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22.嵐 その参

 城塞都市の指揮は副官に任せてきた。街を囲むように作られた壁より内側、街の中は何かあったとしてもそちらで対処される。

 問題は街の外、壁の外側。この街が見捨てられた街と呼ばれる原因を作ったモノ。

 草原の続く郊外には腕に覚えのある九曜の部下共と、同じく腕に自信のある臨時雇いの者共が即席の編隊を組んでいる。そして、その最前線に海の姿はあった。


「どんなもんだ?」

「まだ、顕現はしてない」

 海の隣まで移動した九曜はその言葉に苦笑する。

「それは見れば分かる」

「なら訊くな」


 暗雲の渦巻く空。これから訪れる嵐特有の生温い風が、強さを増してきていた。それらはあの、生物と呼べるかも分からないモノが現し世に現れる前兆だ。

 この街は、およそ十年単位でそれが発生する場所にある。

 それを知っている者は、それの発生を“嵐”が来ると言う。実際、それは嵐を引き起こすこともあり、事情を知らない者の多くは酷い嵐だと思っている。


 それがもたらすのは破壊だ。どこからともなく発生し、この辺り一帯だけを狙って蹂躙する。それが去った後の地に、生物は何も残らない。草木は枯れ、動物は死に絶える。

 だが、分解さえできればそれは莫大な利益をもたらす物に変化した。長年その事実は誰にも知られることなくこの地で放置され続けてきたが、偶然この地でそれを見つけた海が気まぐれに手を出し、色々と弄くり回した結果その事実が判明した、という話を九曜は先代から聞いている。

 それらで色々とやってから、あとの面倒事をすべて先代に押し付けたという話もまた、彼は前代から聞いているのだが――とにかく。だからこそ、この街は成り立っていた。

 ただし、それは常人では分解など不可能。そもそも存在が見えない。


「爺さんはまだ、みたいだな」

「あのクソ爺は完全に顕現するまで来ないだろうさ。まったく職務怠慢も甚だしい」


 ただ、一人だけそれが可能な者がいた。

 それがウイの一族の長。どれほど強大な力を持つウイの一族の者だろうと、長でなければあれをどうにかすることはできないのだと、その資格がないのだと海は言う。そもそもこんなモノに好んで関わろうとする一族の者はいないだろうと。

 長はあれの駆除もその役目の内に含まれる。だが、二人曰く、現在の長は職務怠慢な爺だった。


 完全に顕現するまで、それなりの時間が必要になる。その間、街に被害が出ないよう、ここにいる者達であれに対抗するしかないのだ。


「にしても、なんでわしがこの街を訪れる時に限って、こう発生してくれるものか。こっちとしても面倒なんだが」

「たまたまだろ。毎回、おまえがいるとは限らん。だが、まあ、高頻度で当たるよな。こっちとしては有り難いことだ」


 実際、数回に一度のペースで海は見事この騒動にぶち当たっている。ふらりと気が向いた時だけこの街を訪れる男なので、その遭遇頻度は高確率と言えるだろう。そして、海ほど戦力になる者などいなかった。

 ちなみに爺は戦力ではなく、論外だ。あれはこちらの被害など気にもしていない。


「少し、出たな」

 海がぼそりと呟く。その視線の先を九曜はたどるが、言われなければ分からないほど微かな違和感しかそこにはなく、何かが存在しているようには見えない。

 そこにポツリと大きな雨粒が落ちてきた。

「死にたくなければ、誰も結界から絶対に出るな」

 この場にいるすべての者を覆うように張られた、複雑で緻密な結界が雨粒の侵入を防ぐ。

「相変わらずおまえって無茶苦茶だよな」


 ここまで色々と詰め込まれた結界だと、維持するにも相当の力と精神力がいる。その場に据え置きはできず、常に維持を心掛け、その力を供給しなければすぐに消えてしまう。

 本来、これほどの物を作って維持するためには、人外の者でも上位の力を保有する、それなりの使い手が最低十人は必要になる。だというのに、今それを一人で維持する海は多少不機嫌でも、平然としているのだから――色々と比べるだけ無意味だ。


 感心したように結界を眺める九曜を、海は横目で睨む。

「おまえの街だろうが。遊んでないで、仕事をしろ」

 九曜は肩を竦め、息を吐き出した。

「仕事ったって、おまえがいれば半分以上終わったも同然じゃないか」


 結界の外の草原が枯れて荒地になっていく様を見て、毎度のことながら胸糞悪さに襲われる。街の中にも雨は降り込んでいるだろうが、あちらには常時、特殊な結界が張られている。だから、その結界が壊されない限り害はない。

 そのためにもこの存在を外で留める必要があった。


 ぼやく九曜を射殺しそうな目で一瞬見た海は小さく舌打ちし、暗雲渦巻く空に視線を戻す。海の目には異空間の狭間から現れようとしている異物の端が見えていた。それによって世界が軋んでいる。

 向こうが起こす異常はこちら側に影響を及ぼせるのに、完全に顕現するまでこちらは守りに徹するしかない。存在が曖昧なアレに、普通の攻撃は効かない。一旦、この世界のモノと認識されなければ、何者をもってしてもどうにもできないのだ。

 だからこそ、職務怠慢な爺は手間暇を惜しみ、あれが完全に顕現するまでこの場に現れない。


「第一隊、攻撃態勢準備。第二隊、防御態勢準備。第三隊、補助体勢準備」


 九曜の呼び声に対して、後ろに控えていた者達の緊張がいっそう高まる。

 この場にいる者達は接近戦闘ではなく、遠距離戦闘が可能な者だけだ。その大きな理由があんなものに近づいたら無駄に命を取られるだけだということと、そもそも実体が見えない者の方が多いということに関係する。

 普通、指揮する大将は後ろにいるものだが、ある意味、海の側にいるのが一番安全であり、一番危険でもあった。だから、九曜はこの場を選ぶ。


「来るぞ」


 その言葉と共に何かが頭上から降り、海の結界に跳ね返されて彼らの前に落ちる。それは赤い光をまとい、ぼんやりとした輪郭だけは捕えることができた。

「第一隊、攻撃開始。第三隊はそれを補助。第二隊はもしもに備えて対物理結界を展開」

 それに目掛けていくつもの光の矢が飛び、前面に壁のような結界が張られる。


「なあ、毎度思うんだが、なんでアレはあんな姿なんだ」


 本体が完全に顕現するまでには、まだ時間が掛かる。あと、およそ半日ほど。

 その間、こうして分体が降ってくる。それが赤い光をまとっていたのは、海が見えない者にもわかるように自身の力で目印をしたからに他ならない。その姿が朧ろげで分かり難いのは、分体が透明で周りの景色とほぼ同化しているからだ。


 よく目を凝らして見ると、丸いプルンとした弾力のありそうな物体が、そこに存在していることに気づく。全然凶悪そうには見えないそれを目にして、九曜は毎回、戦意が削られていた。

 例えるならば、それは巨大な水の塊。水球、とでも言おうか。それが不自然に空気中に巨大な丸を形成し、ポヨンポヨンとその場で跳ね、時に意思を持っているかのように素早く動いた。

 それの持つ特質を考えると脱力している場合ではないのだが、とても視覚的には微妙な代物だ。


「わしに訊くな、そんなこと。クソ爺なら何か知っているかもしれんが、わしはアレを見ただけで虫唾が走るんだ」


 どうにもあれにはウイの一族を不快にさせる何かがあるらしい。だから、彼らの中に好んで関わる者はいないという発言に繋がるのだろうが――。

 苛ついた海の返答に、九曜は息を吐き出す。

「あの爺さんが説明なんて面倒なこと、してくれるわけないじゃないか」

 第三隊の張った結界が水球に衝突されて簡単に消え去り、九曜はそれに向かって手の平を向ける。水球に向かって飛ぶ光の矢。だが、それはあっけなく消えた。どうやら吸収されたらしい。

 その作用で輪郭はより鮮明になったが、それだけだ。

「相変わらず忌々しいな、あの球体は」

 まったく効いた様子もなく、海の結界に跳ね返されて元の場所まで戻った水球に、九曜は顔を顰める。


「あれにあの手の攻撃は効かんぞ。やるならもっといっきに力を流し込む必要がある」

「分かっていたさ」


 不機嫌そうに吐き捨てた九曜を、海は呆れたように見る。


「力の無駄使いだ。どうせ無駄に使うならわしの手伝いをしろ」

「何か新しい手でも思いついたのか?」


 不思議そうに問い掛けた九曜に、海はニヤリと意味ありげに笑ってみせたのだった。



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