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25.嵐 その陸

 伯は一見何もしていないように見えるが、実際はその身体の回りに幾重もの力の層を張り巡らしていた。それは結界とは少々異なるが、それと似た作用がもたらされる。

 先程、水球が彼の身体に触れる前に爆発したのも、彼が濡れていないのもそのためだった。


「……相変わらずよく分からん一族だ」


 海にギロリと睨まれ、九曜は肩を竦める。

 先程、部下に告げた言葉がそのまま返ってきた形だ。口は禍のもと。まったくその通りである。

 九曜は笑みを浮かべることで誤魔化した。海の呆れを含んだ視線を感じたが、そのまま何事もなかったかのように彼の隣へと戻る。


 海の視線が伯へと向けられる。

「あのクソ爺とわしを一括りにするな」

 憮然とした様子で文句を言われ、九曜は苦笑した。

 緊張感のない様子で本体の前まで歩いていった伯が、そこで唐突にくるりとこちらを振り返る。珍しく真面目な顔をしていると思いきや。

「クソ爺発言、禁止!」

 ビシッとこちらを指差すその姿に、二人して深々とため息をついた。


 本当に緊張感ゼロだ。その上、危機感もゼロだ。


 伯の頭上に降った水球が、彼に触れる直前で勝手に弾ける。彼の絶対防御は、こんな状況だろうと健在らしい。海がしっしっと犬猫でも追い払うような手振りをし、それを見て伯がむくれた。

 はっきり言うが、男がやっても全然可愛くない。逆に怖い。

 顔を引きつらせた二人に、なぜか伯はにっこり機嫌良く笑い、スキップでもしそうな軽い足取りで本体にそのまま突っ込み姿を消した。

 本体の動きを停止させるには、その中にある核を取り出す必要がある。核とその他を分離させれば、それが動き出すことは二度とない。だが、本体の中に入れるのは、ウイの一族でもその長だけだった。


「……あんなのが長で良いのか?」


 毎度のことながら、意味不明な言動が多い。

 言外にあれが一族の長で大丈夫かと問われたわけだが、海にとっては良いも悪いもない。それは厳然とした一族の掟に則ったものなのだ。


「長は代々資格がある者が継ぐ。それ以外はありえない。……資格がない奴は、誰もがやらずに済んで清々しているがな」

「………」


 それで良いのか、ウイの一族よ。


 九曜は遠い目をする。だが、考えてみれば、彼らは極端すぎるほど個人主義で、伴侶以外はどうでも良いと断言しそうな一族だ。己の興味が向かない、その他のことなどやりたがるはずもない。それは十分に有り得る話だった。

「終わったようだぞ」

 ズシンと足元が衝撃で揺れた。視線の先では、先程まで本体と呼ばれていたモノの残骸である巨石が現れており、それを背にしてこちらに歩いてくる伯の姿がある。

 雨風が酷かった結界の外は急速に静まり、雲が裂けた隙間から夜空と星が覗く。それらが“嵐”が終わったことを示していた。


 海が結界を解き、猛然と伯に向かって駆けていく。

 ああ。忘れているわけ、ないか……。

 九曜はその姿を微妙な面持ちで見送った。こんな街に近い場所で暴れられると迷惑以外の何物でもないのだが、あんな動く凶器を止められるほど命知らずでもない。


「ほら、九曜。今回の物。僕はいらないからあげる」

 先程までずいぶんと先にいたはずなのに、気配もなく突然目の前に現れた伯は、唖然としている九曜の手に拳大の紅石の塊を握らせる。

「ああ。いつもすまない」

「伯。逃げるな!」


 九曜が礼を告げるのと、間近で海の怒鳴り声が聞こえたのはほぼ同時だった。気づけばすぐ目の前にいたはずの伯は少し離れた場所に立っており、彼が先程までいた辺りに拳を突き出していた海が空振りしたことに舌打ちしている。

 もう少し九曜と伯の位置が近かったら、その拳は九曜の身体にめり込んでいたはずだ。

 そのことに遅ればせながら気づき、ぞっとした九曜の顔から血の気が引ける。背を冷たい汗が流れていき、己の無事を実感してから彼は息を吐き出した。


 だが――九曜の心境など気づくことなく、周囲のこともお構いなしに海と伯の応酬は続く。


「嫌~だよ。僕、疲れたし。真面目におまえの相手をするだけ無駄だし。あんまり怒ってばかりだと、せっかく見つけた伴侶に逃げられるよ」

 ヒラヒラと手を振り、背中をみせた伯のすぐ後ろに空間転移した海が拳を振るう。だが、それは再び空振りした。

「おまえにだけは言われたくないわ。一発、殴らせろ」

「嫌だって。さすがにおまえに殴られると痛いもの」

 また少し離れた場所に瞬時に転移した伯は、不機嫌そうに海を見る。


「それにさ。僕はもともと伴侶なんて必要としてないんだよ。そこの所、間違えないでよね」

「ああ、そうだったな。伴侶に追い掛け回され、逃げ回っているおまえに告げる言葉ではなかった」


 ニヤリと意味ありげに笑った海に、ムムムッと伯の眉間に皺が寄った。


「誰が逃げているって」

 低く呟かれた言葉に、海が相手を馬鹿にしたような顔になる。

「おまえだ、伯」


 双方、近距離での睨み合いに突入した。どちらも互いの隙を探っているようで身動き一つしない。

 今回の嵐も無事に収まったので、あの二人の喧嘩に巻き込まれないように、九曜は部隊の速やかな撤収を命じていた。多少の休息を得て動けるようになった者達が、いまだに伸びている者達を抱えたり引きずったりしながら城塞都市に向かって歩いていく姿をある程度確認した後、彼は意外な展開になっていた二人の様子を観察する。

 周りのことを気にする二人ではなかったので、離れた場所でされる会話の内容は耳の良い九曜にとって十分に聞き取れる範囲内のものだった。


「僕はただ、気が向くまま移動しているだけだ。勝手に追ってくる奴のことなんか知らないよ」

「真名を教えておいて、伴侶ではないと?」


 真名。それは、己の命すら握られかねないほど大切なモノ。だからこそ、己の命を預けてもいいという者にしか教えることはない。

 ウイの一族では己の唯一絶対の者。真名を告げる存在は、伴侶だけだった。


「……なんで海がそんなことまで知っているのさ」

 あからさまに動揺して視線を彷徨わせる伯に向かって海が拳を繰り出す。だが、やはり避けられ、少し離れた場所へ跳躍された。

「それは、だ。直に聞いたからに決まっているだろう、が」

 一気に距離を縮めてそのまま海は拳をフェイクに蹴りを加えるが、これまた逃げられる。

「げッ。いつ会ったんだよ~」

 身軽に海の頭上を乗り越え、その肩を足蹴に跳躍した伯は珍しく本気で動揺しているらしく、焦っているようだった。その頬がなんとなく赤くなっている。


「こっちとしても惚気を聞かされまくって、なかなか辟易したが――ずいぶんと面白い伴侶を選んだではないか」

「うるッさい!」


 かまいたちが発生し、海を襲う。だが、それは彼を傷つけることなく、軌道をそらされた先にあった先程できたばかりの巨石にぶつかり、その幾分かを削り取ったのだった。



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