31.過去からの謝罪 その参
「……見たままだ」
どう対応したものか、桂の方もまた困っていた。商人の顔を失礼にならない程度に観察しながら、彼女は曖昧な答えを返す。
己の性別を否定する気はない。だが、この商人の問いにそうだと素直に答える義理もない。
桂の返答に商人は困惑を深める。彼からすれば、目の前にいる人物は少し線が細くとも、凛々しい雰囲気を持った青年にしか見えなかった。言葉遣いも男のようで、声質は男女どちらの性別でも通りそうなものだ。
迷った末に失礼を承知で問い掛けたのに、目の前の薬師が怒ることはなく、かといって明確な否定も肯定もしない。どうとでも受け取れる曖昧な答えを告げて、困った顔をしているように見えた。
結局、いっそう判断に困ることになったのだが、客でもなさそうな正体も知れない男から突然妙な問いをされれば、困惑もするし警戒もするだろう。商人はそう己の考えを改めて、言葉を付け足す。
「失礼。私は旅の商人でタクと申します。この街へは商いのために寄ったのですが、それとは関係なく私事である人物を探しています。あなたと同じ碧掛かった黒髪と琥珀色の瞳を持つ、女性なのですが――」
沈痛な面持ちで言い淀んだ商人改めタクに悪い感じはしなくて、桂は少しだけ親切心から忠告した。
「この街の規律は知っているか? ここでは外の揉め事は持ち込み禁止になっている」
その言葉にタクがとんでもないと慌てて首を横に振り、手をアワアワとさせる。
「揉め事なんて……。私はただ、亡くなった祖父から託された手紙を、その女性に渡したいだけです」
「手紙?」
意外な言葉に桂が目を丸くする。
例の調査報告書には理由まで書かれていなかった。
「ええ。どこに住んでいるのか。今、生きているのか。それすら分からない女性への手紙です」
「それはまた……大変だな」
この広い世界で、生死も分からない女を髪と瞳の色で探すというのはかなり無謀だ。たとえそれが特徴的な組み合わせだろうとも――。
桂の言葉にタクが苦笑する。
「ええ。でも、それが祖父から託された遺言のようなものですから。できれば叶えてあげたいんです。――すみません。お仕事の邪魔をしました」
髪と瞳の色は条件と一致しているが、やはり性別が違うとタクは判断する。ここまで見事に合致した人物は初めてで驚いたが、ここの薬店の主人は青年だと聞いていたこともあり、ここを訪れたのも駄目で元々だったのだ。
背を向けたタクを桂が呼び止めたのは、同情だったのか、好奇心だったのか。気づけば、彼女は訊ねていた。
「女子の名は知っているのか?」
振り返った商人が困惑した顔で頷く。
「ええ。宛名に“桂”と。たぶん、それが女性の名でしょう」
本当に条件は目の前の人物によく合致している。その、性別以外は。だからこそ、タクはこの店を訪れた。もしかしたらという一縷の望みを託して――。
「……祖父の名は?」
桂が若干固くなった声で問い掛ける。
「ユラと。その女性と知り合った当時、仲間内ではユーラと呼ばれていたと聞いていますが……何か心当たりでも?」
心当たりならあった。非常に不本意かつ不愉快なことだったが、桂の過去にその名は刻まれている。それは己が殺したはずの、人間の一人だった。
あの男と一緒にいたその仲間、すべてを殺したつもりでいたが――当時、ユーラには子供などいなかった。ということは、彼はあの時死ななかったことになる。
その手紙には、桂に殺されかけた恨み言でも書いてあるのだろうか。
タクの顔をよく見れば、まとう色彩は違ってもその顔にはユーラの面影があった。
相手は探し人が目の前にいる自分だと気づいていない。桂は今、ここで知らない振りをすることもできた。だが、過去にユーラだけはあの男の仲間の中でも、彼女に接する態度が違ったことを覚えている。首領だったあの男に逆らうことはできなかったが、それでも桂を意思のある生き物として接してくれた、彼は唯一の人間だった。
その彼が残した手紙なのだから、恨み言だろうと受け取るべきなのだろう。それは彼にした仕打ちに対する報いだ。桂があの行為を悔いることは、生涯訪れないだろうけれど――。
「……おまえは祖父似か。手紙をくれ」
タクに向かって桂が手を差し出す。
それを呆気に取られたように見つめたタクは、
「は?」
間抜けな声で答えた。
「その手紙の宛先は、たぶん私だ。私は過去おまえの祖父と関わっているし、こんななりだが男ではない。だから、手紙をくれと言った」
ようやく桂の言葉を理解したらしく、タクはアタフタと慌てた様子で背負っていた布袋から、封筒に入った手紙を取り出して桂に手渡す。
古びた封筒の表書きには癖の強い文字で桂の名が書かれ、裏には同じ筆跡でこれを書いただろうユーラの署名があった。
「確かに手紙は受け取った」
「……これでようやく肩の荷が下りました」
桂の言葉に、一拍間を空けてタクがそう告げた。安堵の表情でも浮かべているかと思いきや、その顔はなぜか少し曇っている。不思議に思った桂がその理由を問おうか迷っているうちに、彼はペコリと頭を下げて店を出ていったのだった。




