っ先にその要求を出してきた。

「黙っていてもマスコミは直ぐに集まってくる。」

「どうかな?おまえ等が規制しているんじゃないのか?」

「そこまで俺たちに権限は無い。」


 嘘とハッタリの騙し合いである。


「大体仮に胎児室の爆破に成功したとしてもお前たちに逃げ道は無い。周りは完全に囲まれているぞ。」

「そうだな逃げ道は無いよな。」


――やはりこいつカマを掛けても反応しない。胎児室か卵子室か、どちらかは判らないが確実に爆破を考えている。――


「特攻が来ている。奴らは荒っぽいぞ。人質のことなぞ構わずに突っ込む。」

「そうか?特攻が出てきているのかそれなら人質を盾に特攻と戦争でもして派手に散るか。おまえも特攻か?」

「いや、俺は地元だ。」

――おかしい特攻の名前を出しても動揺しない。奴が言ったように特攻と一戦を交えて玉砕するつもりなのか?――


「ふん、キンタマ押さえられたおまえと交渉しても話にはならんな。」

「そんな事はない。特攻だろうがなんだろうが邪魔はさせない。俺にとってはひとりの怪我人も出さずに事件を解決するのが仕事だ。おまえ等も含めてな。」

――此処で引いたら相手にされない。もっともテロリストの側も特攻が話に乗るなどとは思ってもいないし人質が通用するとも思ってはいない。絶対に俺とのチャンネルは手放さない筈だ。――


「残念ながらもう怪我人は出ている。」

「状況は少しだけ聞いた。怪我人は何人で容態は?」

「弾を食らったのが4、5人、後は打撲程度だ。」

「直ぐに怪我人を引き渡してくれ。」


――余り時間的余裕は無いらしい。とりあえず向こうの条件は飲むべきだな。少なくとも怪我人だけは引き取らなくてはならない。――


「条件次第だな。」

「何が欲しい?」

「大した条件じゃない。マスコミのインタビューだ。」

「あんたらの主張を話したいのか?」

――どうやら時間稼ぎだろう。人工出産室当たりに爆薬を仕掛けるだけの時間が欲しいに違いない。――

「なにしろこの木星圏でジュピターコンツェルンに逆らったら命が危ないからな。俺たちも命を懸けている。」

「判った直ぐにマスコミ各社に連絡を取る。それと人質に水と食料を届けたい。」


――とりあえず内部の様子を知らなくてはならない。差し入れで侵入出来れば状況が判る。――


「まだそこまで切羽詰まっちゃいない。ここは病院だぜ。」

「そうだな。判った直ぐに手配する。トランシーバーのスイッチを切るなよ。」

 そう言ってタキシーは背中を向けると後ろに下がっていった。背中を向けると言うことは犯人に無防備となる。


 それだけ相手を信頼しているというパフォーマンスだ。



「やはり入り口には爆弾を仕掛けて有るようだ。見ろ多分これがそうだ。」

 指揮車の中で様子を見ていた隊長が言う。

 コグルには良く分からなかったが何かが入り口のところについているように見えた。


「マスコミを集めろ……か。」ジタンが苦々しげに言う。

「警部交渉は見ていた通りです。以前の犯行予告通り卵子保管庫か人工出産室を爆破すると見ていいでしょう。早くマスコミに連絡を、銃で撃たれた人間の一刻も早い救出を。」

「よろしいですな。」

「判った許可する。」

 コグルが手配したところへタイラー達が到着した。


「警部、一応それなりの用意はしてきました。」

「おおそうか、そっちでみんなと打ち合わせをしよう。」

 SWATたちの顔を見てネゴシエーターが怪訝な顔をする。

「警部、あいつら……」

「しっ、あっちで話そう。」


 8人の男達が待っていた。全員SWATの防弾装備にリュックサックと言う格好で集まっていた。


「多分実況検分の時間はほとんどとれないと思っていますので3Dカメラを全員に装着させました。」

 タイラーは両肩の小型カメラを示す。そう言われなければそれとは判らない。


「一通りの資料採取用具と、これを見てください。」

 タイラーは折り畳んだ棒状の物を見せる。


「何だ?それは」

「コンパクトスキャナーですよ。現場でこれはと言うところをスキャンするんです。例えば死体が有ったらそれをそのままスキャンすれば解剖しなくても後で体内をデーターとして見る事が出来ます。」

「便利なものだな。」


「警部、鑑識の連中にこんな格好をさせてこいつら殺すつもりですか?」

 ネゴシエーターが憮然とした顔で言った。


「なあにどうせ最前線は特攻の連中だ。それに多分戦闘にはならんさ。」

「どういう意味です?」

「いや、なんとなくだ。ネゴシエーター、君は奴らをどう見た?」

「そうですね、嫌に落ち着いていましたね。狂信者であればもっと興奮していても良いはずなのに、それに体のバランスが良いですね。民間人というより何か訓練を受けた人間に見えましたね。軍人のように。」


「冷たい目をしていなかったか?」

「確かにあまり人を殺す事に抵抗を覚えないタイプに見えました。」

 ここでネゴシエーターは気がついた。


「もしかして警部は?」

「しっ、そういうことだ。」

「それならこちらも態度を考えなくちゃいけませんね。」

「多分何かを見つけても上からの圧力で潰されちまうだろうがね。」コグルは皮肉交じりに言った。


「なあに知識は人間を強くしますから。」鑑識の男は相変わらずの皮肉屋だ。


「それより余り時間はないだろう。もし俺の考えが正しいとすれば特攻は連中が病院を爆破するまで動かない可能性が高い。」

「それだけは絶対に阻止しなければ数百人の胎児が死にます。」


「そういう事だ。余り時間はない。もっとも効果的なのはインタビューの最中に爆破することだ。」

「最初に爆破してからインタビューをするかもしれません。それまでに何とか突破口を見つけます。」

「うん。みんな頑張ってくれ。それじゃ頼むぞ。」

 最悪人工出産室の爆破は阻止できないかもしれない。しかしその落とし前はきっちり取ってやる。そうコグルは誓っていた。



 シンシアは常に監視モニターからはずれるように病院内を進んだ。幸いな事にこのフロアはテロリストの脅しが効いているのかだれも廊下には出てこない。


 人工出産室と卵子貯蔵室及び新生児保育室は一体となって高度な無菌エリアとなっている。

 人間の出入り口は一箇所のみで厳重な滅菌処理室が設けられているからだ。それ以外は小さなエアロックによって物品の出し入れがなされる場所だけである。

 したがって入り口の一箇所を押さえればそのエリアは孤立させられる。

 そこには2名のテロリストが武装してバリケードを作っていた。ここからは入れない。シンシアは警備室のコンピューターに侵入し防犯カメラを片っ端から精査していった。


 やがて無菌エリアの外周に接する廊下に出た。廊下の壁の向こうは無菌エリアだ。無菌エリアへの入り口は一箇所しか無い。

 しかし出口は7箇所設けられている。非常用の避難口である。

 火災等の非常時に警備室からの指示で開ける事ができ、内側からは非常用レバーを引けばバッテリーで自動的に開く仕掛けになっている。

 しかし外側からは消防隊の持つ水圧開錠装置が無いと開ける事が出来ず、病院にその装置は無い。


 シンシアの見ている壁には大きな赤い三角が描かれており壁に埋め込まれた扉の周囲は黄色と黒のストライブが描かれている。扉の前の床には白いストライブが描かれてあり物を置く事を禁じている。

 病院は万一気密破壊が起きた場合に備えて気密シャッターで区画されている。いったん気密シャッターが下りた場合病院内部は自立システムに切り替えられ外部との出入りが遮断される。宇宙に浮かぶコロニーならではの安全機構である。


 入る事も出る事も出来なくなった病院内ではあるが、入院病棟や手術病棟では普段と変わらない作業が続いていた。病人を放り出して逃げ出す訳には行かないからだ。

 外来病棟がテロリストに制圧され人々がロビーに集められている。外来病棟の医師達は手持ちの機材を使って怪我人の処置をしていた。怪我人中にはスーの姿もあった

 シンシアの顔が心なしか微笑んだように見えた。シンシアが扉に向かうといきなり扉が開き始める。開いた扉の隙間から空気が流れ出して来る。

 通常この扉が開いた場合は全館に警報装置が鳴り響くのであるが今回は何も起こらない。シンシアがドアの中に入ると再びドアは閉まり始め何事も無かったように元に戻った。

 シンシアは無菌エリア内の廊下に立っていた。右に行けば卵子貯蔵室、左に行けば人工出産室。


 シンシアは右に向かって歩き始めた。



「シンシアどうするつもりなの?」

 マリアは断片的なシンシアの映像を見ながらシンシアに尋ねた。シンシアは全くマリアのいうことをきこうとはしなかったからだ。


「全員を一度に相手にする事は出来ません。」

 それでも時々答えてくれることは有った。


 テロリストは無線機を使って交信していた。それは警備室からも傍受出来た。集中管理は総合管理が出来で安全ではあるが要の部分を押さえられると簡単に制圧されてしまう欠点を持つ。


 卵子保管室に詰めていた職員は突然なだれ込んできたテロリストに制圧された。職員4名に看護ロボット一体である。

 テロリストは職員を倉庫に押し込め鍵をかけた。看護ロボットは職員の命令に従いおとなしく倉庫に入っていた。


 シンシアはそれに気づき、看護ロボットに侵入した。ロボットの視覚を赤外線に切り替え感度を最大にあげる。

 倉庫に閉じこめられた職員は看護ロボットがドアの方をじっと注視し身動きしなくなったのに気がつき声をかけて見たが全く反応しなかった。

 看護ロボットは患者の体温を測るための赤外線視覚装置を標準装備しておりそれを使ってドアの向こうの状況を探っていたのだ。

 細かいことまでは全く判らない。しかし赤外線の発生源の数と大きさくらいは判別できるのだ。ドアの向こうには5人の人間がいた。 

 シンシアは卵子保管室のテロリストの無線機に偽の通信を送った。


一人が無線機を取り上げて応答する。

「どうした?」

 爆薬のセッティングを行なっていたもう一人の男が聞いた。

「入り口の奴が来て欲しいと言っている。」

「しょうがねえな。こっちはもうじき終わるってのに。」

「警備の人間が集まって来たらしい。様子を見てくる。」

「判った。早くしろ。」


 男の一人が銃を持って出てきた。シンシアは物陰から忍び寄ると男の首を思いっきりひねった。バキッという音がして男は声も出さずに崩れ落ちる。


「シンシア!なんて事をするの?」

 シンシアは何も答えずに男の銃を拾いしげしげと眺める。軍事関係のサイトを検索し使い方を調べる。


「シンシア!何とか言いなさい。」

 シンシアは口を開けた。その口から出てきたのはたった今殺した男の声である。


「おーい、まずい事になったお前もきてくれ。」


 先ほどの男は横においてあった銃を拾うと後の二人に言った。

「お前達は急いで残りをセットしてくれあっちは俺達で何とかする。」

「判った。あっちには連絡するか?」

「敵と交戦になれば直ぐに判るさ。とにかく様子を見てくる。」


 男は部屋を飛び出すと銃を構えたまま早足で進んだ。角を曲がった所で人が倒れている事に気付く。用心深く死体に近づくと首が変な方向にねじれているのが見てとれた。


「いったい誰が?」

 そう思ったがその時背後に気配を感じた。後ろを振り返ると目の前に光るナイフの先端が見える。ナイフはのど笛から入り脊椎を貫いて反対側まで突き抜けた。

 男は一言も発することなく膝から崩れ落ちると倒れた。シンシアはナイフを抜かなかった。返り血を浴びることを恐れたからだ。頸動脈を傷つけないナイフ傷の出血は殆ど無かった。


「シンシア!」マリアが叫び声をあげるがシンシアは答えない。


 シンシアは死んだ男から装備していたナイフを取り外すとスカートをたくし上げ太ももに縛り付けた。手榴弾も取り上げてみたが不要と判断し男の体の上に放り投げた。

 卵子貯蔵室の隣の部屋ではずっとアンドロイドが赤外線スキャンを続けていた残る男達の位置を特定していた。


 シンシアはドアの前に立つと銃を構えじっと動きを止める。中にいる男達が一箇所に集まるのを待つ。

 二人が同時にドアから見通す事の出来る位置に来た時シンシアはドアを開けた。

 ドアが開いた事に気付いた二人が行動を起こすより早くシンシアは銃を発射した。銃弾は正確に二人のテロリストを捉え絶命させた。


 シンシアはゆっくり部屋の中に入ってきた。これで卵子貯蔵庫は制圧した事になる。

 しかし赤外線スキャンの死角に入っていた男がいた。いかにも若いその男は拳銃を構え、物陰からシンシアを見ると無線機に向かって小声で話しかける。


「こちら卵子貯蔵室だ。マッシュとケリーがやられた。多分ジョンとモールもやられたと思う。」

「なんだと?軍の特殊部隊が来たのか?」

「違う!女だ。黒い服を着た女だ。」

「そいつは義体か?」


 男ははっとした。生身の女にこんな事が出来るはずが無い。もう一度見ようと体を動かした。しかし女は見えなくなっていた。


「とにかくセットは殆ど終わっている。あとはタイマーに繋いで脱出する。」

「判った直ぐにこっちに合流しろ。」

 男はタイマーの所に用心深く移動を始めた。


 タイマーの所にたどり着くと接続を始めようとした時背後に気配を感じた。男は拳銃を握りしめるといきなり振り返って銃を構えた。しかし銃口の先には誰もいなかった。

 頭の上の方で物音がする。凍り付いてゆっくりと頭を上げるとそこには銃を構えた女がいた。黒い服を着た銀髪で色白の少女の顔が見えた。それがその男の最後の記憶となった。


 卵子貯蔵室の隣に閉じ込められていた医師達は銃声を聞くと一斉にドアから離れた。一人看護ロボットだけは微動だにせずにドアの前に立っていた。

 最初の銃声。そして暫くたってからもう一度の銃声が聞こえた。その直後いきなりドアが開いく。

 人々が開いたドアを見つめている間に看護ロボットはドアから出る。するとすぐにドアは閉まってしまった。



 人々がドアの前に駆け寄るが再びドアは開かなかった。


アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

ハリソン・コグル         シドニア・コロニー警察の警部

ユトリロ・タイラー        シドニア・コロニー警察の鑑識署員

ユンバル・ジタン         連邦公安捜査局のシドニア・コロニー本部長

ネゴシエーターは事件の現場の中間管理職、胃が痛くなる職業。

あっちこっちから突き上げしか来ない!

その恐るべき能力の片りんを見せ始めたシンシア…以下アクション巨編の次号へ。


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