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42.傍迷惑な訪問者 その壱

 月に一度開かれる、早朝市というものが城塞都市にはある。珍しい品物が格安で並ぶこの市は街に住む者だけでなく他の街の者達にも盛況で、それを目当てに他の街から商売に訪れる者、買い物に訪れる者でごった返す。

 桂もまた、この日はいつもより早起きして早朝市へと出掛ける。普段は手に入り難い薬の原料なども、この市ならば扱っていることが多いし、何より値段が魅力的だった。そして、彼女のお目当てはそれ以外にもある。


 噂が噂を呼び、この日は様々な食べ物屋台が並ぶのだ。他の街々のご当地グルメから、創作料理まで。多種多様な食べ物が――。

 朝食も兼ねてそれらを物色して食べるのが、桂のこの市での楽しみになっていた。ちょっとした贅沢気分に浸れる日なのだ。

 今日もまた、いくつか薬の原料を仕入れた後、食べ物屋台の密集する一角をぶらつき、気になる代物を買い食いしていた。腹八分目になり、甘い匂いにつられてある屋台でナッツの入ったクッキーを購入し、さて帰るかと思った所に、彼女は見知らぬ男から声を掛けられ立ち止まる。


「ねぇ、君が海の伴侶殿だよね?」


 外見年齢は海と同じくらいに見える、白髪紅眼の男がにこにこと無邪気に笑いながら、唐突に桂に向かってそう告げた。怪し過ぎる雰囲気に、桂は無視してその場から去ろうと思ったのだが、いつの間にか腕を掴まれていてそれも叶わない。


「いや~、僕って運が良い。一発で見つけられた。これってすごいと思わない?」

 桂が警戒も露わに表情を険しくさせ、掴まれた腕をなんとか外そうともがいているというのに、白髪男はその様子を気にした風でもなく、にこにこと笑いながら彼女に話し掛ける。


「君に話があるんだ。ってことで、僕の領域にご招待。いらっしゃ~い」


 何が何だか分からないまま、強制的に桂は白髪男に連れ去られた。気づけばどこかの見知らぬ部屋らしき場所にいて、そこに置かれたソファに案内されて座らされる。

 そこまできて、どうやら空間転移でさらわれたらしい、ということを働きの鈍くなっていた頭で結論付ける。

 桂の動揺などまったく気にした様子もなく、白髪男は話し続けていた。


「君がお客さんだから僕がもてなすべきなんだけど、僕、お茶入れるのはあまり上手くないんだよね。必要な物は出すから、君が入れてくれる?」

 不思議なことに何もない場所から、白髪男の手は急須に二人分の湯飲み、湯気のわき立つやかん、茶葉が入っているだろう缶を取り出し、テーブルの上に置いていく。

「茶菓子はしっかり仕入れたんだよ。僕、甘党でね。甘い物が無いと生きていけないの。初めて行ったけど、あそこの早朝市って面白いね。特に食品関係は充実しているし、何より甘味の種類が豊富。これほど多種多様な甘味が一度に揃う場所なんて、あまりないんだよ~」

 瞳を輝かせながら早朝市で買ってきたらしい数種類の菓子を、どこからか取り出した皿に嬉々として並べている無邪気な白髪男に、桂は息を吐き出す。


 白髪男から悪意は感じない。

 海の名がその口から初めに出ていることも鑑みて、彼の類友の可能性が高かった。


 少しだけ警戒心を解き、桂は眼前に置かれた茶道具一式を見下ろす。

 白髪男は茶菓子を並べ終えた後、桂の向かいのソファに座り、並べたばかりの茶菓子に手を伸ばして幸せそうな顔で頬張っている。口にした通り、道具は出しても自分でお茶を入れる気は更々ないらしい。

 その、なんとも平和な光景に脱力しそうになった桂は、諦め半分でとりあえずお茶を入れることにした。


 話があると言って連れてこられた以上、いきなり殺されることはないと思う。そういう雰囲気でもない。だが、その話を聞かない限り、桂を解放しないだろうこともなんとなく伝わってきた。

 部屋の様子から異空間に連れ込まれたのは分かるが、彼女には自力でこの空間から出られる自信などまったくない。


 お茶を入れたカップを白髪男の前に置くと、彼は桂に向けてにっこりとうれしそうに笑った。

「ありがとう。そう言えば自己紹介がまだだったね。僕、伯って言うの。海の同族」

 海の同族。その単語に妙に納得すると同時に、桂は全身を覆う先程よりも激しい脱力感をなけなしの気力で支える。精神的に痛み出した頭に手を当て、米神を揉み解した。


 なんというか、人外の者の頂点に立つ、謎の多い一族の実態がコレかと思うと知らない方が幸せな気がしてくるのだ。たった二人で一族全体の判断をするべきではないだろうが、それにしても色々問題あり過ぎな気がする。


「ささ、君もどうぞ。甘味は癒しだよ」

 茶菓子の載った皿をずずいと寄こされる。桂が困惑した様子で白髪男改め伯の顔を見れば、お茶をすすっていた彼は不思議そうに首を傾げた。

「どうかした? 遠慮はいらないよ。君の分も込みで買ってきてあるし、妙なチョイスはしてないから外れはないよ」

 早朝市の食べ物屋台は、屋台主の創作意欲が行き過ぎてゲテモノになっている所もある。そういう代物は当たり外れが激しく、購入するのも食べるのもそれなりに覚悟が必要だった。

 万一、外れた場合を考えると、最低でも胃薬は手元に置いてあった方が安心だ。

「……いや、そうではなくて…………私に話とは、なんだ?」

「………」

 伯の首が更に傾ぎ、何事かを考えるような顔付きになる。手に持った湯飲みをテーブルの上に置き、彼はポンと手を打った。


「忘れてた」


 悪気なく呟かれた言葉に、桂は思わずため息をつく。

「いや~、用件はあるようでないんだよ。君と一度、話してみたいとは思っていたんだけどね。ちょっと僕の暇つぶしに付き合ってもらおうかと」

「暇つぶし?」

 妙な言葉に桂が訝しげに問い掛ける。今までの会話で弛んでいた警戒心が、むくむくとわき上がってきた。それに気づいた伯が苦笑して、ヒラヒラと手を振る。

「君に何かしようなんて微塵も思ってないよ。そんなことしたら海がぶちギレるもの。僕の方があいつよりも強いけど、本気でキレた海なんて面白くない上に、面倒でしかないし。でも、あいつをおちょくるのは面白いんだよねぇ」


 伯の口から発せられる問題発言の数々に、再び頭が痛み出した気がして桂は米神を揉み解す。


「君がここにいることに気づかないほど、海は呆けじゃないよ。だから、君は安心して待っていればいい。どうせだからその間、僕と話をしようってこと。そうだなぁ、例えるなら君は囚われのお姫様で、海はそれを助けにくる王子様、か。アハハ。自分で言っといてなんだけど、あいつが王子様って似合わな~い」

 バシバシとソファを叩いて笑う伯の姿に、桂は呆れた視線を向ける。

「そうなると僕は意地悪魔法使いって役所かな? う~ん。今の状況にピッタリ。あいつ、どのくらいでここまでたどりつくかな。きっとものすごい形相で現れるだろうな」


 にんまりとした笑みを浮かべる伯を前にして、海が彼に遊ばれている光景が脳裏にありありと浮かんでしまった桂だった。



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