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32.過去からの謝罪 その肆

 ドアベルが鳴り止み、店内に静寂が戻る。調合作業をするために置いてある椅子に座り、腑に落ちない気がしながらも、桂は手元の手紙に視線を戻した。

 いったい何が書かれているのか。

 いくら署名を見つめていても中身が分かるわけでもない。桂は小さく息を吐き出し、気乗りしなかったが封を開けて手紙を読むことにした。


 封を切ろうと手に掛けて、そこで微かな違和感に目を眇める。そこには封をした後に誰かが開け、それを再び封した痕跡が微かに残っていた。

 おかしい。

 そう思いながらも桂は中の手紙を改めるために、今度は躊躇なく封を切った。


 中から出てきた封筒同様古ぼけた紙に書かれた文章は、恨み言など一つも書かれていなかった。己の犯してきた罪とそれに対する桂への謝罪。何の因果か、あの不自然な嵐で自分だけ助かったこと。その後の生き様などが淡々と書かれていた。

 嵐が自分達が桂にした仕打ちに対する天罰ではないかという推測も書かれていたが、さすがにそれの原因が桂本人だったとは考えなかったらしい。まあ彼がそういう考えに至らなかったのは、桂があることを隠し続けていたからなのかもしれないが――。

 桂が今、幸せでいることを望む、と。

 そんなことを言える立場ではないが、という前置きで始まる文章が最後にそえられ、手紙は締め括られていた。


 手紙の内容に不自然な部分はない。当時のことを知らなければ書けないような事実も書かれていたので、この手紙自体はユーラ本人が書いて桂に宛てた物で間違いないと思える。

 ただ、あまり他人に読まれても大丈夫な内容でもない。これを誰かが読んだとするなら、非常に不愉快だ。桂の正体に関してはぼかされて書かれているが、勘の良い者ならこの手紙から彼女の正体を突き止めることも可能だろう。

 そして、この手紙は桂の手に渡る前に最低でも一度は開封されている。


 人が良さそうにみえた商人が、いっきに疑わしい人物に変化した。


「やはり放置しておけばよかったか」

 少しの後悔と、それでもこの手紙の内容を知ることができて良かったという思いが交差する。

「何が『放置しておけばよかったか』になるのかな、伴侶殿」

 真後ろから声がして、桂はビクリと身体を震わせる。いつの間にいたのか、海が桂の手から手紙をヒョイと取り上げ、素早くその内容に目を通す。

 取り戻す間もなく、手紙を引き裂かんばかりの形相に変化した海の顔に、桂は内心ため息をついた。彼から伝わってくる押さえ切れていない怒気と殺気に、どう対処したものかと思案する。


「伴侶殿、これは――」

「昔のことだ。おまえが怒ることでもない」

 しれっと突き放した態度で言葉を返せば、海が不満げに桂を睨んだ。

「だが――」

「報復なら私が自分でやった。それから偶然にも助かったらしいが、死ぬほどの恐怖は十分に味わっただろうよ。ユーラはあの男の仲間の中で最後まで唯一、私を意思のある生き物として扱ってくれた奴だ。それにもう、どちらにしろ死んでいる」


 人間の生は短い。

 長命種の部類に入る桂がそう思うのだから、長命種でも飛び抜けて長く生きる、実際に長い時を生きてきた海がそのことを知らないはずもない。


「……そもそもこの手紙はどうしたのだ?」

 納得はできなくても、桂の言葉を無下にもできない。そんな顔で別のことを問う海に、桂は苦笑した。

「おまえが私以上に怒ってどうする」

 問いには答えずに、椅子を回転させて海に身体ごと向き直りその顔を見上げる。

 他人なのに、自分の代わりに自分以上に怒る存在など初めてだ。

 家族でもなく、同族でもなく、赤の他人。けれど、彼から向けられるその感情に悪い気はしなかった。


 桂と目があった瞬間、海が何かを堪えるような、そんな顔になる。

「どうした?」

 それが不思議で桂が問い掛ければ、その顔が眉尻を下げて困ったような表情に変わった。

「……今、すっごく桂を抱き締めたい」

 小さな声で海が宣言する。

 前後の脈絡がまったくない、その内容に桂は呆れた。普段は相変わらず伴侶殿呼ばわりなのに、こういう時になぜ名で呼ぶのか。

 ため息をつけば、海の身体がビクリと震える。


「最近、おまえの妙な発言に慣れてきた自分が怖いが――止まれ。誰が抱きついて良いと言った」


 喜色を顔に浮かべて抱きつこうとしてきた海を、冷ややかな声で止める。桂の言葉に反射的に止まった彼は、そのままの体勢で悲しそうな顔をした。

 なんというか、それが飼い主に捨てられた犬のような様相なのだ。思わずワシャワシャと頭を撫でたくなった衝動を、桂はすんでで抑える。

 胸中にわき上がった罪悪感に、彼女は無理矢理目をつぶった。

 ここで甘い顔をするべきではない。絆されて対応を間違えれば己の身が危険だと、彼女は本能から知っていた。躾は初めが肝心だ。


「この手紙だがな。例の商人が持ってきた物だ」

 わざとではないが、それていた話を軌道修正する。それによって、海の表情がまた険しくなった。

「例の商人、だと?」

 問う声に桂は頷く。

「そうだ。あの商人はどうやら祖父の残した手紙を渡すために、私を探していたらしい。その話が事実かは分からないが、手紙自体は当時のことを知っている者にしか書けない内容だった」


「伴侶殿はその商人が嘘を言っていると?」

「話した感じ、嘘は言っていないと思う。ただ何かを隠しているかもしれない。どうも手紙を渡された後の反応が少し引っ掛かってな。本来、どこにいるとも分からない者に渡す手紙など、厄介以外の何物でもないだろう? その役目がようやく終わったというのに、全然うれしそうにしていなかったんだ。それにこの手紙だが、私が開ける前に開封された痕跡が微かに残っていた」


 桂がタクに感じた違和感を告げれば、海が眉間に皺を寄せたまま、どこからともなく一枚の紙を取り出し、彼女に手渡した。

「伴侶殿に見てもらおうと思って持ってきた」

 紙に書かれた文字を追えば、どうやらこの間の調査報告書の続きらしい。

 これは本来なら自分が読んではいけない代物だろうなとは思ったが、桂は知らないふりをして最後まで目を通す。そこに書かれていたのは前回よりも詳しい、タクのこの街での動きだった。


「この調査書が正しいのなら、あの商人はまたこの場所に来る可能性が高いな」

「伴侶殿。これを読んだ後の感想がそれなの? もっとこう、きゃ~怖い、とかそういう反応……」


 身振り手振りまで付け加え、声真似までして本人が言いそうもない言葉を吐いた海に、桂は冷ややかな視線を向ける。あまりにも冷たい視線に言葉を途切らせた海は、ウロウロと視線を彷徨わせた後、誤魔化すようにコホンと咳払いをした。


「すまん。あまりに伴侶殿が男前過ぎて……わしの立場がなぁ」


 複雑な表情で頭をかく海を、同じく複雑な表情をした桂が見る。

 こんな容姿だろうと、男の振る舞いをしていようとも。

 最近、中身は駄犬だと思っているが、外見は男前な海からそんな風に言われてしまうと……彼に悪意はないと知っていてもうれしくない。というか、妙に腹立たしく感じる桂だった。



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