27.嵐 その捌
「それで、なんでおまえまで一緒に来るんだ?」
隣に並んで歩く九曜を、海は胡乱に見る。
「行き先が同じだからだろ?」
九曜はその問いにしれっと答え、肩を竦める。隣で不機嫌な気配が増したが、彼とて桂に用があるのだ。用件が済めば退散するのだから、これくらいで不機嫌にならないで欲しい。
「薬師殿の薬は効果覿面だからな。うちの使えなくなった部下共もそれさえあれば、翌日からまた使えるじゃないか」
アッハッハと笑う九曜を、先程とは別の意味で海が胡乱に見る。
「おまえ、悪魔だな」
「……その言葉、おまえには言われたくない」
九曜の人使いが荒いのは、今に始まったことではない。だが、その言葉を聞いてしまうと彼の部下共に同情したくなるというのが、意外にまともな神経を持ち合わせている海の心情だった。
だというのに、なぜか九曜が白い目で海を見ている。
「わしは善良な一般民だぞ」
「自分で言っておいて、空々しくならないか?」
いっそう冷ややかになった視線に、海が顔をそらせた。
「……さすがに。この街で言うには、空々しいな」
指摘されるまでもなく、言葉にしてからすぐに後悔した。
九曜との付き合いも長いが、この街との付き合いはもっと長い。特にここでは色々やらかしている。その数々を忘れられるほど、海はまだ耄碌していなかった。
そんな話をしている間にたどりついた桂の薬店には、まだ明かりが灯っていた。店の扉にも鍵は掛かっていない。
「ただいま~、伴侶殿」
海はいつもの調子でなんの気負いもなくその扉を開ける。その後に九曜も続いて店に入った。調合机の前に座っていた桂は、出入り口の方を見ることなく苦言を呈する。
「おまえは何度言ったら理解するんだ。ここはおまえの家では――」
「こんばんは、薬師殿。朝、来た時に告げておけばよかったのですが――」
二人の世界に入られる前に、九曜は桂の言葉を遮る。邪魔されたことに海が九曜を睨んだが、彼は二人の会話に割り入るつもりはない。ただ、用件を早く済ませて、この場から去りたかっただけだ。
「ああ。九曜殿も一緒ですか。嵐の後のいつもの薬、ですよね?」
「ええ。ありますか?」
「たぶんそうなるだろうと思って作っておきました。如何ほどですか?」
調合机の前まで来た九曜に、桂は問う。
「どのくらいありますか?」
あまり多くても困るが、逆に少なすぎても困る。そうなれば、追加注文する必要があるからだ。
「そうですね。今、あるのはこれで全部です」
籠に入れられた小瓶の数に、九曜は笑みを見せる。
「相も変わらず、薬師殿の慧眼には恐れ入ります。すべて貰います。お代はこれで足りますか?」
財布から紙幣と貨幣を取り出し、桂に渡す。彼女はそれを確かめた後、笑顔で頷いた。
「毎度ありがとうございます」
「籠はあとで返しに来させます。では」
九曜は踵を返し、入口の側で二人のやり取りを不貞腐れた様子で傍観していた海に目を向ける。正確には彼が彼女には隠しておきたいだろうある部分に――。
「ああ。薬師殿。よかったら海の怪我、診てやってください」
なぜ告げたとみるみる顔色を青くさせた海と、驚きに目を見開いた後、物騒な光を琥珀色の瞳に宿し剣呑な顔になった桂の姿を背後に、九曜は場にそぐわない軽快なドアベルを鳴らして店を後にした。
多少お節介かとも思ったが、九曜が告げなければ海は隠し通す気だったに違いない。まあ頑丈な奴のことだから、治療を施さなくても一日もすれば治るだろうが……。
どんなやり取りになっているのかと彼はほくそ笑み、夜道を気分よく歩きながら自分の住処へと帰るのだった。
「怪我をしたなら、なぜ初めにそう言わない」
海へと詰め寄った桂は、彼の全身に視線を向けて怪我をしている部位を探す。だが、目に見える範囲では、どこにもそれらしき場所は無く、彼は今朝と同じ出で立ちでしかなかった。
「どこだ? 見せろ」
ブンブンと子供のように首を振って拒否した海に、桂の米神がピクリと痙攣する。
「言え。言わないなら――ひんむくぞ」
低く告げれば、海が身体を震わせ、
「伴侶殿の助平」
わざとらしく怯えたような演技をして、桂を非難するように見た。
「……お~ま~え~は~~~」
一拍間があり、地の底を這うような声と桂から発せられる怒気に気圧されて海が一歩後退った。
「わかった。おまえがそういうつもりなら、こちらもそういう対処をしてやる。特別に地獄の苦しみが味わえる傷薬を使ってやろう。苦しむだけあって治りは抜群だ。ただし、のたうち回ることになるが、な」
だから、作ったものの製品にはできなかった。と不穏に呟かれ、海は動揺する。
「は、伴侶殿……」
据わった瞳を向けられ更に一歩、後ろに下がろうとした彼の胸倉を桂が掴む。
服から外に出ている部分をざっと見た感じでは外傷が分からないのだから、可能性があるのは服に隠れた部分のはずだ。それほど見せたくないというのなら、海の意思など構う必要もない。強制的に黙らせてから脱がせれば済む。
病気だろうと怪我だろうと、早期の治療が何よりも大切なのだ。軽んじたばかりに命を落とした者などいくらでもいる。
「ふざけて悪かった。わしが悪かったから、ひんむくのは禁止。伴侶殿にそんなことされたら――さすがにわしでも我慢できそうにない」
ぞわりと本能で身の危機を感じ、反射的に桂は海から手を離して数歩ほど後退る。だが、けして広くはない乱雑に床に物が置かれた店内で安易に動けば、この環境に慣れた彼女でも躓くというものだ。
バランスを崩した桂の腕を反射的に右手で掴み、海はそのまま自分の方に引き寄せる。
「そう。あからさまに拒絶されると、わしでも傷付くんだが」
「………」
困った桂が己の腕を掴んだままの海の右手に、なんとなく視線をそらして目を見張った。
「離せ! なんでこんな手で普通にしていられるんだ、おまえは」
彼の右手は所々、赤く爛れていた。




