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44.傍迷惑な訪問者 その参

 海の気持ちを踏みにじり続けているのではないか。


 最近、ようやく桂はその考えにたどり着いた。

 海は当然のように桂を優先する。それがあまりにも突拍子もない言動と共に行われることもあり、桂がどんな態度を取ろうとも彼が穏やかに笑うものだから、彼女は気づけずにここまできてしまった。否、途中から気づかない振りをしていた。

「そうだな。そういうことになるんだろう」

 苦く笑ってみせた桂の態度に、伯は意外そうに目を見開く。


「……そこで肯定しちゃうのか、君は。あぁ~、もう。そこは嘘でも否定する所でしょうが。僕なら大嘘ぶっこいても、大好き~、愛してるよ、くらい言っちゃうんだけど。君は君で、ずいぶんと不器用なんだね」


 白髪の短髪をガシガシとかき混ぜたと思ったら、伯に深々とため息をつかれて桂は目を瞬く。


「この場合、偽りは求められていなかったと思うんだが?」

「いや、まあ、そうだけどね。君、本当に不器用。自分の気持ちも分かってないでしょう」


 訝しげに傾げられた首に伯は再びため息をつき、呆れたように桂を見る。

「とりあえずこういう時は糖分補給。まったく食べてないでしょ。ほらほら、食べた食べた」

 皿から自分が食べるドーナツを掴み取った後、彼はずずいと菓子の入った皿を桂の方へと押し付ける。仕方なく皿から一口サイズのマドレーヌを手に取り、桂は口に入れる。口内に広がる甘さに、彼女の顔が自然と綻んだ。


「そうそう。そういう顔。君ね、海のことを話している時に、そういう顔をしていたんだよ。気づいていなかったでしょ?」


 恐ろしい速さで手に取ったドーナツを完食した伯は、お茶を飲んで口の中の甘さを流した。不思議そうな顔をしている桂に、弱ったなぁといった感じの顔をして彼は言葉を続ける。

「僕、本来はこんなお節介するタイプじゃないんだよ。どっちかっていうと、引っかき回して誰かで遊ぶ方なのに……君があまりに真っ正直だから、調子狂うったらもう! 分かってないよね。分かってないんだよね。ある意味、こんなに無防備で……あいつ、よく我慢しているな」

「分かってない? 我慢?」

 キョトンと単語を繰り返す桂に、伯は頷く。


「分かってないよ、君。だって、まだ海に抱かれてない。あいつ、君にはほとんどまったく手をつけてない」


 ぎょっとした後、桂の顔が羞恥で赤くなる。


「そんなこと分かるのか。確かにすべて撃退したが……」

「撃退? 確かに僕達は伴侶に弱いけど、本気なら撃退なんて不可能だよ。だから、我慢しているって言ってるの。ウイの一族っていうのはね、伴侶以外は何も必要としないし望まないんだよ。本当に、何も! だからこそ――ッ!!」


「おまえが口を出すことではない、伯」


 海の静かな声が、伯の言葉を遮った。

「おまえとて、己の伴侶に告げる気はない言葉だろう。それを勝手に他人の伴侶に告げるなど、いくらおまえが長だろうとも許されることではない」

 海の冷やかな視線を受けて、わざとらしく伯は肩を竦める。

「時間切れ、か。意外に早かったね」

「道案内がいたからな」

 伯がソファから立ち上がって逃げようとしたのと、その背後に気配もなく新たな存在が現れ、彼を背後から抱き締めたのは同時だった。


「伯。他人様に迷惑をかけてはいけませんよ」


 見慣れない服装の、中性的な容姿をした者が伯を捕えていた。

「――。ようやく捕まえました」

 耳元で何事か小さく囁かれ、ついでとばかりにそこに口付けを落とされた伯の顔色が、真っ青から徐々に赤みを帯びていく。


 雰囲気からも態度からも、その者が伯の選んだ伴侶なのだと桂は察する。なんとなく見てはいけないものを見ているような気分になった彼女は、傍らに立った海の方を見上げた。

「桂。どこも怪我はないか?」

 ソファの向かいで繰り広げられる光景をまったく気にした様子もなく、海は桂を心配そうに見る。

「ああ。大丈夫だ。強引に連れて来られはしたが、単に話をしていただけだからな」

「虐められなかったか? こいつは性格が捻くれているんだ」

 海の言葉に桂は呆れる。


「無暗矢鱈に他人を貶めるものではない。どうやら、そこの御仁はおまえが心配だったから、私と話がしたかったようだぞ」


 たしなめれば、海が呆気にとられた表情をした後、勢いよく全否定した。


「それはないない。天地がひっくり返ってもないぞ」

「なんでそういう解釈になるの? 僕、初めに言ったよね。暇つぶしだって。僕の目的、海で遊ぶことなんだよ」


 攻防を続けていたソファの向こうからも素っ頓狂な声が上がり、桂は首を傾げる。

「聞いたが、間違っていないだろう。私にはそうとしか思えなかった」

 まっすぐな視線を向けられ、伯がため息をつく。

「ねえ、海。君、どこからこんな天然記念物、発掘してきたの?」

「……いや、まあ、な」

 ぽりぽりと頬をかいた海は言葉を濁し、

「わしの伴侶殿は可愛いだろう?」

 桂を抱き上げて、彼女を自慢するように告げて笑う。


「その方が海様の伴侶ですか。面白い御方ですね」

 珍しく絶句している伯に代わり、翼がにっこりと笑って言葉を返す。

「海!? 離せ」

 気づけば海に姫抱っこされていた桂は叫ぶが、

「暴れるなら、無理矢理黙らすぞ」

 真剣味を帯びた彼の言葉に、ピタリと動きを止めた。


「翼、そいつにはきついお灸を据えておいてくれ」

「そうですね。先程告げようとしていた言葉は私も気になりますし、まずはそれを白状して頂きましょうか」

 その顔に浮かべているのは無害そうな可愛らしい笑みだが、言葉の端々に寒々しく不穏な空気が漂っている。

 それを感じ取って腕の中で身震いし、思わずといった具合で彼の服を握り締めた桂の身体を、海はしっかりと抱き直した。


「ほどほどに、な。わしらはお暇するよ」


 消えた海と桂の姿を恨めしげに見送った伯だったが、

「さて。素直に教えて頂けますか?」

 背後から囁かれた一見穏やかに響く、有無を言わせぬ声音に、身を震わせたのだった。



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